23話 4D:スフィア2
4日目、ログインから40分。
俺たちはエディと一緒に走って昨日行ったフィシスの執務室に着いた。
木人形の走りは昨日とは比較出来なほど動きが軽くなっている。
これほど体が軽ければ、ユリスティア達と一緒に戦うことも出来るかも知れない。
ユリスティアを助けられると思ったら少し心配事がなくなって心が軽くなる。
執務室に入ると、ユリスティア、フィシス、シラブル、ピナ、ルナ医師と初めて見る大人の男女4人がテーブルに集まっていた。
フィシスとルナ医師以外の全員が軽装鎧を装着している。
エディと一緒に入ってきた俺たちの木人形を見て、部屋にいる皆は一瞬驚いた様だが、すぐに御神体だと分かったようだ。
「ユリスティア様、増援部隊20名の準備が出来ました! すぐに出発できます!」
皆の驚きを無視してエディが、ユリスティアに報告する。
それにユリスティアが頷き、指示を出してくる。
「それでは早々に出発して下さい。先程『炎の熊』が5体現れたそうなので、20名の増援でも人手が足りないと思いますが、メテ砦からも5名の兵士を移動する準備を行っています。それと『聖樹の雫』を持って行くのを忘れない様にして下さい。以上です」
「分かりました」
エディが念話で妹のフローラにユリスティアから指示が出たことを話している。
フローラも増援部隊と一緒に行くようだ。
「ユリスティア、私たちも何か手伝えることがある?」
友美がユリスティアの元に近づきながらそう聞いている。
その友美の木人形がスムーズに動く様子を見て、部屋にいた皆が更に驚いているが、ユリスティアだけはすぐに気を取り直して友美へ返事をしてくれた。
「友美、昨日は大丈夫でしたか?シラブルから直人達が溺れたと聞いて駆けつけたのですが、あの聖樹の凹みの中を見ても中が見えなくて、心配していました」
「あの時はちょっと驚いたけど、今はもう大丈夫よ。昨日と違ってこの御神体も軽くなったわ。それで私たちは何か手伝える?」
「ちょっと待って下さい」
そう言うとユリスティアは、テーブルにいる他のメンバーを見て聞くが、御神体で何が出来るか分からないため、他のメンバーも何をお願いしていいか分からないようだ。内心は聖樹の御神体に手伝いをお願いすることを、はばかっているのかも知れない。
「友美、今は非常事態ですので手伝って頂けると嬉しいのですが、その、…御神体で何が出来るか分からないので、私も何処を手伝って頂ければ良いか、まだ指示が出せません。友美達は何か策がありますか?」
<マスター、ユリスティア様にユンデ砦で戦闘の支援を行いたいと言って頂けないでしょうか?>
<俺たちで戦闘支援が出来るのか?俺たちは戦闘の経験はないぞ。邪魔にならないか?それに友美と直人に危害がないか?>
<はい、もちろんマスターや友美様、直人様に危害が加わらない様に遠方からの支援を行う事を考えています>
<……分かった。フタバを信用しよう>
「ユリスティア、俺たちがユンデ砦に行って戦闘の支援が出来るとフタバが言っている。邪魔にならないようにするから、俺たちだけでユンデ砦に行ってもいいか?」
「え?トシヤ達はまだ戦いを経験したことがありませんよね?それならここで後方支援を手伝って頂く方が良いと思いますが」
「いや、フタバは遠方から戦闘の支援が出来ると言っている。それにさっきも人手が足りないと言ってたから、俺たちでも何か戦場で支援できた方が良いんじゃないのか?」
「だけど。トシヤ達が心配です。今回はまだここに居てもらった方が……」
「スティア、今は時間が惜しい、それに戦える人手が少しでも欲しい。トシヤ達もああ言ってるが、それが心配ならスティアも一緒に行ったらいい。ここは私が見よう。それならどうだい?」
フィシスがユリスティアに解決策を出してくれた。
「……わかりました。それなら私も一緒に行ってトシヤ達を守ります。お祖母様、本砦と後方支援をお願い致します」
「シラブル、エディ、念話で私とトシヤ達がこれからユンデ砦に向かうことを知らせて下さい。それとピナ、メテ砦にいるスレスに兵士が減るので警戒を怠らないように注意するように伝達して下さい。何かあれば念話でユンデ砦の私の元にも知らせて下さい。以上です」
「「分かりました。ユリスティア様」」「ハイです」
シラブルとエディが同時に返事をした後に、ピナが遅れて短く返事をする。
10歳のピナが通信兵として大人達と一緒にいるのは何か違和感があるが、砦間での伝令として能力が必要なので仕方のないのかも知れない。
「では、行きましょうか」
そうしてユリスティアは剣を携えて、俺たちと一緒に砦の中庭に出た。
すでに増援部隊は出発した後の様だが、中庭では大人達が慌ただしく武器や食料など支援物を集めたり、ユンデ砦からの負傷者を受け入れていた。
作業していた何人かの大人達は俺たちの御神体を見て驚いているが、今はそんな事に構っていられない。
ユリスティアにユンデ砦の方角と距離を聞いた。
左右の高い山脈ーー固い岩盤で出来た山脈(名前はディエティ山脈「神の山脈」と呼ばれているそうだ)で中腹から頂上までは岩盤が剥き出しになっているーーに挟まれた本砦の目の前に左右の山脈より低い岩盤の山ーー名前はスピーナ山(背骨の山)と呼んでいるそうだーーがある。
その低い岩盤の山の左側の谷800メートル先に砦があるらしい。
この本砦から舗装されていない道や鎧を着ていたとして早くて走って5、6分と言うところだろう。
ユリスティアは、門番にユンデ砦に行く事を告げている。
「では行きましょう! ユンデ砦まで距離が近いので走りますが大丈夫ですか?」
「体が軽いから多分大丈夫よ。私って結構速いんだから!」
「では、付いてきて下さい」
そう言うとユリスティアは、門から目の前の山まで延びる道を走り出した。
道幅は10メートル程しかなく、その道の左右両脇は高い山脈の中腹から流れてくる川の水に削られて、更に数メートルほど谷を作っている。
しかし、走り出してからは俺は景色を見ている余裕がかった。
俺たちの木人形は、確かに軽やかに駆け出すことが出来た。
それは現実の体以上に走るのが速くなっていると実感できるほどだったが、それはユリスティアの走りを見るまでだった。
軽装鎧と剣を携えて重く走りづらいはずのユリスティアが、俺たちより速く走っているのだ。
それも舗装もされていない砂利とゴツゴツとした岩肌の道を駆けているのにだ。
俺の木人形も砂利や岩肌を走りやすくグリップ感があるが、それでもユリスティアの走りに付いていくのようやっとで、周りを見ている余裕がない。
「ユリスティア! 速いのね。どうしたらそんなに速くなるの?身体強化魔法とか掛けているの?」
友美はどうやら遅れずに走りながら質問しているが、直人は少し遅れ始めている。
「いいえ、強化魔法は掛けていませんよ。あれは切れた後に反動が大きいので滅多に使いません。この走りは、お祖母様の特訓で鍛えられたので、これくらいならまだ平気ですよ。……友美も大丈夫そうですね。それじゃもう少し速度を上げますね」
「え、…ええ」
走りながら流暢に話すユリスティアが更に速度を上げ始める。
引きつった声を出した友美も一生懸命ついて行くようだが、それだけでもう話す気力もないようだ。
俺も遅れないように付いていくが、その時、直人からフレンド通信がきた。
『トシヤ、僕はついて行けないから先行ってて』
『分かった。余り遅れるなよ』
直人に返事をしている間に、2メートルほどユリスティアと友美に遅れてしまった。
それにしても木人形も軽く速く走れるようになったが、それに劣らないユリスティアの走りにも驚かされてしまう。
まだ完全に木人形が意識と同期していないのかも知れないが、ユリスティアに負けられない。
俺は形振り構わず更に一生懸命走り出した。
◇
ユンデ砦は、左側にディエティ山脈(神の山脈)の絶壁と右側にスピーナ山(背骨の山)に挟まれた谷間で一番狭くなった場所に造られている。
この場所が魔人族の侵攻を阻むことに適した場所だった。
砦はこの狭い谷幅全体を覆う様に建っているが、数メートル下を流れる川の部分だけは、何重もの石の柱を川に突き立て水の流れを遮らずに、しかし魔人族の侵攻がしづらい様な作りになっている。
砦の前は、2重の防御柵が作られ、その更に先に魔人族を迎え撃ちやすいように小さな平地が作られている。
今、その小さな平地は30名ほどの砦の兵士と、15匹の「蒼の風」と5頭の「炎の熊」の魔獣との戦いが行われていた。
魔獣との戦いが始まって既に30分以上経っていたが、「炎の熊」が現れえるまでは「蒼の風」と呼んでいる狼型の魔獣5匹を倒して優位になっていた。
ーー 「蒼の風」ーー その魔獣は蒼い毛皮と光りを反射する時に瞳が蒼く輝くこと、それに風のように静かに駆け鋭い牙で襲ってくる魔獣だ。
この「蒼の風」の討ち取る方法は、同時に複数の相手をしない事と、的確に魔獣の足を切りつけることが出来れば、こちらに被害を出さずに退治できる。
今回もそうして少しずつ倒してきていた。
しかし、さっき現れた「炎の熊」5頭によって立場は逆転してしまった。
「これはやばいな。炎の熊が5頭も攻撃してくるとはな」
砦の外壁から戦場を見下ろしていた皮鎧を着た筋骨たくましい巨漢は、そう呟くと隣に控えていた少し生意気に見える青年に声を掛ける。
「キトラ!お前とあと4名で鎖網を持って行け!急げよ!!」
その青年は先日御神体に憑依していたトシヤ達を批判的に問い質していた青年であった。
「分かった!おやじ!!」
そう叫んでキトラと呼ばれた青年は、近くにいた兵士4名を従え急いで砦内に駆け込んでいく。
すぐにキトラ達は鎖網を肩に担いで門から戦場に現れ、戦場の兵士と合流した。
その様子を腕組みして見ていた巨漢に、戦場には似つかわしくない妖艶な色気を持った若い女性が近づきながら声を掛けてきた。
「ガトラ、シラブルからの伝令だよ」
「モーラか、何と言ってきた?」
軽装の鎧を着た若い女性の歩き方、手の動き、ちょっとした仕草、綺麗な顔つき、艶めかしい唇、それらの全てが妖艶な色気を振りまいている。
外壁から戦いを援護していた若い兵士達は見とれてしまうが、その若い女性 ーー 通信兵のモーラ ーー は気にした様子も見せない。
「さっき増援部隊が出発したって、それとユリスティアもこっちに来るそうよ」
「嬢ちゃんが来るのか?何かあったのか?」
「なんでも御神体様が、ここに助けに来てくれるって言ってた」
「おいおい、昨日の話だと聖樹の穴で溺れたって聞いたが、助けになるのか? まあ、嬢ちゃんが来てくれるなら任せられるか。よし!ワシも出るぞ!!」
「待ってガトラ、あんたは砦の責任者だよ!ユリスティアが来るまでは、ここで指揮を執ってもらわないと困るわ!」
このユンデ砦の責任者であるガトラは、戦士だった。
指揮を執るより戦場で戦っている方が良いという根っからの戦士だった。
しかし、今は砦を守るため、また、戦場で50年も生き延びてきた経験を持った者が殆どいなかったために責任者となっていたが、いま目の前にいる5頭の魔獣は、ガトラを戦士として奮い立たせる数だった。
「なら嬢ちゃんが来るまで、モーラが指揮を執ってみるか?」
「え!?いいの?!私が指揮していいならサラッと終わらせるわよ」
ガトラは横にいるモーラの発言に不穏な響きを感じて振り返る。
「何をするつもりだ!?」
「広域殲滅魔法を使うわ」
静かな声でサラッと恐ろしいことを言った。
その声を聞いてガトラは、戦場に出たい気持ちが急激に冷めた。
ーー「広域殲滅魔法」ーー 魔力量が膨大に必要で複雑な詠唱集中力が必要となるが、目の前で戦っている戦場全体なら簡単に消滅できる魔法だ。
確かにそれなら5頭の炎の熊も一瞬で殲滅できるだろうが、そこにいる兵士はもちろんこの砦も存在できないだろう。
たぶんこの谷間に大きなクレーターが作られ、大きな湖が出来ることになる。
「恐ろしいことを言うな、モーラ。ちなみに魔力は何処から集める?」
「倉庫にある510個の魔核で」
「あれを使えるのか?」
「使ってみせる!」
先ほどの妖艶な色気がなくなった強い眼差しでガトラを見返してくる。
「分かった。嬢ちゃんが来るまで俺が指揮を執る。手を出すなよ!」
ガトラはモーラにそう言うと、また、腕を組んで戦場に視線を戻す。
その様子を見たモーラはほんの一瞬笑顔を作ったが、すぐにモーラもまた妖艶な眼差しで戦場を見詰めた。
ここまでお読み頂誠に有り難うございます。




