03話
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9/17 今まで読んで頂いた方には申し訳ありませんが、1話から5話までを大幅修正しました。
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急いで振り返ると、苔むした大岩が動き出していた。
大岩の下側に足が4本出ていた。
象の足を短くした様な灰色の足が大岩を支えてる。
さらに『ドゴン!』と言う重い破裂音と共に、大岩の側面が壊れてニュウっと長い首が出てくる。
その5メートルほど伸びた首の先に大きな頭がある。
苔むした4メートルの甲羅を持った巨大な亀が、俺たちを見下ろしていた。
俺は視覚に表示されたモンスターのレベルを見てしまった。
レベル15
巨大な亀は、まだ出現モーションが終わっていないようで、苔と表面の石がバキバキと重い音を出しながら落ちていく。
その下から漆黒の甲羅が現れてくる。
「ふふふ」
不敵な笑い声が友美から漏れていた。
「やってやろうじゃない! ここから逃げられないのなら、レベルが低くても戦って勝ってみせるわよ!!」
さっきまで不安そうにしていた友美が、不安を吹っ切るように無茶苦茶なことを言っている。友美は燃えるような強い眼差しと共に、いつの間にか出した槍をシュンと下段に構える。友美の武器は剣ではなく槍だ。
俺たちといる時の友美は、なぜか甘えん坊の様になってしまう事が多いので、忘れがちになってしまうが、芯はしっかりとした性格なのでこの様な窮地に立つと、俄然攻撃に転じる性格だった。
仕方が無い、俺は友美の支援に回るか。
そう思いながら俺は、短刀を抜き出して戦う準備をする。
俺の横で、にっこり笑いながらも直人は大剣を抜いて構えている。
友美も直人も負ける気はさらさら無いように見える。
ーー だけど友美、直人よ。相手はレベル15のモンスターだぞ、流石にレベル2の俺たちじゃ無りっだって。
◇
出現モーションが終わった巨大な亀は、苔むした大岩の雰囲気もなく、漆黒の甲羅を持った巨大な亀となった。
名前は、『サンダータートル』と視野に表示されていた。
二段のHPと一段のMPが一緒に表示される。
「まずは、攻撃回避を優先して! 平行して弱点を調べて!」
友美の言葉に俺と直人は、サンダータートルを取り囲むように左右に移動を開始する。
友美は、初歩魔法の氷針「スノーニードル」を顔面に打ち込むが、虚しく弾かれてしまう。
サンダータートルは、真っ正面に立つ友美を見下ろしてゆっくりと口を開けていく。
口から超高温の火球が高速に発射されてくる。友美は素早く火球を回避して離れる。火球は一直線に地面に当たると、速度はそのままで地面を瞬時に溶かして潜ってしまう。ホッと友美が安堵した瞬間に、地面に消えた火球の場所から激しい火柱が4メートルほど立ち上る。
「熱い!」
火柱の熱で友美の肌がジリジリと焼け付く。HPが徐々に減っていくので急いでそこを離れる。
サンダータートルの動きを見ていた直人が、前足に大剣を打ち込む。しかし、若干傷を付けることに成功したが、固い皮膚に弾かれてしまう。直人の攻撃に亀がのっそりと首を回して直人の方を向く。直人も亀の顔に注意が向いてしまう。
「ジン、右側、剣を盾に!」
駆けつける友美が直人に叫ぶ。サンダータートルの顔に注意していた直人は、条件反射的に構えていた大剣を、右側の地面に刺す。それと同時に「ガギン」と大剣に固い何かがぶち当たる。直人は、慌ててはじき飛ばされないように踏ん張る。大剣は折れずに何とか持ち堪えた。
直人が大剣の向こう側を見ると、サンダータートルの太く長い尾が、鞭のようにウネって戻っていく。人の胴体ほど太い尾が飛んできたのだ。あの尻尾に直撃されていたら、直人のHPを半分以上は簡単に削られていただろう。
「大丈夫?!」
「ああ、助かった。ありがとう。僕は尾の攻撃を防ぐから、ミュウは口からの攻撃に注意して!」
友美が急いで直人の方に移動してくると、直人はそう言って尾の攻撃に対処できるように大剣を構え直す。
「分かった! だけど、こうなると私たちから攻撃できなくなるわ」
そう言いながら友美が槍を構えると、モンスターの口が再びオレンジ色に輝き出す。
「大丈夫! 向こう側にいるトーヤにミュウがお願いすれば何とかしてくれるよ。その間、僕らは奴の気を引いてればいい」
「そ、そうね」
直人の「お願い」とう言う言葉にからかわれたのかと思って、友美は少し頬が赤くなったが直人はサンダータートルの尾を見ている。その状況に少しホッとしながら友美は見えないトシヤに向けて思いを込めて叫ぶ。
「トーヤ、お願い助けて!」
そう叫んですぐに『ドガーーーン!!!』と轟音と共に巨大なモンスターがグラリと傾き始める。
モンスターから苦痛の叫びが漏れる。
口のオレンジ色の輝きも消えて、2段のHPバーの1段目が2割ほど減っていく。
直人と友美は、その様子に言葉もなく驚く。
レベル2のトシヤが、どうやったか分からないが、サンダータートルにクリティカルヒットを叩き込んだようだ。
◇
その少し前、俺は、炎の柱に追われ友美が巨大なモンスターの向こう側に逃げていくのが見えたときから、一つの作戦を考えいた。
俺は、町を出てから今まで付与魔法を使わずにモンスターと戦ってきた。やはり忍者は分身や手裏剣でモンスターを倒せるのが楽しいと思っているからだ。レベル2だからまだ分身はできないが、それでも魔法使うのに躊躇していた。
しかし、今回レベル15のモンスターには魔法がないと、流石にダメージも与えられないと考えていた。
『ガギン』と直人がいる方から重い何かが、金属に激突する鈍い音が聞こえた。
その鈍い音に心配になるが、俺の位置からは直人達が見えない。
焦りが出てくる。
早々に短刀に初期強化魔法と、自分自身にも身体強化魔法もかける。
それだけでMPを半分消費してしまうが、すぐに共有プールからMPが補充されてくる。
その時、友美の声が聞こえてきた。
「トーヤ、お願い助けて!」
俺は今の友美の叫びが、それほど友美が危険な状態でないと理性では分かったつもりだった。
だが、その声色を聞いた瞬間に、爆発的な恐怖の感情に押し流されそうになる。
その恐怖は、俺が思い出したくない、しかし決して忘れてはならない思い出を映し出す。
俺の目の前で幼い時の友美が、グッタリと倒れて額と脇から血を流している。
幼い時の俺は、どうしていいのか分からなかった。
初めて会った時から大好きな友美に大怪我をさせてしまった。
直人と競争して『トモちゃんを守る』と言っていたのに!
そう考えている間にも血が流れていく。恐怖が俺を襲う。
泣きながら俺は小さな手で、脇の出血を一生懸命に抑える。
それでも温かい血が指の隙間から流れ出す。
まだ幼すぎて『死』を知らなかった。
だが本能的に会えなくなってしまうと恐怖した。
このままもう目を開けてくれなくなってしまう。
どうすればいいの? なぜ、あの時、止められなかったの。
なぜ、庇えなかったの。なぜ、こんなに血が出てくるの。
そう無言で自分を責める声が聞こえてくる。
『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい』
幼い俺は、泣きながら脇を押さえるしかなかった。
ようやく大人達が駆けつけて、運ばれていく意識のない友美。
俺は恐怖と緊張から血溜まりに崩れるように倒れる。
友美を守れなかった。自分が大怪我をすれば良かったのに!
「くっ!」
あの事故の後から今までに何度も何度も、この恐怖と後悔に襲われることがあった。
しかし、今日は余りにも強い恐怖と精神を蝕む後悔で意識が途切れそうになる。
「ぐ!」
胸が張り裂けんばかりの苦しい想いに、叫び出しそうになるのを無理やり抑え込む。
友美が助けを叫んだこのタイミングで、自分が意識を失うことは許されない。
友美に心配をかけてはならない。
俺は、この感情を目の前のモンスターに叩きつけるしかなかった。
弱点を狙うなどともう考えられなかった。
倒れそうになりながらも短刀を強く握りしめ、この重く苦しい想いを刃に乗せてモンスターに突撃を行う。
『ドガーーーン!!!』と雷が落ちた様な激しい轟音が鳴り響く。
攻撃は、甲羅の隙間から一気に前足の根元まで切断していた。
俺は短刀を振り抜けた姿で意識が戻った。
俺はどんな攻撃をしたんだ?
攻撃が終わると同時に、先ほどの重く苦しい想いが嘘のように消えていく。
荒い息を吐き出しながらも俺はホッとした。
しかし、ホッとしたのも束の間、モンスターが傾き始める。
危険を感じて転がってそこから離れる。
ドドンと地響きを立てながらモンスターが倒れてくる。
切られたモンスターの前足は、光の破片として崩れて消えてしまう。
甲羅の脇が大きく裂け、エフェクトがかかった光が流れ出す。
苦痛を上げているモンスターは、直ぐには攻撃をしてこないようだ。
俺は、モンスターのすぐ横に転がったままでもう一度深呼吸を繰り返す。
あの事故の後、俺の両親が何度かお見舞いに行こうと言っても、大怪我をさせてしまった友美が許してくれない、もう会ってくれないと、怖くて怖くてお見舞いに行けなかった。
退院した日、「嫌いだ!会いたくない!」そう言われることは、決まったことだと幼い俺は恐れながら覚悟した。それでも一言謝ろうと両親と一緒に友美の家に行った。玄関で項垂れて待つ俺に、家の奥からまだ頭に包帯を巻いた友美が駆けてくる。
「ごめん…なさい。… それに助けてくれ…ありがとう」
大怪我をさせてしまった友美が、なぜか泣きながら謝ってくる。
それに驚きながらも友美が、自分を嫌っていない事が分かっただけで、嬉しくて俺は泣いてしまった。泣きながら俺も「ごめんなさい」と謝って更に泣いてしまった。
泣きながら俺は、友美に何か償いをしなければと思った。
その為には俺が友美を大好きである事を忘れて、友美が幸せにならなければいけばいと強く思ってしまった。それは苦しい選択であったが、友美を傷付けてしまった償いだと言い聞かせた。
そして幼い俺は、一つの決心をした。
ーー 友美が幸せになれる様に何があろうと友美を守る ーー と。
そこにサンダータートルを迂回して、友美と直人が駆けつけてくる。
友美と直人は、モンスターの状態を見て驚くが、そのすぐ傍らに倒れている俺の元に駆け寄ってくる。
「トシヤ! 大丈夫?!」
真っ青な顔になりながら友美が俺を抱き起こす。
直人も心配しながらも、徐々に回復していくモンスターを警戒している。
「大丈夫だ。それよりミュウ、ジンは大丈夫か?」
そう言いながら、先ほど恐怖したことを微塵も感じさせない様にしながら、笑顔をミュウに向け立ち上がる。
「私達なら大丈夫よ。それよりどうやって攻撃できたの?」
「身体強化と武器強化の魔法をかけて攻撃したら、ああなった。」
あっけらかんと言う俺の言葉に、友美と直人は驚いている。
俺としては、あの恐怖と自責の念以外は嘘を言っていないつもりだった。
「嘘でしょう? そんな事で、ああまで打撃を与える事は出来ないわよ」
「僕もそう思うよ。何かそれ以外にした事はない?」
呆れた様に聞き返してくる。
あの恐怖について友美達には話すことは出来ないので、俺は誤魔化すことにした。
「う~ん、そう言われても、特に何もしていないぞ。それよりモンスターが動き出した。戦闘を再開しよう」
まだ納得していない友美達の意識を、モンスターに向けさせる。
モンスターも前足1本がなくなっても起き上がり、怒りの表情を表しながら攻撃態勢に移ってくる。
「ええ、そうね。まずはこのモンスターを倒しましょう」
◇
【友美視点】
私はサンダータートルの攻撃を避けながら、先程のトシヤの様子を思い出す。あの顔つきは絶対に隠し事をしている時の顔だった。それにあの笑顔をするトシヤを私はあの事故の後から知っている。
私がトシヤの田舎で大怪我をした後から、トシヤは笑顔の奥に苦しそうな表情を隠すようになった。
あの田舎での事故。
私がはしゃぎすぎて崖から落ちそうになった。落ちてしまうと恐怖に体が強張った時に、トシヤが手を掴んでくれた。その時私は崖から落ちる恐怖よりトシヤが掴んで助け様としてくれたことが嬉しかった。そして崖を落ちて直ぐに気を失った私を庇ってギュッと抱き締めてくれた時に、意識が戻った私は世界がゆっくり動く中でトシヤが私を庇ってくれていることが分かって嬉しかった。
崖から落ちていく中で、もしかしたら死ぬかも知れない状況で、私は嬉しかった。私は幼い時からませていたかも知れない。幼稚園に入る前から私は初めてトシヤに会った時に一目惚れしていた。
そのトシヤが私を庇ってくれたことが嬉しかったのだ。
崖を転がり落ちる中、トシヤが庇ってくれているがそれでも額を何かにぶつけた。そして私が半回転した時、次に私が地面に接する場所に鋭い先端の切り株があることが分かった。このまま回転すれば確実に私はその切り株が刺さるだろうと感覚的に分かった。だけど私にはどうすることも出来なかった。その時、トシヤが足で地面を蹴った。意図して地面を蹴ったのか、偶然で蹴ったのか分からないが、その反動で鋭い切り株の上に落ちる軌道が変わった。それでも脇を擦った。そうして崖下に落ちた私はまた気を失った。
次に目を覚ましたのは病院の病室だった。
私は崖での出来事はハッキリと覚えていた。脇と頭が痛かったが私はトシヤに怪我がないことを聞いて安心した。直ぐにトシヤに会って御礼を言いたかった。しかし、お母さんに退院するまでは病院の外に出てはダメと言い渡されてしまった。それでも風邪を引いた時のようにトシヤと直人が、見舞いに来てくれるだろうとその時は考えていた。
直人はすぐに見舞いに来てくれた。直人は私を助けられなくてごめんなさいと謝ってきたが、私は元気なんだから大丈夫気にしないでこれからも一緒に遊んでねって言って、暫く話していたがその中でトシヤが凄く落ち込んでいることを知った。
それから1週間、2週間経ってもトシヤだけは見舞いに来なかった。私は不安になって来た。もしかしたらトシヤはお転婆な私を嫌いになったのかも、もう面倒を見るのも嫌になったのかも。そう考えて私はあることに思い至って愕然とした。あの崖で怪我をしたのは私だったが、もしかしたらあの時トシヤが怪我を、いいやそうじゃないもしかしたら死んでいたかも知れないことに気がついた。
私は急いで病室を抜け出してトシヤに会いに行こうとしたが、病室を出たところでお母さんと会って捕まってしまった。泣いて私はトシヤに会いたいとお母さんに言うと、困った様子のお母さんは、退院したら家に来てもらうようにお願いしてみますと約束してくれた。そしてそれまでに私が元気にならなければトシヤ君が心配しますよ、とお母さんの言葉で私は傷を治すことに専念した。
そうして退院して家に帰った私は、今か今かとトシヤを待っていた。
チャイムが鳴ってトシヤが来たことが分かった私は、走って玄関に出てトシヤを見て驚いた。最後に見た時の健康的なトシヤが、頬か痩けて虚ろな瞳で玄関の床を見ている。私は心が締め付けられた。崖から落ちながらも私を庇ってくれたトシヤは、一歩間違えれば自分が死んでいたかも知れないのに、助けてくれた事を誇るでもなく衰弱して元気がなくなっていた。私は慌てて駆け寄りトシヤをギュッと抱き締めて「ごめん…なさい。… それに助けてくれ…ありがとう」と泣きながら謝った。それを聞いたトシヤも泣いて謝って来てくれたことが私は嬉しかった。
それでいつもの関係に戻れると幼い時の私は思ったが、そうならなかった。
初めに気がついたのは、私の額の傷をトシヤが見た時だ。私は額の傷や脇の傷跡は余り気にしていない。だって私が招いた事故で出来た傷跡なんだもの気にしても仕様がないと思っている。しかし、トシヤはこの傷跡を見ると苦しそうにして自分を責めているように見えた。
その時、私はこんな傷へっちゃらよと元気に話したが、トシヤは辛そうな笑顔をしていた。トシヤは笑顔のつもりだったみたいだが、その笑顔の下に苦しそうな辛い感情があることを幼い私は分かってしまった。そんな事が何度かあった後、私は傷跡をトシヤ達に見えないように隠すことにした。
小学生になってからも傷跡は見えないようにしていたが、それでもトシヤが辛そうな笑顔をしてきたので、私は小4の時に勇気を出してトシヤに崖で助けられて感謝していることを伝えた。しかし、トシヤからは「ありがとう」と言うだけで辛そうにして話せないようだった。私はその時初めてトシヤがあの出来事がトラウマとなって苦しめていることに気がついた。
初めて会った時から大好きになった幼馴染みのトシヤが、私の怪我で苦しんでいる。そう思った私はあの出来事は余り話に出さず、私の大好きと言う気持ちも封印してトシヤの苦しみを取るために、私が出来る事をトシヤにしてあげたかった。
小4の私はトシヤの本当の笑顔が見てみたいと心に誓った。