閑話 01話 夢見
新章に進む前に閑話を投稿します。
短い文章ですがユリスティアがなぜトシヤ達にお願いしたか
少し垣間見られれば嬉しいです。
9/17 微修正しました。(女性→少女)
トシヤ達とユリスティアが出会う数日前。
『夢見の世界』にも夜は訪れる。
天上には満月が出ていた。
月光は広大な森にも隈無く淡く降り注いでいる。
広大な森でありながら、この夢見の世界には、動く物はほんの少ししか居ない。
今夜は、木々の葉が微風に吹かれて微かな音を奏でる以外には、シーンと静かな夜だった。
高い山並みの裾野にある神殿も、月の光で淡く白銀に輝いている。
その神殿の隅に、月光で淡く金色に輝く髪を持つ少女が、一人静かに泣いていた。
今日、ユリスティアは、自分の采配のミスで大切な親友アリアを亡くしてしまった。
アリアなら『ユリスティアの責任ではありません。私の剣技が未熟でした』そう言って、微笑むだろう。
事実、重傷を負ったことを知ったユリスティアが、アリアの元に駆けつけたとき、アリアは苦しみながらも責めることはなかった。
◇
「スティア、……私が…死んでも……自分を…責めないで」
”スティア”とアリアは、愛称でユリスティアを読んでくれる。赤毛で青い瞳の3歳年上のアリアは、実の姉の様に優しく、時には厳しく接してくれた掛け替えのない親友だった。
「アリア、話しは後で! それより聖樹の雫を飲んで下さい!」
『聖樹の雫』と呼ばれるある程度の傷を急速に治癒してくれる貴重な薬を、アリアに飲ませようとしたが、アリアは自分の血で濡れた手で、そっと押し返してくる。
「どうして?」
飲もうとしないアリアにユリスティアは悲しそうに問い返す。
「私の傷は深く…もう治らないわ。……スティア、しっかり聞いて下さい……あなたには、多くの…人達が……助けられて…感謝しています。……あなたは、自分を……未熟だと……いつも思って…いますが、自信を持って……下さい」
「アリア、もう話さないで! 早くルナ医師に見て貰いましょう!」
ユリスティアも、アリアの傷を見て手遅れだと分かっているが、それでも親友を助けたかった。
アリアの身体が急速に冷たくなっていくのが分かる。
「スティア……あなたと会えて…よかった……夢…見の…世界で…遊ん…だ…………思い……では………たの…しかった…………」
そう最後に言って息を引き取ってしまう。
重傷を負って痛く苦しいはずのアリアの顔は、優しく微笑んでいる様に見えた。
だが、ユリスティアは、諦めたくなかった。
貴重な薬である『聖樹の雫』を口に一気に含んで、まだ少し温かいアリアに口づけると『聖樹の雫』を流し込む。
薬の殆どは口からこぼれ出てしまう。
しかし、息を引き取ったアリアは生き返ることはなかった。
ユリスティアは、近くにいた兵士に、丁重にアリアを運ぶ様に指示を出して、涙も見せずに魔人族との戦場に戻っていく。戦場で泣いている暇はない。この砦が落ちれば、雪崩れ込んでくる魔人族に人々は蹂躙されてしまう。
どうにか魔人族の攻撃を押し返して、戦いが終わったのは、日が沈んで暗くなった頃だった。戦いが終わってもそれで終わりではない。砦の外輪で防御柵の修理や死者の弔い、死んだ魔人族の処理など深夜まで続く。
ようやく終わって、ユリスティアはアリアの亡骸に別れを告げて、火葬を行う。
そこでもユリスティアは、泣くことはなかった。
砦の領主である自分が、1兵士であるアリアの死だけに、他の兵士の前で泣き崩れることは出来ないと、気を張り詰めているユリスティア。
そんなユリスティアに、兵士達は声をかけようかとするが、ユリスティアの表情を見て慰めの言葉が言えなくなってしまう。
深夜、部屋に戻ったユリスティアは、そのまま『夢見の世界』に逃げ込む様に眠りについた。
◇
『夢見の世界』に入ることができる人は、もうユリスティアしかいなかった。
遙か昔は大勢の人々がこの世界に入ってくることが出来たそうだ。
アリアもこの『夢見の世界』に入れる数少ない1人だった。
幼い時から何時も一緒にいた姉の様に優しかったアリア。
ここでは砦で見せたことがない弱みも悩みもアリアと話せた。
そのアリアが、もういない。
自分のミスで。
現実の世界を捨て、この夢見の世界に逃げ込む事も頭に過ぎる。
この『夢見の世界』に留まっていれば、いつかは現実の身体が衰弱して死んでしまうだろう。
その時ここにいる私も消えてなくなる。
瞳を閉じて、それも良いかもと目元から涙を流しながら思ってしまう。
”……ス…ティ……、…スティ……ア”
悲しみの中、親友の声が微かに聞こえてきた。
驚いて瞳を開けると目の前に、月の光が徐々に集まってくる。
月の光は、幾つも幾つも集まって、透き通った親友が笑顔で立っていた。
立ち上がって駆け寄ったユリスティアが、アリアに触ろうとすると、光の粉が舞うように散ってしまう。
呆然となるユリスティアの前に、再度光が集まり親友の姿を保つように光が集まる。
”スティア……また…会えて嬉しいわ”
「あぁ。アリア、生きていてくれたの?」
アリアがまた目の前に現れてくれたことに喜んでしまう。
”生きてはいないわ……もうすぐ……消えてしまう”
「そんな、……ごめんなさい。私のミスで」
”スティア、あなたは悪くないわ。…… 一生懸命砦と皆を守ろうとしているわ”
”……スティア、今の私なら砦を守ってくれる人を……連れてこれるかも知れない……だから…まだ諦めないで”
ユリスティアは、アリアが何をしようとしているか分からなかったが、死んでもまだユリスティアと砦の人達の心配をしていることに、申し訳無い気持ちと、先ほどまでこの世界に逃げ込もうとしていた自分の腑甲斐無さを恥じた。
「ありがとう、アリア」
そのユリスティアの言葉を聞いた透き通った光の姿のアリアは、優しい慈愛の表情で話してくる。
”スティア、あなたは何もかも…… 一人で抱え込もうとする癖は良くないわ。……もっと人に頼るべきだわ。そうね、…この際、伴侶となる人を……もう、見つけてしまう方がいいわね”
「伴侶なんて、そ、そんな、私には砦を守り、人々を守る使命があります」
アリアの忠告に、真っ赤になりながら自分の使命を話すが、先ほどこの世界に逃げ込もうとしていたこともあって、そう強く反論が出来なかった。
”あら、死んで分かったことだけど……好きな人のためなら……砦なんて放棄して……どこか遠くに逃げればいいのよ。私は……もう、そんなことも出来ないけど……”
「……アリア姉様」
アリアの最後の言葉がユリスティアの心に刺さる。
いつもはアリアと呼ぶようにアリアに注意されていたが、姉の様に慕っていたユリスティアはついそう呼んでしまう。
”だから、スティアは後悔しないで一生懸命、生きなさい”
”……最後に姉様と呼んでくれてありがとう”
そう言うと透き通った光の姿のアリアは、光の渦となり天上に舞い上がって消えてしまう。
「ありがとう、アリア姉様。今一度、砦の皆のために、そして自分のために生きてみます」
その光を見届けたユリスティアは、思いを言葉に出して青い瞳から一筋の涙を流した。