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#17「雷撃と麗しき炎」

 メリッサの首筋にかけられたナイフが、鋭く光る。切れ味は十分。あれが動けば最後、彼女は"終わる"。


「おい!嬢さんを放せ!」


 ジャンニーが額に汗を浮かべながら、男__クロノに叫ぶ。


「やだね。お前らを出し抜いた優越感、もうちょっと浸らせろよ」


 悪魔のような笑みを浮かべて、クロノは言った。


「それは無理ね」


 ティナが冷静な声色で断言する。


「……おっ?」


 その直後、クロノたちが立つ建物の屋根の下から、屋根を突き破って炎が巻き上がった。小さな炎の塊はクロノの右手に突っ込んだ。反射的に手を引っ込めたクロノは、そのままナイフを落としてしまう。


「……"炎芸(ガーデニング)・バード"」


 ティナが言い放つと、それに応えるように炎の塊、もとい炎の鳥が甲高く鳴いた。直後、屋根を滑り落ちてきたナイフを、彼女は片手でキャッチした。


「あれは……!?」


「"炎芸"。魔力を炎に変えて、色んな動物を作り出せんだ」


 ジャンニーがそう語った。


「メリッサさん、飛び降りて!」


 シーラはそう言い、両手を10メートル高い所にいる彼女の目の前に向けた。ブロッケルで水平な壁を連続して作れば、落下の衝撃を和らげることができる。


 メリッサは他に方法はないと察したのだろう、屋根の端へ向かって飛び込むように走り出す。


「うおっと!」


 だが、ギリギリのところでクロノの右手が彼女の服の襟を捉えた。


「もう逃がさねえよ」


「メリッサさん……!」


 クロノはそのまま吸い寄せるように彼女を自分の元に引っ張り、腹部を右腕に抱えた。


「じゃ、旦那たちあとは頼むわ」


 そう言い残し、クロノはメリッサを抱えたまま、屋根を飛び越えてシーラたちの向こう側へ去っていく。


「待ちなさい!」


 一歩遅れて、一番はじめに走り出したのはティナだった。


「…っ!?」


 だがその刹那、彼女の眼前の地面になにかが飛び込むように着地した。巻き起こる砂煙が去ると、そこには筋肉質な上裸の大男の姿があった。


「あんたは……!?」


「魔晶王国の筋肉将軍、オーゴン!!この先には通しませぬぞ!!ぬぅぅぅぅん!!」


 野太い声で名乗ると共に、頭髪の消滅しきったオーゴンの頭が神々しく光り輝いた。


「うっわ、変な奴来たわね……」


 ティナは動揺するでもなく、ただ困惑しながらそう言った。


「何と!変な奴とは失敬な。このムキムキ筋肉、まさしく気高き騎士の証ではありませぬか!」


「うん、ちょっと理解できない」


「ティナ、シーラちゃん!こっちから__うおっ!?」


 反対方向を指差して言ったジャンニーだったが、そちらにも先ほどと同じように砂煙が立ち込めた。


「オーゴンだけではない。俺が相手だ」


 砂煙の中から声がした。そこにいたのは、オーゴンには及ばないが恵体の大男。ライオンの毛のような金の髪と髭を生やしている。


「魔晶王国のニロ。ここは通さん」


 ニロは厳格な面持ちで、威圧感のある言葉を発した。シーラは思わず一歩退きかけたが、ジャンニーは悠々として彼の眼前に仁王立ちしている。


「ああもう……こいつらの相手してる場合じゃないのに……!」


 こうしている間にも、メリッサはクロノに連れ去られている。田舎の小さな町なだけあって、周りは森や山。その中に完全に隠れられてしまえば、見つけ出すのは容易ではない。ティナは額に焦りの汗を浮かべる。


 その後数秒の静寂を破ったのは、シーラの声だった。


「……た、助けてえ!!ぼぼ、ボク死にたくないですううう!!!」


 シーラは突如そう叫び、逃走するように怯えた様子でオーゴンの方へ走り出した。


「え……いや、ちょっとシーラ!?」


「シーラちゃん!?あーいや、許す!しゃあねえ!」


 当然、ティナもジャンニーも困惑を隠せない。いや、片方はすんなり受け入れてしまったが。


 その中でもティナは、シーラの送るサインを見逃さなかった。


「……!」


 逃げ出す刹那、一瞬だけティナの方を振り返ったシーラの顔に、恐怖の感情は一欠片も無かった。決意を秘めた強い目であった。


(オーゴンさんが、ボクの思う通りの人なら……!)


 期待を抱きながら、シーラはオーゴンの真横を通り__そのまま、後ろへと走り抜けていった。


「オーゴン。何故見逃す」


「戦いを恐れるか弱き少女……怖がるのも無理はありませぬ。なに、万が一クロノ殿を追ったとしても、あんな少女が彼に勝つことは不可能でしょう」


 紳士的にそう言い放ったオーゴンの頭が、またしても光り輝いた。


「一理ある。だがこいつらは絶対に行かせるな」


「へっ……そうはいかねえよ」


 眼前のニロに対し、ジャンニーは指差して言った。


「ティナ!やるよな?」


「当たり前でしょ!」


 ジャンニーは両手にガントレットをはめ、ティナは両腕を掲げて魔術の準備をした。


 民衆が逃げ出し、廃墟のように静まった町に、風のような静寂が流れる。


 その直後、ゴングのない戦いは唐突に始まった。


「……雷撃双甲(ツインヴォルト)!!」


 ジャンニーが叫んだ。直後、彼の魔力は青い光に変わっていく。


「これは、光の魔術……」


 呟くニロをさし置き、ジャンニーの両腕で光る青い光は、やがて音を放ちはじめた。


「……いや、電撃か」


「ご名答!」


 彼の両腕を巡るのは、光ではない。青い電流だ。電流による攻撃力、及び身体能力の上昇。それが彼の魔術、"雷撃双甲"。魔術と体術の融合が要となるこの世界の戦いにおいて、特にそのセオリーに準じた魔術である。


「おら、行くぜッ!!」


 ジャンニーはまさしく雷のようなスピードで、ニロに一気に接近する。


「速いっ……!」


「オラァァ!!」


 ジャンニーは右腕を振り絞り、強くニロの胸元に拳を叩き込む。だが、ニロは寸前で彼の左腕を胸元に重ねてガードした。腕を貫きそうな勢いのパンチと共に、電流がニロの腕に叩き込まれる。


「ぐぉぉっ……」


「スキあり!ってな!」


 左腕で放たれる二発目。ニロは右腕で防いだが、先ほどよりも反応が遅れた。


「もらったァ!」


 ジャンニーの三発目の雷が、ニロに叩き込まれる。


「ぐはあっ!?」


 その一撃は、確かに彼の腹に突き刺さっていた。一瞬の静止の直後、ニロの体は大きく後ろに吹き飛ばされる。


「まだまだァ!!」


 ジャンニーは攻撃の手を緩めなかった。走り出し、吹き飛んだニロを追う。電撃に刺激され、彼の足は目視できないスピードで強制的に前に突き出され続ける。強引な高速移動の末、ジャンニーは大きく飛び上がった。


「うぉぉらぁぁァァァ!!!」


「!?」


 ニロの上空から、顔面に凄まじいパワーのストレートを繰り出した。空間が歪んだかというほどの衝撃と共に、叩きつけられたニロの肉体で、地面の石は粉微塵に叩き割られた。


「おおし……オラ、まだやれんだろ!?立てやこの野郎!!」


 獣のように言い放つジャンニーだったが、そこには確かに戦士の気高さもまた、依然として存在していた。






「ぬぅぅぅん!!喰らえ我が拳ィ!!」


 男の激闘の一方で、ティナとオーゴンの戦いも白熱していた。オーゴンは叫びながら、高速のラッシュパンチをティナに繰り出す。


「なーんか、ジャンニーっぽいわねえ……ああ、見てて無性に腹がたつのはそういうことか」


 直撃すれば、華奢な女の体ではただで済まないような連撃。だがティナは焦ることなく、適当に独り言さえ呟く余裕を見せながら、巨大な防御魔術"ブロッケル"の壁を展開して一発ずつ捌いていく。その姿は敵の手を読み、最高の反撃を打ち返す聡明な軍師のようであった。


「そこ!"炎芸・ウルフ"!」


 ブロッケルが砕かれた瞬間、ガラスのように散った破片の隙間から、ティナは右手をオーゴンにかざした。彼女の手元から、炎で形作られた狼が飛び出し、オーゴンの右腕に噛み付いた。


「ぬぐぉっ!?」


 鋭い牙と炎の連携攻撃。弱い魔物ならこれだけで簡単に息絶える。


「ぐっ……なんと強力な魔術の連携か!」


「当たり前でしょ?悪いけどあたし、天才だから」


 ティナは橙の麗しい髪をなびかせ、誇らしげに言い放つ。


「ぬぅ……!ニロ殿!本気を出すか、そろそろ!」


 オーゴンは狼を振り払うと、反対側のニロに向かって呼びかけた。


「……あぁ。遊びは終わりだ」


 ジャンニーに打ち倒されたニロも、再び立ち上がって答える。


「本気?どんなもんか知らないけど、あたしに勝てるかしら?」


「ええ、勝てますとも……我が至高にして誇り高き魔術……"ゴールデンタイム"発動ぅぅぅ!!!」


 オーゴンは筋肉を見せつけるようにポーズを決め、叫んだ。


「この魔術は……!?」


 ティナが驚く間に、オーゴンの肉体は金色に輝き出した。頭部はより神々しい閃光を放つ。


 そして、オーゴンは再びポーズを決めた。


「ふっふっふ……黄金化、完了!!この肉体、果たしてあなたの炎で燃やせますかな!?」


 オーゴンは自信満々に言い放つ。


 流石のオーラに、ティナは一瞬おののきかけた。だが、この程度の窮地で彼女の"炎"は消えはしない。決意を固めるように胸を強く叩くと、ジャンニーを真似るような仕草でオーゴンを指差し、言い放った。


「……上等じゃない!こっからが勝負よ!」


 炎は今、最高の温度に達そうとしていた。

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