#6「ミクモ・ダイゴ 魔力量0」
翌日。二人は街を出発し、ダイゴの暮らす街、ギルベイスへ向けて移動を始めていた。
「即興で取り付けてみたのですが……如何でしょうか?」
行商人、リクが言う。彼の馬車の荷台、木製の直方体の真ん中あたりには、木材を組み立て、釘を打って作られた椅子が備えられていた。上にはクッション代わりの毛布が引かれ、まさに人間に座って欲しいと言わんばかりだ。
「いい感じです。本当にすみません、何から何まで」
その椅子に座りながら、ダイゴがリクに言う。勿論、シーラも隣に座っている。
「いえいえ。ごゆっくり……は、できないですね」
荷台の中には昨日よりも多くの荷物が並んで、否、ぎゅうぎゅう詰めになっている。最早、シーラたちは荷台の上を歩き回ることもままならない。
「重量、大丈夫ですか……?」
シーラが不安げに、あるいは申し訳なさげに聞く。
「いやはや、気の利く方々だ。ですが心配ありません、私の馬たちは屈強ですから。あと三人追加で乗ろうとも、難なく運んでくれます」
ともかく、これで何事も起こらなければ、無事ギルベイスへ着くことが出来るだろう。
「あいつら、向こうで待っててくれてるといいんだが……」
「ダイゴさんの仲間の方ですか?」
「ああ。もし隊員同士はぐれたら、とりあえず各自ギルベイスに戻れって、指示はしておいたんだけど……」
「指示……ダイゴさん、もしかして」
「ああ。一応、所属する隊のリーダーだ。小隊長……って言っても、小さい傭兵団の小隊だから、あんまり凄くないけどな」
自虐気味に、苦笑いのような顔で、ダイゴは言う。
「そんなことないです。ダイゴさんは凄い人です」
「そうでもないさ……凄いって言ったら、シーラこそそうだろ?」
「い、いえ……ボクはそんな……」
「凄い子だよ。もっと自分に自信持とう」
「じ、自信って言ったら……ダイゴさんだって、もうちょっと__」
二人で言い合っている最中、馬車の前方からくすくすと声がした。
「リクさん?」
「いえ、失礼。あまりに仲が良くて、微笑ましく思ってつい……まるでおしどり夫婦ですな」
「えっ、ふふ、夫婦って……!」
シーラは異様に恥ずかしくなり、真っ赤になった顔をすぐさま伏せた。
「はは。夫婦だなんて、そんなわけないでしょう」
「なんでダイゴさん、恥ずかしくならないんですか……」
爽やかに言い返すダイゴに対し、シーラは顔を上げぬまま言った。
「しかし、夫婦か……ああ、故郷の妻が恋しくなってきました。マリナ……彼女との出会いは25年も昔のことだった」
「リク、さん……?」
リクは突然、長い独り言を言いはじめた。ロクに前も見ず、ぼんやりと青空を眺めながら。
「そう、こんな風に乾いた青い空が綺麗な日だった……彼女を初めて見たときの感動、胸の高鳴り、今も忘れてはおりません。そして私は……」
「ダイゴさん、ダイゴさん」
どうやら、リクの"スイッチ"が入ってしまったようだ。
「……ああ。長い話を聞かされるな、これは」
「……そして私は言ったのです、その悲しみ、半分私に預けてくれと。それからはもう、彼女は私にぎゅっとしがみつき、鮮やかで儚い大粒の涙を……」
「はい、なるほど……」
あれから15分ほどしたが、まだまだリクと奥様の馴れ初め話は終わらなさそうだ。シーラはとりあえず適当に相槌を打つのみである。
(ダイゴさん、一人で寝ちゃったし……ずるいよ)
シーラも先ほどまで、昼寝という名の逃走ルートを考えていた。しかしダイゴに先を越されてしまった。二人とも寝たりしては、熱心に語っているリクが可哀想だ。ただの独り言になってしまうのだから。
(悪気があるわけじゃないし、"聴"かないにしても、せめて"聞"いといてあげなきゃ……)
そう思い、シーラは耳だけは傾けてやっているのだ。
(……そうだ。アレ、やろう)
熟睡しているダイゴを見て、シーラは思いついた。彼の上着のポケットに手を突っ込み、彼を起こさないようにこっそりと中を漁る。
(……あっ、あった!)
そして彼女が中から取り出したのは、緑色の液体が入った親指サイズの小瓶。昨日ダイゴが使っていた、目の前の相手の魔力量を図れる薬だ。
(ダイゴさん、きっとすっごく強いだろうなあ……)
昨日も使わせてくれた頼んでみたのだが、断られてしまった。だから、ダイゴが気づかない時を狙って、こっそり薬を使うことにしたのだ。
シーラは上を向き、そして薬を右目に垂らす。眼球を液体が覆ったのち、彼女の視界は緑色に染まった。
(すごい、こんな感じなんだ……あ、ボクの魔力量もわかる)
魔力量:4110、推定魔力最大量:4200。昨日ダイゴが言っていた魔力量よりも、大幅にアップしている。魔力が回復したという証だ。
自分の魔力を確認したところで、いよいよシーラはダイゴに目を向ける。
(基準がよくわからないけど……ボクで4000ってことは、ダイゴさんは10000ぐらいあるのかな?)
若干楽しみにしながら、シーラは数字が浮かび上がるのを待った。
そして、視界に捉えたダイゴの隣に、ぼんやりと黄色い数字が浮かび上がり__次第に鮮明になった。
魔力量:0 推定最大魔力量:0
(え……?)
目の前の数値が信じられなかった。不具合かもしれない。そう思い、シーラは今度はリクの方を見る。未だ話を続ける彼の隣に、数字が浮かび上がった。
魔力量:3155 推定最大魔力量:3269
シーラよりも低いが、それでも不具合とは考えにくい、具体的かつ普通の数値だ。
もう一度、ダイゴの方へ目を向ける。
魔力量:0 推定最大魔力量:0
(やっぱり、これがホントの数値……?)
きっと、魔力切れというわけではない。推定最大魔力量の値まで0なのだから。
(どういう……)
シーラが困惑していた、その刹那。
「……うっ!?あああっ!?」
突然、右目が鋭い痛みに襲われた。染みるような痛み……傷口に塩でも擦り付けられているかのようだ。
「っ……痛……痛いっ……!!」
「お嬢さん!?」
リクは驚きながら、後ろを振り返る。さぞ驚いただろう。後ろを振り返ったら、シーラが右目を抑えながら悶えていたのだから。
「んっ……シーラ……?」
流石に声が耳に入ったのだろう、ダイゴは目を覚ます。
「って、おい!どうした!?」
ダイゴは焦りをあらわにしながら、シーラの身を案じた。しかし、すぐに彼女が苦しんでいる原因を悟る。
「薬だな?これを使ったろ」
シーラの足元に落ちた小瓶を拾って言った。
「っ……はい……痛っ!」
「だから使っちゃダメだっていったんだよ……これ、慣れないうちは副作用の痛みがキツいんだ……だあ、もう!」
シーラが半ばパニックになりながら、5分が経った。
「……はぁ〜……」
すっかり痛みが治まったシーラは、肩を落として安堵する。
「ったく……」
「すみません……試してみたくなっちゃって」
シーラは苦笑いしながら言う。すっかり肝を冷やしてしまったのか、リクの長い長い恋バナも突然終了した。
(にしても、あの魔力量は……)
黙っておくべき__なんとなく、シーラはそう思った。あの0という数値は、ひとまず忘れてしまおう、と。
「……ああ、お二人とも。見えてきましたよ」
リクがはるか前方を指差す。遠くの平原に、四角い箱庭のような街が見えた。
「うわあ、ギルベイスだ……!なんか、すっごく懐かしく感じるな」
いつになく明るく、無垢な子供のような笑顔を見せながら、ダイゴが言った。
「とても綺麗な街だ。私の商売も繁盛しそうですな」
街を見ながらリクが言う。シーラもまた、新しい街に胸を高鳴らせていた。
その時。なにかが鋭く突き刺さる音がした。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
突然荷台が傾き、つまづいて転ぶように左に横転しそうになる。
「っ……ブロッケル!」
シーラは体勢を崩しながらも、すぐさま防御魔術ブロッケルを唱える。魔力で作られた壁が左に出現し、倒れこんできた荷台全体をしっかりと支えた。
「危なかった……」
「お二人とも、お怪我は……!?」
「大丈夫です。でも、何があったんだ……?」
ダイゴはリクの呼びかけに応じた後、すぐに荷台を飛び降り、その左側を確認した。
「タイヤが一つ取れている……切断されてるのか、これ?」
荷台の左後ろで、タイヤが一つ仰向けに倒れているのを見て、ダイゴはそう推測した。あまりに切り口が綺麗だ。まるで事故ではなく、誰かの恣意によってタイヤが切断されたかのように。
「切断……ですか?」
「ああ。そうなると」
ダイゴが何かを察したように言った直後、数人分の足音が彼らの方へ近づいてきた。
「よお……単刀直入に言う。金目の物を置いていけ、おっさん」
渋い声と共に、ガタイのいい茶髪の男が一人、草陰からナイフを持って歩いてきた。その後ろからついてくるようにして、三人の男が続けて現れる。全員不潔なヒゲを顔に生やし、光のない目をしており、その容姿は誰がどう見ても悪人のそれであった。
「盗賊……!?」
「の、ようですね……お前らが何かしたんだな?」
「その通り。俺らが仕掛けた罠に、まんまと引っかかってくれたな。そこを通ると刃物が飛び出し、荷台を壊す仕組みってわけだ」
驚くシーラとは対照的に、ダイゴは冷静さを失わぬまま、男に聞く。リーダーであろう茶髪の男は、不敵な笑みを浮かべながらダイゴを見据える。
「なんで人間がそこに乗ってんのかは知らねえが……お前らに用はねえ。おいおっさん!金目のモンを全部寄越せっつってんだよ!」
「……断る」
リクは静かに言い放つ。
「リクさん……!」
「私が運んでいるのは、街で懸命に働く方々を助けるための物資や、彼らの疲れを癒す酒だ。自分たちは何もせず、人から奪い取るだけの貴様らならず者に、くれてやるものなどない!」
彼には最早、妻との馴れ初め話にうつつを抜かす冴えない男の面影はなく、その目は強い決意に満ちていた。
「ほう……言うじゃねえか。気に入らねえ、実に気に入らねえなあ……クソオヤジ、てめえからブッ殺してやる!そこのガキと若造はその後だ!」
話しながら、男は自分の部下を動かし、進むことが困難になった馬車を取り囲んだ。前方の馬は怯えきってしまい、動けずにただ辺りをきょろきょろとするだけである。
「リクさん、ボクたちに任せて!」
シーラは言い、魔術を使おうと両手を掲げた。しかし、リクは首を横に振る。
「ご心配には及びません。護身具の一つくらい備えております」
リクはそう言い、胸ポケットから何かを取り出した。
「リーダーのお前以外は武器を持っていないと見える……さては、魔術を主として戦う盗賊だな?」
「リクさん、それは……」
リクの手には、青く光る小さな石……いや、鉱石と言うべきだろう。鮮やかに光るそれを、リクは強く拳を握りしめて潰した。ビスケットが粉々になるような音がした後、リクはそれを握っていた右手を振り上げ、振りまくように欠片を空中へ放り投げた。
鉱石の欠片は空中に消え去り、その直後、彼らのいる空間、半径十数メートルが、鉱石と同じ青色の光に包まれた。結界のような四角い光に。
「商街マニードルを守護している、魔術無力化の"地脈石"……この石の力に包まれた空間では、一切の魔術が無効化される」
地脈石……?聞き慣れない言葉を、シーラは脳内で疑問形で繰り返す。
「その地特有の魔術が結晶化したものだ。後で説明するよ」
そんなシーラの様子を見て、彼女がきょとんとしているのを察したのか、ダイゴは耳打ちして教えた。
「さあどうする、ならず者たちよ!こちらには歴戦の傭兵の方もいる!すなわち、武器だけでの戦いなら、力の差は歴然!貴様らが魔術を使えなくなった以上__」
「いや、おっさん……俺ら、別に魔術使わねえけど」
茶髪の男がツッコミを入れた。
「い……いやだってお前たち、リーダーのお前以外は武器を持っていないだろう!それはすなわち、魔術で戦うと言う証!負け惜しみはよして__」
「いや、ふつうに隠し持ってたんだけど……」「俺も……」「オレも」
部下の男たちも、服の中やベルトの内側から、次々と剣を取り出す。
「むしろ、おっさんがそいつ……傭兵?の、魔術封じてくれて助かったんだけど。俺たち」
(…………リクさん、余計なことした!!)
シーラは心の中で叫んだ。
「…………くっ、貴様ら、謀ったな!こちらの魔術を封じるのが狙いか!!」
「リクさんのミスですよ!?」
「しかも最後の方のセリフからして、俺たち頼りの作戦だったな……」
かくして、リクの欠陥だらけの撃退作戦は失敗に終わった。
「……リクさん、もう俺たちに任せてください」
「はい、申し訳ありません……」
リクはしょんぼりしながら言う。盗賊に襲われているとは到底思えない、気の抜ける空気感だ。
「でも、ボクは魔術が封じられちゃったし……」
「心配するな。俺一人で大丈夫だ」
ダイゴは自信ありげに言う。
「え……でもダイゴさん、魔力切れじゃないですか。魔術を使わなくたって、体内魔力が切れてたら全力が出せないんじゃ……」
魔力の枯渇は、健康に害を及ぼす。もちろんシーラもそれを知っていた。
「あぁ、見たのか?俺の魔力も」
「はい、すみません……でも、たしかに魔力量が0でした。そんな状態で__」
「それなら大丈夫。0でいいんだ、俺は」
0でいい……?シーラには、彼の言うことがわからなかった。
「どういう……」
「じゃ」
シーラの言葉を遮り、ダイゴは荷台を飛び降りた。荷台を取り囲む盗賊たちが、彼に視線を集中させる中、彼はまっすぐにリーダーの男と向き合った。
「おい、盗賊のリーダー。お前に話がある」
「何だ?言ってみろ」
男が聞き返すと、ダイゴは彼と同じような笑みを浮かべて言った。
「__俺と、決闘してほしい」




