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「金田明曹長だ。よろしく頼みます」
歴戦の猛者、といった風情の自衛官が右手を差し出してきたので、私はその手を握る。
「合資会社原ダンジョン探索の社長の原風香です。こちらこそよろしくお願いします」
社長室兼応接室の応接用机に向かい合って座り、私は早速とばかりに話をする。
「早速ですけど、私どもの要請はどのようなものだと聞いていますか?」
「はい。『スキル』を使って貴社の製造した木タールを加工出来ないか調べて欲しい、という内容だと聞いております」
ちゃんと要望が伝わっていたことに安堵する。
「その通りです。基本的に、作られたものの権利のうち、実施権のみ私ども原ダンジョン探索が保有し、その他は金田さんに一任する方針で行きたいと考えておりますが、よろしいですか?」
「はい」
「また、もしも兵器に転用出来そうなものが出来た場合、社内で相談し、場合によっては私ども原ダンジョン探索はその実施権を放棄します。これも、よろしいですか?」
「はい」
お互い書類にサインし、馴染みの弁護士の杉山護さんにも確認してもらった後、両手を叩いて場の雰囲気を変える。
「では、前置きはここまでにして、本題に入りましょうか」
一瞬金田さんが楽しげに笑ったのに嬉しくなりつつ、続ける。
「私どもは木タールの加工について、社内で話し合いました。そこで出た、作れるのか研究して貰いたい品々がこちらです」
あらかじめ印刷した資料を渡すと、金田さんは真剣な表情で読む。四枚しか無いこともあり、金田さんはすぐ読み終わり、質問を始める。
「尋ねてもよろしいですか?」
「とうぞ」
「この『水虫薬』は恐らくすぐに作ることが出来ますが、何故これが最も優先度が高いのでしょうか?」
「……すぐ作れる、というのが驚きなのですが。それを強く推したのは、探索組ですね。何でも、探索者は硬く、湿気の溜まりやすい靴を長時間履くことから、水虫に悩む人が多いそうです」
「なるほど。覚えがあります。では、次の『インク』というのは、どういうことですか?」
「これは、まあ、ロマンみたいなものです」
そう頭をかくと、一瞬だけ金田さんは嬉しそうにした。
「ほら? ダンジョンなんて空想の産物だったものが、現実に現れましたよね? ですから、『魔法を使いたい!』という意見が社内から多く出まして。魔法といえば、羊皮紙に魔法陣を書くのが定番なので、インクです」
「なるほど。これは面白そうですね」
私が社内会議で推すまでもなく、『魔法を使いたい!』という社員は多くいた。そのお陰で、この案はすんなり通ったのだ。前世の知識からすると、『ジョブ』や『クラス』のレベルが低い人が高難易度のダンジョンを探索するのに、羊皮紙を使って作った使い捨ての『スクロール』を使うのは定石だったので、この案が通り、成功すれば、高難易度ダンジョンの探索が加速し、それはそのまま『氾濫』の対策になる。
「この案ですと、インクが出来れば、羊皮紙に『ダンジョンウサギの革』を使って実際に研究を行うようですが、何故この素材を選んだのでしょうか?」
「それは単純に、研究用としてわが社が用意出来る素材ですと、それが一番安いからです。民間にダンジョンが解放されてから、『ダンジョンウサギの革』の相場は下落する一方ですので」
使い道が見つかっていないこともあり、今では『ダンジョンウサギの革』は百枚十円で売られている。研究用となるととにかく量が必要になるので、この素材を選んだのだ。
「なるほど。理解しました。では、次の『ニス』というのは……」
派遣されてきた人が真面目な人で良かった、と、私は安心した。