がんばる、おばさま
某国の30歳を迎えた、女帝。
唯一の生きがいの甥っ子に癒されるひと時を迎える。
「へいか、お誕生日おめでとうございます」
おずおずと甥の英仁が、自分の背丈ほどもある花束を抱えてヨタヨタと部屋に入ってくる。
「あらあら、まあ」
自分でもハッキリ分かるほど、顔がにやけている。
死んだ弟の忘れ形見、あたしの生きがい。
「あらあら、嬉しいわぁ、ヒデちゃまありがとう」
背中に白鳥さんの冷たい視線を受け止めながら、あたしは 花束を受け取る。
「大丈夫? 健やかにお過ごし?」
「はい、元気です」
あたしは良かったわぁ、と英仁の頭をなでる。
「陛下外しましょうか?」
「あら、そうして下さる?」
若干引き気味の白鳥さんに、間髪入れずにご退出願う。
ホンッと、甥に甘いですね。そう顔にでっかく表示しながら、白鳥さんは退出した。
退出と言っても、扉の前で待機してくれているんですがね。
「へいかは、おかげんがよろしくないのですか? いすのうえでねていらっしゃいます」
「何でもないの、これは、なんでも無いのよ」
オホホホ、笑いながらそーっと椅子から足を下ろす。
まさか足が浮腫んだので、休んでました。などと甥っ子に告白して威厳を損なう事も無い。
白い目で見られるのは美人の警護官だけで充分まにあってます。
「それより二人っきりだから、おばさまでいいのよ」
我ながら、他人聞かれたら相当誤解されかれないセリフを口にする。
「お、おばさま、おたんじょうびおめでとうございます」
「ありがとう、ヒデちゃまを本当にお健やかに。良い子にしていましたか?」
「はい、ワガママもいわずに、おばさまのいいつけをまもっています」
あー、もう可愛い。
絶対、目の中に入れても痛くない(断言)。
英仁の両親、あたしの弟と義妹は飛行機事故でこの世を去った。
帝室の跡取りとその連れ合いを亡くした先帝、つまりあたしの父は悲嘆のあまり帝位をあたしに譲ると隠居してしまった。
以後あたしは、帝室の顔として二時間立ちっぱなで笑顔を振りまいていいるわけだ。
今は英仁も元気に育っており、先帝も元気を取り戻している。
一時期は、これはもうあたしか元気な人間がいないじゃない? みたいな謎の義務感から、あたしまでどうにかなりそうな日々だったが。
一心不乱に仕事の打ち込むって言うか、まあ地方の視察とか目一杯仕事を入れてどうにか現実を受け入れることが出来たのだが。
「ふー」
「おばさま? どうかなさいました?」
「何でもないの、おほほ」
仕事に打ち込みすぎて、結婚出来なかったまま三十になったのは遺憾としか言いようがない。
非常に遺憾。
筆舌にし難いとはこの事。
今や生きがいは、この甥っ子たった一人。
こう、頭を撫でる手に力も入ろうと言うもの。
「おばさま、すこし痛いです」
「あらあら、ごめんなさい」
ああ、今日はもう英仁の頭をただひたすらに撫で回したい。
叶いもしない望みを、星に願いを祈ったりする。
「陛下、そろそろお時間です」
非情にも白鳥さんが時間切れを告げる。
「おばさま、おしごとがんばってください」
「ありがとう」
顔で笑って、心で泣いて。
あたしは、よっこらしょっと立ち上がると笑顔で扉に向かう。
「おばさん、頑張るから!」