05話
2015/10/25 一部修正を行いました。
ログインから3時間40分。
俺が十分に食べて満腹感に浸っていると、食べ終わった友美が堅い表情で何かを聞き取ろうと、猫耳が忙しなく動いている。
「どうした?」
俺が何事かと聞こうとしたが、友美が口の前に人差し指を立ててくる。
静かにしてって合図の様だ。
直ぐに俺と直人も気がついた。
林の奥の方から微かに獣の唸り声と争う様な音が聞こえた。
友美の猫耳には他の音も拾っているのか、表情がゲームで遊ぶ時とは違う。
真剣な表情に完全に変わっている。
「女の子の声が聞こえた! あっちからよ!」
そう友美が言うと、槍を出して森の奥に駆け出した。
友美の表情を見て、俺たちも真剣になる。
この開発中と思われるゲーム世界で、初めて会えるプレーヤーかも知れない。
多分モンスターと戦っていと思い、助けるために俺と直人も駆け出す。
森の木々が混み合う中を縫うように暫く駆けて行くと、木々の隙間から金色に輝く何かが、動いているのが分かった。
更に駆けて行くと、その金色の輝きは人の髪が木洩れ陽によって、輝いているのが分かった。
金色の長い髪を持った少女が、黒豹に襲われている。
友美は、殆ど音を立てずに駆ける勢いを増していく。
そのまま突っ込むみたいだ。
俺は、それが分かると駆ける勢いはそのままで、友美との距離を若干開ける。
それでも直ぐに友美を助けられる距離しか離れない。
直人も同じ様に距離を離し始める。
黒豹が、鋭い爪を持つ前足で少女に襲い掛かる。
友美は駆けて来た勢いのままに、鋭く槍を黒豹の胴体へ突き出す。
しかし、突然の襲撃に一瞬黒豹は驚いたが、それでも瞬時に槍の穂先を紙一重に飛び退いて避ける。
避けて黒豹が飛び退いた。その滞空したタイミング。
その瞬間を友美から少し遅れた俺と直人は、左右に分かれて狙っていた。
友美から少し距離を取っていたのも、この時間差攻撃を仕掛けるためだ。
友美の右側を駆ける俺の前に、空中に飛び退いた黒豹の胴体が迫る。
『いける!』そう思った俺は、短刀を強く握って黒豹の胴体に突き刺そうとした瞬間、腕を強く叩かれた。
短刀は空を斬り、黒豹が身体を捻ってスタッと地面に着地する。
腕を払ったのは、黒豹の尻尾だった。
あの短い滞空時間に良くそれだけの判断ができたものだと、俺は痺れる腕を庇いつつ黒豹の反射神経に感心してしまう。
俺たちは、不意打ちという優位性がなくなった状態で黒豹と睨み合う。
しかし、黒豹は自分が不利になったと分かったのか、直ぐに踵を返して林の中へ走って逃げていく。
黒豹が逃げ出したことでホッとした俺は、そこでようやく黒豹にレベルや名前などが、視野に表示されないことに気がついた。
「あの黒豹、名前やレベルが表示されなかった」
「そう言えば、私にも表示されていなかった。だけどモンスターって感じでもなかった。何だったんだろうね?」
俺と友美は、そう言って緊張を解きながら助けた少女の方を向く。
木洩れ陽に輝く金色の髪、青い瞳、陶磁器の様に白い肌、品格のある姿でNPCには見えない。
年齢は、現実の友美より少し年上に見えるが、美少女である。
容姿にマッチしている白いシャツと紺色の麻ズボンは、先ほどの黒豹に襲われた為か、所々が少し裂けている。
それでも彼女の気品は失われていない。
しかし、この少女にもHP、MP、レベルやプレーヤー名が表示されていない。
「あれ、もう私、強制ログアウトになる時間なの?」
「あ、僕も強制ログアウトのアイコンが出た! あと五分後か」
突然、友美と直人が、強制ログアウトの通知が来たようだ。
時間を気にしていなかった直人は、驚きながら強制ログアウトの通知を、受け取った事を教えてくれた。
「もうそんな時間なのか、だけど、俺はまだだ」
俺は、友美達よりログインが遅かったからだろう。
そんなことを友美達と話していると、澄んだ綺麗な声で少女がお礼を言ってくる。
「あのう、助けて頂きまして有難う御座います」
「あ、いえ、それより、お怪我はありませんか?」
俺は、反射的に話しを始めてしまう。
俺は、少女と目が合う。
友美と同じくらにこの少女も結構美少女だ。
「怪我は特にありません。本当に有り難うございます。いつもはこの『夢見の世界』では帯剣しているんですが、今日は装備を出すタイミングもなく、あの黒豹に襲われて………」
何か重要なことを話しているが、それより、俺は少女の言葉が、日本語や英語でないこと気づいて驚く。
日本語でないと分かるのに、俺が言葉を理解するときには日本語になっている。
どうなっているんだ。
同じ事を考えているのかと友美を見ると、何やら真剣な表情をしている。
「あ、あの…」
友美が、金髪の少女の話しを遮るように、真剣な表情で話し始める。
俺も何事かと緊張して友美を見詰める。
「あの、……まずは、お友達から宜しくお願いします!」
友美は緊張しながら少女の両手を持って、恋の告白のような台詞を言ってくる。
「え!?」
戸惑い、焦る少女。
「友美! 何を言ってるんだ!」
余りの事に思わず俺は、突っ込みを入れてしまった。
友美の行動や言動には、いつも度肝を抜かれる。
「だって、金髪の青い瞳の美人の外人さんだよ。こんなに綺麗なお姉さんなんだよ。友達に成りたかったんだもん」
俺の突っ込みに、少し変なしゃべり方で、恥ずかしそうに猫耳をヘナッと倒しながら、透かさず言い訳をしてくる。
「はぁ~、そうなんだ。……だけどさ、初めて会った人だよね?」
「そんなこと言っても、強制ログアウトまで、あと4分ほどだし、今言わないと、もう会えないかも知れないから、言ってみても良いよね?」
もう言ってるよ、と言うか、友美は、日本語でも英語でもない言葉が分かるのに、それには驚かないのか?
チラッと友美の向う側にいる直人を見ると、いつものように声を出さずに笑っている。
直人も気にしてないのか?
俺は悩んでしまう。
ーー 俺だけが気が付いているのか?それなら、今は時間もないし、知らない言葉が理解できる話しは後でも良いか? それとも今話した方が良いか?
どうしたものかと俺は考えていると。
「ふふふ」
少女が可笑しいそうに笑っている。
「笑ってごめんなさいね。だけど、もしよろしければ、喜んでお友達になりたいわ」
「え、本当に?」
友美は、自分で言っておきながら信じられないという感じに驚く。
「ええ、よろしくね」
「はい、これから宜しくお願いします!」
友美は、とても嬉しそうに返事をする。
「あ、そう言えばまだ自己紹介がまだでしたね。私は友美って言います。こっちがトシヤで、そしてこっちが直人です」
俺としては、少女がまだNPCかプレーヤーか分からなかったが、友美は初めてのゲームで友達が出来て嬉しいのだろう一気に本名で俺たちまで紹介してしまう。
仕方が無いここではプレーヤー名をやめて本名を名乗って行こうと俺は思った。
「よろしく。トシヤと言います」
「初めまして、改めて直人です。よろしくお願い致します」
俺と直人も挨拶をすると、少女も挨拶をしてくれる。
「私は、ユリスティア・ビオ・タムルと言います。友美、トシヤ、直人、よろしくね。それにしてもこの夢見の世界に入れるのは、もう私だけだと思っていましたが何処の領地の方ですか?」
「え? 領地? それって何?」
ユリスティアの問いかけに友美は分からず不思議そうに問い返している。
「私はセイリル王国のタムル領地の出身です。セイリル王都は知りませんか?」
「セイリル王都?」
「僕達は日本のフィールゲームからここへ来たんです」
「日本ですか? 私は聞いたことがありませんね。もう少し詳しくこの『夢見の世界』へ来た方法を教えて頂けないでしょうか?」
俺たちが聞いたことがない王国名が出てきて困惑してたが、ユリスティアも日本を知っていないようで俺たちが何処から来たか聞き出したいみたいだ。
俺はここが開発途中の仮想世界と思っているが、ユリスティアの今までの発言から彼女が開発関係者ではないと思いはじめている。開発関係者なら俺たちを見つけた段階で、注意してきたり所属を聞くなり何らかのアクションがあると思うがそれらしい事がなかった。まあユリスティアがNPCの様に振る舞っている開発関係者とも思えるが。しかし、俺たちがこの世界に違法な手段で入ってきたわけではないので、正直に言えば何も問題ないと俺は思った。
俺はフレンド通信を使って友美と直人に話しかけてみる。
『直人、俺はここが開発環境だと思っているんだが、違法にアクセスしたつもりがないから正直に話しても問題ないと思うけど、どうだろうか?』
『私はここが開発環境だろうとそうでなかろうと、ユリスティアさんと仲良く遊べればいいな』
『直人、説明をお願いしてもいいかな?』
『分かった。あの光の少女達の話しから説明してみるよ』
その時、俺にも強制ログアウトの通知音とカウントダウンが表示された。
『おっと、俺にも強制ログアウトの表示が出た』
『そうか、僕達ももう直ぐログアウトするから簡単に説明した方がいいね』
すぐに直人がユリスティアに、フィールゲームからこの夢見の世界という仮想世界に、どのようにして入ってきたか説明してくれている。俺は説明を聞いているユリスティアを注意深く観察してみた。ユリスティアの表情は真剣そのものだ。直人が赤毛で青い瞳の少女を助けたと告げると、ユリスティアは青い瞳に薄らと涙を溜めて小さな声で「アリア姉様」と言ったようだ。
直人の話しを聞き終わったユリスティアは暫く目を瞑って何かを考えていたようだが、目を開いた時には何か強い意志を示すように瞳に力を宿している。
「お話を聞いてこの夢見の世界に入ってきた経緯が分かりました。直人様、トシヤ様、友美様、その光の少女は私がよく知っていた親友のようです。どうして何者かに追われていたか分かりませんが、助けて頂いたようでその親友に代わって御礼を申し上げます」
そう言うとユリスティアは、片膝を地面につき深々と頭を下げてくる。
俺たちは、あの光の少女がユリスティアの親友と聞いて驚くが、それと同時にユリスティアの態度が急に変化したことにも驚いてしまった。片膝をついて頭を垂れる姿はまるで貴族に使える騎士のようだ。
「ユリスティアさん、そんなにかしこまらないで下さい。それじゃその友人は無事だったんですね?」
ユリスティアの態度に友美が慌てている。
「……いいえ…アリアは数日前に亡くなっています」
「え? だってさっき会った光の女の子はユリスティアさんの友人なんだよね? 数日前に亡くなったってことは、幽霊だったてこと?」
友美がユリスティアを立たせようとした状態から、壊れたロボットのようにギギギと首を俺の方に回しながら真っ青になっていく。
「お、落ち着け!友美、大丈夫だ。ゲームに本当の幽霊は出てこない。そう見えるだけだ」
俺は友美を落ち着かせるために、とっさに幽霊が本当にいるかどうか実証されていないことを気にせずそう言いきって安心させる。
「そうだよね。幽霊なんていないよね。あは、あは、ユリスティアさんって冗談がキツイんだから」
まだ引きつった顔でユリスティアを非難する友美に、ユリスティアは下げていた顔を上げて不思議そうに友美を見て止めをさす言葉を言ってくる。
「え? 友美様たちが、この『夢見の世界』に来られたらと言う事は肉体と精神の分離を感覚的にも理解されているのではないのですか?」
「そ、それは、ど、どういう事なの?」
「つまり、この夢見の世界に入れた人は、ごく稀に死後直後も残留思念として現れる事があると聞いています。私も死後に会ったのは親友のアリアが初めてですが、多分もうこの世界には存在しなく……友美様?……大丈夫ですか? 友美様?」
「ト、トシヤ~、う、嘘ついた?」
「うっ」
一度ユリスティアの方に向いていた友美が、真っ青になりながら俺の方を向き直り非難するような、助けを求めるような切ない顔つきをしながら俺に聞いてくる。猫耳がペタッと垂れている。
俺はここで嘘をつくべきか悩んだが、なんとなくユリスティアが言っていることが事実だろうと思ってしまう。
そんな俺の考えが表情に出たんだろう友美が、涙目で叫ぶ。
「いや~!!」
それと同時に強制ログアウトが発動して俺たちの前からログアウトしてしまう。
やばい友美がパニクっていた。俺もログアウトしようとするが直人がそれを止める。
「トシヤ、今回は友美を僕に任せて。落ち着かせるから。それよりユリスティアさんからログアウトまでになんでもいいから、聞きだせることを聞いておいて欲しいんだ」
俺は少し悩んだが、確かに何も分からずにログアウトするよりも少しでも情報を集めれば友美を安心させることが出来ると思った。
「分かった。すまんが友美をよろしく頼む」
俺の確認が取れた直人は、「任して」と言いながらログアウトしていく。
「トシヤ様、友美様は大丈夫でしょうか?」
自分の発言で友美がいなくなった様に見えたユリスティアは不安そうにおれにきいてくる。
「ああ、直人が行けば大丈夫です。心配いりません。それよりどうして俺たちがこの夢見の世界に呼ばれたか、何かご存知でしょうか? 今日は時間がないので分かることを手短にお話しして頂けると有難いのですが」
俺は強制ログアウトのカウントを見ながらそう言いた。あと2分を切った。
「そうですか、友美様が気分を害していなければいいのですが。分かりました、ここに親友がトシヤ様達を連れて来た理由ですね。それは、多分私たちに関連することです」
そうしてユリスティアが話してくれた話しは、ゲームのシナリオイベントが発生した様な内容だった。
簡単にまとめるとユリスティアの領地にある砦が、魔人族という侵略者に攻め込まれて負けそうになっている。その助けをアリアという親友が死してなお探して連れて来てくれたのが、俺たちということらしい。そしてユリスティアは俺たちに砦のみんなを助けて欲しいと言ってきた。
これだけを聞くとどこにでもあるゲームシナリオに聞こえるが、ユリスティアの表情は真剣そのもので悲壮感さえも感じられる。その表情を見て俺はこの場での即答を避けた。
「大体呼ばれた事情が分かりました。一度戻って友美達と話し合ってみます。それでどうするか決めたいのですが、いいですか?」
俺の言い方にユリスティアは、自分の思いが伝わっていないもどかしさを感じている様だ。
しかし、冷たい考え方だが、俺はこの世界を開発中のゲーム世界と思っているので、友美が「幽霊怖い」でここへは行きたくないと言うならもう来なくなるだろう。
俺をしばらく見つめていたユリスティアは、いまだに膝をついたままで静かに顔を下げて行く。
その様子を見ていた俺は、大きなため息を出しながら言った。
「分かりました。ユリスティアさんもう一度この世界に友美を連れて来てみます。それでユリスティアさんを助けるかは友美が判断するというのはどうでしょうか?」
そう言う俺の提案にユリスティアは、俯いていた顔を急いで上げる。青い瞳に溜まっていた涙がその動作でこぼれ落ちていく。
「トシヤ様、……有り難うございます」
一筋の希望を見つけた様なユリスティアの笑顔を見ながら、友美がここに来たら助けることを嫌と言わないだろうと確信してしまう。それでも気になったことを直したいとちょっと俺は意地悪をする。
「だけど俺の言うことを聞いてくれないと、友美を連れて来ませんよ」
「え? トシヤ様の言うことをですか?」
「そう、俺の言うことを聞いてくれないとね」
そう言いながら俺はニッコリと微笑みながらユリスティアの手を取る。
「な、何をすればいいのでしょうか? な、何でも致しますから」
手を取った時、ユリスティアはビクッとしたが、何か勘違いをしているのか、勇気を出して頬を少し赤らめながら緊張した面持ちで立ち上がってくる。
俺は薄らとピンクに染まった頬を見て、どうしたんだろうと少しの間考えてしまう。その間にもユリスティアの頬は赤みを増してくる。
「ユリスティアさん」
「は、はい。何でしょうトシヤ様」
ユリスティアの声が上ずり極度に緊張している様子が分かる。
俺はなんでそんなに緊張しているのかと思いながらも、会話を続ける。
「それです。それを止めてくれないと友美を、連れて来ませんよ」
「はい?」
「その『様』付けで呼ぶ言い方です。最初に会った時のように名前は呼び捨てにして下さい。いいですね?」
「?……!!」
ピンクに染めていた頬が、俺の言葉で勘違いに気が付いたユリスティアは慌てて自分の顔を隠す様に下を向く。
そして青い瞳を上目遣いに睨んで、「トシヤ様の意地悪」と俺には聞こえない小さな言葉を出してくる。
「何か言った?」
「いいえ、分かりました。今度から『様』付けはしない様に気をつけてみますね。トシヤ様」
俺が友美を連れて来ないと意地悪を言った仕返しに、そう言ってニッコリと笑うユリスティアの笑顔は見惚れてしまいそうだったが、瞳が笑っていなかったことに俺は気が付いた。
「じ、じゃあ、俺はこれで戻るよ。詳しい話しは明日にでも友美達を連れて来た時にして欲しい」
俺は意地悪が過ぎたかと焦って退散することにした。
「はい、…… あなたはいい人ですね。トシヤ様」
俺が慌てふためく様子を見たユリスティアは、そう言って素早く俺の頬に軽くキスをしてくる。
そのキスに驚く俺を見たユリスティアは、今度は本当に満足そうに笑っている。
「友美様達を連れて来ていただける御礼です。ありがとう」
そうして俺はキスされた頬を押さえながらログアウトにより意識がブラックアウトしていく。
一人残ったユリスティアは、アリア姉様がトシヤ達を連れて来たくれた事で一筋の希望がつながった事にアリア姉様に感謝を祈った。
そうしてすぐにユリスティアも霧の様に拡散して消えて無くなった。