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悪魔のロール・プレイング・ゲーム  作者: かいぞく
1.オリジン:悪魔の館
2/11

誰もいない街


 MTAバス衝突事故の死亡者


 アルフレッド …………車椅子の少年

 ジャック ………………髭面の男

 サム ……………………バイト帰りの少女

 トンプソン ……………スーツ姿の男

 クリス …………………ジープを運転していた青年

 ティナ …………………クリスの隣に座っていた彼女

 エマ ……………………赤毛の中年女性

 レオナルド ……………オタクの青年


 遠くで大声をあげる髭面の男、ジャックの声に気がついたのは、クリスとティナだった。カップルはバスに横から衝突して横転させたジープに乗っていたのだ。


 ドーナッツショップから角を曲がった先にある薬局の前、路肩の縁石に二人は並んで腰を下ろしていた。二人共怪我をして血を流してはいるが、容貌の良い、青春を謳歌していたであろう若者達だった。


 彼らは事故について自分達の所為ではないと思っていたが、実際その通りだった。赤信号を無視して交差点を突っ切ったのは、気を失っていた(眠らされていた)バスの運転手であったのだから。


 クリス達は目覚めると、初めはアル達と同じように街の静けさに圧倒されていたが、すぐに行動した。家々のドアを叩き、店々の閉まったシャッターを蹴り、誰かいないか!と叫んで回った。そして、反応が無い事を確かめると、本当に、街には他に人間が誰一人存在しないのだと実証したのだった。


 バスに近づかなかったのは、彼女であるティナが「グロテスクな交通事故の死体なんて観たくない」と言ったからだった。バスより小さなジープに乗っていた自分達が無事だったのだから、バスの乗客も──とは思いつかなかったらしい。


 そんな二人の耳に、ジャックの声が聞こえてきた。すぐに二人は駆け足で事故現場のドーナッツショップへと戻ったが、アル達のボロボロの姿を見つけると、ガッカリしたように顔をしかめた。


「ねぇクリス、あの人達って幽霊なのかな?」とティナが彼氏に小声でそう聞く。


「聞こえてるわよ、お嬢さん」アルの車椅子を持ってきた、勝気そうな少女、サムがそう返事をした。果たして我々が本当に幽霊なのかは、分からないまま。



「だから言ったじゃないか、僕達は死んだんだよ……」


 オタクの青年レオナルドが、文句臭い声色で言う。今ではパニック症状も落ち着き、周りに人がいると認識出来ているようだ。そして誰も彼に反論出来ない。


 クリスとティナは話には加わらずに、お互いの身体を擦りあったり、何かの冗談で笑ったりして、どこか気楽な、そう、この状況を遊園地のアトラクションか何かだとでも思っているようだった。


 スーツ姿の男、トンプソンは、そんな二人を信じられないもののように見つめている。これがホラーかパニックものの映画なら、真っ先に死ぬのはあの二人だなと、レオナルドは鼻を鳴らしてそう言った。


「それは正しいわ。私達は死んだ。ここは天国と地獄の境目なのよ」


 だしぬけにそう言ったのは、赤毛の中年女性エマだった。バスに乗り込む時に車椅子のアルを睨んでいた彼女だ。いつの間にか、皆の隣に立っていた。綺麗にパーマをあてて整えられていた赤毛は盛大に乱れているが、顔は平静そのものだった。


 エマは全員の視線を集めた事を確認すると、もったいぶるように、赤いマニキュアが目立つ手で煙草に火をつけた。その指は微かに震えていたが、周りの人間に判別できるほどではなかった。店先から突き出た、横たわるバスの天井に背中を預けると、輪っかになった煙をゆっくりと吐き出した。


「私達はバスの事故で死んだ。いくら知恵遅れでも、辺りを見ればそのくらいは分かるわね?」皆が黙って耳を傾けている事に満足し、得意気な顔をしている。


「私は誰よりも信心深い、神の一番の(しもべ)。死んだのなら、天国に行くことが決まっているのよ。つまりここはその準備段階ね。天使の姿がまだ見えないから」


「でもお前は地獄行きよ」と、話を聞いて笑っていたクリスにぴしゃりと言う。「それから貴方達も」そう言って全員をそれぞれに指さす。


「根拠はあるの?」サムが馬鹿にした、挑戦するような、おどけるような声色で聞いた。お前は狂人だ、真剣に受け取る者などいないと、その態度が語っている。


「お前達は、バスに衝突して私達を殺したわ」エマはクリス達の足元に唾を吐く。「お前は神に愛されていない」そう言ってアルの車椅子を見る。「お前達は出来損ないを助けた」そう言ってジャック、トンプソン、サムを睨む。地面に座っているレオナルドには、特に何も言わなかった。


 彼女の攻撃的な言葉に、言われた全員がゾッとさせられた。身体の内側の肝をじかに触られたような気分にさせられたのだ。馬鹿馬鹿しい言いがかりだと分かってはいるが、どう否定すれば良いのかも分からない。


 状況は既に異常で、ヒステリーでイカレた女の戯言だとしても、その声には確信が聞いてとれたのだ。少なくとも本人は、間違いなくそれが真実だと思っているようだった。今何か一つでも分かっているのは、彼女だけのようだった。



「本当に誰もいないぜ、俺達以外にはな」とクリス。毒をまき散らす宗教家には取り合わず報告をする彼に、皆はホッとした顔をする。宗教狂いの妄想なんかに付き合っている場合では無いのだ。


 外見だけで言えば、クリスはよくいるタイプの、頭より身体を使う人種に見えた。ハイスクールではバスケ部で、ピラミッドの頂点にいたような男だ。


 トンプソンなどは、彼がエマの暴言を聞いて殴りかからないか警戒して、身体を少し固くしていたほどだった。彼女のティナとくすくす笑い合ったりして、緊張感が無さそうな所も、そう思わせる原因であったが、いち早く現状の確認をしたりと、実際には今までのところ誰よりも正しい行動をしていたと言えるだろう。


 ティナはそんなクリスに肩を抱かれながら、熱の(こも)った瞳で彼を見つめている。文字通り頼りがいがある男に、自分は今抱かれているのだ。彼は私のもの。私の男だなのだ。これから何が起ころうとも、心配する必要はない。


「これって……事故の時に、バスに乗っていたメンバーだよね?」とアルが言う。「運転手と……他にもまだ乗っていた人がいたと思ったけど」とサムは辺りを見渡す。「分かったぞ。これは全部夢だ!……だろ?」とジャックが大げさに笑って茶化した。シリアスな空気をどうしても追い払いたいのだと、誰もが気がついた。


「ああ!その通りだ、我らがオッサン!それが正解だろう!」とクリスがジャックの背中を笑顔で叩く。だけど誰もが、程度は違えど、心のどこかで、これは夢ではないと分かっていた。クリスの笑顔もどこか引きつっていたのだった。



「俺達は動くべきだと思う」とトンプソンが言った。スーツをきっちりと着こなしていて、真面目そうな男だった。それは大事故に遭った今でも変わらない。スマートで頭が良さそうで、理性的な判断を下せそうだぞ、と誰かが思った。


 今朝方には剃って来たであろう無精ひげが伸び始めて顎からチクチクと突き出しているのが見えるが、その目には確かな知性が光っていた。「これは異常な状況だが、現実だ。残念ながら現実なんだ。だから、俺達は行動しなければならない」


「何処に行くって言うのよ?」

「どこも扉なんか開いてないぜ、俺達が確認して来たんだよ、天才君」

「だからってここに座っていても意味が無いわ」


「誰も彼も役に立たないわね。頭の軽い盛ったお猿さん達に任せたのが間違いだったわ」エマはそう嘲笑(あざわら)った。彼女の周りにだけ、毒々しい悪意が渦巻いているようだった。彼女がいきなり包丁で誰かを刺し殺しても驚かない、とサムは思った。


「俺を何て呼んだ?あ?今何て言ったんだ?」

「ベイビー、お願いだから今プッツンはしないでいてよ」


 クリスとエマが本格的に喧嘩を始めそうだとジャックは気が付いた。いいぞ、もっとやれ!と口に出したかったが、止めた。


 しかし、我々には息抜きが必要なのは本当じゃないか?こんなイカレた状況で、緊張感が張り詰め過ぎている。一度()()()()してしまったほうが、解放してしまったほうが良いんじゃないか?


 サムはただ冷静に、二人を見る事もせず、何かを考え込んでいる。それは家にいる三人の弟達の事かもしれない。彼女はまだ十八だったが、一家の稼ぎ頭で、大黒柱だったのだ。


 私が死んでしまったのだとしたら、あの小さな怪物達は生きていけるのだろうか。一つ下の弟はまだ頼りないし、従兄弟は適当に過ぎるのだ。




「ねぇ皆、あれ……」


 アルが指差した先では、今まで暗かったはずの遠い路地の街灯が、チカチカと音を立てて明滅していた。誰もが次の瞬間には黙って息をひそめたのは、その光の下に一人の少女が立っていたからだった。


 バスには乗っていなかったはずの少女。一目見て、その存在が異質だと分かる。この場にいる皆とは、いや()()とは何かが違う。


「誰もいない街に住む幽霊の少女か、素晴らしいね」


 雰囲気的、状況的に考えると、やはり幽霊なのだろうか?その存在感は希薄だが、誰も彼女から目を離す事が出来なかった。


 十代後半程度で、ため息が出るほどに美しい顔の造りは、非常に整っているが、そこに人間らしい表情は無かった。冷たい薄緑の瞳が、アルを見つめている。その左目の下には、連なった二つの黒子があった。


 彼女の顔目掛けて唐突に小石が投げつけられると、それがぶつかる前に、少女の姿は消えた。どうやらクリスが投げたようだ。「何してるのクリス!?」ティナは信じられないといった顔をしたが、彼氏はフンと鼻を鳴らしただけだった。


「一体、何のつもりだったんだ?少女に石を投げるなんて」

「幽霊だと思ったんだ。正解だっただろうが?消えたのを見たろ?」

「もし彼女が本当に幽霊なら、つまり俺達だって……」


 また別の場所の電灯がチカチカと点滅し始めた事に、今度はサムが最初に気がついた。「ねぇ見て!あそこ!」そこにまた少女は立っていて、今度は一ブロック先の曲がり角を歩いて消えていった。電灯の明滅も、少女を追いかけるようについて行く。彼女は彼らをどこかへ導こうとしているように見えた。


「ついて行くべきかな?」自分のヒゲを撫でながらジャックは言う。その声には全くと言っていいほど自信が存在していなかった。どうすればいいのか、これっぽっちも分からないんだと、そう口に出して言っているのと同じ程度には。


「彼女がゴラムみたいに不細工だったら、道案内にはついて行かないんだが」

「でもゴラムが居なければ、フロドは滅びの山まで辿り着けなかっただろ」

「でも結局(やっこ)さんは敵だった、そうだろ?だって……」


 その時だった。その場にいる全員が、とある音に囲まれている事に気がついた。


 小さな(ささや)き声。


 他に何か音があれば──そう、鳥の羽の音でもいいし、コーラの炭酸が弾ける音だっていい──があれば紛れて聞こえない程度の、小さな誰か達の声。何を言っているのかも聞き取れない音量だが、決して無視できない、ゾッとするような声。


【まだ辿り着かないのかな?ほら、すぐそこだよ】


【はやくあそこに行って、じゃないと我慢が】


【食べたいな。食べたい。ああ、すごく美味しそうだ】


 少年なのか、少女なのか、純粋さを(はら)んでいて、しかし無機質な声。どうしたって人間のものではない。子供が玩具の人形に話しかけているような口調だった。


「皆も聞こえてるよね?一体どこから……」


 サムはそれを聞いて初めて、自分がどうしようもない、クソッ垂れのホラー映画みたいな、超常現象に巻き込まれているのだと実感した。


 もう自分が死んでいるのだという事実も認めた。誰だって最後の瞬間まで、自分が本当に死ぬ事になるだなんて思わない。少なくとも彼女はそうだった。死んで更に少ししてようやく、それを認めたのだった。そしてもう戻れない事も。


「何なんだ!誰だ!」クリスの声が、無人の街に響く。その声と競うかのように、囁き声もボリュームを上げるが、あくまでもそれは囁き声のままだった。


「あの少女を追いかけるべきだと思うな」アルはそう言うと、返事も聞かずにスルスルと車椅子の車輪を回して、先に行ってしまった。ジャックも慌てて、車椅子を押すようにして追いかけていった。


「待て、俺達は一緒に行動するべきだ」トンプソンはそう言うと、残っている皆の方を向き、肩をすくめてから歩きだした。「車椅子に賛成よ、この声は嫌いだわ」ティナもクリスの手を握って引っ張った。


 少女が離れるにつれて、街灯の明かりも離れてゆくので、結局のところ、選択肢は無いようなものだった。荒れ果てたドーナッツショップに残されるよりはマシだろう。あそこは()()()()いる。


「あなた達はここに残りなさい!あの天使が導こうとしているのは私だけだわ!」


 エマには誰も、返事を返さない。それに抗議するかのように立ち止まろうとしたが、舌打ちをして早足に駆けだした。聞き取れない程の小声で、ブツブツと彼らを呪っているようだった。ああ神様、あの者達にどうか天罰を──


 歩き出したエマの背中に、死人のように青白い手が迫ったが、あと数センチというところで取り逃がし、その手は引っ込んだ。エマは何かの気配を感じて、己のショールを掴みながら憮然(ぶぜん)とした顔で振り向いたが、そこには誰もいない。


 また正面に向き直ると、ツカツカと足音を立てて皆について行った。エマのすぐ後ろで、重い音を立てながら街灯が消えてゆく。闇が迫って来ている。そこからは沢山の腕がさ迷い、突き出していた。



 近づいたと思えばまた消えて、手の届かない遠くに現れる。幽霊の少女が皆をどこかに案内しようとしているのは最早間違いない。


 むしろ、家畜のように追い立てられていると言った方が正しいが。少女の周りでしか点灯しない街灯の明かりから少しでも離れると、囁き声達が大きくなるのだ。心臓を爪で引っ掻かれるような恐怖。誰一人存在しない街は、普段見るよりも随分と広く感じられる。その広さが恐ろしい。


「あれが悪霊だって可能性は?」とレオナルドは言う。彼はずっと脂汗をかいていて、酷い臭いがしたが、誰もそれに文句を言おうとはしない。自分だって同じかもしれないからだ。これから処分される豚のように怯えている。


「フレディやチャッキーには見えないけど」とアル。「ブレアの魔女にもね」とトンプソンも軽い声でそう返したが、彼もその声に緊張を隠せていない。「呪われた館にでも案内されたら、引き返せばいい」と、ジャックは何も考えずに答えた。


 メインストリートから離れ、中心街から遠ざかるにつれて、段々と街灯そのものの数がまばらになってくる。やはり人は存在せず、街は(囁き声以外は)静まり返っている。おかしいのは街ではなく、異質なのは数人取り残された我々の方なのだ。


 お前はここにいるべきではない、と街そのものにそう言われているような気分になる。罪悪感とは違うかもしれないが、立ち入り禁止と書かれたサインを無視して部屋に入ってきたのは、自分達の方なのだと、そう感じていた。



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