表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/28

#19「黒炎vs燃ゆる闘志」

 同刻、シーラ・エンジェイト。


「はあ……はあ……」


 肩で息をしながら、必死に森の中を走る。町の近隣の森へメリッサを攫って逃げ出したクロノを、彼女は全速力で追っていた。


「……っつ」


 ふと、右手に熱いものが触れた。ふと見てみると、右手の人差し指にヒモのようなものが巻き付いていた。


 そしてそのヒモを追うように、火の欠片が空中を飛んでいる。目を凝らしてみると、それは文字だった。


『そのヒモでシーラの位置は分かるから、あたしたちが応援に行くまでは慎重に!命を第一に!』


 火で文字を作る__十中八九、ティナからのメッセージだ。


 ありがたい気遣いだが、時は一刻を争う。


「メリッサさん……!」


 依頼人の命が危険にさらされている。いつ命を奪われるか分からないのだ。あるいは、既に__


 嫌な考えを頭から消し去り、シーラは走り続けた。


 そして、たどり着く。


「……んあ?やっべ、ちんたら歩きすぎた」


 気だるげな声とともに、シーラの視界についに捉えた。


 クロノ・グレートアーミィ。シーラは、メリッサを誘拐した男と向かい合う。肩に抱えるメリッサは、未だに気絶している。



「てかなんで場所バレした……?」


「……」


 シーラは、ティナの魔力を図る目薬を使ってクロノを追ったのだ。


「まいいや。嬢ちゃん何しにきた?」


「メリッサさんを……その人を取り返しに来ました」


「ブフッ……え、マジ?嬢ちゃん一人で?」


 クロノは嘲笑う口調で言った。だが、そういう態度を取られても仕方ないとシーラは思った。理解している。彼との力の差を。


 魔力を発見するとともに彼の魔導力を見た時、彼女は身震いしそうになった。シーラの魔導力約9000に対して、彼の魔導力は15100。シーラを凌駕するのはもちろん、あのダイゴをも超えた数値だ。


「何が目的ですか?」


 まずは交渉を__圧倒的な力量差があるからこそ、かえってシーラのような素人でも"戦い"のやり方を落ち着いて考えることができた。


「目的ねえ……説明めんどくせえけど、一言で俺を表すなら"愉快犯"ってヤツ?」


「愉快犯…………」


 シーラはそう呟き、黙り込む。


「……って、何ですか」


「マジかお前」


 アンジュと過ごした日々の中で、そんなワードを知る機会など無かったのだ。


「あー、じゃあもっと簡単に言うわ。"楽しいからやってる"」


 迷わずそう口走るクロノに、シーラは驚きを隠せなかった。


「俺好きなんだよなあ、こうやって人を手中に収めんの。こういう弱いくせに偉そうな奴とか特に。支配が楽しい。俺が誰かの命を握れる状況は愉悦に満ちてる。いいもんだよ」


 自身の方にもたれかかるメリッサを指差しながら、クロノが言う。悪魔__彼の一連の発言からシーラに染み付いたイメージは、それだ。


 シーラは次の言葉を探り、慎重に口を開く。


「……だけど、絶対にメリッサさんが必要なわけではないんですよね。返してください」


「なんだその言い方?こいつさえ無事なら、他の奴が身代わりでもいいみてえな言い方だな」


 あなたがそんなことを言うか__口から出そうになったその言葉を、シーラは寸前で飲み込んだ。


「まいいや。嬢ちゃんの勇敢さに免じて、コイツは返してやるよ」


 クロノはそう言うと、意外にもすんなりとメリッサを手離した。腰を両手で持たれて投げられたメリッサの体を、シーラは慌てて受け止めた。一瞬押し倒されそうになったが、すぐに踏み込んで体勢を整えた。


「"カゲロウ"」


「ッ!」


 直感で、魔術の名前だとシーラは見抜いた。とっさに前に出て、メリッサの体を自身の背中を盾にして守ると同時に、クロノの手から拳ほどの大きさの黒い塊が放たれた。


 防御魔術は間に合わず、高速の塊は傭兵団のジャケット越しにシーラの背中にぶつかった。


「ぐっ……」


 爆発のような音とともに強い衝撃に襲われたが、服に守られたのか痛みはあまり無かった。たが直後、焦げ臭いにおいがした。


「燃えてる……!?」


 間違いない。あの塊は炎。漆黒の火だ。


「気をつけろよ。触るとしっかりヤケドするぜ?燃やしたいモンだけ燃やせる便利設定だからな」


「……んぃ……?」


 クロノの言葉に重なって、シーラの耳元に寝ぼけた声が聞こえた。ふと見ると、今の衝撃がきっかけになったのか、メリッサがゆっくりとその瞼を開いていた。


「……ひゃっ!?やだっ、離してっ!!」


「わっ……ちょ、メリッサさん!」


 メリッサは未だクロノに担がれていると思い込んでいるのだろう、半ばパニックになりながら喚いた。


「落ち着いて!ボクです、シーラです!」


「え……あんたは……」


「遅れてごめんなさい。怪我は__」


 問いかけようとしたシーラの視界に、右手を掲げるクロノの姿が映った。


「やばっ……!」


「"ニッショク"」


 クロノが魔術を唱える。接近する黒い炎を警戒したシーラだったが、炎は彼女の寸前で炸裂するように分散し、彼女を避けた。


 来ない……?疑念を抱いたシーラをよそに、分散した炎たちは円形に飛び、地面に着地した。


「つーかまーえた。人質解放したわけねえだろ?お前も捕らえんだよ」


「!しまっ__」


 その言葉でようやくクロノの企みに気づくが、既に遅かった。円形に散らばった黒い炎はたちまち巨大化し、結界のように辺りを囲った。もう逃げ場はない。


「ちょっと!どうするのよこれ!」


「うぅっ……」


「強行突破しても無駄だぜ?俺が燃やさないと決めたモノには、壁として立ちはだかる」


 高さ自分が追い込まれたのはまだいい。だが、メリッサもこの結界から出られないのはまずい。戦いになれば危険だ。


「ねえ……」


「"スート・ブロッケル"」


 メリッサの不安げな声をかき消すように、シーラは防御魔術を唱えた。メリッサの体を、魔力の膜が包み込む。


「大丈夫。ボクが守ります」


 シーラはメリッサをかばうように前に立ち、再びクロノを見据える。


 心臓が高鳴る。緊張が体を襲い、炎の暑さも相まって、汗が頰を流れる。体も心も、彼との力量差を分かっている。


 だけど、死を恐れる気持ちはなかった。白蛇との戦いが、シーラに戦う覚悟と勇気を確かに与えている。


 あるいはそれは、"生きたい"という意志から生まれるヤケクソな闘志なのだろうか。


「……はああああああ!!」


 どちらでもいいと、シーラは思った。両腕に魔力を集中させる。血がたぎるかのような感覚とともに、魔力が結集していくのを感じた。


「"ホワイト・ショート"!」


 やはり、先手を打つならこの技だ。両手の魔力がいくつもの光の玉に変わり、弾かれるように飛び出してクロノを襲う。


「"カゲロウ"」


 クロノは冷静に、すぐに魔術を唱えた。黒い炎が飛び出し、光の玉とぶつかると、その全てを爆風とともに相殺して消滅した。


「……ッまだ!」


「おっ?」


 爆風が吹き荒れる中、シーラはクロノに急接近した。すかさず魔力を絞り出し、右手にこめる。そして、拳を後ろに引いた。


「"エンジェル・フィスト"!」


 唱えると、シーラの拳は姿を変えた。真っ白で美しく、そして巨大な大天使の拳に変化すると、そのままクロノの懐に巨大な一撃を打ち込んだ。クロノは胸元を殴られた勢いのまま吹き飛び、黒い炎の壁に叩きつけられた。彼を燃やす設定にはしていないらしく、炎はあくまで壁として彼を受け止めた。


 だが壁にぶつかる衝撃も含め、ダメージは大きいはず。先にダメージを与えたのはシーラだ。


「……なるほど。やるじゃん」


 だが、クロノはあっさりと起き上がった。まるで負傷など微塵もないかのように。


「そんな、直撃したのに__」


「"ヒゴロモ"。戦いの前に備えとくのは当たりめえだろ」


 クロノはそう言い、上の服を捲り上げて腹を見せた。そこには、黒い炎の膜、否、鎧が燃え盛っていた。


「ま、ちょっとは効いたよ。カブトムシに突っつかれたぐらいにはな」


「……ならっ!」


 シーラは腰から、ダイゴに授かった短剣を抜いた。大きな衝撃を炎に吸収されるなら、炎の合間を貫く一閃の切断ならどうだ__思惑とともに、再びクロノに向かって走り出す。


「殴りがダメなら斬り……いいじゃん。戦闘センスあるぜ嬢ちゃん」


「やああああっ!」


 クロノの言葉を無視し、シーラは剣を振りかざした。ダイゴの剣技を見ての見よう見まねの素人技だが、クロノも見たところ剣士ではない。それならば付け焼き刃でも一矢報いれる可能性はある。


「"ブロッケル"」


 光の壁が出現し、斬撃を防ぐ。シーラの手に強い衝撃が響き、骨を振動させる。縦一閃に振るった剣撃を、クロノは下級のブロッケル一つであっさりと受け止めた。


「よっと」


 ブロッケルが音を立てて砕け散った瞬間、クロノは一歩近づいてシーラの手首を掴む。彼女の腕力を配慮した、短すぎるほどに短い刀身が仇になった。


「おらよっ!」


「うぁぁっ……!?」


 クロノは手首を掴んだ右腕を振って一回転した後、恐るべき筋力でシーラを投げ飛ばした。


「わああああっ!?」


「ちょっ……こっち来ないでよ!?」


 メリッサの元へと吹っ飛んだシーラを、彼女は慌てて受け止める。だがシーラの飛ぶ勢いを抑えきれず、そのまま彼女の下敷きになった。


「あっ、ご、ごめんなさい!」


 慌ててシーラは謝る。


「……いいから!勝ちなさいよ!」


「はい、分かってます!」


 自分の命も、メリッサの命も、この戦いにかかっている。ティナたちもいつ来てくれるか分からない。自分で何とかしなければならないのだ。力をしぼり出せ。立ち上がれ。シーラは自分に言い聞かせる。


 シーラは、未だ自分が剣を握り続けていたことに今更気付く。右手で握り直して、クロノに切っ先を向けた。


「今の剣撃を、わざわざブロッケルで防いだ……その炎の鎧じゃ、剣の攻撃は防げないんですね?」


「ヒュー、正解。やるなあ嬢ちゃん、やっぱ才能あるわ」


 褒めながらも、クロノはその嘲笑的な態度を崩さない。余裕にまみれたクロノと、微塵も余裕のないシーラ。力の差がここまで顕著に出るとは。


「気に入ったぜ。名前は?」


「……シーラ・エンジェイト!」


 シーラは力強く名乗った。


「オーケー。シーラ、足掻く手段はあと何個残ってる?せいぜい楽しませろよ!」


「……!!」


 シーラは闘志を燃やした諦めのない眼差しで、悪魔を睨んだ。


 諦めない。必ず勝つ。彼女は3度目の戦いにして、既に戦士として完成していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ