第五話 ヒエン
「おい」
「ああ、おはよう」
「そうじゃねぇよ」
翌日の教室、俺と同じクラスのノッポことトウゴは、すっとぼけた挨拶を俺に送る。
「お前、俺のこと話したな」
「軽音部したいからな」
「ったく……」
意外にも、トウゴは軽音部に執着があるようだ。
メンバーが気に入ったのか、ただ部活をしてみたいだけなのかは知らんが。
「俺としてはゴメンなんが、マネージャーがやたら勧めるんだよ」
「ユズちゃんのことマネージャーって呼ぶのはやめろよ」
どういう理由で勧めているかは知らんが、アイツがあそこまで推すから、気圧されて見学に行く約束をしてしまった。
ていうか、見学も何も部活そのものがまだないじゃねぇか。 ラッキー。
「見学に来るか?」
「え? どっかでやってんの?」
スタジオとか借りてんのか?
金もかかるのにご苦労なこった。
「いや、第2音楽準備室でやろうってキョウスケが」
「ふざけんな!」
第二音楽準備室は半ば……というか俺の部屋だ。
なんて計画立てやがるんだキョウスケ。
「ともかく、メンバーの3人で行くからよろしくな」
「お前も人の話聞かないな……」
……観念するか。
ユズにも勧められたことだし。
「もう一人はどんな奴だ?」
「背が低くい」
「……そんだけ?」
ダメだこいつ……役に立たねぇな。
まあ、キョウスケとノッポとかいうヤバめのやつが2人も来るんだから、あと一人増えたってどうってことねぇか。
「はぁ……。 気が重い」
「元気出せ」
「殴るぞ」
○
やーっと放課後だ。
退屈な授業が終わり、俺は伸びをしながら解放をよろこぶ。
「ホントにいくの?」
「ああ、多分トウゴが伝えてるだろうし」
隣に来たユウキが、やれやれ顔で話しかけてくる。
放課後に"ヒエン"のところへ押しかけると、昨日3人で決めたのだ。
「迷惑がられて入部してくれないんじゃない?」
「迷惑? どうして?」
「……おーう」
わからないな。
昨日も別に多分嫌がってなかったし、そもそも学校設備なんだから行ったって怒られる道理がない。
「……ま、いっか」
○
「よぉ、来たぞ」
「ホントに来やがったな」
コーヒーを片手に、心底嫌そうな顔をしたヒエンが我々を出迎える。
学校の一部とは思えない私物化された部屋には、電気ケトルやらエスプレッソマシーンやらが置いてある。
どういうことだよ。
「で、何しに来たんだ」
「勧誘」
ハァー、とため息を付いたヒエンは、難しそうな顔で話を始めた。
「俺のマネージャー、まあ妹なんだけどがさ──」
「いやまてまて」
「何?」
「昨日言ってたマネージャーって妹!?」
コイツやべーな。
妹にマネージャーやらせるとか正気か……?
しかもコイツが同い年ってことは、妹はせいぜい中学生とかだろ?
頭おかしいんじゃねぇのか。
「おう。 そんでその妹が、入ってみたら? って言うわけよ」
「何で妹にマネージャーさせてんだ」
「俺がおざなりだから、勝手にやるようになってた」
えぇ……。
疑問はあるが、これ以上聞いても無駄な気がするし追求はやめとこう。
と心の中で思っていると、ヒエンは話しの続きを始めた。
「そんでまぁ、妹が”社会性が多少身につくかもしれないから”とか言って、入部を勧めてきたわけよ」
「妹がしっかりしてんのか、お前が一等やべぇのかどっちだろうな」
どっちもだろうな、と隣のユウキが小声で呟いたのが聞こえた。
しかし、妹ちゃんが勧めてくれたのならこちらとしてはラッキー。
多少ヤバイやつでも腕が半端じゃないし、何より頭数が揃う。
「だから入部するのもやぶさかじゃあないんだが、お前らに俺と組む価値があるか知りたい」
「大丈夫かコイツ」
さっきまで比較的おとなしくしていたユウキが、痺れを切らしてそう言った。
しかしヒエンの不遜な態度は、それをするだけの理由と価値が、彼にあるからだ。
幼少の頃よりコンクールを荒らし、若くしてオーケストラと共演。
海外のファンも多く、動画サイトで彼の演奏は一千万再生を記録。
しかしテレビには出ない、雑誌の取材も受けない。
一見孤高のピアニストであるかのようだが、その実……。
”ピアノが上手いから生きるのを許されてる””人前に出しちゃいけないタイプの天才”
これらの評価は、彼のアンチスレに書かれていた言葉……らしい。
故に、自分に近づいてくる人間への警戒心が強いのも、まあわかる。
……妹にマネージャーしてもらってるのもホンの少し納得だ。
「と、いうわけでちょっと弾いてもらう」
「もう何も言うまい」
俺たちは観念して、持ってきた楽器を取り出す。
俺が持ってきたギターは24フレットのミドルクラス。
家に何本かあるうちの1つだが、一番軽いからこれを持ってきた。
トウゴもベースを取り出そうとしたのだが「お前は知ってる」、と言われて試験は免除されていた。
ユウキは……ドラムセットここにないし、実質俺1人のオーディションか。
「どうぞ」
○
リムスキー・コルサコフ作曲、 Flight of the Bumblebee。
日本では”熊蜂の飛行”と呼ばれている曲だ。
しばしばテクニックを示す場面で演奏されることがあり、エレキギターの速弾きギネスはこの曲で行われる。
……ので、俺はこの曲を披露することにした。
あんまり頑張っても仕方ないので、BPMは160くらい。
しかしこれでも結構早い。
「何でそのチョイスなの」
「コピーしようと思った理由が知りたい」
何か無意味にディスられているが、弾いている間はちょっと集中するので「黙ってろ」以上のことを言い返せなかった。
とりあえあず弾き終わって先程のギネスの件を説明すると、微妙に納得はしてくれた。
「どうだった?」
「……」
頬杖を付いて聞いていたヒエンが、若干気難しそうな顔をしてこちらを見ている。
気に食わなかっただろうか? 俺としては悪くなかったと思うのだが。
「俺ギターの良し悪しとかわかんねぇわ」
「ぶっ飛ばすぞ」