プロローグ壱 俺の『呪い』
俺が神様からもらったのは『呪い』だった。
あれは中学最初の夏休み。俺は神様にお願いしたのだ。
「特別な力を持った人と仲良くなりたい」
と。唐突もなくそう願ったのだ。神社に参拝したとか、そういうのでもなく。毎年夏休みにやっているテレビの特集で時代錯誤も甚だしいヒーローもののアニメを見ていた時に思った。そんなにはっきりとした能力でなくていい。ただ子供の時に誰しもが思う、普通では嫌なだけなんだ。そんな不意な願い事だったのに神様は俺の前に姿を現した。
『その願い、叶えてあげよっか?』
ふわりと。俺の背後から気配がした。振り返ると、見知らぬ女性が立っていた。神々しい後光と半透明な身体はまさに『神様』と呼ぶにふさわしい。
『返事は?』
「え……あの、えと……」
彼女の有り様に見取れていると、彼女が急かしてきた。俺がどう答えて良いかわからず困っていると、彼女は笑って促した。
『なんで突然現れたのか気になる? 願いを叶えてくれる理由を知りたい?』
「……うん。知りたい」
神様といっても、ただでお願い事を叶えてくれるわけはない。神社に祀られてる神様だって、お賽銭をもらうのだ。今目の前にいる、いわば『野良神』みたいなのがなんの得もなく現れるはずがない。
『ふむ……。実を言うとね、私に対する信仰心が足りないのだよ』
「信仰心?」
『そう。私みたいな神々は元々幻想や空想の中でしか生きられないの。だから人々が信じてくれないと存在すらできない』
「うん」
『だから願いを叶えてあげるの。そうすれば、みんな神様を信じてくれるから』
「だったら願い事全部叶えてあげればいいじゃないか。その方がお互いのためになるんでしょ?」
その問いに神様は言い淀む。
『あ〜……まあ、そうなんだけどね。神様にも限界っていうものがあるのだよ。願い事は混じりけのない純度百パーセントでなければならないし、そもそも神様を信じていない人の願い事を叶えても信仰心は生まれない』
「でも俺にはそれがある?」
『そういうこと。だから私は君の前に出てきた。というより、出てこられた』
彼女はしゃべりながら終始意味もなく俺の周りを徘徊する。俺の目の前まで来たところで止まってこちらの顔を覗き込む。
『じゃあ返事を聞こうか。君のその願い、叶えてあげよっか?』
「……うん。叶えてほしい」
俺は承諾した。承諾してしまったのだ。今思えばその時のことを後悔する。
『はい、本人の同意を頂きました。これで契約成立だよ』
「…………」
と、言われても別段変わったところがない。不思議に思っていると、彼女が口を開いた。
『私と契約を交わした人は他にもいるの。言わば『契約者』だね。これから君は、そんな人たちと出会うことになる。そして仲良くなる。君の願いはそういうものだ。きっとその願いは君を幸せにしてくれると、私は信じてるよ。またどこかで会えるといいね』
彼女はそう言うと宙に浮いてそのまま消えていった。
そしてそれからというもの、俺は友達が出来なくなった。元々仲が良かったはずのクラスメイトも、夏休み中も夏休みが終わってからも一度も一緒に遊んでいない。普通の会話くらいならなんともない。だけど、友達まであと一歩足りないというところで向こうから遠ざかっていくのだ。俺は俺なりに友達を作ろうと努力した。それでも一人の友達もできずに三年間を過ごし、そのまま中学を卒業した。ああ、俺が神様からもらったのは『呪い』だったのだ……。
「園田。園田藍輔!」
フルネームで呼ばれて顔を上げる。教壇の上では担任が呆れた表情で俺を見ていた。周りを見渡すと、クスクスと抑え気味な笑い声すら聞こえてくる。
「今日はお前が日直だろ? 放課後のホームルームが終了したんだ、号令を掛けろ」
「あ、はい……」
高校生活最初の四月。暖かいこともあり、担任の話が長くて途中で居眠りしてしまったんだった。俺は立ち上がって決まっている台詞を述べる。
「きり〜つ。礼!」
不揃いな挨拶と共に周囲から開放感溢れるため息が漏れる。みんな、帰りにどこか寄り道していこうか、などと会話をしている。だが俺にはそんな人はいない。俺には神様からもらった『呪い』がある。
『他人と仲良くできない』
それは初めて神様と出会ってから今までずっと抱えているものだ。今はもう、友達を作ることを諦めている。だから放課後になろうとも、頬杖をついて窓の外を眺めるしかすることがない。
すぐに帰宅しても良かったのだが、何せこの『呪い』は家族にも適用されるらしく、親とは別居して一人暮らしなのだ。帰ったところで誰もいない。久々に昔のことを夢で見たせいか、憂鬱な気持ちになる。
「ふぅ……」
そんなことを考えていると、クラスメイトの男子が俺に話し掛けてきた。
「園田、お前日直だろ? 学級日誌、ちゃんと忘れずに職員室に持って行けよ」
「おっと、そうだった。ありがとな」
必要最低限の会話。もう慣れてきた。
名前も覚えていない男子生徒にお礼を言って、日誌を持って職員室へと向かう。
俺たち高校一年生は、西校舎の二階と三階が教室になっている。職員室はその西校舎の一階だ。現在地は三階なので、階段を降りればすぐに到着する。
「失礼しま〜す」
ノックをし忘れて中へと入る。一瞬、他の先生たちの目線を集めたが、すぐに外れる。
担任はいなかったので、日誌を捨てるように机の上に置いてきた。ほとんど何も書いていないからちょうどいい。
さて、することがなくなってしまった。もう帰ってしまおうか。
「……ん? あれ?」
おっと。教室に鞄を置きっぱなしだった。取りに行かねばならない。また三階まで上がるのか……。いやまあ、時間が潰れるならそれに越したことはないけど。
途中で数人の生徒とすれ違った。おそらくは最後まで教室でだべっていた連中だろう。案の定、教室に戻ったが既に人影はなく、俺の鞄だけが寂しそうに俺を待っていた。
「よっと……」
肩に掛けて教室を出る。そこでふと思った。ここの校舎は実は四階建てなのだ。今まで自分の教室がある三階までしか来なかったが、どうせ暇なのだ。もののついでに行ってみることにしよう。確か四階は文化部の集まりだったはずだ。物見遊山のつもりで足を向けた。
今まで普通に利用してきた階段が、行ったことのない空間へと繋がっていると思うと新鮮味がある。聞こえてくるのは自分の足音と、遠くから叫ぶ運動部たちの喧騒。悪くない。
「んん?」
階段の折り返し地点、踊り場まで来たところで上に誰かいるのが見えた。シルエットからして、この学校の女生徒だ。どうやら階段を降りてくるようだった。
そこで見たのは、どこからともなく吹いたイタズラな向かい風が見せた白い花園だったーーー。
「キター!!」
つい叫んでしまった。女生徒が慌ててスカートを抑えるがもう遅い。あれは紛れもなくパンt……。
「ダァラッシャー!」
俺の脳が完全に理解する直前に彼女の飛び蹴りが俺の顔面にクリーンヒット。
「うぐぉう!?」
思いっきり蹴飛ばされた。超痛い。すごいぞ、この女の子。まだ半分ある階段をすっ飛ばしてきたもん。そしてその蹴飛ばした本人はそれでも足りないのか罵倒を浴びせてきた。
「女の子のスカートの中を覗くとか最低! 変態にもほどがあるわ!」
顔面強打による鼻血が止まらない上に追い打ちを掛けられる。その人は金髪碧眼の容姿をしていて髪はセミロングのポニーテール。見た目が外国人っぽい故に流暢な日本語を話していると違和感がある。
一応謝罪と弁明をしておく。
「ごめんなさい……わざとではないんです、信じてください」
まだ何か言われるかと思ったが、次に彼女の口から出てきた言葉は常軌を逸脱していた。
「どうせ覗くならもっと可愛いの穿いてる時に覗きなさいよ! あんたバカじゃないの!? もったいない!」
「……はい?」
どうやら見られたこと自体よりも、見られた『モノ』がいけなかったらしい。理解に苦しむ。
「なによ、鼻血まで流しちゃって。あんなので満足するの?」
「いやいやいや! この鼻血はそっちのせいでしょうよ!」
ポケットに忍ばせていたティッシュで鼻血を拭き取る。幸いにも流血はそこまで酷いものではなく、鼻栓までする必要はなさそうだ。
「それにアレよ、アレ。私のタイの色を見て分からない? 上級生よ。敬語を使いなさい」
と、見せびらかしているのは首に巻かれている水色の蝶ネクタイ。確か水色は二年生が付けているものだ。彼女は俺がしている制服のネクタイの色で一年生だと判断しているのだ。合ってるけど。
「あ、はい、すいません」
「よろしい。ところで話は変わるけど、あなた、生徒会選挙に興味ない?」
「生徒会選挙?」
「そう。ゴールデンウィークが明けた翌週に行われるの。私こと宝月遥は次期生徒会長を目指してるから、今現在選挙活動真っ最中というわけ。おわかり?」
「はあ……」
そういえばそんなものが行われるんだった。入学式の時に校長が言ってたっけ……。
「だからあなたもね、誰に投票するか決まってないんだったら私に投票しなさい! これも何かの縁。こうやってある程度知ってる人に投票する方が幾分かマシってもんでしょ?」
「いやまあ……そうかもしれないけど。俺がその……宝月先輩に投票する義務はないっていうか……」
正直なところ全く興味がない。生徒会長なんて誰がやってもほとんど変わりないだろうに。
「いいじゃない、減るもんじゃないし。興味あろうがなかろうがそれくらいしたってバチは当たらないわよ。それに義務はなくても義理はあるんじゃないかしら?」
フフン、と悪戯な笑いを浮かべながら俺を見つめてくる宝月先輩。スカートの裾をピラピラさせているそれは、先程の白い花園を思い起こさせる。ああもう、この先輩は意地が悪い……。
「はいはい分かりましたよ。宝月先輩に投票すればいいんですね?」
「了承してくれるの? ちょっと強引だったから断られるかと思ったんだけど。まあいいわ、投票してくれる人が増えたのなら僥倖よ。それじゃ、私は選挙活動の続きがあるから失礼するわね?」
宝月先輩は笑顔で手をヒラヒラさせながら去ろうとする。
ふう……他人との会話がこれほど長く続いたのはいつぶりだろうか。あれは中学一年の夏休み前の……。
「あ……」
そうだ。俺には『呪い』があるのだ。こんなに長く会話が続くはずがないんだ。だとすれば彼女は……。
「宝月先輩!」
「んん? まだ私に何か用?」
呼び止めたは良いが、どう切り出せばいいのか分からない。もし俺の思っていることが間違っていたらと考えてしまっている。だけど聞かなければならない。
「あの、えっと……先輩は……その……」
「なになに? はっきり言いなさいよ」
「先輩は……『契約者』……なんですか?」
「……え?」
世界から置いてけぼりにされたような感覚。静止する二人を風が優しく撫でてくる。
「……ちょっと来て」
「あ、あ、はい?」
手を引っ張られて四階へと連れていかれる。宝月先輩は空いている部室らしき場所に俺を叩き入れた。中は誰もいない。
「あの……先輩?」
キョトンとしている俺をよそに、宝月先輩は真剣な面持ちだ。
「あなた名前は?」
「あ、はい……園田です。園田藍輔」
「そう。園田くんね。園田くんに尋ねるわ。あなたも……『契約者』なの?」
「……はい」
「そう。実は私もね、『契約者』なの」
予感はしていた。だけど、実際に会ってみるとあっけないものだ。実感がないという感じだろうか?
「園田くんになら……話してもいいかな」
「何をです?」
「『契約者』になる経緯。園田くんも『契約者』っていうのなら、私の話、信じてくれるわよね?」
「……もちろんです」
「そう……。じゃあ聞いてくれるかしら?」
宝月先輩はぽつりぽつりと話を始めた。




