表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/65

1.異彩な教え子

「センセイ……センセイってば!」

「はひィッ!?」


 もともと、人一倍臆病なわたしです。

 ふいに話しかけられると脊髄反射で返してしまうのが、困ったクセ。

 いつものように声を上ずらせてから、教壇に立っていることを理解します。


「あれっ……わたし、濡れてない……というか、生きて……?」


 首をひねった3拍後に、どっとわき起こる笑い。


「先生、ホームルーム中に寝てたの〜?」

「今日は日本晴れですよー」

「おいおいみんな、センセイは研修やらなんやらで、オツカレなんだよ。察してさしあげろ」


 ……やってしまいました。

 居眠り、ですって? なんたる不覚……!

 これは汚名返上せねばなりませんが……はて、どこまで進めたかしら?


「出欠確認が途中だよ。ちなみに俺からね、ミツバっち!」

「――!」


 またも飛び跳ねたのは、ふいをつかれたからでも、心を読まれたからでもありません。


(ミツバっち……)


 それはわたしの、日野ひの三葉みつばの愛称に違いありません。

 ならばどうして、違和感を覚えるのでしょう?

 かみ合わない歯車のように、もどかしい……


「……ありがとうね。須藤くん」

「はーい!」


 ニカッと爽やかな笑みを返されて、ホッとひと息。

 教卓の目前に座る須藤すどう理玖りくくんは、人懐っこい、人気者です。


(しっかりしなくては)


 自分を叱咤したのち、声を張り上げます。

 そして20秒も経たないうちに、わたしは出欠確認のひとつもろくにできないことを、思い知るのです。


七海ななみくん……」

「先生ー、だれそれー?」

「……え?」


 可愛らしく小首をかしげたのは、先ほど名前を呼んだ、松本まつもとさんです。

 新学期がスタートしたばかりで、座席は出席番号順。

 たしかに、彼女のあとに〝七海くん〟なんて、おかしな話です。


「――ムツキです。六月むつきれい


 松本さんの後ろ、教室最後尾の席から、静かな声が上がります。


 窒息、するかと思いました。

 当然なのかもしれません。右は蒼、左は金と、左右で色の違う瞳に、見つめられてしまっては。

 まるで、深海と満月のよう。

 そして夜色の猫っ毛を持つ彼の顔だちは、あまりに整いすぎていて、真新しいブレザーがちぐはぐに思えます。


「…………六月、くん」

「はい」


 やっとのことで絞り出した声に、青年は眉ひとつ動かさず、淡々と受け答えました。

 終始無表情だったのに、わたしにはなぜか、彼が嘆息しているように見えてならなくて。


 本来なら、もっと早く気づくべきだったのです。

 六月くんに関して、なにも茶々を入れない教え子たちの、違和感に。



  ◇ ◆ ◇ ◆



 2年2組 六月 零


 児童養護施設出身。

 本校へは、今年度より編入。

 学力、体力共に申し分ないが、コミュニケーション能力に乏しい模様。



「いわゆる、ぼっちってやつですね……」


 クラス担任就任1年目にして、大当たりです。

 新人の必須アイテム・メモ帳をスーツの内ポケットにしまい込んで、ため息をおさえきれません。


「ミーツバっち!」

「は、はいっ!」


 ひとり廊下を歩いているところを、呼びとめられました。

 振り向くと、栗色のクセっ毛と、エメラルドのようにキラキラした瞳が印象的な青年が、爽やかな笑顔を見せていました。須藤くんです。

 声が上ずらなかったあたり、日野三葉、成長したようです。


「どうかしましたか? 須藤くん」

「ミツバっち見かけたから! やっぱオツカレ気味? 俺でよかったら、なんか手伝うよ?」

「あわわわ……わたしごときに、もったいなきお言葉ぁ……!」

「ミツバっち……一応、俺のほうが立場下だかんね?」

「感動に、打ち震えているのですっ!」


 なにをやっても鈍くさいわたしが、まさか生徒に慕われていたなんて。

 閻魔えんま帳を抱きしめてペコペコお辞儀を繰り返していると、プッとふき出す須藤くん。


「あっはは! 生真面目だねぇ~!」

「唯一の取り柄です!」

「頑張るのはいいけど……あんまムリしないでね? ただでさえ、六月のことで気ィ遣ってると思うし……あ」


 しまった、というふうに口をつぐむ須藤くん。たしかに、裏表のない彼らしくない言動です。


「陰口みたいに……ごめん」

「いえ……六月くんが、なにか?」


 六月くんのことを気にかけているのは、事実です。

 彼がほかのみんなと同じように学校生活を送れるよう、手助けをするのが、わたしのつとめ。


「気になることがあれば、教えてください」

「んー……まぁ、あいつ、あんなんじゃん?」

「あんなん、とは?」

「オッドアイ、だっけ? 右が蒼で左が金とか、すげー色じゃん。聞いた話だと、アレのせいで六月、親に捨てられたって」

「そんな……」


 蒼と金……畏怖の念さえ抱かせるような、美しさ。

 たしかに、良くも悪くも、あの瞳は目を引きます。

 でも一切、六月くんのせいじゃないですよね?


「それに加えて人間不信みたいで、友達も作らないし……やなウワサが立ってる」

「ウワサ……」


 恐る恐る繰り返すわたし。

 須藤くんが、声を潜めに潜めて放った言葉は、


「最近、先生たちが警戒してる動物虐待犯、あいつなんじゃないか……って」


 ……なんて、衝撃的なことでしょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ