#4「煌く希望」
「ダイゴさん……」
シーラは安堵の声を漏らした。ダイゴは獣から剣を引き抜くと、残りの三匹を見据える。
「あの色は……ブールフ。魔物か」
青い毛並みを見て、ダイゴが呟く。三匹の獣は牙をむき出しにしながら、新たな侵入者を血走った目で睨みつける。
「一旦退くべきだな」
ダイゴは更に呟くと、腰の小さな鞄から、飴玉ほどの大きさの白い玉を二つ取り出して地面に投げた。衝撃で玉が割れ、中から白い煙がもくもくとのぼりだし、辺りを包んだ。突然の目くらましに獣たちはダイゴたちの姿を見失い、困惑して辺りを見回す。
「今の内だ。走れるか?」
「は……はい」
ダイゴに手を引かれ、シーラは駆け足でその場を去った。
「よし……あと数分はこっちに来れないだろう。あの煙玉は効果が長続きするからな」
ある程度離れたひらけた場所で二人は立ち止まり、負傷したシーラの左腕にはダイゴによって包帯が巻かれた。痛みは引かないが、これで多少はマシだ。
「逃げ切れたんでしょうか……?」
「あの煙玉は嗅覚も遮断する。あいつらはしばらく、においを頼りにしても俺たちを追ってこれない」
「じゃあ……」
「いや……ブールフは嗅覚だけじゃなく、記憶力も良い魔物だ。煙が消えたら、あいつらはにおいの記憶を頼りにここに来るだろう」
「やっぱり、魔物なんですね」
魔物。敵国である魔晶王国が作った、魔力でできた動物型の兵。聖晶王国と比べて人口の低い魔晶王国は、大量に作り出したこの獣を戦力の要としている。
「多分、魔晶王国の連中がこの森に放って、そのまま繁殖したタイプだろう。不意打ちで一匹は倒せたけど、正面からあの数とやり合うのはきついな……」
ダイゴが悔しげに唇を噛む。
「仕方ない……シーラ、今すぐなるべく遠くへ逃げるんだ。俺がどうにかしてあいつらを食い止める」
「そんな……ダイゴさん、あの数を相手にするのはキツイってさっき」
「ああ……でも、こうするしかない」
真剣な表情でダイゴは言い、シーラの顔を見る。自分の命か少女の命かなら、俺は迷うことなく少女を選ぶ__そんな決意を込めた瞳で。
「それなら、ボクが残ります。ダイゴさんが逃げてください」
だが、シーラはそう言わずにはいられなかった。
「馬鹿、お前__」
「ボクは本気です」
シーラもまた、ダイゴのそれに引けを取らぬ決意の瞳でダイゴを見る。
再び彼に会って、ようやく気付いたのだ。自分が彼に嘘をついていたのは__単純に、自分が彼に嫌われたくなかったからだ、と。奴隷兵士という身分が知られ、彼に忌み嫌われてしまうのを恐れていたのだと。
彼はアンジュやメルト以来の、自分に対して平等に接してくれる人間だった。シーラが奴隷兵士であることを知らないからかもしれないが、それでも彼の優しさは嬉しかった。だから、そのままでいて欲しかった。知られたくなかったのだ。嫌われたくなかったのだ。
「……ボク、もういいんです」
嫌われるのは嫌だ。
だけど、嘘をつき続け、恩人を騙し続けるのはもっと嫌だ。
「ボク、奴隷なんです。生きてる意味のない人間……いえ、人間ですらないですね。いつ死んだっていい、使い捨てのモノ……だから、ここで死なせてください。ボクは、せめてダイゴさんを守って死にたいんです。その方が、他のどんな無駄死により100倍良いから」
瞳に涙を浮かべながら、シーラは想いを伝えた。ここで人生を終える悲しみと、最期に大切な人を守れる喜び。その二つが混ざった涙だった。
「だから……お願いします」
これでいい。最後の最後に、また良い人に会えた。短い時間だったけど、楽しかった。それでシーラ・エンジェイトの物語はおしまいでいい。
「……うな」
ダイゴが小さく囁いた。その言葉を聞き逃したシーラは、困りながらただ彼の顔を見る。
「ダイゴさん……?」
「自分のことを、そんな風に言うな!!」
怒号。あるいは、鍵のかかった扉をこじ開けるような、強い声。
言い放ったダイゴの顔は、怒っていた。
「生きてる意味のない人間なんかいるか……使い捨ての人間なんかいてたまるか!」
「でも……でも!」
シーラも強く言い返す。目に溜まった涙がこぼれ落ち、光りながら頰を伝った。
「ボクは何もできないし、弱いし、色んな人に嫌われてるし、ボクを大事に思ってくれる人がいても、その人の迷惑になってるし、ボクは__」
「そんなことない。それに、人の迷惑にならずに生きていける人間なんていないだろ」
今度は優しく微笑み、ダイゴが言った。
「でも、ボクは__」
必死に反論しようとしたシーラは、背後の気配に気づくことができなかった。血の匂いを漂わせる、獣の殺気に。
(あいつら、もうここまで……!)
シーラの死角から跳躍して襲いかかるブールフだったが、彼女と向かい合うダイゴからはその姿を視認できた。未だブールフに気がつかないシーラの方へ走ると、
「うぁっ……!?」
その肩を掴み、強引に横は押し出した。
そして軌道を変えないブールフの顔面に、強く回し蹴りを食らわせる。ダイレクトにその一撃を受けたブールフは、顔から血を噴き出しながら逆方向に吹き飛んだ。
「__ガァァウッ!!」
再び聞こえた、ブールフの雄叫び。しかしそれは、眼前で倒れたブールフのものではなかった。
(まだ来るっ……!?)
ダイゴの左右の茂みの中から、次いで二匹のブールフが勢いよく飛びかかる。応戦しなければ__
「ぐぁぁっ……!?」
「ダイゴさん!!」
そう思った時にはすでに、彼の両肩にはブールフたちが噛み付いていた。同時に、ブールフの足にぶつかった剣がダイゴの腰から落下し、音を立てて地面に倒れた。シーラの時よりも深く食い込んだ牙の周囲から、血が流れ出してはポタポタと地面に垂れる。
「……らああああっ!!」
ダイゴは自身を鼓舞するように叫び、足元の剣の柄を強く踏みつける。勢いよく飛び上がった剣の切っ先が、左肩に噛み付いたブールフの首元を裂いた。
鋼の剣に急所を裂かれたブールフが声もあげずに倒れる。右肩に噛み付いていたブールフも、危険を感じたのか、攻撃を止めて跳びのき距離をとった。
「っはは……かっこ悪いな、これじゃ。もう剣も振れそうにない」
未だ肩から血を流しながら、ダイゴは苦笑いして言う。ダイゴに庇われて地面に倒れながら、シーラはその一部始終をただ見ることしかできなかった。
「ダイゴさん__」
「心配……するな。たとえ剣が振れなくたって、君のことは、何が何でも守り抜く」
「でも、ボク……!」
「理屈はいい。自分の心に……正直になってみろ」
言葉を途切らせながら、しかしダイゴは光のようにまっすぐな声でシーラに言う。
「……どっちだ?死にたいのか……生きたいのか」
それだけでいい__幼い奴隷は、その言葉でようやく気付いた。
「……生きたい!!生きて、友達と過ごして、辛いこともあるけど楽しくて……好きな人に出会って!!夢を持って!!普通で幸せな人生の中で、笑ってたい!!!」
価値とか意味とか、そんなこと関係ない。シーラ・エンジェイトは、ただ生きたかった。生きて幸せになりたかったのだ。
「……そうか」
彼女の叫びを聞き、ダイゴは安心したように微笑んだ。
そして、再びブールフと向かい合うと、シーラをかばうように両腕を広げた。
「なら、生きよう。シーラ」
最後にダイゴが言った、その刹那。ブールフが再び、彼に牙を向けながら襲いかかった。
(……嫌だ)
嫌だ。嫌。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
体を誰かに操られている気分だった。シーラは無意識に全力で走り、気がつくとダイゴの前に立ち、ブールフと向き合っていた。
生きたい。だけど、自分一人で生きたいんじゃない。彼にも生きて欲しい。自分を救ってくれた彼を、何としてでも守り抜きたい。
(今……今発動しなかったら、ボクは自分自身を許さない!)
決意と願いを込めて、シーラは両手を目の前に掲げた。
「ホワイト……ショート!!」
シーラの両手の魔力が、二発の光の玉となって飛び出す。ブールフの顔にぶつかった玉は、閃光と火花を放ちながら炸裂した。
「グラァッ!?」
炸裂する玉に顔を焼かれたブールフが、後ろへ吹き飛ぶ。
「出来た……!」
「シーラ!左!」
数年ぶりに魔術が成功した喜びに浸る間も無く、ダイゴの指示通り左を向く。新たなブールフがすでに跳躍し、シーラに飛びかかって来ていた。
「ホワイト・ショート!」
今度は腹部に直接両手を当て、三発、光の玉を叩き込む。直撃を受けたブールフは一匹目よりも強く吹き飛び、動かなくなった。
(使える……魔術が使える!)
最早シーラの魔術を抑える枷は消え、その両手はすでに全力を出せるようになっていた。守りたい__その想いが、シーラに力を貸している。
「グル……グラァッ!ガウッ!!」
ホワイト・ショートを最初に受けたブールフが立ち上がり、怒りをあらわにした声色で強く吠えた。その直後、ブールフが次々に集まり、その数は四匹にまで増えた。全員、正面からシーラを見据え、血走った目で睨みつけている。
「シーラ……!」
「大丈夫です……ディム・ブロッケル!」
中級の防御魔術、ディム・ブロッケル。魔力が純粋なエネルギーとなってドーム型に広がり、ブールフたち全員を囲む丸い檻となった。
「中級の魔術まで……!?」
「グラァウ!!」「グロァァ!!」
ブールフたちはそれを破壊しようと、次々に激しく攻撃を仕掛ける。
(あとは、あれが成功すれば……!)
檻に囚われた今のブールフたちになら、確実に攻撃が当たる。今あの魔術を使えば、ブールフたちを倒せる__しかし、シーラは躊躇した。あの日、アンジュを殺したあの魔術。それを使うのが、恐ろしかった。
「ホープ・ドラ__」
詠唱を最後まで終えることが出来なかった。その名を口にしようとすると、どうしてもあの風景が頭によぎる。アンジュが目の前で死んだ、あの時の光景が。血の匂いが、心を包み込んだ絶望が、蘇る。
(っ……ボクは……)
フラッシュバックから逃げるように、シーラは背後へ目を背けた。
そこには、自分が守りたいと願ってやまない青年の姿があった。
(……アンジュさん、許してね)
シーラは心でつぶやき、そしてダイゴに笑顔を向けると、再び前を向いた。
ボクを許してください。これは、守るための力だから。
シーラの両手の前に魔法陣が現れ、光を発しながら回りだす。手から放たれた魔力が魔法陣に凝縮され、より一層輝きを増していく。
シーラは叫ぶ。未来への"希望"を乗せて。
「……煌く希望!!」
両手の前の魔法陣から、人をも飲み込むような巨大な光のレーザーが放たれた。まっすぐに伸び、森を喰らうように伸びていく。ブールフたちは閃光に包まれ、シーラたち二人もまばゆい後光を体全体に浴びた。反動で吹き飛びそうになりながら、シーラは必死に足で踏ん張り、レーザーを放ち続けた。
光が徐々に消え去っていき、後には前方数十メートルまで伸びた焼け跡が__シーラの攻撃の跡だけが残っていた。草は燃え尽き、木々は焼け焦げ、目の前の自然豊かだった大地は荒野と化している。
「うっ……」
力を使い果たしたシーラは、力なく倒れる。そこへ、ダイゴが素早く駆け寄った。
「シーラ!大丈夫なのか!?」
「……ダイゴさん」
意識が飛びそうになる中、シーラは微かに声を漏らす。
「ボク……生きたいです。ダイゴさんと……一緒、に……」
大切なものを守れた喜びと満足感に満たされながら、シーラの意識は幸せな気持ちのまま遠のいていった。




