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3.髭の立派なお客様

「う~ん。お腹がすいてきたわ」


離れた場所にある鍋から漂う匂いに思わずお腹がクウと音をたてた。


今日は副業"マリアージュ゛開店の日。

先週は結局妖精さん1名のみ来店しただけ。


「夕食、食べそびれたのよね」


時計の針は8時。

今日はもう来店するお客様は、いない気がするわ。先週から立て込んでいた本業もやっと今日品物をお店に納めた。


今回は、ちょっと癖のあるお客様と聞いていたから、縫製に自信があるとはいえかなり神経を使ったのよね。無事に問題なく、むしろ褒められた。ご褒美にちょっとくらい早く閉めるくらい、いいわよね。よしっと鍵を掴み立ち上がったその時。


リンッー


しばらくぶりだが、変わっとらんのぉ」


真っ白な立派な髭のお爺さんが来店した。


くっ!

うまくいかないもんだわ。

もちろん私はすぐに笑みを浮かべお辞儀をした。


「いらっしゃいませ」


少し表情がひきつってしまったのは許して欲しい。そのお爺さんは、おやっとした顔をし私を見た。


「店主は…」

「つい最近亡くなり、私が店主になりました。マリーと申します」


よろしくお願い致します。

あら?

挨拶をし頭を上げるとお爺さんは、悲しそうな表情をしていた。


「──そうか。此方とわしのいる世界とは時間の流れも違うし仕方がないか」

「何かご入り用ですか?」


私は暗い雰囲気を変えたくて話しかけた。だって、私まで暗くなっちゃうじゃない。


「ああ。急ぎではないが残りが少なくなってな」

「手に触れてもよろしいでしょうか?」

「ああ」


暫くして棚の奥から微かに音がした。


「お待ち下さい」


私は音がした棚の扉を開けた。そこには、一つだけ倒れている瓶があった。それを掴みお爺さんの所に戻り瓶を見せて確認をしてもらう。


「これでよろしいでしょうか?」

「ああ。間違いない」


その細長い透明のガラス瓶の中には、色とりどりの丸い小さな飴のような物が入っている。見た目は飴にしか見えないけれど、確か仕入れ台帳には一粒だけで疲労回復に効果があると記されていたわ。


「代金はこれを」

「まあ!」


渡されたのは金貨だった。しかもざっと30枚はありそう。物の価値は分からないけれど、これは貰いすぎじゃないかしら。


「妥当な額じゃよ、お嬢さん」

「でも」


私の戸惑いの表情に気付きそう言われた。やはり価値が分からないなんてそもそも店主としてどうなの?


「よい匂いがするなぁ」

「えっ?」

「貰いすぎだと気になるなら、どれ、ひとつ馳走してもらおうかの」

「もちろんお客様の為に、ご用意してますので。少々お待ち下さい」


私は急いで鍋の中身を温めにかかった。


「どうぞ」

「おぉ、年寄りには温かい食べ物はありがたい。旨そうだのぉ」


そうお爺さんは言うと、ふぅふぅと息をふきかけながら食べ始めた。


「懐かしい。中に肉が沢山入っていて野菜の旨味とよく合うの。昔、此処で食べた時とかわらんな」

「そうでしょうか?ロールキャベツと言う名前でお客様から教えて頂いた料理と聞いています」


確かに野菜と肉汁が合わさり具だけでなくスープにも旨味がとけだしていて、とても美味しい。寒くなるとこれが食べたくなるのよね。


「ああ、異界の者の中には変わり者の客がいてその人物は昔、この部屋に暫く滞在していたとルドルフが言っておった」


お爺さんは私を見て微笑んだ。


「そなたの新緑の様な瞳は母親メイリーン、艶やかな黒髪は父親のルドルフから受け継いだようだの」

「母を知っているのですか?」


てっきりお父様1人だけで店を開いていたのだと思っていたのだけど。


「1度だけ会った。わしは、そなたの祖父母も知っている」


──いったいこのお爺さんは何歳なのかしら?


「ほっほっ。とうに100は越えたのぉ。さて馳走になった。ルドルフに会えなかったのは非常に残念だったが、お前さんが継いでくれてよかったよ」


お爺さんは、どっこらしょと椅子から立ち上がり、私に視線を向け瓶を振り笑った。


「わしも、あと少しで役目を終える。そうしたら、あの世でルドルフと酒でもくみかわしたいのぉ」


想像をしてみた。

うん。すぐ酔いつぶれだらしなくニヤニヤしながら寝ているお父様が簡単に思い浮かぶわ。


「この商いが無駄だと思うているだろうが、これから良さがわかるよ。異なる種族、異なる世界の者達と交流など本来めったにないことじゃ。世話になったな。また来るよ」

「…ありがとうございました」


下げた頭を上げた。

痛いところをつかれたわ。


「まあ、こうやって必要な品が手に入って喜ばれるのは悪い気しないんですけどね」


だけど、儲けがないなんて意味があるのかしら? 金貨を頂いたけれどこの国の通貨ではないので使えない。


「はあ、考えるのはいったん止めて店を閉めて私も食べましょ」


まだ鍋の中にはロールキャベツが3つほど残っている。お爺さんの終わった食器を下げ、閉める片付けの間に先に鍋を温めようとコンロの火を入れた時。


リンッー


「失礼する」


閉店間際、雨が降り始めたのか肩を濡らし入ってきたお客様は先週店に来たライル様だった。


こっそりため息をつきながら挨拶をする。


「いらっしゃいませ」


水色の瞳がこちらを見下ろす。


「閉店間際にすまない。あれから一度こようとしたが、店が見つからなかった」

「さようでございましたか」


さっさと帰って欲しい私は、すぐに伺うことにした。


「何かご入り用でしょうか?」

「いや、ゆっくり店内を見せてもらいたかったが、こんな時間になってしまった」


何故か今日に限って店を見つけたのだと首をかしげながら呟いた。首を傾げたいのはこちらよ。一度だって変なのに二度目なんて絶対おかしいわ。お父様から渡された引き継ぎの書類を見てみたほうがよいわね。


「何か良い匂いがするな」


その声にはっとなる。


「いけない!スープが蒸発しちゃうわ!」

「スープなのか?」


なんでまた食べたそうな顔をするのかしら?

お貴族様なんだから、いくらでもよい物を食べているでしょうに。


「ロールキャベツという、葉で肉を包んで煮たものなんですが…召し上がりますか?」

「いいのか?」

「はい、ただ私も夕食がまだなので一緒に食べることになりますが」

「勿論構わない」


私もお腹は空いてるし、二人で食べる事になった。お客様でないなら空腹を我慢するのも馬鹿らしい。


「旨いな」


結局部屋の隅にある丸いテーブルで向かえあわせで騎士様と夕食をとる。パンもカットし篭に入れ出したらすぐになくなった。


よい食べっぷり。


美味しそうに食べているのを見ると悪い気はしないわ。ライル様は、私の視線に気付きばつの悪そうな顔をした。


「すまない。今日は忙しく食べる時間もなかったのでつい」

「足りましたか?」

「ああ。前も思ったが、飯屋でもないのに客に振る舞うのか?」

「代々そうしてきたようです」


私だって不思議だけれど、まあ作るのは嫌いじゃないのよね。ただお客様が来るか分からないので沢山は作っていないけれど。


「何か買いたいがこんな時間か」

「また何かご入り用がありましたらお越し下さいませ」


用事がないなら来なくていいわよという思いをこめ扉に向かう騎士さんに挨拶をした。


「ああ、今度こそ何か買わせてもらう」

「お待ちしております」


結局食べるだけでライル様は帰っていった。


「ふうーやれやれだわ」


私はすぐに扉の鍵をかけ、テーブルの上の食器を片付けはじめた。


売れた品

疲労回復の飴?


受け取った品

金貨30枚







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