#18「ケンカするほど仲がいい」
「ぬぅぅぅん!!」
第2ラウンドの幕が開いた。オーゴンの右の拳が、再びティナに迫る。
「シック・ブロッケル!」
ティナは拳に向かって、防御魔術を唱える。厚さも頑丈さも強化された、中級のブロッケルだ。
まさしく装甲のように展開された魔力の壁は、しかしオーゴンの一撃でガラスのような破砕音とともに消滅した。
「ま、パワーアップしてるわよね……」
ティナは呟くと、素早い手さばきでズボンのポケットから小瓶を取り出し、中の液体を左目に入れた。
視界が緑っぽく染まる。オーゴンのすぐそばに、"13100"と数字が表示された。
(あたしより一回り上か……でも、火力で攻めれば勝てる)
魔導力、すなわち戦闘能力でティナが劣るのは、単純に筋力に差があるからだ。そう解っているが故に、彼女は怯むことなく再び右腕を掲げる。
「"炎芸・バード"!」
ティナが唱えると共に、炎の鳥が再び姿を現し、オーゴンに突進した。鋼の筋肉を見せつける男は何故か避けようともせず、ただそこに仁王立ちしている。
「ウルフ!スネーク!」
好機と見たティナは続けて左腕を掲げ、一気に二匹の動物を放出した。火の粉に包まれた蛇と、体毛を燃やし牙を尖らせる狼が、鳥と並んでオーゴンを襲う。牙が、爪が、彼の体を確かに捉えた。爆発が起きるように炎が巻き上がり、三匹は役目を終えて空に消えた。
「……舐めないでよね」
敵の態度が気に入らなかったのか、ティナは不機嫌気味にそう言い捨てた。
「ぬぅん」
だが、炎の中から出てきたオーゴンの肉体には、傷一つ付いてはいなかった。
「嘘……!?」
ティナの顔に始めて、驚愕と焦りの色が映った。
「我が体は今や黄金そのもの。裂傷はもちろんのこと、この程度の熱での苦痛など微塵もないと思っていただきたいッ!」
オーゴンは宣言すると共に、反撃の狼煙を上げた。目にも留まらぬ勢いで地面を蹴り、巨体にそぐわぬスピードで、未だ動揺を隠せないティナに迫る。
「やばっ……!」
「女性を嬲る趣味は無いが、戦士である以上容赦はせぬ!」
既にふり絞られたオーゴンの拳に、防御魔術はもはや間に合わない。ティナがとっさに両腕を構えたところへ、黄金の拳が砲弾のように飛んできた。
「ぬぉぉぉぉ!!」
「っ……あああああっ!?」
文字通り金塊のような重圧の一撃が、ティナの細い両腕にねじ込まれる。骨がバラバラに砕かれそうな衝撃と共に激しい痛みが両腕を襲い、爆発のような勢いによって、彼女の体は後方へと吹き飛ばされた。
追い詰められているのは、ティナだけではなかった。
「……"ビスティアン"」
ジャンニーと対峙するニロは、心臓に手を当ててそう唱えた。
鼓動が早まる。血液が沸騰する。闘気が、活力が、全身から湧き出て止まらない。
「うぉ……うおおおおぉぉぉっ!!」
天空へ向けて獅子のような叫びを上げるニロの体が、魔力の光に包まれていく。
「なんだァ……!?」
未だ両腕に電気を宿しながら、ジャンニーが困惑を含む声で呟いた。
数秒を経て光が消え去ると、そこには別人のようになったニロが立っていた。
「……準備完了だ」
獣のような牙を口に尖らせ、爪は長く伸び、腕は__いや、体全体が黒光りしている。さまざまな獣の姿を混ぜた、怪物のような風貌だ。体格も先ほどまでより一回り大きくなっている。
「ぶつけてこい!お前の攻撃の全てを」
「おう!言われなくても!」
ジャンニーはさらに電圧を上げ、手が焼けそうなほどの熱量でニロに拳を叩き込んだ。ニロは右腕でそれを受け止める。
「へっ……これはまだ見せてなかったな!」
ジャンニーはそう言うと、ガードに使われたニロの腕を素早く掴んだ。
「!?」
「"電解"!!」
ジャンニーが唱えると、彼の拳に溜まった電流は一気に放出された。純粋な放電攻撃として、ニロの全身を襲う。もろに高圧電流を浴びたニロは、もはや軽傷では済まないはずだ。
「……やはり、電気を解き放つ術もあるか」
しかし、ニロは全く動じない。まるで微塵も電流など流されていないかのようだ。
「何!?」
「俺の魔術"ビスティアン"は、自身の肉体に動物の性質を宿す魔術。俺は今、絶縁体の皮膚を持つ動物に変化している」
「"電解"は一切効かねえわけか……」
そう呟きながら、ジャンニーは焦ることなく再び拳を握る。
「なら、そのままブン殴るだけだッ!」
ジャンニーは走ってニロに迫り、拳を後ろに引いた。
「"雷撃双甲"ォ!!」
再び強い電圧を込めた拳を、ニロにぶつける。今度は純粋に、電気によってスピードと破壊力を強化した一撃だ。
「効くかっ!」
ニロは太い両腕でジャンニーの腕を鷲掴みにし、そのパンチを受け止めてしまった。
「なっ!?」
そのまま右腕を下ろし、鋭い爪で動揺するジャンニーの脇腹から胸にかけてを大きく引き裂いた。
「っあああ……!!」
破けた服の間から鮮血を散らしながら、ジャンニーは痛みに顔を歪める。
「貧弱だ」
ニロはそう呟き、今度は丸太のような右脚でジャンニーの胸板にハイキックを叩き込んだ。骨が砕けてしまいそうな勢いの蹴りに、彼の体はボールのように強く弾き飛ばされる。
吹き飛ばされた人間が、もう一人そこにいた。
「うあっ!?」
「痛っでえ!?」
丁度オーゴンにやられ、吹き飛ばされていたティナと、彼の頭がまっすぐに衝突した。
「うぐ……やばっ……」
「ぁぁぁ……」
お互い、一番大きなダメージであった。
「ってえな……お前やられてんじゃねえよ」
「やられてんのはあんたでしょ。あたし後退してただけだから。やられてないから」
窮地に立たされようと喧嘩の絶えない二人に、刺客たちが再び迫る。
「……でもよお、倒し方思いついたわ」
「あら、あんたにしては頭回るじゃない。多分あたしも同じ作戦」
二人は顔を合わせると、この窮地さえ楽しむかのように笑った。
「お覚悟を!」
「そのままでいろ。楽に気絶させてやる」
オーゴンの鋼の拳とニロの鉤爪が寸前まで迫る中、二人は立ち上がった。ジャンニーはニロに、ティナはオーゴンに向かい合う。
「やるか!」
「ええ!」
ジャンニーは拳に電流を。ティナは右足に炎を宿した。
そして、二人は同時に走り出す。
「なんとッ!?」
「……なるほどな」
それぞれ真逆の方向。逆の敵へと。
「"雷撃双甲"!」
「"炎・剛化"!」
蒼電を帯びたパンチは、オーゴンの胸板を貫くように叩き込まれ、ティナの燃える右足の回し蹴りはニロの脇腹を強く打った。
「ぬぉぉぉぉぉ!?これはッ……!!」
「へっ、金属っぽくなりすぎたな!ガンガン電気通すじゃねえかこの野郎!"電解"ォ!!」
黄金の体にとって、電流はまさしく天敵。拳から解放された電流は、オーゴンの肉体を突き刺すように焼く。
「ぐあああああっ!?」
「吹っ飛べ筋肉バカがぁ!!!」
とどめの強烈なストレートが、オーゴンの顔面をまっすぐに捉えた。爆発のような勢いで巨体が吹き飛ぶと、そのままレンガの家を叩き壊し、その瓦礫の中に沈んだ。
「へっ……ノックアウトだな」
拳を掲げ、ジャンニーは勝ち誇るのだった。
「オーゴン!くっ……」
「人のこと気にしてる場合!?」
ニロもまた、ティナが炎で強化した蹴りによって、次々とヤケド傷を受けていた。
「摂氏500度超えの蹴り……効かない動物なんていないのよ!」
生物がどんな性質を持とうが、全ての獣が恐れる赤い力の前には屈する他ない。誰を敵にしようとそれを支配できる力。そんな絶対的な力を支配しているのが、彼女だ。
ティナは華奢な足を天空へ高く振り上げると、そのままニロの顔面へと隕石のように叩き落とす。
「ぐおおっ……!」
「まだまだっ!」
両腕で受け止めるニロだったが、ティナはその勢いさえも利用する。
地に着いた左足の先に炎を燃やし、脚力と炎の勢いで彼女は跳び上がった。そのまま両足を揃えると、ニロを踏みつけるような蹴りをぶつける。
受け止めきれずに仰向けに地面に叩きつけられたニロに、ティナは空中から両手を向けた。
「"炎芸・ライオン"!」
両手の魔力が集まって一つになり、巨大な炎を形成する。百獣の王を形成した炎は、巨大な牙を鋭く見せつけながらニロに突進し、激しい音とともに爆発を起こした。辺りが炎に包まれる。
「あっつ……」
少しだけ火の粉を浴びるとともに、ティナは爆発の勢いで後ろに飛び退いた。綺麗に着地し見据えた先では、炎が消え去り、黒く焦げたニロが意識を失っていた。
「よーし。って、うっわ……ジャンニーより時間かかった」
すでに勝ち誇っているジャンニーの姿を見て、ティナは少し悔しげにそう言った。
「へっ。ざんねーん」
「はあ?オーゴンがこいつより弱かっただけでしょ」
「なわけねえだろ!俺が強えんだよ!」
「ブフッ……あんたが強いとか……」
「あぁ!?んで笑ってんだよこの野郎!」
喧嘩とピンチを繰り返し、二人の絆はまた強くなるのだった。