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#5「商街にて」

 地面が揺れている。目覚めて一番に、シーラはそのことに気が付いた。


 開いた目には、太陽が傾きつつある青い空が映る。自分が寝そべっていると理解したシーラは、ゆっくり起き上がった。


「ここは……」


 見てみると、自分が先ほどまで寝ていた場所は木の床だった。馬車の荷台らしく、周囲には木箱や樽が所狭しと並んでいて__


「おはよう、シーラ」


 そこには、ダイゴの姿もあった。


「あれから、どうなったんですか?」


「君はしばらく意識を失ってて……歩いてるうちに、行商人の人の車に拾ってもらえたんだ。感謝してもしきれない」


「いえいえ……」


 荷台の先、歩く一頭の馬の上から、穏やかな男性の声がした。


「行商人のリクです。お嬢さん、ご気分は大丈夫ですか?」


「はい。助けていただいて、ありがとうございます」


「もうすぐ街に着きます。どうぞごゆっくりなさってください」






 丘の西に位置する"商街"マニードル。街の入り口の門に、大きくそう描かれていた。岩で囲まれた開拓地にいくつもの木の建物が並び、石で整備された道をたくさんの人々が歩く。その群衆は多くが行商人なのだろう、中年の男の割合が高い。


「この辺一帯の行商人が一堂に会する商業の街で、国の各地方に向けて列車が出る交通の要となる街でもある……だったかな。それに敵軍が攻撃してくることもない街だ平穏な街だ」


 とりあえずここで一休みし、準備でき次第ダイゴの目的地・傭兵団の拠点がある街ギルベイスへ向かう__そういう算段だ。先ほどの行商人リクが丁度ギルベイスへ向かう途中であり、有料で特別にダイゴたちを運んでもらえることとなった。


 そして、これからのことを何も決めていないシーラは、とりあえずダイゴについて行くことに決めた。


「もう16時か……出発は明日の朝らしいから、とりあえず今日は宿を取って……」


 時計に目を向けながら、ダイゴが言う。


 しかし、返事がない。


「シーラ?」


 後ろを振り返ると、青い服、白い髪の少女が遥か遠くへふらふらと歩いているのが見えた。


「待て待て待て待て待て」


「あっ……」


 ダイゴは慌てて駆け戻り、すぐさま彼女の方を掴む。周りの人の視線がどこか恥ずかしかった。


「あのな……どこか行く時は一言言ってくれ」


「ごめんなさい……なんか旅行に来たみたいで、うきうきしちゃって」


 シーラは恥ずかしげに弁明する。なんとも可愛らしい言葉に、ダイゴの肩の力は思わず抜けてしまった。


「初めてなんです……なんていうか、こんな風に旅っぽいことするの」


「二人とも旅というか、遭難みたいなものだけどな」


 ダイゴが苦笑いしながら言う。


 シーラが奴隷兵士になってからは、旅行する暇など当然なかった。それにアンジュと過ごしていた間も、外に出るのが怖くてずっとあの家の周囲だけで過ごしていた。だから、軍の任務以外でこんな風に出歩いたことは無かったのだ。


「って言っても、君は軍服の格好だしな……今日だけ我慢してくれ」


「はい……」


 仕方のないことだが、それでもシーラは少ししょぼくれたのだった。


 街の中心部まで歩いた二人は、少し大きな宿屋で予約をとった。濃い茶色を基調としたロビーのの奥のカウンターで、ダイゴは予約をとっている。シーラは無料サービスのココアをもらい、側のテーブルで彼を待った。


(そうだ……ボク、これからのこと考えなきゃ)


 とは言っても、これからやりたいことはある程度決まっていた。


 ダイゴに恩を返したい。そのために、もうしばらくいっしょにいたい__それが、大まかな彼女の希望だ。だけど、それを叶えるためには問題がある。


(ボク、帰らなきゃいけないんだろうな……)


 騎士軍に戻り、無事を報告しなければならない。メルトにも無事を伝えたい。だがそうすれば、奴隷兵士である彼女は再びどこかの部隊に配属され、また労働の日々を送ることになるだろう。そうなれば、ダイゴに再会するのは厳しい。


 それに、昨日までシーラがいた中隊はかなり人員が多い。騎士軍に戻らなかったとしても、いずれ知り合いに出くわして無事が知られてしまうだろう。


(ど……どうすれば……)


「シーラ?」


「はひっ!?」


「え……ぷふっ」


 必死に考えている最中、突然声をかけられ、シーラは驚いて変な声を漏らす。ダイゴはその声を聞き、思わず吹き出してしまう。


「うぅ……」


「ごめんごめん」


 恥じらうシーラのとなりの椅子に、ダイゴが座る。


「さてと……宿とれたし、次は服だな」


「服ですか……?」


「ずっと軍服のままじゃ嫌だろ?俺もそろそろ着替えたいし」


 日帰りの任務のはずだったから、着替え持ってきてないんだよ__と、ダイゴは付け足した。


「でもボク、お金が……」


「いいよ、一着ぐらいおごる。とにかく、店が閉まる前に……」


 買いに行こう、といいかけたが。


「ああ……俺はいいけど、あんまり出かけない方がいいよな、その格好で」


 シーラの軍服を見て言う。年端もいかない子供が騎士軍の軍服を着ていると言うのは、それは異常事態もいいところだ。今だって周りの視線が気になるし、あまり彼女はこの格好で出歩くべきではないだろう__ダイゴはそう思った。


「じゃあ……」





「ただいまー」


「あ、お帰りなさい」


 宿の部屋の中でダイゴを待っていたシーラは、彼の声にすぐに反応した。ドアを開けたダイゴは、左手に紙袋を掲げながら歩いてきた。


「結構良い部屋だな。良かった」


 今初めて部屋に足を踏み入れたダイゴは、大まかに部屋全体を見渡す。二つあるベッドはどちらも真っ白。床もテーブルもクローゼットも綺麗。そして明るい茶色の木の壁が、部屋全体に温かみと落ち着きを生み出している。ランプの穏やかな火さえも雰囲気をなごやかにしていて、まさな疲れを癒すにはぴったりの部屋だ。


「さて……ほら、これ」


 テーブルの手前に立つとそこに紙袋を置き、中から白いなにかを取り出す。広げると、それは真っ白なワンピースだった。シーラが待っている間、買いに行っていたのだ。


「一人で買いに行ったから、周りの視線痛くて……どうかな?サイズ合ってるとい__」


 ダイゴが尋ねてみた時にはもう、テーブルの上のワンピースは消滅していた。


「あれ?」


「着替えました!」


「速っ!?あれっ!?」


 気付いた時にはもう、シーラの衣服は変わっていた。白髪と白いワンピースがマッチして、まるで降り積もる雪のよう。それと相まって、彼女の赤い目の輝きは真冬の聖火のように見えた。


「サイズ、良い感じです。その……似合ってますか?」


「うん。白が似合うと思ったけど、正解だったな。ピッタリだ」


 少し恥じらいながら尋ねたシーラとは真反対に、ダイゴはためらいなく率直な感想を口にした。あまりにもまっすぐに褒められたせいで、シーラはますます恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じた。顔を伏せたまま、ベットに乗って端にちょこんと座り込む。


「どうした?」


「……何でもないです。ありがとうございます、買ってくださって」


「感謝するのは俺の方だ。今更だけど……ありがとな、助けてくれて。すごい魔術だった」


 もう一つのベッドに座り、ダイゴが言った。


「そんな……まずダイゴさんがボクを助けてくれたんじゃないですか。ほら、崖から落ちた時……だから、ボクは感謝されることなんて」


「それはそれ。俺もシーラを助けたけど、でもシーラも俺を助けてくれた。だから、ありがとう」


 ありがとう__その言葉が耳に響くたび、胸の中で熱い何かが震える。涙がこみ上げてくるような、激しくも心地のいい感覚がする。シーラはそう思った。


(久しぶりだな……ありがとうなんて言われたの)


 ありがとう。二人が互いに交わす、感謝の言葉。


 これが、誰かと一緒に生きるということ__幼いながらも、シーラは詩人のように、そう心に書き記した。


「……ありがとうございます」


「ん?何がだ?」


「えと……ありがとうって言ってくれて、ありがとうございます?」


「ははっ……やめとこう、キリがなくなる」


 ……そういえば。ダイゴは呟いた。


「シーラ、体は大丈夫か?あの光の魔術、きっととんでもない量の魔力を使ってたろ」


 魔力もまた血液や養分と同じように、体を構成する物質の一つ。使いすぎて枯渇すると、死には至らないものの、健康に害が及んでしまう。


「はい……ちょっと疲れたけど、大丈夫だと思います」


 シーラはまるで他人のことのように、曖昧に答える。彼女自身魔術を使ったのは久しぶりだったから、感覚がよく分からないのだ。


「……いや、一応見ておくか」


 ダイゴはそう言うと、ズボンのポケットからごく小さなビンを一つ取り出した。コルクの栓を開け、中の緑色の液を、目薬のようにして両目に垂らす。


「それは……?」


「俺の仲間が作った薬だ。視界に入った生物の魔力量が分かる」


 数回瞬きをした後、ダイゴはシーラの顔を見つめる。淡い緑色になった視界の右上には、液晶に映る文字のように数字が浮かんだ。


 魔力量:1990

 推定最大魔力量:4200


「……うん。最大値の半分ぐらいは魔力が残ってる。これなら心配ないな」


 一般的に体に害が及ぶとされているのは、魔力量が最大の10%ほどにまで低下したとき。今のシーラの魔力量ならなんら問題はない。


(にしても、子供の最大魔力量の目安は2500……それを遥かに超えてる。すごい子だな……それに、あんな威力の魔術を)


 ダイゴの脳裏には、未だに煌く希望(ホープ・ドライブ)のまばゆい光が鮮烈に焼き付いていた。


「シーラ……歳、聞いてもいいか?本当の年齢」


 ダイゴが言うと、シーラは一瞬ためらったが、その後すぐに口を開いた。


「14歳です」


「14か……」


 14歳にして、あの規模の魔術。ダイゴからすれば、シーラの才能は驚くべきものだった。


 そして、こんな時代では、その力が殺しのために使われてしまうかもしれない__否、いずれ使われてしまうであろうことが悲しかった。


「…………」


「ダイゴさん?」


「あぁ、ごめん……そうだ、俺ばっかり質問して悪かったな。君も、聞きたいこととかあったら遠慮なく言ってくれ」


「えっ、と……じゃあ1つだけ、お願いしても良いですか……?」


 ダイゴは迷わず頷く。


 お願い__というよりも、シーラの身勝手なわがままだ。押し通すことなど許されない、完全に私欲だけのわがまま。


 だけど、シーラにとってはかけがえのない願い。


 だから__シーラは、口を開いた。


「ダイゴさん……傭兵団を、抜けてくれませんか?」

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