第一話 キャンプ
ある日。四月も終わりに近付いてきた頃、いつものように四階の部室へと集まる俺たち。白羽いわく、部屋は読書部とやらの部室らしいが、実際のところは幽霊部員ならぬ幽霊部活なので、集会には持ってこいだ。ときおり運動場から聞こえてくる陸上部や野球部の喧騒なんかは、ある意味耳を心地よくさせてくれる。そんな運動部にも負けないくらいの大声で、突然宝月先輩が叫んだ。
「みんな! ゴールデンウィークは暇かしら!?」
唐突すぎて質問されているということを理解するのに数秒掛かった。
「なんですか? ゴールデンウィーク? 俺はとくに予定とかはありませんけど……」
まああるわけない。この間まで友達なんて一人もいなかったのだ。一人暮らしであることも手伝って、ゴールデンウィークみたいな長期間の休みは死んでしまいそうになる。精神的に。
「自分はあるにはあるけど、せいぜい本を読んでるくらいかな」
「ボクもとくには〜」
他の二人も同様のようだ。宝月先輩は嬉しそうにクックックッと笑う。
「じゃあゴールデンウィークの初日! みんなで山へキャンプに行くわよ!」
「キャンプ……?」
と、言われてもピンと来ない。白羽や嵐子も首を傾げている。
「親睦会よ、し・ん・ぼ・く・か・い! 私たち、出会ったからそんなに月日が経ってないじゃない? だからお互いのことを深く知り合いましょうってわけ」
ふむ、なるほど。宝月先輩の言うことにも一理ある。せっかくできた友達なんだ、もっとお互いのことを知っていても良いと思う。
「いいですね。俺は参加しますよ」
俺に続いて白羽と嵐子も参加の意思を表明する。
「自分も構わないよ」
「ボクもボクも〜!」
「いよぉし。じゃあ全員参加決定ね。集合場所は、また追って連絡するわね!」
そして迎えたゴールデンウィーク初日の憲法記念日。宝月先輩に指定された場所に行くと、そこにはそこそこ大きな山があった。なんというか……想像してたのとは違う。いや、気にしてはいけない。
「お? 来たわね来たわね!」
先に着いていた宝月先輩が、山の麓でこっちだと言うように手を振っている。俺も振り返して宝月先輩の元へと駆け寄る。
「宝月先輩、おはようございます」
「おはよう、園田くん! といっても、もうすぐお昼だけどね」
時間的には十一時前くらいだろうか。日差しが少しだけ強い。
「ところで宝月先輩」
「何かしら?」
「手ぶらでいいって言われたんですけど……本当に大丈夫なんですか?」
一応、山へ行くとのことなので虫除けスプレーとか懐中電灯とか、必要になりそうなものをリュックに詰めてきたけど。
「大丈夫よ。大抵のものは既に現地に置いてあるから。テントだって、もう張ってあるし」
前に宝月先輩から聞いたところによると、宝月先輩の家は相当なお金持ちらしい。今から登ろうとしてるこの山だって、宝月先輩のお父さんがいつの間にか購入していたものらしいし。だからテントを張ったのだって、使用人がやってくれたのだろう。
「まあそれならいいんですが……。じゃあ宝月先輩、もう一つ質問です。なんでスカート? 山道歩くんですよね?」
宝月先輩の格好はというと、上はノースリーブのみで下はチェック柄のスカートだ。どう見ても『今から山を登るぞ!』という格好ではない。
「あら、いけない? 今日は可愛いパンツ履いてるから、覗かれても大丈夫のはずよ?」
「そういう問題じゃなくてですね!」
この人は山をなんだと思ってるんだ!
「虫とかいっぱいいるんですよ? そんなふうに肌を晒してたら刺されますよ。それに、山の中腹は冷えるそうですし」
「あ〜……。まあ、大丈夫っしょ」
「軽っ!?」
と、宝月先輩と話し込んでいると、白羽と嵐子も揃ってやってきた。
「来たよ。今日はちょっと暑いよね」
白羽は大きめの帽子を被ってきている。下は長めジーンズだが、上は白のカッターシャツだ。露出した白い肌は日焼けに弱そうに見える。
「日焼け止め、塗るか? 持ってきてるぞ」
「ああ、心配しなくていいよ。家を出る時にちゃんと塗ってあるから。虫除けのクリームもね」
白羽はいつも準備がいい。手ぶらでいいと言われているのに、きちんとショルダーバッグを担いで来ている。中身は分からんが、必要だと思ったものを持ってきていることには違いない。
「藍輔先輩! 遥先輩! こんにちは!」
元気良く挨拶をする嵐子。いつ見てもいい笑顔だ。宝月先輩と比べて、肌の露出が圧倒的に少ない服装をしている。
「おう。嵐子もそれらしい格好してんな」
しかし何故か上は緑、下は茶色の服装。合ってなさすぎる……。
「当然です! 山へ赴くとあらば長ズボン長袖は必須ですとも! これ、トレッキングシャツにトレッキングパンツというそうですよ」
と、意味ありげに宝月先輩を見ながらニヤニヤしている嵐子。やめたげてよ……。そういうのに過剰反応するの知ってるだろ?
「何よ! 白羽だって半袖で来てるじゃない!」
ほらやっぱり。
「白羽先輩は暑いのが苦手なんですよね〜?」
「うん。五月といっても、自分的には堪えるかな」
「あ〜はいはい、そうですか!」
何ムキになってるんだよ……。まあ、そういうところも可愛げがあって悪い気はしないが。
「ともかく行きましょうよ。全員揃ったことですし」
「……ちっ」
え!? なんで俺、舌打ちされたの!?
「まあいいわ。行きましょ」
なんだかんだでとりあえず出発することはできた。
小一時間程度の時間を掛けて登ると、開けた平地に出た。広い範囲が砂利で埋め尽くされていて、もう少し行ったところには川もある。そしてそのすぐ傍らにテントが三つ張られていた。二つは普通の四角錐のテントで、もう一つは屋根型のテントだ。
「ほら、早く行くわよ!」
一人だけ手ぶらの宝月先輩がさっさと行ってしまう。あまり傾斜がきつい坂ではなかったにせよ、さすがに荷物を持った状態だときついぞ……。
「ちょ、ちょっと……待って……」
「ん。藍輔、お先に」
宝月先輩の他に体力が余ってるのは白羽だ。顔色一つ変えていない。いや、変えられないのか? などと考えていると、それを察してかすれ違いざまに白羽が振り返ってきた。
「藍輔……。何か勘違いをしているね。自分のこの足は神様からもらったものだ。だから他の人よりかはいくらか頑丈なんだよ」
声質も表情も一切の変化がないが、なんとなく白羽が怒っているのが分かる。
「ご、ごめんなさい……」
一応謝っておく。
「……別に。謝る必要はないさ」
よくわからないが、許してもらえた……っぽい? いや、考えるよりも先に足を動かそう。二人に置いて行かれてるからな。そういや嵐子はどこだ……?
「ぜえ……はあ……みんな……早いですよぉ……」
かなり後ろの方で息を切らしていた。嵐子が持っている荷物はそれほど重そうではないのだが、足取りがおぼつかない状態だ。仕方ない、手を貸そうか。
「ほら嵐子、手を伸ばせ」
「あう……? 藍輔先輩……すみません……」
男とは思えないほどの華奢な身体つきの嵐子。握った手は柔らかな感触を与えてくる。これで顔が童顔なんだから、初対面の人は絶対間違えるよな……。
「あ、藍輔先輩、今失礼なこと考えてますね?」
「ん? 俺、口に出てたか?」
「いえいえ。顔がそういう風に言ってましたから」
「…………」
どうやら俺は思ってることが顔に出るようだ。今度から気をつけないとな。
ともあれ無事に目的地(?)に到着。さきほど運動したこともあり、昼食にありつきたいところだ。荷物を置いてお腹を摩っていると、宝月先輩が駆け寄ってきた。
「はい。園田くん」
と、宝月先輩から渡されたのは大きめの飯盒だった。それと袋に入った数人分の米。
「向こうに携帯用のガスコンロ置いてあるから、炊いておいてね」
「え!? どうやって炊くんですか!?」
いきなり渡されても分かんないよ! せめて説明くらいしてよ!
「簡単よ。最初は強火、沸騰したら弱火でじっくりと炊けばいいわ。その後のさじ加減とかは任せるけど」
「は、はあ……」
大丈夫なんだろうか……? 心配になってくる。
「お水は川のお水を使うといいわ。天然水だし、安全も確認済みよ。それじゃ、よろしくね」
要件だけ済ませると、宝月先輩は他の二人のいる屋根型のテントへと行ってしまった。どうやら三人で何か調理しているらしい。ならば仕方ない、俺は俺のできることをしておこうか。
まあ幸いにも一人暮らし故に自炊はしている。米炊きくらいならなんのこともない。飯盒に米を入れて川で研いでいく。研ぎ終わってから水の量を調整。うむ、天然水だけあって透明で綺麗な水だ。そしてガスコンロに掛けてしばし様子見。
すると、どこからかいい匂いがしてきた。
「この匂いは……カレーか?」
匂いの元は宝月先輩ら三人からだ。どうやらカレーを作っているらしい。向こうにもガスコンロがあり、その上には大きめの鍋が置かれている。おそらくあれの中身がカレーなのだろう。宝月先輩が煮込むようにクルクルとおたまを回している。白羽と嵐子も、テーブルの上で食材を切っている。
などと他人に気を取られていると、目の前の飯盒が沸騰しているぞと知らせてくる。よしよし、後は弱火でじっくりと待つか。数分くらい経ってから蓋を開けてみる。うむ、我ながらいい出来なんじゃないか? つやつやでふっくらしていそうな白米を炊くことができた。
「藍輔」
自分に陶酔しているといういい時に、白羽が後ろから声を掛けてきた。
「おう。どうした? こっちはもう食える状態になったぞ」
「大変大変。ああ、でももう手遅れかも。一応、その飯盒を持ってきてもらえるかな?」
「ん? 別にいいけど……」
大変大変、というわりにはやはり無表情。いまいち状況を理解できないが、まあとりあえずは飯盒を持って宝月先輩の元へと行くことにする。
行ってみると確かに大参事だ。
「あら園田くん。お米は炊けたかしら? こっちはいつでもOKよ」
ニコニコしている宝月先輩の手元にはカレー(と思わしきもの)がある。なぜか緑色をしている。……緑色? ……緑色!?
「美味しそうにできましたよね、藍輔先輩!」
色の判別ができない嵐子と、作った張本人の宝月先輩だけはすごくはしゃいでいる。白羽の言いたいことが分かったよ……。白羽に理由を聞いてみる。
「どうしてこうなった?」
「分からない。少し目を離した隙に、カレーの色が変色していたとしか」
これってアレかな? 宝月先輩は料理できないってやつかな?
「さあ園田くん! 私特製キャンプカレーの出来上がりよ! 召し上がれ!」
いつのまにやら紙皿に盛られているカレーライス。くそ……緑色でさえなければ抵抗なく食えるのに……! なんで肉とかジャガイモは普通なのにルーだけ緑色なんだよ!
「はい、これスプーンね」
「お、おう……」
宝月先輩から手渡されるプラスチック製のスプーン。もはや逃げ場などないのか……。助けを求めるように白羽に目を向けてみる。しかし白羽は我関せずとばかりに、そっぽをむいて吹けない口笛を吹いている。お前あとで覚えとけよ!
「……食べないの?」
宝月先輩が催促してきた。ええい、ままよ! 一口パクリ。
「!?!?」
こ、この味は……。
「どう? 美味しい?」
「ああ……二階級特進カレーだ」
「めちゃくちゃ美味しいってこと!?」
「めちゃくちゃ不味いって意味だよ!」
やっぱ見た目通り不味かったよ! こんなもん食えたもんじゃないよ! 死ぬほど不味いよ!
「え〜? そんなわけないじゃない。ちょっと貸してみなさい」
宝月先輩は俺からスプーンを取り上げると、二階級特進カレー(命名俺氏)をすくい上げて自分の口へと運ぶ。そして咀嚼。
「もぐもぐ……。うん、美味しいじゃない」
「あ、じゃあ宝月先輩が全部食べてください」
「はぁ!? 園田くんのために盛り付けたんだから、園田くんが食べなきゃダメじゃない」
「いやだぁぁぁぁ! 死にたくないぃぃぃぃ! 死にたくないよぉぉぉぉ!」
俺があまりにも嫌がるため、渋々宝月先輩は二階級特進カレーを貪る。さて、あてにしていたカレーがこんなのじゃ腹は膨れない……。どうしたものか。悩んでいると、嵐子が名乗りを上げた。
「フッフッフッ……。こんなこともあろうかと! ボクはサンドイッチを作ってきましたよ!」
嵐子が自分のリュックサックからバスケットを取り出した。中はサンドイッチが詰まれている。
「おお……! 嵐子さま天使!」
「えへへ……。どうぞ、みなさんで食べてください!」
お言葉に甘えて一つ頂戴する。ハムとたまご、それにレタスを挟んであるオーソドックスなサンドイッチだ。一口食べてみると、酸味の効いたマヨネーズも入っているのが分かる。
「これ美味いな!」
美味しすぎることもなく、かといって決して不味いものでもない。お手頃サイズなのもあって、食が進む。
「そう言って頂けると嬉しいです。実は一つだけ激辛マヨネーズを使用してるんですよ」
「へぇ〜。ロシアンサンドイッチか」
当たるのは嫌だけど、こういう遊び心があるのはいいな。
「はい! あ、ほらほら、白羽先輩もどうぞ!」
嵐子がバスケットの中からサンドイッチを一つ取り、白羽に手渡す。白羽も受け取り、小さくサンドイッチにかぶりつく。
「もぐっ……。うん、美味しいね」
白羽も満足げ(多分)にサンドイッチを食べていく。しかし宝月先輩は素知らぬ顔でカレーを黙々と食べていた。
「遥先輩もどうです? まだまだありますよ!」
「いいですよーだ! 私はカレーを食べてますよーだ! せっかく作ったのに誰も食べないなんてもったいないじゃない」
よっぽど嵐子のサンドイッチが気に入らないのか、意固地になって自分のカレーを食べていく。宝月先輩には悪いけど、さすがに死にたくはないからな。
その後しばらくわいのわいの騒ぎながらサンドイッチを摘んでいく。宝月先輩の様子が気になって、チラリと目線を向けてみる。しかしさっきまでいたはずの宝月先輩の姿が見当たらなかった。
「あれ? どこ行っ……」
探すとすぐに見つかった。川に這いつくばっていて、顔が水面に近い状態で蹲っている。あれではまるで……。
「まさか!」
急いで宝月先輩の元へと駆け寄る。やはりというべきか、食事時に見てはいけないものを見た。
「おろろろろ」
吐いてた。
「宝月先輩ぃぃぃぃ!?」
川の色が、宝月先輩の吐いたゲロによって緑色になっている。なんでこうなるまであのカレーを食べるんだ!
「宝月先輩? 大丈夫ですか?」
吐き終わった宝月先輩の頭を膝に乗せる。すごく顔色の悪い宝月先輩が、最後の言葉を告げるかのように掠れた声で言う。
「あのカレー……多分一晩寝かせたら美味しくなると思うの……。だから一応蓋閉めといて、ね……。ガクッ」
「二階級特しーーーん!!」
とにかく容態を悪化させるわけにはいかない。幸いにもテントがすぐ近くにある。おぶさって行けば横にさせるくらいは……。
「おろろろろ」
……って、なんで嵐子まで吐きに来てるんだぁぁぁぁ!?
「おいどうした嵐子!?」
今は宝月先輩を背負ってるから手を貸せないぞ?
「ずびばぜん、藍輔先輩……。ボク、辛いの苦手なんです……。激辛マヨネーズ、ヒットしました……」
「じゃあなんでそんなもん入れたの!? バカなの!?」
吐くほど苦手なもんを自分で使うとかアホの極みとしか言いようがない。そしてさらに状況は悪化。残ってたもう一人もこちらに走ってくる。まさか……。
「おろろろろ」
やっぱ白羽も吐くんかぁぁぁぁい!
「もらいゲロだよ、藍輔……」
もうやだこの人たち!
結局その後は、三人の介抱だけして幕を閉じたのだった……。一体何の為にキャンプに来たのやら……。




