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プロローグ参 自分の『奇跡』

自分が神様からもらったのは『奇跡』だった。

小学三年生の時、自分は交通事故に遭った。相手は即死、自分は下半身不随になった。運動はおろか、自身の力で立ち上がることすら出来ない。医者は生きているだけでも奇跡だと言う。

生きているだけでも奇跡? 笑わせないでほしい。今まで普通に過ごしていただけなのに、何の意味もなく突然奪われた自分の未来。情けなくて、悔しくて、それでも生きていかなくちゃいけなくて……。だから神様に願ったのだ。


「自由に歩けるようになりたい」


と。届くはずないと思っていた。それでも願わずにはいられなかった。でも、神様は自分の前に姿を現した。


『その願い、叶えてあげよっか?』


ふわりと。全身を包み込む柔らかな感触。突然のことなのに、なぜか別段驚いたりはしなかった。


「……叶えてくれるの?」


不安ではあった。自分の置かれている状況で、神様に(すが)っても良いのかどうか。自分のところに神様が現れるのなら、どうして自分は事故に遭った? この神様を全面的に信用して良いのか? 半信半疑の問いだった。


『うん。叶えてあげられるよ。君は不幸な事故に遭ったのにもかかわらず、神様(わたし)を信じてくれた。私ではあの事故を防ぐことは出来なかったけど、私は私に出来ることをしてあげたい』


良く分からない。だけど一つだけ分かることがある。この人は本当に神様なんだ。なんとなくだけど、そう直感する。ああ、だったら自分がするべきことは決まってるじゃないか。


「神様……叶えてください。こんなちっぽけな存在の自分でも、一つだけ望んで良いのなら」


神様は笑って答えた。


『……はい、本人の同意を頂きました。これで君は『契約者』となった。君の願いを叶えるためのね。きっとその願いは君を幸せにしてくれると、私は信じてるよ。またどこかで会えるといいね』


そう言うと、神様はゆっくりと消えていった。

その瞬間、自分の足が動くようになった。自力で立ち上がることも出来る。歩くことも出来る。医者からも見放されたこの身体は、まさに『奇跡』と呼べる状態になったのだ。

だけど失ったものもある。こんなにも、こんなにも嬉しいはずなのに、自分は笑うことができなかった。


『感情表現ができない』


どれだけ嬉しかろうとも、どれだけ悲しかろうとも、それは自分の顔に表れることはない。感じることすらもできない。これが『奇跡』に対する代償なのか? ならば受け入れてしまうしかない……。





「どうかな? これで信じてもらえるかな?」


話し終えた白羽は、やはり元の無表情のままだった。


「一応、な」


これで納得がいった。白羽から全く感情が窺えないのは『契約者』たる所以(ゆえん)だからなのだ。それに関しては俺でも嫌というほど分かっている。


「なら良かった。実を言うと、自分もこの『感情表現ができない』せいで友人がいないんだ。でも君たちなら、友人になってくれると思った。なって……くれるよね?」


白羽の本音は、どうやらそこにあるようだ。今ここにいる『契約者』全員が、『契約者』であるが故に孤立している。自ら望んだ願いの代償は少なくない。

人は独りでは生きていけない。答えなんて、考えずとも決まってる。


「もちろんだとも」

「そ、そうか……。なら良かった」


表情は変わらずとも、白羽が喜んでいるのが分かる。なんとなくだけど。


「……で? 金魚先輩の返答は?」

「誰が金魚先輩よ! 誰が!」


お、いつのまにやら戻ってる。


「さっき金魚のモノマネしてたじゃないですか」

「ああそう、園田くんはここに墓標を建ててほしいのね?」


笑顔が怖い。ちょっといじりすぎたか……。や、やめて。指をポキポキ鳴らさないで。


「冗談ですよ、冗談。でも良かったじゃないですか。また友達ができましたよ」


こういう時は別の話題を持ち出すのが定石(セオリー)だ。


「そ、そうね。それもそうね! よろしくね、九十九さん」


宝月先輩は白羽に近づいて握手を求めた。白羽もそれに応じる。


「白羽でいいよ。自分も下の名前で呼ぶから」

「あらそう? なんか、そういうのいいわよね!」


意気投合したようでなにより。いやでも、白羽のタメ口は良いのだろうか? まあ、本人が気にしていないなら別に良いか。


「今日はとてもいい日ね。一日に二人も友達ができるなんて。記念日にしたいくらい!」


宝月先輩が心底嬉しそうに笑う。こういう笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになるというものだ。ちょっとボケてみようか。


「じゃあその記念日の名前は『金魚日』ですね。宝月先輩の金魚のモノマネが披露された日なので」

「ああああああ!?忘れろ忘れろ忘れろ忘れろぉぉぉぉ!?」


思い出して恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしながらものすごい勢いで俺に殴りかかってきた。


「うわ!?ちょ……おま……やめ……」


ガトリングよろしく拳骨の嵐。頭部に対しての集中攻撃だ。俺の制止も聞かずにひたすら殴り続けてくる。


「ていや」

「きゃうん!?」


止めてくれたのは白羽だった。軽いチョップを宝月先輩に食らわせたのだ。助かったぜ、白羽。もう少しで三途の川が見えてたよ。


「えっと……下の名前って、(はるか)、だったよね? 遥、君は頭部強打による記憶の消去をしようとしたのかい?」

「ええ、そうよ!大事な記念日の名前を『金魚日』なんて最低な名前にさせないためにね! 白羽も何か言ってやりなさいな」

「ふむ。自分から言わせてもらうのは、その方法では確実性がない、ということだよ。やるのならば徹底的にやらないと、ね」


し、白羽さん? なんか、恐ろしいことを吹き込んでませんか?


「例えば?」

「藍輔の頭上から1t(トン)越えの岩を落とすとか」


藍輔、と呼ばれて実感が沸かなかったが、俺の名前じゃん。え? 俺、殺されるの?


「それだ!!」

「待て待て待て待て! それだ、じゃねえよ!大丈夫、さっきのことはもう忘れたから! うん、何も覚えていない! 何も覚えていないぞぅ! ホントだずぇっ!?」


嘘も方便。ああ、母よ。嘘つきは泥棒の始まりと教えられたこともあるけど、今嘘つかないと泥棒じゃなくてホトケさんになります。


「園田くんってば焦りすぎ! あははは!」


楽しそうに笑う宝月先輩。まるで、今まで溜め込んできたかのように笑いを爆発させている。なんだろうな……悪くないって思える。

と、そんな宝月先輩の笑い声を書き消すくらいの、騒がしい声が廊下から聞こえてきた。


「それでそれで! この部屋はなんですか?」


質問しているのに答えを聞かず、俺たちの居る部屋の扉が大きく開け放った。


「うべぇ!?」


そう、大きすぎて俺に直撃した。ドアノブが横腹にナイスシュート。俺は(うずくま)って悶絶せざるを得なかった。

そんな俺を知ってか知らずか、入ってきた人物はこれまた元気のある声で挨拶をしてきた。


「お? 先客がいましたか。初めまして先輩方! ボクは五十嵐(いがらし)嵐子(らんこ)といいます!」


ちらりと、その五十嵐という人を一瞥してみる。

容姿は幼さの残る体躯と童顔。雰囲気はサイドテールが良く似合う元気溢れる少女、といったところだ。ウチの学校の制服(なぜか男物)を着ているが、とても高校生には見えない。中学生と言われれば納得するくらいだ。

五十嵐と一緒に居たのは俺の担任だった。


「おい五十嵐。あんまり先走るな。先生が追いつかん。これじゃあ校舎案内ができんだろう」

「あ、はぁい。ごめんなさい」


どうやらさっき俺が学級日誌を持って行った時、担任がいなかったのは五十嵐という少女を案内していたからのようだ。しかしなんで今更校舎案内? その問いは宝月先輩が投げかけた。


「あの……先生? 一つよろしいですか?」

「ん? 宝月か。なんだ?」

「その子は誰ですか? あまり見かけたことのない生徒のようですが」


宝月先輩が見ていないとなると、今日来たばかりの人だろう。でなければ宝月先輩には『才能』があるんだ、それ以外ではたまたま見かけなかったぐらいしかない。


「ああ、こいつは帰国子女なんだ。さっき帰国したばっかりで、入学手続きもついさっき終わったんだ」

「なるほど。だから校舎案内をしているわけですね」

「そういうことだ。おい五十嵐、さっさと次へ行くぞ。先生は忙しいんだ」


話し終わると同時に五十嵐を急かす先生。本当に忙しいようだ。ところがどっこい、宝月先輩が割り込んでいった。


「先生、よろしければこの子の案内は私にさせてもらえないでしょうか?」

「ほう?」

「私、選挙活動中ですので、案内のついでもできますし。それに、先生もお忙しいのでしょう?」

「そうか、宝月は生徒会に立候補しているんだったな。宝月なら安心だ。じゃあ頼んだぞ」


先生は返事を聞かずに部屋を出ていった。残された五十嵐はキョロキョロと周囲を見渡している。まずは宝月先輩が自己紹介から入った。


「はじめまして、五十嵐さん。私は宝月遥。生徒会長を目指してるの。もし良かったら私に投票してね?」

「はい宝月先輩! あ、ボクのことは名前で呼んでください。そっちの方が呼び慣れてるので!」


キャピキャピな感じは本当に中学生のようだ。えっと、下の名前は確か……嵐子、だっけ?


「ところで皆さんに質問があるのですが」


嵐子が俺たちに一人ひとりに目を合わせていく。キラキラな瞳はどこまでも綺麗だ。……と、見とれていると、嵐子は思いも寄らない言葉を口にした。


「この中に『契約者』っています?」

「「「……は?」」」


三人同時に疑問符を浮かべる。俺の横腹の痛みなんかすぐに吹き飛ぶくらいに。俺はなるべく落ち着きながら答えた。


「おおおおう、俺たちは『契約者』だってばよ! ももももしかして、嵐子も『契約者』だったり? いやまさっか〜! ははは!」

「はい。『契約者』ですよ?」

「うわああああああ」


まさかまさかの四人目の『契約者』登場。感嘆符すら付け忘れるほど驚きを隠せない。


「証拠! 証拠は!?」

「証拠? あ、アレですよね? 自分が体験したエピソードでも語ればいいんですよね?」


フフフとイタズラな微笑み。嵐子は少し早口で話し出した。

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