07話 2D:フィール2
8/27 修正を行いました。
9/17 1話から5話の修正に伴いこの話も修正しました。
2日目、ログインから50分。
空き地に踏み込んだ。
空き地は、昨日のような神秘的な雰囲気は俺には感じられなかった。
「あれ? イベントが発生しないね」
不思議そうに周りを見ている友美に、俺も大岩の前まで行くと苔の生えた大岩を軽くコンコンとノックしてみるが、イベントが発生しない。
「このまま、この大岩を攻撃したらどうなるのかな?」
俺は、好奇心でこの大岩を壊してみようかと思って直人に聞いてみる。
「その場合は、サンダータートルじゃあなくって、大岩を破壊したってなると思うよ。それよりイベント発生の方法は、昨日のことを思い返すと、この空き地から出ようとしたときに発生したと思うんだ」
そう言いながら、直人は空き地から出ようとすると、ポヨンと弾き返される。
「ほらね」
直人は正解を当てたと、嬉しそうに巨漢の男らしい笑顔を友美に向けてくる。
「本当だ。流石ジンね」
友美が、嬉しそうに直人を褒めると同時に、大岩に4本の足が生えだした。
「ドゴン!!!」と言う重い音と同時に頭が現れてくる。昨日の出現と同じだ。
モンスターは俺たちを睨みながら口を開き、そこがオレンジ色に輝き始める。
「さあ、攻撃しましょう!」
友美のかけ声と同時に、俺と直人はサンダータートルの足下に瞬時に近づき、左右の足をなぎ払う。友美は前回簡単に弾かれてしまった初歩魔法の氷針「スノーニードル」を顔面に打ち込む。
俺の短刀は、左足の根元に深々と刺さると、そのまま足の根元をスパッと切り落としてしまった。昨日の強固な外皮と大違いだ。いや、俺たちがチートになりすぎているみたいだ。
「ほー、俺たち本当にチートになったみたいだ。これならこのステージのラスボスでも倒せるかも知れないぞ!」
昨日散々な目に遭わされた俺は、気持ちいいくらいに短刀で、簡単に切り裂くこと出来て嬉しくなってしまった。軽口を言う余裕すらある。
直人の大剣も同じように右足をスッパリと切り落として、そのまま地面に突き刺さってしまった。
素早く剣を地面から抜き出すが、傷も付いていない様に見える。
「あはは、僕はチートになりすぎて怖いけど、これだけ強いともっと強い相手と戦ってみたくなる」
驚いたことに友美のスノーニードルも、モンスターの顔に深く刺さってダメージを与えている。
「そうだね! 私たち本当に強くなってるみたいね。なんか実感がわいてきたわ」
攻撃を終えて、俺たちは素早く離れる。そしてサンダータートルのステータスを見ると、2段あるHPの1段目を半分以上削っている。
「ギャウォォォォ!!!!」
サンダータートルが苦痛の叫びを上げながら、前足2本が無くなって前のめりに倒れてくる。
「それじゃ、さっさと倒してユリスティアさんに会いに行こう!」
友美は、そう言うと槍を出して駆け出す。
シュンと音と共に友美が霞むと、次の瞬間に「ドゴーン!!!」と轟音と共にサンダータートルの首元に槍を突き刺していた。その槍の突きは、首の根元から甲羅の中を通って尻尾まで一気に突き抜けてしまう。その直後、「ボッム」と甲羅の中で爆発が起こり、甲羅が大きく膨らむ、甲羅の苔や外皮の岩が凄い勢いで弾け飛ぶ。それでもその下にある漆黒の甲羅は、体内の爆発には耐えた。漆黒の甲羅が元の大きさに戻るが、サンダータートルのダメージは、HPの1段目を全て削り、2段目の1割を削った。
「グググガガガガァァァァォォォォ!!!!」
サンダータートルは、先ほどより更に酷い苦痛の叫びを上げる。
「ふう、スッキリした!! 後は任せるわ」
猫耳の友美は、渾身の一撃をサンダータートルに打ち込んで、清々しいほどスッキリした表情で、俺たちの方にゆっくり歩きながら、止めを俺と直人に譲ってくる。
そう言っている間にも苦痛を上げているサンダータートルは、漆黒の甲羅に放電現象が現れる。
「じゃあ次は僕が行くよ」
直人はそう言うと、駆け出しなら電撃を阻止するために、力みも無く上段に大剣を構え最速の一太刀を浴びせた。
一瞬の静寂の後、「キン!!」と音と共に漆黒の甲羅を簡単に切り裂き、更に、この空き地を取り囲む保護フィールドをも切り裂き、剣先の森の木々を数十メートルをなぎ倒した。
静かな攻撃に見えるが、保護フィールドを破壊してその外の森までもなぎ倒す破壊力は、友美より遙かに大きいと言える。
直人の攻撃でもサンダータートルは、身体を両断するのは免れたが、2段目のHPも残り1割も無い状態となっている。
「少し力を抑えて攻撃してみたけど、それでも結構スッキリするね。後の止めはトーヤに譲るよ」
「OK、 じゃあ止めを刺しますか」
そう言って俺は、駆け出すと瞬時にサンダータートルの脇に飛び込む。
そして短刀を甲羅に突き刺そうとした。
しかし、俺はサンダータートルの瀕死の状態に油断していた。
「トーヤ、危ない!」
友美の声を聞いたときには、俺の頭に強い衝撃に襲われ、横っ飛びに吹き飛ばされた。
俺の身体は、保護フィールドまで吹っ飛び叩きつけられた。
それでも俺のHPは2割ほど削られただけで済んでいる。
「あいたた…… 何が起こったんだ?」
目眩と痺れる頭を手で押さえながら、サンダータートルを見ると、まさにその瞬間にその口から灰色の鋭く尖った円錐形の物体が発射されたのが分かった。昨日の俺なら訳も分からずに、この攻撃で死亡していただろうが、今はその円錐形の物体に意識を向けると、目で追うことが出来る。それでも瞬く間に俺に迫ってくる。
避ける時間が無いと思ったときには、頭を押さえていた手がその物体を掴んでいた。
手と高速回転している円錐形の物体が擦れて、ギュルギュルと摩擦音がしてくる。片手で物体を握っているが、スピードが落ちてくれない。ぐぐぐっと、押されてくる。徐々に顔に近づいてくる。しかし、グッと腕に力を入れて踏ん張ると物体の進行が止まる。
物体を掴んで止めるまでの一瞬の間に、そのような判断と行動を行って円錐の物体を受け止める。
「あちち」
円錐形の物体と手の摩擦で熱が発生したが、どうにか落とさずに持つことが出来た。
手に持った円錐形の物体を見ると、それは砂粒で出来た物体だった。観察している間に物体は、サラサラと砂となって崩れていく。
これがさっき俺の頭に当たったのか? よく死亡しなかったものだ。
「トーヤ、大丈夫? 助けが必要?」
友美と直人が、心配そうに俺の元に瞬時に駆けつけてくる。
「大丈夫、ちょっと油断した」
俺は、格好良く止めを刺すとか言っておきながら、俺が止めを刺されそうになって、少し赤面しながら立ち上がった。
ーー ああ、恥ずかしい。
そんな事を思いながら、もう一度攻撃の態勢を整える。
「今度は、気を抜かずに止めを刺してくる。ミュウ達はここで見ていてくれ」
そう言うと満身創痍のサンダータートルに、止めを刺すために駆け出す。今度は手裏剣を頭部に投げて、そのまま首元に短刀を突き刺し、一気に甲羅の合わせ目を短刀で切り裂きながら尻尾まで駆け抜ける。
そうして俺は振り返ってサンダータートルを見ると、手裏剣で頭部は綺麗に吹き飛ばされて無くなっていた。
短刀で切り裂いた甲羅は、スッパリと上下に分かれて滑るように崩れ落ちてくる。直人の攻撃で甲羅が縦に割れていたので、俺の攻撃も加わって、サンダータートルの胴体は4分割に崩れていく。
サンダータートルのHP2段目の最後の残り一割も、あっという間に無くなり、咆哮を叫ぶ頭部も無くなったサンダータートルはクリスタルが壊れるような音と共に、光の破片となって消えていった。
同時にファンファーレが鳴り響き、クリアボーナスとして、金貨1000枚、高級回復薬20本、毒消し10本、中級のクリスタル剣が出現してきた。
「おお、やった! これで暫くはアイテム補充はしなくても良くなった」
そう喜んでいる俺たちに、更にポップアップ画面が視野に表示されてくる。
その画面には、『サンダータートルのクリアおめでとう。クリアの証明として貴方達のチームを登録しますか? (Y/N)』と、クリア証明を申請するかの表示だった。
俺たち3人に同じ画面が表示されているみたいだが、さて、どうしたものか。クリアしたと証明はしたいが、レベルアップして倒したモンスターではないので、申請すると俺たちがチートの異常状態と分かってしまう。そうなると下手をするとアカウントを取り上げられてしまうかも知れない。そうなると、ユリスティアに会いに行けなくなってしまう。
俺は、どうしようかと友美と直人を見る。
「このクリアの申請は、見送ろうよ。僕達が、なぜチートになったかも分からないのに、それで簡単に倒したモンスターだし、ゲーム開始2日目でフィールドモンスターを倒したって事が広まれば、あっという間に注目を浴びてしまうよ」
直人の話しに友美も賛成してくる。
「そうね、今はユリスティアさんの事もあるから、目立ちたくないわね。ここはキャンセルでいいわ」
「俺もそれでいい。じゃあNoで申請する」
そう言って、ポップアップ画面にNを入力する。
直ぐに画面は消えていく。
「さて、じゃあ、クリアボーナスを分配して、ユリスティアさんに会いに行きましょう」
金貨、高級回復薬、毒消しを3分割して余りは友美に渡して、クリスタル剣は、直人のアイテムボックスに格納して貰った。
「よし、準備はいいかな? ゲートを開くよ」
俺は、空き地の中でメニューを開いて『接続』をクリックする。
昨日と同じように光点が現れて、扉の大きさに空間を切り取り始める。
それが済んだら、「コネクト」「オープン」と言ってみる。
それでも水銀の様な鏡面を持ったゲートが現れた。
俺は、日本語でなくても接続できるんだと思いながら、最初にゲートをくぐり抜ける。
続いて、友美はワクワクした笑顔でゲートを潜っていく。
最後に直人がゲートを興味深そうに突きながら潜る。
そして向う側に出た俺は、最後の直人が現れたら「クローズ」と言ってみた。
夢見の世界のゲートは折りたたまれるように小さくなっていき、最後には消えてしまった。
それでも俺達はフィール仮想世界に戻ることもなく、夢見の世界に留まることができた。
夢見の世界でゲートが折りたたまれた時と同じくして、空き地のゲートも同期して折りたたまれて最後には消えてしまった。
◇
トシヤ達がいなくなった後の空き地は、大岩が無くなってガランと広い空間が出来ていた。
その空き地の中央に、2メートル程の光の線が現れた。
光の線は左右に分かれて、空間が裂けたようになる。
その裂けた中は暗くてよく見えない。
暫く空間が裂けた状態でいると、その暗い中からサンダルを履いた女性の足が出てくる。
空間の裂け目を掴むように、細く長い綺麗な指も現れてくる。
次に翠の髪と長く尖った耳、薄らと褐色の肌とボリュームのある胸を、ゆったりとした衣で覆っている。美しいエルフの姿をした女性が現れた。
周囲を見渡して、メニュー操作を行っている。
そしてガッカリしたように力を抜くと、女性は通話を始める。
「チーフ、神谷です。フィールドモンスター『サンダータートル』のエリアに来ましたが、モンスターをクリアしたチームは、ログアウトしたのかこの近くにはいないようです。この後どうしますか?」
『神谷技術士、暫くその近辺を調査して異常は無いか確認をお願いします。調査には管理権限を施行して構いません。クリアしたチームの3名について詳しい内容は、先ほど入手しました。こちらに戻ってから渡しますが、今後この3名の調査は神谷技術士に一任されます』
「了解しました。システム管理権限を利用します。この近辺の調査報告は、そちらに戻り次第報告致します。以上通信終了」
「う~ん」
神谷と呼ばれた美しいエルフのアバターの女性は、疲れを取るように腕を上げて大きく背筋を伸ばす。
ボリュームのある胸が、衣からハッキリと分かってしまうが、誰もいないので気にしていない。
昨日からの疲れが少し取れる。
神谷は、このゲーム開発・運用チームの一人で、ゲーム開発初期からのメンバーであった。
神谷の業務は、ゲームシステムの設計・保守が主な業務であったが、サポート員が不足していると言うことで急遽参加させられていた。
そのためゲーム開始の昨日からいろいろな問題が発生する度に、その調査と対応を休む暇もなく処理していたが流石に疲れていた。
昨日から目が回るような忙しさだったが、今回3名の調査が終わるまでは他の割り込みはなさそうだ。
ーー これで一息つけそうね。
そう思いながらも神谷は、この空き地に転移してくる前に聞いた、システム監視を統括するチーフからの内容を思い出す。
「1分前にレベル15のサンダータートルが、3人組のチームにクリアされたログが通知されてきた。ゲーム開始2日目にして、このクリアは異常と言っていい。先ほどこの3名のアクセス権限を停止しようとしたが、全て要求が破棄されてしまう状態だ。そこで、至急、この3名に接触して状態を確認して欲しい」
いつも落ち着いた感じで話すチーフが、こんなに緊張して話してくることは今までなかった。監視チーム全体が今回の早すぎるクリアに慌てているようだった。
確かに設計では、2日でレベル15のモンスターはクリアできないようになっている。システム的に1日のレベルアップは最高3になるよう現在は設定されている。もし2日連続で最高値でレベルアップしても6まで、とてもレベル15のモンスターをクリアすることは出来ない。
それをクリアしたと言うことは、システムのバグが考えられるが、レベルアップのバグ取りは寝る間も惜しんで十分やっているから無いはずである。しかし、ソフトウェアの世界では何処かしらバグを洗い出せない部分も存在する。
神谷は、やれやれと思いながらもシステム権限で、この空き地周辺の情報を採取していく。
幾つか興味を引かれる情報があったが、解析は後に回して収集できる情報をシステム解析サーバにどんどん転送していく。
収集が終わる頃に、大岩が修復されるアラームが神谷の耳に届く。
システム権限を持っているので、一時的に修復を停止して調査することができるが、ほぼ情報を集めたので戻ることにする。
ーー 今回の調査は、簡単なバグとして終わって欲しいわね。まあ、3名のうちの誰かが、再度ログインしてくるまでは、先程のログをじっくりと解析しておくしかないわね。
神谷は、そんな事を思いながら転移ゲートにするりと身体を滑り込ませると、転移ゲートを閉じてしまう。
神谷が帰った後は、転移ゲートの光も無くなり、その場所に大岩が出現してくる。それと同時に、直人に切られた木々も修復されていく。
空き地は、トシヤ達が来る前に戻って、太陽の光が降り注ぎ、新しいプレーヤーを誘っていた。
ここまでお読み頂誠に有り難うございます。
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