#28「立て、守るもののために」
__起きろ!!
「……"ペオ・スニール"をかわした……!?」
シーラ・エンジェイトは、現実世界に帰還した。直前の状況を覚えていたシーラはすぐさま真横に跳んで転がり、白蛇が放った蛇の魔術をかわした。標的を失った大きな1匹の蛇が、白蛇の足元でただのたうち回っている。
シーラは立ち上がり、白蛇と向かい合った。
「お姉ちゃん!!」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫!」
喜びを露わにする少年を励ますように、シーラは言った。
「どういうことかな?今、死にかけてなかったっけ?どうなってるのさ、それ」
それ、と指さされ、シーラは自分の体を見た。
傷が治っている。体が軽い。そして何より。
(魔力が、全身にみなぎってる!)
普段の数倍の量の魔力が、シーラの全身をめまぐるしく循環しているのが分かる。体の力も溢れ出てくる。確かに自分は強くなっている__シーラは確信できた。
「ま、いいや。もう一回殺そうかな」
白蛇がナイフを取り出した、その直後。
「……"ホワイト・ショート"!!」
先手を打ち、シーラが右手を掲げて光の魔術を唱えた。十数メートル先の白蛇は、しかし余裕の姿勢を崩さない。
「だから、そんなの当たらな__」
嘲るようにそう言った、その瞬間。
「……なっ!?」
五発の光の玉"ホワイト・ショート"は、すでに白蛇の白いローブに寸前まで迫っていた。
(速い……!?)
先日から遥かに成長した魔術に驚愕しながらも、白蛇は体操選手のような優雅な身の捻りで被弾直前に回避した。
「"ペオ・スニール"!」
白蛇はすぐさま、カウンターの蛇の魔術を唱える。人を飲み込めそうな巨大な蛇が白蛇の手から飛び出し、牙を向いて一直線に進む。だが蛇は誰一人獲物を仕留めず、奥の瓦礫にぶつかって消滅した。
(何で……どこに!?)
白蛇に焦りが生まれる。1対1の状況で、シーラの移動を見逃すはずがない。それなのに見失った。まるで、彼女が突然消滅したかのようだ。
「……はああああっ!」
「……ッ!?」
突然消えたシーラは、またしても突然白蛇の目の前に出現し、その身に渾身のタックルを決めた。
白蛇が"ホワイト・ショート"をかわしている一瞬の間に、彼女はひっそりと"ミラージュ"を唱えていたのだ。近づけば簡単に看破されてしまう陳腐なカモフラージュ魔術だが、一度敵の視界から外れさえすれば中々バレにくい__シーラは心の中に書き留めた。
「"エンジェル・フィスト"!」
白蛇を突き飛ばしたシーラはその勢いのまま、次の魔術を唱えた。発動までの早さも格段に上がっている。右腕が巨大な拳に変わり、バランスを崩す白蛇の胴体を突き刺すように殴り飛ばした。
「ぐああっ……」
殴られた勢いのまま、白蛇は回転しながら地面に叩きつけられた。シーラの攻撃が、初めて白蛇にまともに効いたのだ。
(やれる……勝てる!)
希望に背中を押される今の彼女には、そう確信できた。
「…………痛った」
数秒動かずにいた白蛇だったが、愚痴るようにそう呟きながらゆっくりと起き上がった。
「あー……イライラする。黙って殺されてくれればいいのに。こっちにもノルマがあるんだって」
「前も言っていましたね。ノルマって何ですか?仕事なら平気で人を殺すんですか?殺した人の数が誇りなんですか?」
シーラは悠々として白蛇の前に立ち、憤りを込めてそう言い返した。
「……くせに」
シーラが、白蛇が何かを言ったのに気付いた直後。
「!?」
「何も知らないくせに!!」
遠く離れていた二人の距離は、数メートルまで一瞬で詰められた。
「"スート・ブロッケル"!」
シーラは反射的に防御魔術を唱えた。膜状のブロッケルが服、あるいは鎧のように彼女の体に巻きつく。
「死ねっ!!」
大木を両断するような白蛇の回し蹴りが、とっさにしゃがんだシーラの頭の真上をかすめそうになった。殺意を帯びた風圧が鼻を撫で、恐怖にすくみかけたが、シーラはまた自分を奮い立たせて次の攻撃に備える。
白蛇は回し蹴りから地面に着地した足でそのまま踏み込み、さらに詰め寄ってシーラに勢いのあるパンチを放った。2撃、3撃と続く拳を、シーラはかわさずに両腕で受け止め続けた。
激しい衝撃が体に伝わるが、痛みはほとんどない。進化したシーラの魔力は、薄い膜でしかない"スート・ブロッケル"を、白蛇の打撃に耐えられるレベルまで強化させたのだ。
「はあぁぁっ!」
「っ……そこ!」
シーラは、肩の横を通り過ぎた白蛇の右腕を伝うように距離を詰め、右腕を引く。
「なっ!?」
「殴り方も……あなたから教わった!!」
疾風の如く。シーラのカウンターパンチが、白蛇の左胸にモロに叩き込まれた。
(あれ、なんか柔らかい……いや余計なこと考えるな!)
攻撃を当てたところで油断はできない。シーラは手応えの無さに攻撃方法の選択ミスを後悔しながら、すぐに左手を正面に向けた。
「"ホワイト・ショート"!」
「っ!」
白蛇はパンチに動じる様子もなく後ろに下がった。続けてシーラの"ホワイト・ショート"がその後を追う。白蛇が当たる寸前で高く上へ跳ぶと、光の玉は行き先を失って壁にぶつかり、小さな爆発を起こしながら消滅していった。
跳んだ白蛇はそのまま近くの無事な家の屋根に降り、上からシーラを見下ろす。その位置関係でもなお、シーラから白蛇の顔は見えない。おそらく特殊な技術、あるいは魔術で完全にカモフラージュされているのだろう。
「……大丈夫?良かった……」
屋根の上から、白蛇が唐突にそんなことを呟いた。だが、視線はシーラを向いてはいない。彼女に対しての言葉ではない。
(誰に話してるの……?)
シーラの頭によぎった疑問は、続く言葉にかき消された。
「……あー、イライラする。よーし、今日はもう帰って寝よう」
「え……?」
気の抜けるような言葉に、シーラは実際気が抜けてしまった。
「なに?まだ戦いたいの?」
「いや、そうじゃないですけど……」
出来ればこんな戦いに時間を割きたくはない。帰ってくれるとしたら本望だ。
(……ん?でも何か忘れてる気が……)
「そ。じゃあ、これで帰るから。あー、そうそう」
白蛇の言葉に、シーラは耳を傾けた。
「今度はほんとのほんとにイライラしたからね。次はもっと惨めな方法で、確実に殺してあげるから。楽しみにしててね」
「…………」
そう言って微笑む白蛇の姿を、シーラはただ黙って見据えていた。
(いや流石に怖すぎるよ!!!)
そんなことを思いながら。
「じゃあね」
友達に別れを言うような口調で白蛇はそう言い、高い建物を跳び渡っていき、街の外へと出て行くのだった。
白蛇が去った10秒後、シーラはあることを思い出した。
「……………………あああああああ!!!そうだ、白蛇捕まえなきゃぁぁぁぁ!!!」
気付いた時にはもう、白蛇の姿は見えなくなっていた。
(ま……まあ、どのみち逃げ切られてそうだし……ね)
シーラはお皿を落として割ってしまった子供のような顔で、そんな風に言い訳を考えた。
「……お姉ちゃん?」
そんな彼女の耳に、少年の声が入ってきた。
「あの……お怪我は無いでしょうか?」
そして、もう一人の女性の声。振り返ると、少年の横には目を覚ました彼の母親が立っていた。
「は、はい!あの、そちらこそ……」
「私は大丈夫です。骨が痛みますが、出血は薄かったようなので……あっ」
少しふらつく母親の体を、少年がとっさに横から支えた。
「無理しないでください。"ヒール"」
シーラは彼女の足に向けて、治癒魔術を唱えた。
「痛みが……引いていく?」
「荒治療です。あんまり無理はしないでくださいね」
「はい。ごめんなさい、何から何まで」
数秒癒した後、彼女の足はしっかりと立って歩けるまでに回復していた。
「お二人を守ってくれる当てがあります。歩けますか?」
シーラは、傭兵団リバースの拠点を目指そうと思った。きっと今頃、戦闘部隊の人々は戦いに来ている。だけど、それ以外の人はきっと拠点に残っているだろう。行けば民間人は匿ってもらえるはずだ。
突然ワープしたが故、シーラはこれから右往左往して拠点を探さなければならないのだが。
「行きましょう」
「はい……あの!」
踵を返して歩き出したシーラは、母親の声に呼び止められた。
「本当に……本当に、ありがとうございます。この子と、私を助けてくださって」
「ありがとう!」
母親は、神にすがるような感激した声で。少年は、精一杯の感謝を伝える元気一杯の声で。シーラにお礼した。
その笑顔が、言葉が、迷い続けるシーラの背中を押してくれる。自分は間違っていないと、教えてくれる。
「…….はい!」
だからシーラも、精一杯の声を返すのだった。




