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 君子閑居して日記を編む  作者: 植木原裕司
1/3

30歳の誕生日に

「もう、三十よ、三十!」

「今時なら四十で初婚でも珍しくないですよ」

 白鳥さんはこちらをみないで、あたしのグチに答える。

「そーゆー問題?」

「年齢だけなら、それで良いのでは」

 白鳥さんのすっ、と背筋を伸ばした後ろ姿が美しい。

 世間的に見れば、キャリアウーマンで、結婚していて、旦那さんが理解があって、子育てに親が協力してくれている「白鳥さんは恵まれすぎている」。

 と、面と向かって言い放っても眉一つ動かさないで「そうですが」とか言っちゃうんだろうな、この人。

 いや独り身の僻みって奴なのは重々承知なんだけど。

 その上しかも美人、なら十人並の顔としては嫉妬せずには居られない。

 ーーこれはイビってみるべきですかねえ。

 と思わなくも無いが、友人の少ないあたしの数少ない一人をそう簡単に失うわけにも行かない。

「あんびばれんっつですね」

「?、あんパンですか? お腹すきました?」

「いやすてねえし、あんパンじゃなくてアンビバレンツですし」

「そうですか」

 白鳥さんはポケットから取り出したあんパンを、そのまま戻した。

「メイク落ちますから、おやつ食べないで下さいね。私が怒られますから」

 同じ境遇なら、芸能人に生まれたかった。

「っていうか、そのあんパンはなんですか?」

「非常食です、念のため持っているか再確認です」

 あたしは深く、深くため息をつく。

「大変、憂慮する出来事です。三十才独身、仕事してる訳でもないし」

「家業を継いでいる、と思えばよろしいのでは」

「家業、家業ねえ」

 この家業、元々は弟がこの地位に継ぐ予定だった。しかし飛行機事故で、弟夫婦が帰らぬ人となりあたしが継ぐ事になった。

 ポケットからそっと弟夫婦とその子供、あたしの可愛い甥っ子がにっこり笑った写真を取り出す。

 出発直前に熱を出したため、難を逃れた格好だが、幼くして両親を亡くした身のなんと可哀想なこと。

 今年、六才になるこの子の為にも頑張らねば!

「写真持ち歩くの、ずいぶんと古風ですよね」

 白鳥さんが、振り返りもせずに言う。

 後ろに目がついているのか?

「家が古風だから、趣味も古風なんです」

 実際の所、デバイスを持ち歩くと響く服が多いので肌身離さず持ち歩こうと思うとどうしても写真になる。

「あたしの仕事は、この地位を甥っ子に引き渡す事よ!」

 最近は、仕事前にこうやって気合いを入れている。

 でないと、精神的に疲れるし。

「お時間です」

 係が控え室のドアがそっと開き、外の喧噪を部屋に招き入れる。

 よっしゃいくで!

 心の中で気合いを入れると、あたしは控え室を出てバルコニーに向かう。

 防弾ガラスで囲まれたバルコニーに立つと、眼下にひしめく大勢の群衆が見える。

 皆、あたしの誕生日を祝いに来ているのだ。

 影のように、あたしの後ろにつき従っている警護官が素早くあたりを見渡す。

「問題ないようです、陛下」

 警護官・・・・・・白鳥淳子警部がそっとささやく。

 未だに『陛下』と呼ばれるのは、慣れる事がない。

 なんかこう、呼びやすい呼称は他に無いものか。

 殿下と陛下だったら、陛下の方がカッコイイけど。

 座りが良くない。

 あたしの姿を見た群衆の歓声が、また一段と大きくなる。

 見渡せば、感極まって万歳をしている人もいる。嬉しいけどさ、三十の誕生日に万歳されるのは、正直微妙なんだよなあ。

 複雑な胸中を、そっと横に置くとあたしはマイクに向かう。

「みなさん、今日はわたくしの誕生日を国民のみなさんと寿げる事を嬉しく思います」

 あたしはこの国の皇帝。

 二十一世紀に絶滅危惧種の職業。

 代々、家業はこの国の顔を務めてきた。

 でもなあ、やっぱ三十の誕生日は、もう少し、こう喜び方も手加減してくれないものか。

 笑みで顔面をロックしながら、胸の中でそっとため息をついた。

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