#25「命の果てに似た場所」
白蛇。忘れもしない、入隊試験でシーラを襲った謎の敵。そして、第7小隊が追う人物。
「ていうか、また一人?私服だし」
あの日と同じフードを被ったまま、白蛇が微笑みながら言う。相変わらずその顔は口元までしか見えない。
「……どいてください。今はあなたと戦ってる場合じゃないんです」
「え……悪い奴なの……?」
二人の会話が聞こえたのだろう、シーラの後ろの少年が不安げな声で言う。
「……大丈夫、なんとかするから。お母さんと一緒に、ちょっと遠くに離れてて。でも離れすぎても駄目」
「う、うん……」
説得は試みるが、恐らく自分は白蛇と交戦することになる。だから少年達がここにいては危険だが、だからといって目の届かないところに行かせるわけにも行かない。そう考えての指示であった。
「や、どかない。前言ったよね?次は本気で殺しに行くって」
「……教えてください。この惨事はあなたが起こしたことですか?あなたは何者なんですか?」
「違うよ、ある人に頼まれて手伝いに来ただけ。あと、何者ねぇ……君が私に勝てたら教えてあげるよ」
以前と同じ、特徴の掴みづらい中性的な声だ。私呼びだからといって女と決めつけることもできない__そんな考えを巡らせ、シーラは冷静さを最大限保とうとする。
「……"スニール"」
「!」
白蛇が呟いた言葉は、聞きなれない名詞だった。
「"ブロッケル"ッ!」
ならば、十中八九魔術の名前だ。シーラは反射的に両手で防御魔術を発動する。
(あれは……!?)
シーラの魔力の壁に向かって、白蛇の右手から飛び出してきたのは、2匹の白い蛇だった。先端の割れた舌と鋭い牙を見せながら突っ込んできた2匹は、しかし壁に衝突し、お互いを消しとばし合った。
「ふうん……」
(よし……次!)
シーラはすでに、次の攻撃に備えていた。感心薄げに呟いた白蛇は、ゴムが弾かれて飛ぶように急にスピードを上げ、彼女に走り寄った。
(全部避ける。でないと死ぬ!)
心に言い聞かせ、最初の一発__白蛇の脇腹へのパンチを、シーラは横に身を翻して回避した。逆の手でのストレートが続けて胸に飛び込んできたが、それも読んでいたかのように一歩後ろへ飛び退いてかわす。この読みこそシーラの生まれ持ったセンスであり、天が授けた才能だ。
「やああああっ!」
攻撃を外し、若干よろけるようにこちらに向かってきた白蛇の頭目掛け、シーラは右手を強く突き出した。だが白蛇は頭を少し動かして容易にかわす。
「ほら。当たらない」
「"セイント・ブレード"っ!」
「……っと」
シーラは言葉を気にも留めず、すぐに魔術を唱える。光の剣を右手に作り出して握ると、横一線に剣を振るった。
「はあああっ!」
「……」
剣が虚空を斬るも、シーラはすぐに次の一撃を放つ。またしてもかわされる。
それでも諦めない。縦に三発目を放つ。まともな鍛錬もしていない剣技だが、どうにかして当てるしかない。シーラが格下である以上、先にダメージを与えておかなければならない。自分は一撃でも大打撃を受ければ、そこから首を搔き切るコンボまでつなげられてしまうだろう。
「おっと……次は斜め?」
三発目も避けた白蛇が、余裕の声色で言う。斜めに振りかざす__と見せかけた剣は、シーラの手元から消えた。
「"エンジェル・フィスト"!」
「!?」
剣撃が来ると思っていた場所から、巨大な拳が飛んでくる。白蛇からすればとんだ不意打ちだ。
(当たる……!)
そう思った次の瞬間__ダメージを受けたのは、シーラの方であった。
「……ぐぁ……!?」
目の前には、白いフード。一瞬で懐に入り込んだ白蛇の蹴り上げが、シーラの腹部にめり込むように打ち込まれていた。
「はああっ!」
痛む腹を押さえる暇もなく、空中に打ち上げられたシーラに、白蛇の回し蹴りが突き刺さる。
「がっ!?」
肩に刺さるような蹴りで、宙に浮くシーラの体は横に強く吹き飛ばされた。
痛む身体が割れた石の地面に叩きつけられ、さらなる衝撃がシーラの細い体を襲う。
「ほらっ!!」
「……っ………」
地面に叩きつけられたシーラの頭を、白蛇はひときわ強く踏みつける。二度、三度、四度。魔力で強化しているのか何なのか、とてつもない重さだ。地面の石のかけらが頭に刺さって痛む。
(あ…………前、見えな…見えない、かも……)
目が回るような衝撃と耐え難い苦痛に、彼女の意識が揺らぎ始める。防御魔術も使わぬまま、シーラのひ弱な体で耐えられるダメージではないのだ。なぜ自分の体はこんなに脆いのかと悔しさがこみ上げるが、それも薄れゆく意識の中でやがて消えていく。
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!」
「…………逃げ…て」
遠くから叫ぶあの少年の声も、だんだん遠ざかっていく。シーラ自身も、掠れるような声でしか返事できない。
「また驚かされたよ……君、どんどん強くなるんだね。防御のセンスも攻撃の仕方も悪くなかった。久々に楽しくて、結構気に入ったよ。まあ、殺すけど」
届かなかった。あれから少しは強くなった。それでも、白蛇には全く歯が立たなかった。
「安心して。惜しいところまで行った君に免じて、あの二人は殺さない。約束は破らないよ。これから神様の元へ行く人に嘘ついたら、天罰食らっちゃうから」
結局こんなものか。今までの全ての戦いで敵を退けられたのは、きっと奇跡か何かだったのだろう。よくやった方だ。
これから自分は死ぬのだろうか__丘から落ちたあの日が脳裏によぎる。今回は確実に自分を殺そうとする者がいる。今度こそ本当に死ぬのだろう。
寂しさは少しだけある。だけど、後悔も恐怖も無い。救ったものは、確かにある。自分が守れたものは、自分が生きた証は、確かにある。
(ありがとう。ごめんなさい)
薄れゆく意識の中で浮かんだその言葉は、誰に向けてのもの、というものではないのだろう。全ての人へだ。笑顔で去るかわりに、その言葉を遺すのだ。
「じゃあね。"ペオ・スニール"」
最後の一言を聞く前に、シーラの意識はすでに途絶えていた。
「お姉ちゃああああああん!!!」
骸となりかけたシーラの頭目掛けて、白蛇の両手が光りだす。少年には何も出来なかった。
暖かい。夢の世界のように安らかだ。目覚めてすぐ、シーラはそう思った。
(……ここは……この感じは……?)
寝転がっていたシーラは起き上がり、周りを見回す。明るい森だ。木も花も草も生い茂り、蝶が飛んでいる。穏やかでいい場所だ。春の陽気が心地いい。
(だけど、こんな場所にどうしてボクが……)
シーラは数秒頭を悩ませ、そして結論にたどり着いた。
「……ここ天国!?」
その結論を、思わず声に出してしまった。自分は死んだ。ここ天国?ここ天国。彼女はそう考えたのだ。でなければ、燃え盛る戦場から突然こんな森にワープするはずがない。
(や、ミエラさんのワープ……なわけないか。でもそうなると、本当に天国ってことになっちゃうな)
死んだとしか思えないが、死んだと言われても実感が湧かない。不思議な感覚に悩まされる。
「シーラ」
「は、はいぃ!?」
突然声がし、シーラは思わず間抜けな驚きの声を上げてしまった。聞こえてきた女の声を探すように、緑が茂る周囲を見回す。
「久しぶり……なのかしら?あなたからしたら」
「誰ですか!?」
未だ姿の見えぬ女を警戒し、シーラは両手を構える。魔術の準備は万端だ。戦いたいわけではないが。
「私よ」
そう言って、声の主が目の前の大きな木の後ろから顔を出した。
「…………え……?」
純白の長く麗しい髪。大人の女性でありながら化粧はほとんどしないが、それでもとても美しい顔。
そして、今その顔を見て思い出した、シーラの幼き日の記憶を包む優しい声。その声が誰のものか__今まで誰の声か分からなかったのは、今はもう聞こえてくるはずのない声だったからだ。
彼女を、シーラは知っている。いるはずのない彼女が、そこにいる。
「……アンジュ……さん……?」
そこにいたのは、シーラ・エンジェイトの母。アンジェリカ・エンジェイトだった。




