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3


えりまきは殆ど毎日、空き地にやってきた。

「おう、えりまき。今日はえらい天気ええなあ。」

「せやね。お陽さん気持ちええわあ。」

この照りつける太陽を背に、風を切って空を翔けるとどんなに気持ちいいだろう。羨ましいばかりだ。

「まだ米食べへんの?」

「うん。みんな食べ終わってから。」

「またなんで。」

「カラスが来たら教えたらんとあかんし、うちはゆっくりでええねん。」

「えりまきは優しい子やなあ。」

くくっと笑ってえりまきは、僕のほうを見た。

「もうすぐ夕立が来るで。」

「そんなんわかるん。」

「うん。遠くから雨の匂いがする。雨雲も来てる。」

えりまきは高く飛び上がって、そう言った。

「雀って便利やなあ。」

僕はぼんやりとその姿を見ていた。


1時間もしないうちに、急に空が暗くなって夕立が降った。

焼けたアスファルトを濡らす、雨の匂いが立ち込めた。

仕事を片付けて空き地に向かうと、えりまきは相変わらず電線の上にいた。

「えりまき、こっちおいで。カラスは俺が見とく。」

辺りを少し見回してから、えりまきは僕の隣に降り立った。

雨は辺り一面に強かに打ち付け、激しい音を響かせている。

頭上の屋根には雨樋が無いので、目の前を滝のような雨が流れ落ちてゆく。

僕は煙草に火をつけた。

「慣れっこやから大丈夫やで。」

そう言ってえりまきはくくっと笑ったが、全身ずぶ濡れで身震いしている。

「もう、夏も終わりやな。」

「夏、好き?」

「うん。」

「うちも。」

吐き出した煙が、雨に掻き乱されながら薄れて、消えてゆく。

「人間に強がりは通用せえへんで。」

「それはどうかな?今、自分も強がって生きてみたいなって、ちょっと思ったやろ。」

僕は答えずに、軽く笑って煙を吹き飛ばした。

「言いたい事は分かってる。」

えりまきはそう言って、僕のすぐそばまで来た。

僕はポケットからクッキーを出して、半分をえりまきにあげた。さっき、差し入れでトラックの運転手に貰ったものだ。

「あんまうまないな。」

「せやな。」

えりまきの笑う声が、よく聞こえた。


ふと、昼のニュースを思い出した。

「せや、ちょっと待ってて。」

僕は食堂へ向かった。

戻って来ると、少し雨足は弱まってきていた。

「明日、台風来るらしいから、気ィつけや。」

僕はそう言って、米を入れたお椀を傍に置いた。

「明日の分?」

「そう、ここやったら飛ばへんやろ。」

「ありがと。ピースは優しい子やな。」

「やかましわい。」

僕は煙草を揉み消した。えりまきはまた、くくっと笑った。

僕はぶっきらぼうに、乾いた布切れをえりまきに放った。

雨はもう、止みそうだった。



4


台風が去った。

そこいらが瓦礫の山となって、自然の猛威を僕は思い知った。

今日は後片付けに追われて、仕事にはならなかった。

粉々に砕けたスレートが辺りに飛散し、工場の二階から伸びたダクトが鉄枠ごともぎ取られていた。

クーリングタワーの回収には骨が折れた。

二百キロはあろうかというタワーが、十数メートル吹き飛ばされていた。アンカーボルトは根っこから引きちぎられ、コンクリートの基礎が割れていた。

人に当たらなくて良かった。当たっていれば、間違いなく即死だっただろう。

明日も今日の続きだ。完全な復旧には時間が掛かりそうだ。


僕は仕事を終え、そのまま大きな駅へ向かった。

駅ビルのファッションフロアをひとしきり回ったが、目当ての品は無かった。

百貨店へ向かおう。

道すがら、僕は死の意味を思った。

死とはきっと、土の匂いのことだろう。コンクリートに囲まれて生活していると、時々土の匂いを嗅ぎたくなる。そういうものなのだろう。

生命が芽生え、還る場所。

生きることもきっと同じようなものなのだ。

僕は今朝、その匂いを嗅いだ。


百貨店の衣料品売り場を歩いた。

十五分程見回って、ようやく見つけた。

やけに目立つ、白い絹の襟巻き。

僕はそれを買って帰った。


電車の中で、待ちきれなくなって包みを開けて、綺麗な絹の真っ白い襟巻きを首に巻いた。

少し誇らしい気分だ。

「ええやろ。自慢やねん。」

そう言って、くくっと笑ってみた。

えりまきがまだ、どこかにいるような気がした。

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