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We are EMESIS  作者: 凩
4/15

第四話

 フレデリック・ショパン作曲。

 エチュード・作品10-4。

 海外では"torrent"などと呼ばれている曲。 意味は奔流とかそんな感じ。


 浅いやつは「ショパンのエチュードと言えばコレ」と言うだろう。

 俺だって浅くないけどそう言う。


 torrentと呼ばれるとおりに、音の洪水が押し寄せてくる情熱的な曲。


 俺が第2音楽準備室で弾いているそれは、校舎の半分近くまで響いて波のように消えてゆく。


 練習嫌いの俺は、毎日こんな曲だけ弾いている。

 付け加えるなら、高い技工が要求されて、かつ弾いていて楽しい曲しか弾いていない。

 今日は奇しくも"ピアノ練習曲(エチュード)"だったわけだが。


 故に、たまに無理やり出されるコンクールは、練習も本番も不承不承やっている。


 別に家で弾いててもいいんだけど、ちょっとした事情があり、ピアノはここで弾いているのだ。


 小休止の為椅子から立ち上がり、コーヒーポットへ向かったところへ誰か声をかけてきた。


「アンタ、ピアノうまいな」

「何だお前」


 窓枠に腕を乗っけて、不良漫画のモブみてぇなロン毛が話しかけてきた。


「俺はキョウスケ、よろしく」

「よろしくしない。 帰れ」


 俺はピアノが上手い。

 ピアノが弾けるから生きる事を許されていると、俺のアンチスレで書かれたことがあるくらいに。


 故にこういう近付き方をするやつは大方、自分が目立つために俺を利用しようとしている……事が多い。


「ツレねぇな」

「今俺は忙しい」


 コーヒーをカップに注ぎ、ソファに腰掛けながら言うそのセリフは、相手にする気がない。

 ということを煽り気味にアピールしている。


 スマホを片手に取り、姿勢を更に崩しながら無視を続けていると、キョウスケとかいうロン毛は気になることを口走る。


「アンタ、ショパン弾いてるときは楽しそうだな」

「……わかるのか?」

「そりゃあな」


 ……こいつが言うことは事実だ。

 まあ詳しく言うなら、他にも好きな作曲家はいるが。


「しかもエチュードだとか、忙しい曲が」

「ストーカー?」

「そんなわけねぇだろ」


 ほぼほぼ毎日ここでピアノ弾いてりゃ、そりゃわかるやつにはわかるか。


「そういや、何か用か?」

「ああ、そうだった」


 コイツなら、話くらいは聞いてやってもいいかな。

 という気まぐれで、今更ながら俺は聞いてみた。


 キョウスケは、ポケットから折りたたまれたノートの切れ端を取り出す。


「これ見たことある?」

「ああ、軽音部の募集か。 帰れ」


 軽音部、ないしバンドにはロクなイメージがない。


 中学の頃はリズム感や音感の欠片もないカス共に、気持ちの悪い笑顔でバンドに誘われ、

 高校生になると、外から組むに値しないヘタクソから多数声をかけられ。


 コイツもどうせ似たようなモン。

 少しでも心を開く素振りを見せた俺がアホだった。


「コンクール終わったし、部活にも入ってないんだろ?」

「何で知ってるんだよ」

「トウゴに聞いた」


 む。

 あのノッポ、俺を売りやがったな。


 ……いや、でも寡黙なアイツが俺の事を教えるって事は、トウゴも軽音部に?

 キョウスケなる男と親しくしているのは見たことがないしな。


「とにかく、軽音部なんてやらん。 下らんコピーとかつまんねえオリジナルだろ」

「お、言ったな」

「……?」


 待ってましたと言わんばかりに、キョウスケはカバンを手に持ち、部屋に入ってくる。


「おい入ってくるなよ」

「まあまあ、いいじゃねぇか」


 無理やり入ってきた彼は、カバンからスピーカーを取り出すと、自身のスマホに連携させる。


「まあ聞いてみてくれ」

「つまらんモノ聞かすなよ」


 適当に貶して、俺と関わりたくないと思って貰おう。

 そう事前に心構えをして、音楽が流れる瞬間を待つ。


 キョウスケがスマホを操作し、なにやらタップした瞬間──


「……これ、お前が?」

「俺達が、だ。 軽音部の現メンバー」


 出だしはギター。

 ロック調のリフを奏で、後にドラムとベースが続く。


 中々いい音作りだな、と感心していると、ブレイクをはさみピアノが入ってくる。


 打ち込みのピアノは、広範囲のアルペジオ(分散和音)を奏でながらも、メロディアスさを欠かない作りになっている……が。


「お前、ピアノ全然弾けないだろ」

「やっぱりわかるか」


 3分程に纏められた音源が終わり、室内に、遠くから聞こえる野球部の声が届く。


「例えば最初のアルペジオの部分は、まだ何音か足したほうがよくなる」

「あれ以上!?」

「俺ならできる」


 コーヒーカップを机に置き、ピアノへ手を伸ばした俺は、さっき聞いたフレーズをコピーした上で修正する。


「一発で……」

「お前が勧誘しているのは、そういう奴だ」


 俺はその後も何回か音源を聞き、適宜修正を施していった。


 ノッポのベースが上手いのは知っていたが、他のパートも中々悪くない。

 ドラムは安定感があって技術面でも申し分ないし、ギターは……まあ良し悪しとかいまいちわからんわ。

 でもメロディセンスとグルーヴ感は抜群に思える。


「こんなところだな」

「よし、いまから俺んちでレコーディングするぞ」

「しねーよ、帰れ」

「えー」


 不覚にもちょっと楽しかったが、あんまり心を開くとずるずると行ってしまいそうだ。


「ちっ、また誘いに来るぜ」

「来なくていいっての」


 そう言ってキョウスケ片付けを始める。

 こりゃ何日か押しかけてくるパターンだな。


 ……あっ興が乗って貶し損ねた。

 あからさまに俺を意識して作りやがって。


「ま、どっちにしろマネージャーの許可がねーと」

「マネージャーまで付いてんのか」


 《《あれ》》がマネージャーと言っていいものなのかはわからんが、俺のマネージメントをしてくれている以上、そういうことにしておこう。


「ま、今日《《は》》帰るわ」


 俺は「もう来るんじゃないぞ」と、看守みたいな事を言ってキョウスケを帰した。

 ……また来るんだろうなぁ。



 ────



「ってことがあったんだけど、マネージャー的にはどう思う?」

「いいじゃん、入ってみたら?」

「えーそっち系~~?」

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