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#10「死が来る」

 戦闘部隊に入る。シーラは、そう決めていた。


 だから、ダイゴとアレスが目を見開いてシーラを見つめていても、全く動じずに決意の表情を固めていた。


「ミクモの推薦なら間違いはないだろう。だから、入団自体は認める。だが__」


 アレスはそこで言葉を切り、ダイゴを見る。彼はそれでアレスの言いたい事を察した。


「……すみません。ちょっと失礼します」


 ダイゴはアレスに言うと、シーラの腕を掴んで彼女ごと部屋を出て行った。


 廊下に戻ると、ダイゴはすぐさまシーラと向き合う。しゃがんで視線を合わせ、口を開いた。


「シーラ。考え直してくれ」


「何度も何度も考えました。もう、変えません」


「……確かに、君には凄い力がある。でも、だからって戦わなきゃいけないなんてことはないんだ」


「義務感があるわけじゃないんです。ボクは、自分で戦いたいと思って__」




「その言葉、本当?」


 突如、女の声がした。二人は声のした方、真後ろを振り向く。


「ティナ……」


 ダイゴが彼女の名を呼ぶ。そこには、先ほどシーラに微笑みかけてくれた、橙の髪の女がいた。かなり攻めた丈の短いズボンのポケットに右手を突っ込みながら、真剣な表情で二人の前に立っている。


「あなたは、さっきの……」


「ティナ・フレアテイル。よろしく」


「ティナ、どうしてここに?」


「ちょっと気になったから。それより……」


 長い髪をいじりながら、ティナは話す。


「シーラ、だっけ?今の言葉本当なの?」


「はい。力も……大したことないですけど、お役に立てるぐらいには、あります」


「入る隊は……ダイゴと、あたしたちの隊がいいのよね?きっと」


「はい」


「そう……」


 ティナはそれを聞き、少し考えてから、そしてダイゴの方を向いて口を開いた。


「入隊試験。あたしがやってもいい?」


「いや、それは俺が__」


 話そうとするダイゴを、ティナは手で制した。


「駄目。あんた、優しすぎるから」


「それは……」


 ダイゴは何か言い返そうとしたが、優しすぎる__それ自体は、凄まじく事実であった。


「……分かった。お前に任せる」


「ありがと。じゃ、30分後に例の森で待ってるから。ダイゴ、場所教えといて」


 ティナはそれだけ言うと、さっさと踵を返してしまった。






 更衣室で傭兵団の上着と借り物のズボンに着替えた後、シーラはダイゴに案内されるままとある部屋に向かった。ドアを開けた先には、宿屋のような部屋があった。二段ベットが二つ、計四人分の寝床。部屋の左右にそびえたベッドの間の窓から、沈みかけの陽が光を注ぐ。陽に照らされた茶色のテーブルは四つの椅子で囲われ、その周辺には紙くずやゴミ箱が転がっていて、生活感を漂わせている。豪華ではないが、過ごしやすそうな部屋だ。


「ここ、ダイゴさんの部屋ですか?」


「俺の小隊の共用部屋。そこ座っていいよ」


 ダイゴに言われた通り、シーラは手前の椅子にちょこんと座る。テーブルの真ん中の、植木鉢に植えられた花に目を向けてみるが、花の名前は分からない。


「悪いな、勝手に事を進めちゃって」


 言いながら、ダイゴはベットのそばに自身の剣を立て掛ける。


「いえ。多分、入隊試験……?は、どのみち受けなきゃいけなかったんですよね?」


 シーラが聞くと、ダイゴは短く頷いた。


「決まりだからな。戦闘部隊に入る時は、必ず隊員による試験が必要になる」


「ボク、受かれますかね……」


「まあ……大丈夫、ティナは悪い奴じゃないから。無理難題は押し付けてこないはずだ」


「じゃあ、頑張ってみます」


 緊張は消えないが、覚悟は固まった。


「行きましょう。ダイゴさん」


「…………」


「ダイゴさん?」


「……ああ。ごめん」


 一瞬、物思いにふけていたダイゴの顔に、少しだけ陰りが見えた。


「……これでいいのかな」


 ダイゴが心の中で呟いたつもりだった言葉は、外に漏れてしまっていて__


「え?」


「ああ、いや。何でもない」


 彼は慌てて、無かったことにするのだった。






「ここが……」


「オラクリスの森。森って言っても、俺達(リバース)の所有地だけどな」


 ギルベイスの外れ。所狭しと木が並ぶ小さな森の前に、シーラは立っている。柵で囲まれ、その周りには普通に平地が広がっているところを見ると、やはり所有物という感じがする。そして、数百メートル四方といったところか。


 日はすでに沈み、夜を迎えている。麗しく輝く半月が、地表を照らしていた。


「……おっ、来たわね」


 シーラたちが到着してすぐ、木陰からティナが顔を出した。柵の戸を開いて、シーラたちの方へ向かってくる。


「中は大丈夫か?」


「問題ないわ。三週見回りしたけど、誰もいない」


 念入りな確認を終えたところで、ティナはシーラの方に向き直す。


「準備できてる?」


「はい。よろしくお願いします」


 緊張するが、気持ちは折れてはいない。絶対に負けない__心の中で、シーラは繰り返し唱える。


「試験内容は簡単。1時間以内に、森の中で私を捕まえたら合格ね。森から出るか、ギブアップしたら失格。


「捕まえる、って言うのは……?」


「まあ、タッチしたらOKでいいわ。良い?森から出たら失格だからね。まあ当然だけど、あたしも決して森からは出ないから」


 森から出てはいけない__ティナがそこを異様に念押ししているように、ダイゴには感じられた。


「分かりました。始めましょう」


「じゃあ、1分したら来て。あ、ダイゴは森に入ってきたらしばくから」


「恐ろしいな……」


 全て言い終え、ティナはまたそそくさと森の中へ戻っていった。


「……じゃあ。行ってきます」


 一呼吸し、シーラが言う。


「ああ。頑張れ」


 ダイゴは笑顔でそれだけ言い、森の中へ消えていくシーラの背中を見つめた。森の中には入れないが、ここで見守るとしよう。


 だが、数分後。予期せぬことが起こった。


「よいしょっと……」


 森にいるはずのティナが、さも当然かのように木々を抜け、入り口に戻ってきてしまったのだ。


「ティナ、忘れ物か?」


「いや?別に」


「じゃあなんで……シーラが君を探せないだろ」


「まだ分かんない?森には戻らないわ。あたし、あの子を受からせる気無いから」


 臆面もなく、ティナはそう言った。ダイゴはただ驚かされるだけで、言い返すこともできないでいる。


 短い静寂の後、特に彼から返答が無いことを察したティナは、また口を開いた。


「当然でしょ。あんな子供が戦いに赴くなんて、大人として止めるのが普通じゃない。こういう手を使ってでも」


「それは……確かに、そうだよ。でも__」


「あの子自身が望んでるから良いだろ、って?馬鹿じゃないの」


「だけど__」


 反論しようとしながらも、ダイゴは気付いていた。


 どこかで、彼女の秘める力に期待している自分がいると。大人の始めた戦争のために、子供の力を使おうとする穢れた自分がいると。


 自分は、あの少女が戦うことを、少なからず望んでいる。


「……俺は……」


 口を開いた、その時。


 ドォォォォォォン!!!


「!?」


 森の奥で、大地を揺らすような音がした。






 シーラは気がつくと、森の真ん中で倒れていた。


 寝転がったのではない。爆発に吹き飛ばされたのだ。


(一体、何が__)


 立ち上がろうとするが、くらくらとする頭がそれを邪魔した。思わず座り込みながらも、シーラは懸命に思考を働かせる。


(ティナさんを探してた。それで、悪い予感がしたと思ったら、いきなり……)


 いきなり、地面が爆発して吹き飛ばされた。すなわち__


(敵がいる!)


 すぐにその結論にたどり着くと、シーラは慌てて立ち上がり、辺りを見回した。


 前方の木の上に、人の気配がした。


「へー。避けたんだ」


 木の上から声がした。少年とも少女とも取れる、中性的な声。


「誰!?」


 シーラは声のする方を見上げる。


 そこには、白いフードで頭を隠した、顔の見えない小柄な人影があった。木の太い枝に座り、こちらを見据えている。


「私は"白蛇"。そう呼べば、分かる人は分かると思うんだけど」


「白……蛇……?」


 シーラには聞き覚えのない名だった。


「あれ、分かんない?傭兵の子だよね、多分?」


「……なにか用ですか」


 白蛇と名乗る者の質問を無視し、シーラは警戒しながら話す。緊張を身体中に帯びたシーラとは対照的に、向こうは足をぶらぶらとさせながらリラックスしている。


「いや、そんなに重要な用件じゃない。ただ__」


 次の瞬間、白蛇は木の上から消滅した。


「!?」


 シーラの背筋が突如、凍りつく。体が固まり、振り向くこともできない背後から、再び声がした。


「__死んでくれる?」


 死神のような声色であった。

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