18話 3D:スフィア4
「フィシスさん、フタバが聖樹を登って欲しいと言っているのですが、登ってもいいでしょうか?」
「ふむ、どうして聖樹に登りたいんだい?」
「なんでも聖樹の上の方に凹みがあってそこに水が溜まっているそうなんです。その水でこの御神体を浄化して欲しいそうですが、聖樹にそんな凹みがありますか?」
俺はフタバに聞いた事をフィシスに伝える。
「ああ、確かに3本の聖樹が重なり合った所に深さは分からないが、凹みがあるよ。しかし、そうだったのかい。今まであの凹みに溜まった不思議な水は、何のためにあるのか分からなかったけど、御神体の浄めの水だったのかい」
「不思議な水ってどうしてですか?」
直人が興味深そうにフィシスに質問してくる。
「普通の水なら軽い物は浮くし重い物は沈むだろ。しかし聖樹にいつの間にか溜まった水は、どんなに重い物でも直ぐに浮いてくるんだよ。まるで異物を吐き出すようにね。それに触った瞬間はサラサラな水が、直ぐに粘性を持った水になったりするしのう。そのくせ人が飲んでも味も旨味もなく特に効能もない不思議な水で、長い間聖樹が何のために溜めている水か分からなかったのさ」
「昔にこの御神体が使われていた時にも、その水の言い伝えはなかったんですか?」
「口伝には伝わっていないね。もしかしたら大昔の伝記に記述があるかも知れないが」
「では、俺の御神体で聖樹に登っても良いものでしょうか?」
「そうだね、そういう事なら仕方がないだろうね。ただしあまり聖樹を傷つけないように登るんだよ。……それとも足場を組んだ方がいいかね?」
「さっき見たところだと、聖樹に登れるような足場がありましたから、そこを登ってみます。それでダメなら足場を作って頂くことになるかも知れません」
「そうかい、それじゃまずは気をつけて登ってみるんだね」
そう言って、俺とフィシスの話しが終わったが、話しが終わるのを待っていたユリスティアがフィシスに話しかけてきた。
「お祖母様、友美達と約束をしていたのを思い出したので今確認したいのですが、友美達が私たちを助けて貰う御礼に、夢見の世界で私が剣術を教えたいと思っています。その間砦の統括をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そんな事を約束していたのかい。それは構わないが、私もこの砦で直人達を鍛えてあげようかね?」
フィシスの提案にユリスティアは、慌てて止めにかかってくる。
「お、お祖母様、それは有り難いですが、友美達は戦闘を経験したことがないそうですので、まずは私が指導してからでお願い致します」
「そうかい? 残念だね。必要になったらいつでも声を掛けな。容赦なく鍛えてあげるからね」
「はい、お祖母様」
フィシスは、残念そうな顔をしているが、ユリスティアはフィシスが折れてくれて安堵したような顔をしている。俺はそれを見てユリスティアが慌てるほど厳しい鍛え方なのかと少し怖くなってしまった。
「さて、また執務に戻るとしようかの。直人達は、何か聞きたい事があったらいつでもいいからここに来るといい」
「ありがとうございます。そうさせて貰います」
「スティアは、この後も直人達に付いていくかい?」
「はい、そうさせて頂きます」
「ルナはもう少し、私と打ち合わせをしなきゃならんな」
「私もトシヤ達に付いていきたかったけれど、やっぱりダメなんですね」
残念そうにションボリと項垂れるルナ医師と、雑務を片付けようとしているフィシスを置いて俺たちは、また先程の聖樹の根元に向かって歩き始める。今度は下り階段なので少し歩くのが楽だ。階段を降りながら友美がユリスティアに話しかけている。
「ユリスティア、さっきフィシスさんが私たちを鍛えるって言った時に、止めてたみたいだったけどそんなに厳しい鍛え方なの?」
「はい、お祖母様の鍛え方は慣れていない方には、過酷の一言に尽きます。鍛練をクリアすれば剣術は格段に良くなっていきますが、途中で脱落する人が殆どですね」
「それはどんな鍛え方をするの?」
「それは聞かない方が良いです。指導している時のお祖母様は、それは恐ろしい人になりますから」
「へ~、そ、そうなんだ」
ユリスティアの言い方に友美も怖そうに返事をしているが、ユリスティアがフィシスを怖がっている様に見えたのは、そんなところを知っているためなのか?
現在のフィシスは、片足が不自由のようだが、それでも凜とした声と鋭い眼力を持っているし、若い時には剣で敵う者がいないと言っていた。ユリスティアのさっきの言動からも本当に恐ろしい鍛錬をするんだろう。そう思うとユリスティアが止めてくれて助かった。
◇
そうして俺たちはまた先程の聖樹の根元に着いた。
3本の大きな聖樹は、太い幹をお互いに隙間なく絡み合わせて1本の巨木の様になっている。柵に囲まれている木の根元からその絡み合った幹を見上げると、上の方で幹が3方向に分かれている。あの部分が凹んでいる場所だろう。
「トシヤ、これを登って行くの?」
俺の横にいる友美が心配そうに確認してくる。
「ああ、足場になりそうな木の瘤があるから、この体でも何とか登れるだろう。俺の木人形が洗い終わったら、次は友美と直人も同じように洗うことになるから、登り方をよく見ておいてくれよ」
<フタバ、ここを登ればいいだよな?>
<はい、マシュター、早く登ってくだしゃい>
<しかし、どうしてそんなに急がせるんだ?>
<しょれは、……に見つかる前にマシュターのガーディアンを……しゅるためでしゅ>
<ガーディアンって何だ?>
<ガーディアンは、マシュターの木のからだのことでしゅ>
<じゃあ御神体と言うよりガーディアンと言った方がいいかな>
<それと誰に見つかるって?>
<……でしゅ。こわいやつでしゅ>
フタバが誰かに見つかるのを恐れているようだが、フタバを送り出した存在と同じように、まだその存在の名前が言葉に出来ない様だ。それとも誰かによって、言葉に出来ないようにされているのかも知れないな。
<分かったよ。誰が何のためにフタバを送り出したのか、フタバが何を恐れているのか分からないけど、まずはこの聖樹を登ってみよう>
<ありがとうでしゅ。マシュター!>
俺はフタバから聞いた話しは、まだ不安を煽るだけだと思って友美達には話さなかったが、フタバは御神体をガーディアンと言っていることだけは伝えておいた。それを聞いた直人は何か思うところがあるのか、何かを考え始めたようだった。
ユリスティアが聖樹を囲む柵の入り口を開けてくれた。俺はそこから柵の中に入っていく。友美と直人も一緒に付いてくる。
「目的の場所は5メートル程の登れば良さそうだから友美達は、まずはここで待っていてくれ」
「気をつけてね」
聖樹の表面を見ると普通の木肌で特に変わった所もない。これなら注意して登っていけば滑ることもないだろう。そう思って俺はその木肌に触れてみた。
「お?」
俺は触った感覚に驚いて手を引っ込めた。
「どうしたの?」
驚いている俺に友美が声を掛けてくる。
「手が吸い付いた」
もう一度、木肌を触りながら俺は友美達にそう言うと、友美と直人も触ってくる。
「本当だ、樹の表面は変化していないのに、私の手が張り尽く。それに手を離すとスッと離れるわ。不思議な感じね」
「ユリスティアも僕達と同じ様になるの?」
ユリスティアも同じように聖樹を触っていたが、直人の問いに首を振って答えてくる。
「いいえ、私には普通の木を触っているように、ザラザラして吸い付けられるようなことはありませんよ」
「と言うことは、俺たちの御神体が反応しているのか。この木人形はなかなか不思議なことが多そうだな。まあ、これで少しは聖樹が登りやすくなった」
俺は聖樹に手を付き足場になる箇所に足を付けて登り始める。面白いことに手と同様に足も樹に吸い付いてくる。これなら足場を探す必要もなさそうだ。サクサクと登ってこの木人形の汚れを洗い落とすことにしよう。ペタペタと音はしなかったが、吸い付いたように木の手と足で体重を支えて、苦労せずに俺は幹を登っていく。
直ぐに凹みの場所に登り切るとその中を見下ろす。見ると凹みと言うより井戸のよう深みを持った穴に、水のような透明な液体が満たされていた。それを見て俺は手桶を持ってくれば良かったと思ってしまった。太陽の光が届かない底は、暗くて深さが分からない。しかし、戻るのも面倒だった。そこで俺は手ですくって洗えば良いかと思ってしまったが、それが失敗だった。
俺は、足を液体に浸すように穴の縁に座った。足を動かしてみると水のようにパシャパシャと液体が跳ねる。フィシスの言うことだと直ぐに粘性になるらしいが、暫く待っても粘る様子はなかった。
『トシヤ、大丈夫?』
心配した声で友美がフレンド通信で聞いてきた。
『ああ、大丈夫だ。ただ、友美達が登ってくる時には、手桶を持ってきた方が良いな』
『あっ! そうね。ユリスティアに手桶があるか聞いてみるね』
『ユリスティア、手桶ってこの砦にある? …… あるんだ。じゃあ貸して貰える?』
『…そう、じゃあ悪いけど貸して貰える?……ええ、待っているわ』
友美がフレンド通信を切らずにユリスティアと話しをしているのか、友美の声だけが聞こえてくる。俺は、背中を丸めて液体を手に掬いながら、何となく友美の声を聞きながらフレンド通信って本当に電話と同じなんだなと思っていた。
『トシヤ、ユリスティアが持ってきてくれるって』
『分かった。だけど俺は……』
”ドッボン!!!”
俺は液体の中に落ちてしまった。
「うっぷ!」
俺は急いで縁に掴まるが、そこで始めてさっきまで樹に引っ付いていた手が、今はツルツルと滑って縁が掴めないことに気が付いた。手を見るとさっきまであった木肌の凹凸がなくなっている。水を含んで凹凸がなくなったのか? それが原因か分からないが、つかめない。これはまるで食虫植物の蟻になったようだ!
『『トシヤ?』』
友美と直人の声が聞こえてくるが、答えている暇がない。
やばい!木人形が水を吸ったのか体が重くなっていく。いや、待て。フィシスがこの水はどんなに重い物でも浮かせるって言ってたよな。もしかしたら浮くことが出来るのかも知れない。
俺は試しに滑る縁から手を離してみる。
”トプン”
ああ、沈んでいく。深い穴に沈んでいく。足がまだ底に着かない。いや、浮き上がらない? 浮いてくれない。俺は慌てて水を掻くが沈んだ分の差が縮まらない。やばいぞ。やばい浮き上がれなくなっている? あれ?苦しくなってきた。潜る時に息を止めていたけど、木人形の体は息をしていないと思っていたのに、息苦しくなってきた。肉体を持っていないのにそう感じるのは錯覚か?
カホッと溜めていた息が口から出ていく、その息と引き替えに液体が口から腹に流れ込でくる。木人形に肺はなく腹に液体が流れ込んでくることが分かる。あっと言う間に腹の空間を液体が満たす。それと同時に沈むスピードが上がり、肺がなくても息苦しさを感じると共に意識が段々と薄れてくる。
『友美、直人、…たす…けて』
俺は無意識に助けを求めてしまった。
しかし、こんな状況になっても俺は、なぜかフタバが俺を陥れたと疑う気持ちは起こらなかった。まだ出会って1時間も経たないのに、なぜかフタバは俺を裏切らないと思っていたのだ。
<マシュター、しゅんじゅ(信じ)てくれてうれしゅいでしゅ。大丈夫でしゅ。あしゅ(明日)までに……にしゅましゅから。しょれまでガーディアンから離れていてくだしゃい>
薄れいく意識の中で、そうフタバが話してくるのが聞こえてきたが、それに応える前に俺は暗い意識の闇に沈んでしまった。
ここまでお読み頂誠に有り難うございます。
今日この後もう1話投稿する予定です。




