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#23「決意の窓辺」

 ギルベイスの街の中枢に建つ、国営の騎士軍基地。敵兵を捕らえ、また騎士たちが帰るための場所であるそこは今、血に染まっている。


「事務員以外ほとんど留守なんだっけ……弱えなあ。まあ弱え奴好きだけどさ」


 石で作られた道を、クロノ・グレートアーミィは軽い面持ちで独り歩いていた。その左右には、血まみれで冷たくなった兵士たちの骸がいくつも転がる。激戦の戦場に広がるような光景が街中に存在していることは、ある種の地獄とも言えた。


 彼は石階段を見つけると、迷わず降りていった。靴底と石が擦れる音が、一定のリズムで刻まれる。


 基地の地下といえば何があるか__エリートであり、若くにして既に戦争を長年経験している彼にはすぐに見通せた。


「おい、誰だあんた!」


「下がれ下がれ!ここは一般人立ち寄り禁止だ!」


 しばらく暗く湿った道を歩いていると、灯りを手に持った二人の兵士に警告された。軍服を脱いでいるので敵国の兵士とは知られていないようだが、それでも不審者として十分警戒されているようだ。


「通してくれ。多分連れが中にいんだ」


 そう言えば通してくれるだろう、とでも思っているかのような口調で、クロノは言った。


「そうは行くか!身分を示すかすぐに退け!」


「待て……連れって、まさか__」


 警戒を解かない兵士の横で、何かを察した少し若い兵士。彼の横をクロノが通り過ぎた瞬間、紙を切り裂くような音が鳴り。


「邪魔」


 そして、彼の頸動脈から血が噴き出した。


「う……うあああぁぁ!?」


 生き絶えて倒れた同僚の姿を見て、もう一人の兵士は彼の返り血を浴びながらパニックに陥った。周りが見えないまま、必死に命乞いをするようにおぼつかない足つきで踵を返した。


「た、た、たす、助け__」


「よっと」


 最後まで言い切れないまま、彼も突然の絶命を迎えた。


 首に赤い切れ目の入った二つの骸だけが、クロノの目の前に残ったのだった。






「よー。生きてっかお前ら」


 地下の最奥の部屋で、クロノは二人の男に声をかけた。鉄格子の向こうの男たちが顔を上げる。


「た、隊長殿ォ!!」


 感動に満ちた顔でクロノをそう呼んだ、筋肉の塊__もとい、魔晶王国のオーゴン。


「……クロノか」


 落ち着いた声色で言った男ニロも、同じ牢屋に入れられていた。


「おー。隊長殿心配で、直接助けに来ちゃった。場所の候補三つぐらいあったけど、カン当たったわ」


 一人でここまでやって来た事実に対し、二人は何も問わない。それができるだけの実力を彼が持っていると、知っているからだ。


「てかオーゴン、なんで上裸で晒されてんの」


 オワコンは捕虜用のボロボロのズボンは履いているが、上には何も来ていなかった。上下着ているニロと並ぶとだいぶ浮く。


「晒されているのではございません。肉体美を存分に見せつけられる格好、我が所望いたしました」


「お前頭おかしいってよく言われない?」


 筋肉第一のオーゴンの思想に呆れたクロノと、ニロの目があった。冷たい視線であった。


「……お前は相変わらずだな。上司への態度じゃねえだろそれ」


「……」


 ニロは何も言わない。


「お前は魔晶王国軍第6攻撃隊、副隊長。隊長はだーれだ?」


 自分の顔を指差しながら、クロノは言った。


「……位の差は弁えている。だが俺は、お前を格上の人間だとは思っていない」


 ニロは厳格な口調を崩さぬまま、自らの隊長に向けてそう言い放った。


「……ま、いいや。お前らだけに構ってる場合じゃねえんだわ」


 クロノはそう言うと踵を返し、十数個の牢屋が立ち並ぶ部屋全体を見回した。そして、口を開く。


「……魔晶王国軍の運の悪かった捕虜諸君!俺に注目!」


 クロノが大声でそう呼びかけると、幾多の捕らわれた兵士たちは一斉に振り向いた。彼の読み通り、ここは魔晶王国の捕虜を繋ぐ牢であった。


 いくつもの視線を周囲から浴びながら、クロノは両手いっぱいの鍵を空に掲げて言った。


「今からこの街を取る。暴れたい奴はこのクロノ・グレートアーミィに付いて来い」






 それが、十数分前の出来事である。


 そんなことを知る由もないシーラは、ただ呆然として、窓から赤く染まる街を見据えていた。


「新入り。おい、新入り」


 我に帰ったのは、彼女の近くを通りかかった男の団員に声をかけられた時だった。


「あっ……なんでしょうか、あれ……」


「分かんねえが、タダゴトじゃねえだろうな……それより」


 若い男の団員が、言葉を紡いだ。


「お前、平気なのか?だいぶ苦しそうにしてたろ」


「へ?あっ、はい、ボクは……」


 自分自身も尋常ではない状態にあったことを、今の今まですっかり忘れていた。


「……ボクは、大丈夫です」


 本当は、決して大丈夫ではなかった。だけど、街は非常事態にある。自分になりふり構ってはいられなかった。


 そして、それ以上に__ミエラの言葉が、そこにある団長の意思が、彼女を支えてくれているのだ。


「あの、第七小隊の部屋はどこでしたっけ……」


 今すぐ現場に向かいたいが、その前にすべきことがある。


「って、もう忘れたのかよ。階段まで戻って左。奥から2番目の部屋だ」


「あ、そっか……すみません。ありがとうございます」


 シーラは一礼すると、部屋に戻り、シャツの上に青い上着を着込んだ。そして、すぐに踵を返して走り出した。


 廊下には、騒ぎに目を覚ましてざわつく団員たちが何人もいた。彼らをかわしながら走り、目指した部屋の前に立つと、シーラは深く深呼吸をした。


 目の前のドアが開くのに気づかないほどに、深く。


「……いだっ!?」


 ゴンッ!という音と共に彼女の頭に衝撃が走り、続けてジンジンとした痛みが襲ってきた。


「あっ、ごめん__」


 謝る男の声が聞こえ、シーラは顔を上げた。


「……シーラ」


 目の前にいたのは、ダイゴだった。


「え、シーラちゃん!?どうした!?眠れなくなったか!?」


「空気読みなさいよあんた……」


 奥で言い合うジャンニーとティナをよそに、シーラは口を開いた。


「ダイゴさん……あ、あの、外はどうなってるんでしょうか……」


 たどたどしい口調で、シーラは尋ねた。


「……分からない。今、団長から全員に召集があったところだ」


「分かりました。行きましょう」


 シーラは団長の部屋に行こうと、踵を返した時。


「ダメだ。君はここで待ってるんだ」


 ダイゴの両手がシーラの肩を掴み、それを止めた。


「ボクは、もう__」


「もう、無理はさせない」


「え……」


 そう言ったダイゴのひどく辛そうな顔は、シーラには見えなかった。


「……ごめん。君をそんなに傷つけたのは、入隊を許可した俺たちだ」


「ダイゴさん……」


「信じてほしい。これでも俺は、ずっと君が幸せになることを一番に願ってた。今もそうだ。だから、君にはもう二度と戦わせない」


「ボクは__」


 言い返そうとした時、シーラの体に何かが巻きつくような感じがした。


 振り返ると、ダイゴの両腕が、そっと彼女の身を抱いているのが見えた。


「……行かせない。行こうとしないでくれ。もう、立ち上がらないでくれ」


 そう囁いた彼に対し。


「…………奪ったものの数より、救ったものの数を心に刻め」


「!」


 シーラの返答は、その言葉だった。ダイゴは驚きの表情で彼女を見つめる。


「どうして、それを__」


「ボク、全部はっきり分かりました。戦争をするってことの重大さも、命を奪うってことの重みも……それでもボクは、この道を選びたいです」


 拳を固く握り、シーラは言葉を続けた。


「きっとまた、何度も何度も苦しむって分かってます。これから、許されないほどに命を奪うと思います。今度は事故じゃなく、自分の意思で敵の命を」


 シーラがその手で父を殺めた、あの少年の顔が脳裏によぎった。そして、彼女が初めて殺した女性__アンジュとの記憶も、鮮明に蘇る。


 だけど、それはもう呪いではない。


「それでも、その先にこの手で救えた人がいるとしたら……ボクは戦います。そして、傷つけた人以上にたくさんの人を幸せにしてみせます」


 今のシーラの心にあるのは、願いであり、強く煌きつづける希望だ。


「ボクがなりたいのは__」


 シーラは、まっすぐにダイゴを見つめた。


「ダイゴさんみたいな、ヒーローだから」


「…………」


 誰も何も語らない、少しの静寂の後。


「…………あのさ。まず、部屋入るか外出るかしない?」


 響いたのは、ティナのそんな声だった。


「「……あっ」」


 ダイゴもシーラも、完全に忘れていた。ここまでの一切のやり取りを、通行人だらけの廊下で繰り広げていたことを。


「…………!!」


「わっ!?」


 ダイゴはシーラを押し込むように部屋に入れると、バタンと大慌てでドアを閉めた。


「みんなガンガン見てたな」


 ジャンニーがからかうように、ダイゴにそう告げた。


「……やばい、とんでもなく恥ずかしい……」


 ドアに背を預けながら真っ赤な顔を両手で押さえ、彼は嘆くようにそんな言葉を漏らした。少女を抱きしめるところを大勢の人に見られた__シーラ自身には分かってやれない羞恥心である。


「だ、大丈夫ですよ!多分っ!」


 何が大丈夫なんだ__フォローしながら、シーラはそう思った。



「…………ダイゴさん」


 そう言うと、再び彼の目の前に立ち、シーラはゆっくりと息を吸った。


「ごめんなさい、命令違反をします。ボクは戦います。どうか、躊躇わずこの隊から追放してください」


 その言葉は、彼女の覚悟そのものであった。


「……失礼します!」


 シーラはそう言い、いきなりダッシュで部屋の窓へ向かった。窓は開いていた。


「あっ……ちょっと、シーラ!?」


 ティナが叫ぶように言った時には、彼女はもう窓枠に手を掛けていた。


「シーラちゃん!?」


「シーラ……!!」


 伸ばしたダイゴの手は、届かず。


 彼女の体は窓を飛び越え、空を舞っていた。


「"ミラージュ"!」


 シーラは魔術を唱えた。彼女の体が光に包まれ、見えなくなる。敵の目を欺ける半透明化の魔術だが、近くに寄ると意外と分かってしまうのが欠点だ。


 ところで"ミラージュ"を、シーラは過去に使用どころか練習すらしたことが無かったのだが__溢れんばかりの才能と戦場でのレベルアップが、彼女にぶっつけ本番での成功をもたらしたのだろうか。


(確か、下は__)


 後ろから聞こえる3人の声を無視し、シーラは自分の落下地点を見下ろす。騎士軍に追放され、落下死しかけたあの時を思い出させるが、今回は大丈夫そうだ。


 下の庭には、大盛りに積まれた土があった。シーラが着地、もとい激突すると、土はばふっ、という音を立てて土埃を上げた。


「やばっ、汚れちゃった……」


 シーラはすぐに立ち上がり、庭の柵を乗り越えて隣の草陰に飛び降りた。


(……飛び出してみちゃったけど、どうしよう……覚悟きめたった言っても、ボクが一人で出来ることなんて……)


「シーラ。こっちこっち」


 服の汚れを払いながら逃げるように走る彼女に、聞き覚えのある声色で声をかける者がいた。


「ミエラさん?」


 草の向こうの道路で手招きするのは、ミエラだった。


「こっち来て。秘密のテレポート、してあげる」

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