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金田曹長はわが社に来てから、水を得た魚のようにイキイキと働いている。わずか三日で『ダンジョン木タール』から水虫薬を作ることに成功し、その二日後にはその大量生産方法を確立した。
それに触発されたのか、炭窯組から炭窯の増設願が出され、ついでに探索組から『増員して三交代制にしよう』と要望が出た。おまけに、北海道の農家さんから木酢液の増産をせっつかれ、炭を買ってくれている瀬戸内の製鉄所も『もっと炭売ってくれてもいいのよ?』と暗に増産を強請られたので、一応社内会議をしてから、炭窯を四基増設し、それの完成と同時に研修が終わるよう社員を集める。平和なのは、すっかり試験農場になってしまった私の畑で研究をしている人達だけだ。
「急に村が変わってしまって、何だか寂しいねえ」
休憩がてら集落を歩いていて出会った大田福さんと話していると、彼女はそう寂しそうに言った。
「何かすみません」
申し訳なくなって頭を下げるも、福さんは私を責めない。
「いえいえ、フウカさんは悪くないのよ? だってフウカさんのお陰で、この村は残るのだからねえ」
その言葉に、不穏さを感じる。
「ウチの主人、ガンになっちゃってねえ」
だいたい察してしまった。
「その治療をしないといけないから、街の息子の家に引っ越すのよ」
「……寂しくなります」
福さんは、キュウリを育てるのが凄く上手いのだ。あの、青々とした、真っ直ぐでみずみずしくて、少しだけ青臭さのあるキュウリが食べられなくなるのは、とても残念だった。
「ええ。でも、フウカさん。村のことで後悔はしちゃ駄目よ?」
そう言った福さんは、とても優しい顔をしていた。
「この村が大好きなフウカさんのことだもの。村をこんなに人で一杯にしたのも、何か理由があるのでしょう?」
どきりとする。確かに、私はダンジョンの『氾濫』を避けるために行動している。だけれど、それを誰かに言ったことは無かった。
「だったら、最後まで突き通しなさい。私は、フウカさんのことを応援してるから、ね?」
「ありがとう、ございます」
胸が一杯になる。涙をこらえて頭を下げると、福さんは私の頭を撫でた。硬くて、とても暖かい手だった。