08話 2D:夢見1
8/29 修正しました。
9/17 1話から5話の修正に伴いこの話を分割と修正しました。
2日目、ログインから1時間20分。
俺たちは、ゲートを通り抜けて、フィール仮想世界から『夢見の世界』の神殿に出た。
俺はこの世界に入って気がつく。空気に匂いがあるだけで、こんなにも人に刺激を与えてくれるのか。この世界は、俺たちの現実より多くの匂いを届けてくれているようだ。木々が出す清々しい香り、昨日の桃のような果実の香り、神殿の周りに咲いているバラのような花の香り、そして土の香り。息を吸い込むといろいろな匂いが分かってくる。
俺がそんな事を考えていると、友美は神殿の端に駆けていく。
「ねえねえ、ユリスティアさん、どこに居るかな?」
その時は俺は、まだ気がついていなかった。
友美の駆ける速度が普通に戻っていることに。
友美が神殿の庭に出ると、突然、黒豹が庭の繁みから友美に躍りかけられた。
黒豹が友美を押し倒す。
鋭い牙で、友美に噛みつこうとしている。
俺は慌てて駆け出すが、チートの速度が出ないことに初めて気がつく。
焦る俺の前で、黒豹の牙は友美の肩に噛みついてくる。
保護フィールドは、一瞬、黒豹の牙を押し返したが次の瞬間「パリン」と音と共に砕けてしまった。
友美の肩に牙が食い込む。
システム的に身体や頭部への直接攻撃ができないはずが、この黒豹は簡単に破ってしまった。
「いや! なに肩が痺れて力が入らない! やだやだ! 肩が噛まれている感じが分かる!!」
肩を噛まれた友美は、牙が肩に食い込む感覚に驚き嫌がっている。
ようやく友美の元に駆けつけた俺と直人は、短刀と大剣で攻撃を開始するが黒豹は簡単に避けてしまう。
俺たちはフィールゲームでのチートがなくなって、普通のプレーヤーに戻ってしまっていた。
直人も同じように大剣を振るが黒豹に当たらない。
明らかにフィールゲームでのチートの加速が無くなっている。
黒豹の大きな爪が、次々と俺と直人を傷つけていく。
傷を負った箇所が徐々に力が入らなくなってくる。
HPが70、50、30と急激に減っていく。
牙から解放された友美が高級回復薬を飲んで復活してくる。それでも全体のHPが30から40に少し増えるだけだ。
友美も俺たちと一緒に攻撃に加わったが、それでも軽々と回避されてしまう。
その間にも黒豹の爪が俺たちのHPを奪っていく。
「なんでだよ! 俺たち強くなったんじゃないのか?」
「この世界じゃ、僕達は普通に戻ってしまうのかも」
俺の文句に律儀に直人が答えていると、突然、黒豹が飛び退き俺たちを睨み付け、短く吠える。
それと同時に、雲一つ無い天空から雷が俺たちを襲ってくる。
回避する暇もなく、俺たちは雷に打たれて倒れ伏す。俺たちは、体中が痺れて動くことができない。黒豹は、ゆっくり歩きながら倒れた俺の前に来る。俺は、痺れる右腕を伸ばして落とした短刀を拾おうとするが、黒豹の大きな足で右の背中を踏みつけられる。身体を守る保護フィールドは、呆気なく砕ける。
「ぐはっ!」
重い大きな足が俺の肺から酸素を絞り出す。徐々にHPが減ってく。共有プールからHPが流れ込んでくるが、それでもHP20、……19、……18と減っていく。俺は痺れながらも黒豹を睨み付ける。黒豹の漆黒の瞳が俺を見下ろしている。
その瞳を見たとき、俺はこの黒豹に人と同じ知能を持っていると直感した。
だが、黒豹の目は、俺を軽蔑するように見下すと、突然、俺たちの頭の中に話しかけてきた。
”異世界の子よ。忠告する! この世界に関わるな! 然もなくば、更なる世界に捕らわれるぞ!”
雷鳴のように鳴り響く言葉に、俺は息を呑む。
頭に轟く言葉は破滅の言霊のように、俺を恐怖に駆り立ててくる。友美と直人も同じように表情を強張らせている。
それでも痺れて地面に倒れている友美が、黒豹を睨みながら威圧するように叫ぶ。
「何を言ってるのよ! 私たちはユリスティアさんに会いに来ただけなのよ!」
”ならば、我が、御前達に恐怖を与えようぞ!”
そう言うと黒豹は、俺の後ろ首に鋭い牙を突き立てる。雷に打たれたような激しい痺れが首筋から全身に流れる。
「ぐあぁぁぁ!!!」
「「トシヤ!!」」
近くに倒れている友美と直人の叫びが、遠くから聞こえてくる。
ーー やばい! 意識が飛びそうだ。
その時、俺の視野の隅に銀色の輝きが瞬いた。
それと同時に、首筋に突き刺さっていた牙がなくなる。
それでも俺の全身は、激しく痺れてぴくりとも身体を動かすことができない。
”小娘が、フィシスのようにこの世界から叩き出してやる!”
俺は、顔も動かせない状態でなんとか視野だけを動かして、銀色に輝く助けを見る。
銀に輝く細身の剣、その剣を持つ白い鎧を身に纏い兜から金色の髪が流れ落ちている。
「黒の主よ! よくも我が友に怪我と恐怖を与えましたね!」
白い鎧を身につけたユリスティアは、激しい怒りの表情で、黒豹に剣を振るい始める。
俺は、まだ痺れている顔を少しずつ動かし、ユリスティアの剣捌きを苦労して目で追う。
そこで俺はユリスティアの剣技に驚いてしまった。
俺は、このゲームを始めて気がついたが、剣を振るうと振り抜けた後、次の動作に入るまでに引きが必要になる。そこに隙が出来てしまうと思っていた。
しかし、ユリスティアの剣は、引きの返しも攻撃にしている。
更に振り抜けた動作を円運動で更に加速を付けて、次の攻撃にも瞬時に転じている。
ユリスティアの剣は、最小の動作で相手に最大の攻撃を与える動きになっているようだ。
その動きは、剣舞のように美しく、その舞は段々と加速していく。
しかし、その剣速でも黒豹は動物とは思えない反射神経で避けている。
そして少しでもユリスティアの剣に隙があれば、鋭い爪で鎧に傷を付けていく。
それでも黒豹は決定的な攻撃は出来ないようだ。
ユリスティアの剣速が更に加速していく。
ユリスティアの腕も、身体も、足も白く輝く光の残像となっていく。
庭に咲いているバラの花びらが風圧で舞い始める。
俺は、段々と剣先が見えなくなっていくことに驚きながら、その剣をまだ避けている黒豹にも驚かされる。
なぜ、ユリスティアは、あれほど剣を早く振ることが出来るんだ?
人が出せるスピードでは無くなっている。
まるで俺たちがフィールゲームでチートに成ったときのようだ。
ユリスティアはこの夢見の世界でチート持ちなのか?
ユリスティアの剣先を追えなくなって俺は、そんな事を考えているとユリスティアの剣は徐々に黒豹を傷つけ始める。
ついに黒豹が後ろ脚を地面から滑らせる。
そこをユリスティアは見逃さなかった。
「はあぁっ!!!」
強く息を吐き出しながら渾身の剣を振り切る。黒豹を攻撃してから初めてユリスティアの動作が止まる。
次の瞬間、黒豹の後ろ脚が、パックリと切り裂かれていた。
直ぐに、黒豹は切られた脚を庇いながらユリスティアから大きく飛び跳ねて距離をあける。
”チッ! ……良かろう、小娘、暫く預けようぞ!”
”異世界の子よ!再度忠告する! 更なる者達に目をつけられる前に腕を上げよ! それが出来ないのなら早く自分の世界に戻れ!”
そう轟く恐怖の言霊を発して黒豹は、後ろ脚の大怪我が気にならないような素早い動作で、神殿の下の森に走って行ってしまった。
俺は、ユリスティアの剣捌きに見惚れてしまっていたが、それとは別に、黒豹の轟く言葉に恐怖を感じながらも、その内容を理解すると驚いてしまった。黒豹は俺たちをこの世界から追い出すためだけに、脅しを掛けてきたのかと思ったが、もしかしたら俺たちを「更なる者」という何者から守るために、忠告として恐怖と苦痛を与えてきたのかも知れない。そう思うと、あの黒豹はモンスターでも悪者でも無いかも知れない。
「ふーー」
息を吐き出し、剣を鞘に収めながらユリスティアは、俺たちの方を向く。汗一つかいていない。
「ユリスティアさん!」
まだ痺れて動けない友美が、嬉しそうにユリスティアに声をかける。
「いま回復魔法をかけます!」
そう言われて俺は、自分のHPを見ると3を切り始めている。
やばい、いつの間にか死ぬ一歩手前だ!
ユリスティアは、急いで俺たちの方に戻ってきて回復魔法を唱える。
「ヒール!」
ユリスティアが黄金に輝くと、その光が俺たちに降り注がれる。
見る間に俺のHPは100に戻っていく。それと同時に痺れも傷も治っていく。
先に回復した直人が、立ち上がりながらユリスティアに御礼を言っている。
「ユリスティアさん、トシヤを助けてくれてありがとう」
俺も痺れが取れてユリスティアに礼を言いながら、立ち上がる。
「ありがとう、助かった」
友美はどうしたか見ると、まだ痺れが残っているのか、膝に手を付き立ち上がろうとしている。
それをユリスティアが駆け寄り、肩を貸そうとする。
そうして立ち上がった友美は、ユリスティアを見ると嬉しそうな笑顔を作って、ギュッとユリスティアを抱き締めてしまった。
「ユリスティアさん、会いたかった! それに助けてくれてありがとう! 格好良かった!!」
そう言いながら友美は、鎧を着けたユリスティアを更にギュッと抱き締める。
ユリスティアも嬉しそうに友美に笑いかけている。
「友美様、苦しいです」
鎧を着ているので抱き締められても苦しくないはずだが、恥ずかしいのかそう笑顔で言ってくる。
俺と直人が、友美の場所に歩いて行くとユリスティアは、申し訳なさそうに謝ってくる。
「トシヤ、助けるのが遅くなってしまいまして、申し訳ありませんでした。それに直人様もお怪我がないようで良かったです」
「遅くなんてなかった。タイミング良く会うことが出来て良かった」
「はい、朝から何度かこの『夢見の世界』入っては、この神殿に来ていましたから、……間に合って良かった」
そう言ってユリスティアは、ニッコリと俺に向かって微笑んでくる。
「朝から何度も、この神殿まで来てくれたんだ。ありがとう、ユリスティア」
「いいえ、私が来ないとトシヤ達を待ちぼうけにしてしまいますから。だけど、一度砦まで来て頂ければ次からはトシヤ達だけで来ることが出来ると思います」
「ちょっと待って、ユリスティアさん。私と直人は『様』付けでトシヤは呼び捨てているみたいなんだけど、それはどうしてなの?」
友美は昨日の「そんな事無いよね」を気にしているのか、ちょっと俺とユリスティアを疑っているような顔つきをしている。
俺が訳を話そうと口を開くが、それより先にユリスティアが瞳を伏せながら話し始める。
「それは友美様を連れてくるのと引き替えに、俺の言うことを聞けとトシヤが……(様付けをするなって)命令したので仕方なく……従った結果です」
ユリスティアが昨日の意地悪の仕返しに、誤解されるように一部分を小声で話してくる。
ーー おい、やめてくれ!!そんな誤解を与えてどうするんだ!!
俺は心の中で悲鳴を上げるが、ユリスティアは伏せた瞳が嬉しそうに笑っている。
「ほらね、僕が言った通りだろう。いい感じになっちゃうって」
機転の利く直人は笑いながらそんな事を付け足してくる。
ーー 直人!!いらん手助けはするな!!友美が怒って手が付けられなくなる!!!
「トシヤ」
ビクッと俺は友美の小さいがハッキリとした声に体が反応する。恐る恐る俺は友美の方に振り返る。
「トシヤ、いい感じになっちゃったの? もう私はいらないの? ……ふぇ」
いつもの元気な友美が、突然瞳に涙を溜め泣くのをこらえている事に俺は驚いてしまった。
いままでこんな我慢する様な泣き方を見たことがなかった。俺はどうしていいかオロオロして直人とユリスティアを見ると、2人も慌てて友美を宥めにかかる。
「友美、冗談だよ。トシヤが女の子にモテていい感じなるって事なんてないから、大丈夫だよ」
「友美様、先程の話しは冗談です。ちょっとトシヤを困らせたかったからで、友美様を蔑ろにしたわけではないのです。友美様、泣き止んで下さい」
二人の言い分を聞いてちょっと怒りが湧いたが、今は友美が心配だ。友美はなぜこんな我慢する様に泣き出したんだ?「私がいらないの?」と言ってたことから俺が友美を除け者にしたって勘違いしたのか。3人チームから外されると思ったのか?そんな事無いのに。それならこう言えばいいかと俺は思ったことを友美に話してみた。
「友美、大丈夫だ。俺は友美をいらないとは思っていないし、これからも必要なんだ。だから泣かないでくれ」
俺の言葉に友美は惚けた様に涙目で俺を見上げてくる。よし、話し方は間違っていないようだな。
「本当なの?」
友美は恐る恐るという感じに俺に聞いてくる。
「ああ、友美は俺たちのチームには、なくてはならない存在だからな」
友美はちょっと悲しい顔をしたがすぐに元気な笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。
しかし、直人が大きなため息をついている。ユリスティアもちょっと驚いた後おかしそうに笑っている。
ーー あれ?何か言い方で失敗したかな?
ここまでお読み頂誠に有り難うございます。
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