表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
We are EMESIS  作者: 凩
9/15

第九話 梅雨の一日

 雨の日の学校は、何だかいつもと違う感じがする。

 家にいるときよりそわそわするし、外にいるときより安心する。


 何が言いたいかと言うと、帰るのが面倒くせぇ。


「なあヒエン」

「何だ」


 俺たちは部室で雨宿り中。

 今日の練習も終わったのに誰も帰っていない訳は明白。 全員傘を忘れたのだ。


「何そのピアス」

「これか?」


 部屋に3つあるソファの1つに寝転がったヒエンは、髪をかきあげピアスを見せる。

 どういう遺伝子なのかわからん赤髪から顔を覗かせるピアスは、いつものとは違って可愛らしい黒猫だ。


「ユズがくれたから付けてる」

「女子ウケ狙いかと思ったわ」

「俺に話しかけてくる女、あんまりいないからな」


 孤高の天才ピアニスト……と思われている人格破綻者は、クラスでも孤高らしい。


 トウゴとは話すみたいだし、ぼっちではないのか……?

 まあ本人は気にしてないみたいなのでどうでもいいけど。


「女子ウケって言ったら、そこに体現者がいるだろ」

「あ、ほんとだ」

「お前らな……」


 ヒエンは俺の横に座っているユウキを指差す。


 背も低く、顔も可愛らしい寄りなためか、コイツは女子から人気がある。

 俺はこういうタイプってマダムキラーだと思ってたけど、同年代にも刺さるんだな。


「どう思う? カトーちゃん」

「弟にほしいかな」


 残りの1つのソファには、カトーちゃんが座っている。


 ずっと保健室を空けておく訳にはいかないので、いつもという訳ではないが、彼女はしばしばここでコーヒーブレイクをしているのだ。


 さてトウゴはと言うと、じゃんけんで負けたのでコンビニまでダッシュしている。

 気の毒に。


「もー慣れたけどな、この扱いも」

「弟のほうが背高ぇしな──イテッ」


 俺がそう言うと、ユウキは俺の肩をノールックで殴ってきた。


 彼は最近弟に背を抜かされた。

 普段あんまり気にしてない背のことも、その時は流石に堪えたようだ。


「トウゴに分けてもらえよ」

「呼んだか?」

「いいえ」


 いつの間にやら帰ってきたトウゴが、ぬっと会話に参加する。


 ……こいつ、雨の中コンビニに行ってたってのに服が濡れてないぞ。

 ……え? 何で?


「何で服濡れてないんだ?」

「これカトーちゃんの」

「え、悪いねー」


 え? 何で?


 トウゴは買ってきたものを配り終えると、ヒエンを起こしてソファに腰掛けた。

 自分の買ったものを袋から取り出して机に置いたが、これは……。


「何ガッツリいってんだよ」

「腹減ってな」


 そう淡白に返すと、トウゴは買ってきた牛丼を食べ始めた。

「ソレ食って晩飯入るのか?」とも思ったが、こんだけデカイと入るんだろうな。


「あ、そうだカトーちゃん。 車なら連れて帰ってくんない?」

「残念、私の車ツーシートだから」

「意外すぎる!」



 ○



「あのゲームもバトロワだってよ」

「時流ですなぁ」


 コーヒーブレイクを終えたカトーちゃんは、さっき保健室に戻った。


 俺たちの祈りも虚しく、窓を叩く雨音は勢いを増す。

 せめて弱まるまでと、各々楽器を弾いたりスマホ弄ったりして時間を潰していると、不意にヒエンのスマホが鳴った。


「あ、ユズが迎えに来た。 じゃあなお前ら」

「クソ!」


 裏切り者め、帰りたい帰れないカントリーロード同盟の裏切り者め。


 てか他のこいつら、家族いるんだから頼んで迎えに来てもらえばいいのに……。

 ……まさかもう言ってあるとか?


「なあ──」

「あ、俺も弟が傘持って迎えに来てくれるって」

「じゃ、じゃあ俺の分も頼めないか」

「残念、もう出発してる」


 クソ!

 やっぱり頼んでたんかよ。


 兄弟とかに頼もうにも、俺一人っ子だしな。

 いや、そもそも一人暮らしだったわ。


「俺は姉貴が車で迎え似てくれるって」

「じゃ、じゃあ──」

「残念、姉貴の車ツーシートだから」

「何でだ!!」


 この街にはワイルドなお姉さまが多いんだろうか。

 てかツーシート流行ってんの?


 つーかさっきコンビニ行った時に傘買ってこいや!!

 ……いや、流石に横暴か。


「はァー、裏切り者共め」

「お前も遅くならん内に帰れよ」

「うっせ」



 ○



 それから10分もしない内に俺は一人になってしまった。

 誰もいなくなった部室には、嫌に雨音が大きく響く。


 俺に寂しさと天気予報の大切さを刻み付けるこの音が嫌になってきて、雨の中ダッシュで帰る覚悟をした途端にドでかい雷鳴が鳴り響いた。


 それどころか雨まで一層強くなるもんだから、俺はいよいよここに泊まる覚悟をしつつ、とりあえず校舎の電気が消えるまでは様子を見ることにしたのだった。


「あれ、まだいたの」


 俺がソファに横になっていると、ふとドアが開きカトーちゃんが帰ってきた。


「俺今日ここに泊まるわ」


 半分不貞腐れてそう言うと、彼女は呆れたようにこう言う。


「何ってんの、帰るよ」

「えー」

「ツーシートだからね」


 ……?

 ああ、そうか。

 俺一人になったから、乗せて帰ってくれるのか。

 ありがてぇ、俺にはこの人が女神に見えるぜ。


「まじか。 ありがとう女神様」


 そうと決まれば行動は早い。

 俺はそそくさと荷物を持って、部室を出て鍵をかける。

 ちなみに、やっていいのかは知らんが全員にこの部屋の鍵を複製して渡してある。


 ので、鍵とスマホと財布を持って帰宅しようとすると、カトーちゃんは当然こう言う。


「……鞄は?」

「置いて帰ってる」

「……聞かなかったことにします」



 ○



 流線型がかっこいいカトーちゃんの車に乗せてもらった帰り道。

 商店街の近く、不意に彼女の腹が鳴って今は近所のラーメン屋にいる。


「いやー、ごめんねぇ」

「いいよ、俺一人暮らしだし」

「じゃあ自炊とかしてるの?」


 俺たちは料理が来るまでの間、他愛ない話に花を咲かせ時間を過ごした。

 彼女も一人暮らしだが、話を聞く分には俺よりだらしない生活を送っているような気がする。

 まあ教師って忙しいらしいし、仕方ないのか?



 ○



「いやーうまかった」

「うまかったねー」


 夕食を終えて商店街のアーケード。

 もう十分夜と言える時間だ。


 ラーメンに餃子と炒飯まで食ったのに、彼女は俺に1000円以上払わせてくれなかった。

 こんなこと前にもあった気がする。

 なんで大人って1000円だけ受け取るんだろうか。


「あ、ちょっとあそこ覗いていい?」

「いいよー。 私はあの店行ってるね」


 ふと目をやった中古雑貨屋。

 古そうなギターと、ボロい周辺機器が目に入ったので、俺は少し寄ってみることにした。


「ほォ」


 店内には食器や家電といった物から、随分昔に倒産したメーカーのギターなんかが置いてある。

 ……ゲ、中古のハーモニカとか誰が買うんだよ。


 ふーん。 いろいろ置いてるんだ──


「なッ!」


 冷やかしのつもりで来た俺の流し目に、とんでもない物が映った。


 鉄の箱に4つのツマミとボタン……そして極めつけに牛頭鬼のエンブレム。

 これはまさか……!


「「ミノタウロス!?」」


 突然割って入ってきた声に驚いてそちらを見ると、声の主も同じような顔をしている。

 無理もない、だってこれは相当な値打ち物なのだから。


 四半世紀前に倒産したメーカーのエフェクターで、数多くのミュージシャンが使用していた。

 当然新規販売はしていないので、今はプレミア込みで50万近くする代物だ。


 それが4000円ッ!!!


「いやぁすんませんねぇ」

「ちょっと待て!」


 声の主は若い男。

 俺が若いとか言っていいのかは知らんが、25歳くらいに見える。


 何事もなかったかのようにレジへ持っていこうとする俺を、彼が制止した。


「なあ兄ちゃん、学生だろ? そんな大層なモン持っててもしゃーないって」

「なんだアンタこそ。 学生の手から奪い取ろうなんてヤな大人だぜ」


 何よりこのボロいエフェクターの価値がわかるとは、コイツさては同類だな。

 違う形で会えば友人にしてやっても良かったが、生憎ここは戦場なんでな。


「俺が先に見つけたから」

「いやいや俺ここにあるの知ってて来たから」

「いやいやいや俺が売ったもの買い戻しに来ただけだから」

「ウソつけ!」


 クソ、コイツ意外と強情だな……。

 そりゃあそうか。 なにせ目の前に50万が転がってるんだからな。

 仮にジャンクだとしても4000円以上になることは間違いない。

 それをコイツも理解しているんだ。


「何を揉めてるんだ?」

「い、いや! なんでもないですよ」

「ちょっと久しぶりにあっただけだよな。 な、オッサン」

「オッサンって言うな」


 俺たちの声を聞きつけ、揉め事かと思った店主が声をかけてきた。

 いかん、このハゲ店主に品物の価値を悟られるわけにいかない。


(とりあえず2000円ずつ出して店を出よう)

(仕方ないな)

「とりあえずこれ貰ってくわ」

「……? まいどあり」


 しかし哀れな店主だこと。

 これは物の価値のわからん人間がやっていい商売じゃないと思うぜ。


 ハゲは4000円を受け取ると、シャッターを締め始めた。

 とりあえず店の外で、所有権を決めるバトルを始めるとしようか。


「……おっちゃん、調べてから物売ったほうがいいぜ」

「そうだな」

「……?」



 ○



「しつけーなアンタ!」

「お前こそ諦めろよガキンチョ」


 ハゲに捨て台詞を吐いた後、商店街のアーケードの下でもう20分近くバトルしている俺と男。


 別の店に行ってたカトーちゃんも、退屈そうに俺たちを見つめている。


「ねー、もう帰りたいんだけど」

「ごめんよカトーちゃん、負けるわけにいかないんだ」

「おら、姉ちゃんもこう言ってるから諦めて帰れ」


 さっきからこの調子で全然話が進まない。

 まあ進むはずが無いってことはわかってるんだけど。


 あまりにも暇そうなカトーちゃんが、とりあえず買ったミノタウロスをいじり始めるくらい不毛な争いは、まだ始まったばっかりなのだ。



 ○



「……じゃあ売って山分けってのはどうだ」

「信用できない」

「電話番号と住所教えるからよ」

「……じゃあ」


 しかし30分が経とうとしたところで、ようやく話に終わりが見えてきた。

 そう。 俺もコイツも、端からミノタウロスに興味は無かったのだ。

 触ってみたい感は無くもないが、それよりモノ自体の価値が重要だった。


「スマホ出しな」

「ったく……」


 言われるがまま、スマホを取り出す俺。

 共倒れよりいい選択だとは言え、なんだかちょっとしこりが残るな……。


 しかし、俺が電話番号と通信アプリのIDを教えたあたりで、事態は思わぬ結末を迎える。


「あ」

「あ……って! ちょっと!!」


 カトーちゃんが触っていたミノタウロスの蓋が、パッカリと開いてしまっていたのだ。

 クソ、よりにもよってこのタイミングで壊さ──


「……なに、それ」

「んー、弁当箱だね。 これ」

「「……は?」」



 ──────



 俺はボロい中古屋の店主。

 近頃は商店街なんぞに来る物好き、そう多くねえから不況も不況、閑古鳥が大合唱よ。


 それでもやってけるのは、目利きに自信があるからだ。


 しかしもっと自信があるのは、法律ギリギリの工作。

 絵を似せて書いたり、汚れを再現したり、似たようなパーツ付けたり。

 今日もプレミアモンに似せて作った弁当箱が売れた。


 景品表示法?

 俺はただ、商品に値札を貼って売っただけだからな。


 俺は店の片付けをしながら、鼻歌交じりにこう呟く。


「調べてから物買ったほうがいいぜ」


 ってな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ