#9「いざ、傭兵団リバース」
「ダイゴさん!」
自分の名を呼ぶ声を聞き、ダイゴは声のする方を振り向いた。"挨拶をしてくる"と言ってシーラが公園へ行ってから、20分ぐらい。特に何をするわけでもなく、ダイゴはただ考え事をしながら彼女を待っていた。
「おっ。おかえり」
ダイゴの元へたどり着くと、シーラは膝に手を置き、はあはあと荒い呼吸を繰り返す。きっとダッシュで来たのだろうと、彼は思った。
「もう良いのか?結構早かったな」
「はい。もう大丈夫です」
あまり長く話してしまうと、それだけ別れが辛くなってしまう。それを分かっていたからシーラはすぐに帰ってきたし、きっとそれを分かっていたから、メルトもあまり引きとめないでくれたのだろう。
「よし。じゃあ、行こうか」
「これが……傭兵団」
眼前の建物を見上げ、シーラが呟く。レンガで組まれた3階建てのその建物の上の方には、傭兵団の名が刻まれていた。
その名は、『Rebirth』__再誕。
「別に緊張しなくてもいいよ。変な奴は多いけど、悪い奴はいないから」
妙にそわそわしているシーラを見て、ダイゴは優しく言う。
「えと、いえ、大丈夫です。入りましょう」
「ああ」
ダイゴは大きな木の扉に手をかけ、強く引く。軋む音を立てながら、塗装が少し禿げた扉が開いていった。
中は木組みの小さく質素な部屋になっていて、その奥にまた一つ扉があった。玄関といったところだろう。
「ただいま__」
「だぁいごおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
中に入り、ダイゴがただいまを言おうとするや否や、突然泣き叫ぶように彼を呼ぶ声がした。
「うおっ!?」
直後、奥の扉を開けて飛び出した何者かが、ダイゴにいきなり抱きついてきた。当然シーラは驚かされる。ダイゴはその者と一緒に、年季の入った木の床に倒れこんだ。
「お前え!!どんだけ心配したと思ってんだ!!オレはなあ……お前が死んじまったんじゃないかって!!」
ダイゴに抱きついた男が嘆く。その金髪の男は、見た目はダイゴと同い年ぐらいだ。ダイゴと同じ緑色の服__傭兵団の制服を着ているが、彼と違い前のチャックを開いている上胸元にはドクロのワッペンが付いていて、チャラチャラとしたイメージを与えている。
「はは……そういえば俺、行方不明だったな」
シーラのことに一生懸命になりすぎていたな……と、彼は思った。
「ん……?」
「え……あ、えと、こんにちは」
男と目が合い、シーラは戸惑いつつも挨拶した。
「…………あああああああ!!ダイゴてめえ、行方不明にかこつけて女の子なんか誘拐しやがって!!見損なったぞこの野郎!!」
明らかに深刻な勘違いをしている男が、大声で叫び、ダイゴの胸元に摑みかかる。
「なわけないだろ……」
「クソ!お父さんお前をそんな風に育ては覚えはないぞ!」
「お前が父親なんてごめんだ。とにかく、やましいことじゃない」
冷静に言いながら、ダイゴは胸ぐらを掴む男の手を軽くあしらった。
「あ、あの……」
シーラは遠慮がちに口を挟む。
「驚かせて悪かったな。こいつはジャンニー・ナックル。俺の仲間だ」
「ジャンニーだ。隊長が世話になった……のか?とにかく、サンキューな」
「ジャンニー、この子はシーラ」
ダイゴが紹介すると、シーラは遠慮がちに頭を下げた。
「訳あって今日から……そうだ、団長は帰ってきてるか?」
「おお。またすぐ出かけちまうだろうから、用あるんなら早く行ってこいよ」
ダイゴは頷くと、シーラを手招きしながら奥の部屋へと歩き出す。シーラもすぐに彼について行こうとした。
「シーラちゃん!」
「はい……?」
奥へ行こうとした寸前でジャンニーに声をかけられ、シーラは立ち止まる。
「__後でお茶しないッ?」
「あ……えと、その」
「無視でいいよ。行こう」
「おぉぉい!!」
キメ顔で言ったジャンニーをスルーし、ダイゴたちはそのまま進んでいく。
扉を超えた向こうの景色を、シーラはダイゴの背後からそっと覗く。だが覗き込む必要もないほど、奥の部屋は広大だった。
大きな酒場のようだった。木の床と石の壁、そして最奥には酒が並び、ウェイトレスが忙しなく働くカウンター席。数十人の男女が飯を食う中には、昼間から酒を飲んでいる者もいる。さまざまな食べ物の匂いが混ざり合い、部屋中に広がっている。
「ごめんな。臭いだろ」
「あっ、いえ。大丈夫です」
「おっ、ダイゴじゃねえか!」
奥の方のテーブルから、一人の男が言った。直後、その場のほとんどの人間が、視線をダイゴたちに向ける。ダイゴは特に何も言わず、右手を掲げてその男に応えた。
「ほんとだ!」「おかえりー!」「いつもの面子が心配してたぞー」
「人気者なんですね」
沢山の人々に明るく迎えられるダイゴを見て、シーラが言った。
「ありがたいことにな」
「ん?お前、その子どうしたよ」
手前の方に座って酒を飲んでいた男が、ダイゴに尋ねた。
「あー、後で説明するよ。ちょっと団長のところに行ってくる」
ダイゴはシーラを手招きしながら、テーブルの間を通り抜けて奥へと歩いていく。その後ろをついていきながら、シーラは周囲からのいくつもの視線を痛いほどに感じていた。注目されるのはあまり得意ではない。
困りながら左右をきょろきょろとしていると、一人の女性と目があった。橙色の長髪が美しい、若い女性だ。先ほどまで本を読みながらジュースを口にしていた彼女は、シーラと目が合うと、安心させるようにそっと微笑んでくれた。シーラはその気遣いがありがたいと思って、ひとまずお礼に微笑み返した。
(なんのお礼にもなってないでしょ)
そして、心の中で突っ込む。
カウンターの両隣に階段が備わっていた。上がると、上の階は長い廊下になっていて、その側面に沢山の部屋のドアが連なっていた。まるで宿屋だ。
「2階と3階は主に隊員の自室なんだ。向こうが団長の部屋」
「あそこに団長さんが……」
シーラは、自分の心音が走り出すのを感じた。無意識に背中がピンと反る。一歩進むたびに靴と床が奏でる音が、心臓の拍動する音とシンクロする中、ついにその部屋のドアにたどり着く。
ダイゴは一歩前に出て、ドアをノックする。
「ミクモです。団長、話があります」
「入れ」
恐らく団長の声だろう。入れ、と一言だけ言った。
ダイゴはゆっくりとドアを開ける。
「失礼します」
「し、失礼します……」
シーラはダイゴについて行って部屋に入り、周りを見回す。左右には本や何かの資料が入れられた本棚。正面の左右二つのソファと、その間のテーブルは、奥の窓から射す日光を浴びて白く光っている。
そして、テーブルの奥のデスクに座る男__結構歳のいっていそうな、荘厳な雰囲気の顔つきをしている。茶色の髪をていねいに整え、制服は団長の証なのか、左胸部分に赤色の翼を模したエンブレムが付けられている。さっきまで何かの書類を書いていたのだろう、デスクには数枚の紙が並び、そこに右手のペンをかけようとしていた。
「おや、お前一人ではないようだな?」
「はい。この子は__」
「し、シーラ・エンジェイトと言います。はじめまして」
シーラは食い気味に自己紹介し、頭を下げる。
「エンジェイト……?君、アンジェリカ・エンジェイトという人を知っているか」
「あ……はい。その人はボクの養母です。血は繋がってないですけど」
「そうか……彼女が生前、一人の子を遺していたと聞いたが、それが君か」
団長は懐かしいものを見るような目で、シーラの顔を見つめた。
「アンジュさんを知ってるんですか?」
「いや、戦場で共に戦ったことがあるだけだ。大した親交は無い」
「ていうか、俺も初耳だな……シーラがアンジェリカさんの子だなんて」
ダイゴはそう言って、隣に立つシーラを見下ろす。その顔には驚きが現れていた。
「え……アンジュさん、そんなに凄い人だったんですか?軍人だったのは聞いてるんですけど……」
「残念ながら会ったことはないけど、現役の頃はとんでもない強さを誇っていたらしい。戦いに携わる人間なら知ってる人は多いよ」
しかしながら、戦場で左足を失い、その後すぐに引退し__そして、シーラが彼女と出会ったのだ。
「自己紹介が遅れたな。傭兵団リバースの団長、アレス・アルケインズだ。よろしく」
言ったのち、アレスは立ち上がって頭を下げた。
「そんな、ボクなんかに頭を下げなくても……」
「いや、これが俺のスタンスでな。それでミクモ、話というのはその子が関係してるんだな?」
「はい、単刀直入に言います。彼女を入団させたいのです」
「そうか……きちんと相談は受けたな?」
アレスはダイゴに尋ねる。
「はい、主な役職も教えました。なんの仕事を志望するかは、まだ聞いてませんが」
「シーラ。決心は固まっているか?迷いはないな?」
「はい。ボクは、この団に入りたいです」
シーラはダイゴに、ここには様々な仕事があることを聞いた。先ほどの広間のウェイトレスの仕事。武器や道具の作成・調達の仕事。はたまた、掃除などの雑務。たくさん教わったが、シーラがしたい仕事は一つだった。
「それで、君は何がしたい?」
「はい。ボクは__
戦闘部隊に入りたいです」




