小学生時代の天パちゃん
小学校に入学する前年、私は引っ越しを経験しました。
父が自営業に転職する為の引っ越しだったのですが、引っ越す際、両親が毎日のように喧嘩していたのを覚えています。自営業という安定しない職業で、この先やっていけるのか、借金はどうするのか。喧嘩の内容は、ほぼお金のことだったと思います。
大人になった今なら、何とも思いませんが、事情をまだよく分からなかった私にとって、その両親の喧嘩は苦痛以外の何物でもありませんでした。
新しく住むことになった家はとても古く、周りは山に囲まれ、家の隣には工場の作業場のような粗末な小屋があり、とてもじゃないですが良い家とは言えませんでした。更に、一軒家ではなく、上下一部屋ずつのアパートなので、二階には別の住人が住んでおり、自分たち以外の生活音がする、私にとって落ち着かない空間でした。また、その二階の住人が少々癖のある人だったので、どうしてこんな所に住まなければならないのかと、私の心は重くなる一方でした。
その思いを強くさせる原因がもう一つありました。それは、学校への距離です。
私の家は、学校や幼稚園、保育所、児童館などの、子どもに関わる施設からかなり遠く、周りにも子どもが住んでいる家はありませんでした。
なので、小学校に入学してからの、早起きして遠い道のりを歩かなければならないのが、とてつもなく憂鬱だったのです。
通っている幼稚園で、私と同じ小学校に入学する予定の子どもは二人いましたが、どちらの子ともそこまで仲が良いわけでもなく、住んでいる家も遠かったので、友達づくりの地盤も、小学校に関する情報も全くわからないまま、私は入学の日を迎えました。
今でもうっすらと覚えているのは、入学式の日の正装した両親のニコニコした顔です。
両親は私の成長が嬉しくてたまらないといった様子で、私の入学をとても喜んでいました。けれど私は、まだよくわからない土地の、得体のしれない施設に毎日通わなければならない憂鬱さに心を押しつぶされ、そんな私の気も知らないでニコニコしている両親に、とても腹が立ちました。両親だけじゃなく、私の入学を喜ぶ大人達全員にイライラしていたと思います。
これだけなら、幼い私が不安を理解してくれない大人に反抗しているだけですが、私がここまでイライラしているのにはもう一つ原因がありました。
母です。
私は母に、新しい土地に慣れなくて不安なこと、小学校に関する情報が無く、やっていけるのか不安なことを相談しました。当時の私が自分で抱えるには、大きすぎる悩みだったのです。私は、母に悩みを理解してもらった上で、安心させて欲しかったのです。
母から返ってきた答えは、「どうしてそんな事で悩むの?不安はみんな同じ。そんな事で悩んでいたら、この先生きていけないよ。それに、そんな甘い考えしてるんじゃ、あんたに友達なんてできない。」という言葉でした。
確かに、社会に出てから、この頃の悩みなんてちっぽけなものだなあ…と感じます。けれども、当時の私にとっては、生きるか死ぬかくらいの大きな悩みだったのです。友達ができないと決めつけられたのも、すごく傷つきました。
この後も、私が悩みを相談するたび、母は私を突き放しました。「どうしてそんな事で悩むのか。」と。そして、決まってその後は、自分がいかに不幸な人生を歩んできたかを嘆き始め、私はそれをうんざりしながら聞いていました。
母は、私に「あんたに友達なんてできない」とよく言っていましたが、いざ学校に通うようになると、同じ年の子ども同士、仲良くなれるものでした。
クラスメイトの大半は、同じ町内にある幼稚園に通っていた子たちで、既にコミュニティが出来上がっている状態でしたが、外からやってきた私にも、みんなとても良くしてくれました。
その、新しくできた友達の中に、後に親友と呼べる程仲良くなる子がいました。仮にSちゃんとしておきます。
Sちゃんは、すごく大人しく、クラスでも目立たない子でした。その頃私が仲良くしていた子は、明るく活発な子だったので、その子と正反対のSちゃんとは話す機会はありませんでした。
ですが、ある日の給食の時間、担任の先生から呼ばれ、Sちゃんが、私と仲良くなりたいと言っていることを伝えられました。
Sちゃんに「一緒に帰ってもいい?」と尋ねられたので、いつも一人で帰っていた私は、嬉しくて即答でOKしました。
Sちゃんは、とても優しく、穏やかな子で、すぐに仲良くなりました。ただ、Sちゃんは純粋で、私と違い、無垢な「お嬢さん」という風だったので、そこが少しかみ合わず、時々ぶつかる事ありました。
実際に、Sちゃんはお嬢様のような生活を送っていました。習い事はバレエにピアノ。いつもスカートをはいていて、長く伸ばした髪は、いつも可愛くセットされていました。猫を飼っていて、自宅にはお母さんの趣味であるトールペイントの作品が並んでいました。
一方の私は、いつもズボンをはいており、母の趣味はとくに無く、やっている習い事は空手です。髪は天然パーマで、伸ばしてもくるくるになってしまい、可愛い髪型なんて、夢のまた夢でした。同じ所を挙げるとすれば、猫を飼っているという点くらいです。
どうしてこんなに真反対の二人が仲良くなれたのかは、今でも不思議ですが、この二人の「真反対な関係」が後々私を苦悩させる原因になります