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悪魔のロール・プレイング・ゲーム  作者: かいぞく
1.オリジン:悪魔の館
3/11

呪われた館

 MTAバス衝突事故の死亡者


 アルフレッド …………車椅子の少年

 ジャック ………………髭面の男

 サム ……………………バイト帰りの少女

 トンプソン ……………スーツ姿の男

 クリス …………………ジープを運転していた青年

 ティナ …………………クリスの隣に座っていた彼女

 エマ ……………………赤毛の中年女性

 レオナルド ……………オタクの青年



「オッサンが言うからだぜ、呪いの館だなんてよ」


 果たして幽霊の少女を追ってたどり着いたのは、まさに"呪われた館"そのものだった。壁はボロボロでツタに覆われている、古臭い二階建ての大きな洋館。今の天気は()()だが、バックに雷でも背負っているべきだ、とジャックが呟いた。


 入る前から(かび)臭く、埃が喉に張り付くような錯覚を覚える。フェンスが尖っていたり、窓の上部分が丸かったりと、建築様式に大昔の高級感を感じさせる。蝙蝠か鴉の一匹や二匹は必ず住んでいるはずだ。メインの寝室にはベッドではなく、棺桶が置かれているのかもしれない。もしくは、石造りの地下室にでも。


「……考えたんだが、現実では、俺達は集中治療室のベッドに仲良く並んで、生命維持装置にでも繋がれてるんじゃないか」とトンプソンが言う。真剣にそう考えているようにも、ただ空気を和ませるために言ったようにも見えた。


 ツタが被さった鉄製のフェンスの向こう側には少女が立っている。


 何をするでもなくただこちらを(正確にはアルを)見つめているだけだったが、屋敷に入って来て欲しいのは間違いないだろう。フェンスがギギギと音を立てて、一人でに開いた。そして少女の姿は掻き消えた。魔法のように。


「彼女が"いらっしゃい"ってさ」とはサムの台詞だ。


 アルは無言で敷地内の庭にタイヤを入れる。彼の世話係のつもりなのか、ジャックは車椅子のハンドルを握ったままついて行く。他の皆も肩をすくめ合うと、それに従った。最後尾でレオナルドが「待ってくれ、こんな気色悪い場所に俺を置いて行かないでくれ」と、足をもつれさせながらも続いた。


 一坪あたりの土地の値段を考えると広めの庭には、背の高い雑草が生い茂っていて、故に彼らは一列になって進む事を強制される。現実でも放っておかれているのか、それとも()()()()だけなのか、もう百年以上も人の手が入っていないようだった。途中何度も大きな蜘蛛の巣があったが、そこにも住人の姿は見えない。


 ジャックとトンプソンが車椅子を持ち上げ、玄関前の段差を越えてゆく。クリスは黒ずんだ真鍮(しんちゅう)製のドアノッカーで乱暴に扉を叩いたが、少女、もしくはそれ以外の住人からの反応は無い。返ってくるのは軋むような家鳴りだけだ。


「もう馬鹿な真似はいいだろ。僕達はまさにホラー映画の中の、愚かな被害者みたいな行動をしているぞ」そうレオナルドは止めるが、一人で残る度胸も無く、結局はついて行くしかなさそうだった。


 ジャックとしては車椅子に乗った子供であるアルを放っておけない。サムとトンプソンは、全員で行動するべきだと考えている。クリスとティナは、この街がディズニーランドで、この屋敷はホーンテッドマンションかタワー・オブ・テラーなんだと思っている。エマは天使の誘いに従っているだけだ。


「もういい、入るぞ」


 クリスはそう言って玄関の重い扉を開けた。鍵はかかっていなかったようだ。映画のように軋んで大きな音を立てたりはしなかったが、起こった変化は劇的だった。あれだけうるさかった囁き声が、扉を開けた途端にぴたりと止んだのだ。


 静まり返って初めて、あの声達がどれだけの騒音だったのかが分かる。雀蜂(スズメバチ)の群れの中に立っているような、小学校の休み時間の教室に立っていたような。


 誰かがごくりと唾を飲み込んだ。それは仲間達のものだったのか。それとも、ついに待ちに待った()()()がやって来たぞと喜ぶ者達のものだったのか。


 他にどうすればいいというんだ?とトンプソンは心の中で(ひと)()ちた。オタクの青年レオナルドの言う事が正しいのは分かっているが、他にどうしろと?あの不気味な囁き声に包まれたまま、誰もいない街で、来ない助けをただ座って待っていろとでも言うのか。我々に選択肢は無いだろう。


 ジェットコースターに一度乗ってしまったのなら、後は流されるしかない。終わりに辿り着いて、そして降りるまでは、道を選ぶなんて事は出来やしない。劇場の座席に座ってポップコーンを頬張る観客のように、この物語が一体どうなるのかと、固唾を飲んで見守っているのだ。


 真剣に、だけど他人事のように。結末を知りたいのなら、流れに身を任せるしかない。脚本には沿わなければいけない。心のどこかで、まだこれが夢だとでも思っているのだろう。



 もちろん、誰もわざわざ扉を閉めたりはしない。そこまで馬鹿ではない。レオナルドはそれでも、勝手に扉が閉まってしまうだろうと半ば確信を持って玄関を見つめていたが、結局そうはならなかった。そもそも風も無いのだし。


 屋敷を外から見た時には明かりがついていなかったが、()()()()が来客に気を利かせたのか、天井の高い吹き抜けの玄関ホールに吊り下げられたシャンデリアに、明かりが灯った。淡い黄色がかっていて、LEDのようには明るくないが、蝋燭(ろうそく)ではなく電気のようだった。白熱電球だろうか。


 シャンデリアの明かりは、外から来た者達の目には眩しく、彼らは一瞬目を細めた。インテリアは外観に違わず古臭く、予想通りに埃と黴の臭いがする。所々、埃をかぶった蜘蛛の巣がはっている。


「おいこれガチじゃないか」

「ザ・呪われた御屋敷だな」

「"ホーンティング"か"悪魔の棲む家"か」

「ここはシャイニングだろうよ」


 外にいる時は、まるで古臭い船着き場にいるかのように、絶えず木が軋む家鳴りが響いていたが、中に入ってしまえば静かなものだった。どこからか、神経に触るような時計の針の音が聞えてくる以外は、だが。


 吹き抜けの玄関ホールの奥へと進むと短い階段があり、それが左右二手に分かれて、二階へと繋がっている。ホールの二階廊下は凹字、またはコの字型になっており、玄関から見て正面に二つ、左右に二つずつ、突き当りにそれぞれ一つの扉があった。建っている土地を考えなくとも、かなりの豪邸と言えるだろう。


 幽霊の少女は二階廊下の手すりに肘を乗せて、こちらを見下ろしていたが、アルが黙って階段へと進むと、その姿は掻き消えた。


 アルはまるで何かに憑りつかれているようだ。もしくは、少女に魅了の魔法でもかけられているのか。「よぉ、アル……だったか。お前あの子に惚れたのか?」クリスが茶化すが、アルは返事を返さない。


「はいはい、重労働はこちらが担当しますよ」とぶつくさ言いながらも、ジャックは真っ先に車椅子を持ち上げ、それをトンプソンが手伝った。そうしないと多分、アルは階段を這ってでも登って行きそうな気がしたのだ。


 所々に不気味な気配を感じたり、誰かが後ろを通った気がしたりと、ここが呪われた屋敷である事に間違いはなさそうだ。どこか遠くで床板が軋むような足音も聞こえてくる。幽霊しか住んでいなくても、不法侵入罪は適用されるのだろうか?


「ご両親がいらっしゃるのかな……?」おどける声も、自然と小さくなった。


「戻るべきじゃない?自分から危険に飛び込むのは馬鹿よ」

「さっきから僕がそう言ってるじゃないか」

「でもあの子、アルは何か知ってるみたい。つまり、何をすればいいのかが」

「ああ、俺の腰が……」


 ジャックとトンプソンはアルを車椅子ごと両脇で抱えて階段を登る。クリスはそれを後ろから持ち上げている。「なんで、俺が、こんな事を?」


 いつの間にかエマの姿が消えている事に、誰も気がついていなかった。


 階段を昇りきったホール二階の渡り廊下の壁には、大きな金細工の額縁の肖像画と、いくつかのモノクロで古臭い写真が立てかけられている。アルは男達にお礼も言わず、黙ってそれらを指差した。「いいとも、どういたしまして、さ」


「なあ、おい、これって……彼女だよな?」


 描かれているのは、写っているのは、あの幽霊の少女だった。そしてその両親達だろう。少女の髪は父親譲り、瞳は母親譲りのようだ。


「父親の顔は悪くないわね」そう評価するティナの尻を、クリスが軽く叩いた。確かに悪くはない。大きいと言うよりはギョロっとした目をしていて、カイゼル髭をたくわえている以外は、普通で紳士的で、イケメンと言っていいだろう。


 どの写真も家族三人で映っている。少女がまだ小さな頃はごく普通の、幸せそうな家庭に見えた。しかし少女が歳を取ってゆくに合わせて、段々と家族達の顔から表情というものが抜け落ちていっているようだった。


 最後に撮ったであろう写真では、父親だけが満面の笑みを浮かべている。クリスマスツリーの下に大きな包みを見つけた少年のような、純粋な笑顔だった。彼らはまるで博物館のツアーにでも参加しているかのように、それらを眺めながら並んで廊下を歩いてゆく。


「何だか気味が悪いわ」

「あの少女は、俺達に何かを伝えたいのだろうか?」

「そんな事言われてもな……僕達とは関係無いだろ」


「ミステリーなホラー映画そのものだよな。最終的には俺達ぁみぃんなここで死ぬんだぜ、わははは」ジャックがそう言って、おどけて笑いながら皆を見るが、良い反応は返って来ない。"死ぬ"だなんて単語をこんな状況で出すなんて信じられない、という目で、全員が彼を睨んだだけだった。



 次の瞬間唐突に、彼らから見て反対側の廊下の照明が明滅を始めた。凹の字の反対側の端だ。猫足で板の細いテーブルに置かれた、昔ながらの針金を巻いたような電球のランプだった。それがオンオフの度にチカチカと独特の音を立てている。


 これまでの経験を踏まえて考えると、そちらにあの幽霊の少女がいるはずだ。だが()()は違うぞ、と直感で分かった。あれは、別の何かだ。


 明滅する照明の近く、廊下の突き当りの部屋の扉が、音を立てて荒々しく一人でに開いた。ランプが明滅し始めた時点でジャックの笑い声は引きつったものになっていたが、それも完全に止まった。


 そして開いた扉の枠を、部屋の奥から突き出してきた青白い手が掴んだ。


 ()()()()()。ばきばきと、かくかくと、指を曲げて枠を掴むその様は、関節を本来とは反対側に無理矢理曲げるかのように、抵抗を受けながらもそれを無視するかのように、不自然な動きだった。


 その指先には何か、得体の知れない真っ黒な液体がこびりついている。乾いたコールタールにも、酸化してドス黒くなった血液にも見える。その爪は更に汚く、細かくひび割れていて、それに触られる事を想像するだけでゾッと背筋が凍った。


 次にそれは顔を出して見せた。彼らの方を向いている訳ではなかったが、その事実に安心する事は出来そうもない。辛いのは待つ事だ。恐ろしいのも待つ事だ。一体いつ、それが自分に気がついてしまうのか。目を合わせる事になるのか。


 その顔はあの少女と同じものだったが、そうであると認識するまでには時間がかかった。それは異様に見開かれた目の所為かもしれない。薄緑だったはずの瞳は真っ黒で、黒目そのものが、まるで魚か(ふくろう)の目のように異常に肥大化している。


 その髪は老婆のように白髪となっているが、その手にこびりついているものと同じ、黒い何かで汚れている。全員の視線が釘付けになっているうちに、だらしなく開いた口から、黒いタールのような液体がビシャビシャと溢れて零れて床に落ちた。それが、彼女を汚しているものなのだろう。


 ついには全身を現し、部屋から出てくると、それは何かを探すように身体を動かし、首を縮めて、捻った。その動きは酷くぎこちなく、まるで生きている人間には見えない。出来の悪い操り人形か、死にかけの動物のようだった。


 シャンデリアの明るい照明は、恐怖を和らげる事に関していえば、全く役に立っていない。むしろ見たくない細部まで見えてしまっていて、まだ暗闇の方がいい、と誰かは思った。そうなったらなったで、今度は反対の事を言うのだろうが。


 ジャックは叫びそうになったサムと自分の口を手で塞いだ。全員恐怖に引きつった顔をしている。誰でも分かる。あれに気づかれたら()()()だと。


 憑りつかれるのか、呪われるのか、殺されるのか、それとも食べられてしまうのか、分からないが、とにかく終わりなのだ。そこから先は無い。本能も理性も肉体も全てがそれを一瞬で理解した。すでに彼らが死んでいようが関係無いのだ。あれに捕まった先に待っている結末は、その程度では済まないだろう。


「いいかまずは……ゆっくりと、静かに、下がれ」


 クリスは小声でそう言って後ずさり始めた。全員それに従ったが、レオナルドがテーブルにぶつかって、乗っていた写真立てを落としてしまった。床にはカーペットが敷かれていたので音は静かだったが、全員がギクリと動きを止めた。


「ごめん……」


 唐突に少女の首がグリンと、動物的な動きをして、彼らの方を向いた。その瞳は底無しの闇のように真っ黒だった。目を真っ直ぐに合わせてしまえば、身体がすくんでもう動けなくなってしまうだろう。純粋で愚鈍な、鮫にも似た、捕食者の目。


 アルは車椅子のタイヤを必死に回して後退したが、後ろを見ていなかったのか、廊下端の手すりの隙間に、後輪を引っかけて(はま)ってしまった。


 ガタガタと揺するも外れてはくれない。そしてそれは大きな音を立てた。もう気づかれてはいるだろうが、更に関心を引いてしまうような真似だった。


 少女……いや悪霊はアルを見てニタリと笑い、その拍子に口からはコポコポと黒い液体が漏れた。その笑い方は最早完全に人間からかけ離れている。顔の肉が粘土でできているかのような歪み方をして、口角がどこまでも上がってゆく。目も更に大きくなっているようだ。


 悪霊はゆっくりと屈むと、虫のような関節の曲げ方をして、四つん這いで近づいてくる。一歩一歩はのろいが、手足がいつの間にかナナフシのように数倍の長さにまで伸びていて、歩幅が馬鹿みたいに大きい。悪霊が進むのに合わせて、照明が激しく明滅する。こんな所に来るんじゃなかった、と誰かが叫んだ。


「クソ!早く!突き当りの部屋に逃げろ!」金縛りが解けたのか、皆が一斉にその部屋へと駆け込んだ。


 ジャックとトンプソンだけが、未だ部屋の外で、アルの車椅子を動かそうと必死になっている。クリスが部屋の中から叫ぶ。「足手まといは放っておけよ!もう閉めちまうぞ!」「いいじゃない!もう閉めて!早く!」ティナがそう言った瞬間に車輪が手すりから外れて、どうにか部屋に全員が駆け込んだ。


 その次の瞬間にはクリスが扉を閉めたが、鍵は無いようだった。閉める瞬間に、ドアの隙間から彼女が迫って来る姿を見てしまったようで、サムが悲鳴を上げる。


 向こう側から、トタトタと軽く生々しい足音が近づいてきた。クリスとトンプソンが扉に身体を寄せて、体重を預けた。すぐにドンドンと扉を叩く音が響き、衝撃で扉と壁が揺れたが、どうやら人間離れした力までは無いようで、扉は開かない。


 カチャカチャとドアノブを神経質に細かく動かす音がする。それがどうにも人間臭く、逆に酷く恐ろしかったが、一分もしないうちに、それも唐突に止まった。


 トンプソンが椅子を持ってきて、斜めにしてドアノブに立てかけ、つっかえ棒代わりにすると、そこでやっと全員が安堵のため息を吐いたのだった。


「ちょっと漏らしちまったぜ」とジャックが呟いたが、その場の全員にとって、その冗談は助かった。一瞬でもいいから、あんなものの事は忘れてしまいたかったのだ。……彼は本当に、少しばかり漏らしてしまっていたのだが。



 駆け込んだ部屋は、どうやら書斎だったようだ。部屋の壁の二面が、天井に届く程に背の高い本棚で埋まっていて、何やら古臭い黒魔術や悪魔召喚といった、不穏な内容の背表紙が沢山並んでいる。立派でたいそう値段の張りそうな机の上には、少女とその母親の写真が飾られている。父親の書斎だったのだろうか。


「ありがとう」アルがジャックとトンプソンに頭を下げた。


「いいって、気にするなよ」

「……それで、一体、あれは何だったんだ?」

「ここに案内した奴と同一人物なのか?」


 この時点で全員が、この屋敷に足を踏み入れた事は間違いだったと気づいていた。あの少女について行くべきではなかったのだ。気の狂いそうな囁き声も、さっきの()()よりはマシだろう。レオナルドは正しかったのだ。


「……ねぇ、あのオタクの人は?それにあのヤバいおばさんも」


 サムが言う。書斎には、二人の姿は無い。しかし誰も、扉を開けて確認してみようという気にはなれなかった。一瞬、お互いに責め合うような視線を交わしたが、それもすぐに伏せる。文句を言えば、ならお前が確かめに行けよと言われると分かっていたからだ。全員が共犯者だった。



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