17話 3D:スフィア3
2015/10/25 一部誤字修正を行いました。
俺は重く感じる木の身体で、砦の石造りの階段を2階分登ってフィシスが居る最上階の部屋にやってくる。部屋の入り口の近くに会議用の10人テーブルがあり、更にその奥に執務を処理するための大きな机がある。その机でフィシスとルナ医師が話しをしていたようだ。フィシスの後ろには、大きな窓が開かれていて、その向こうには砦の全体とこちらに迫ってくるような高い絶壁の山々が見える。
部屋は飾り気のない質素な作りであるが、使い込まれたテーブルや椅子は人の温かみを感じられて居心地が良さそうな部屋となっている。
「お祖母様、友美達を連れてきました」
「ああ、よく来てくれたね。本当なら私が御神体の部屋に行けば良かったけれど、昨夜の戦闘の残務処理で暇がなくてね。来てくれて助かったよ。まあ、そっちのテーブルの椅子に座りな」
「ありがとうございます。それじゃ座らせて貰います」
そう直人がフィシスに返事をして、俺と直人が友美の左右に椅子を引いて座る。木で出来た人形でも椅子を壊すこともなく座れたので、どうやら人形の重量は見た目より軽いのかも知れない。
作業を中断してフィシスとルナ医師も執務用の机からこちらのテーブルの対面に移ってくる。
「ルナ医師、リリアナ達が医務室へ殻を運んで行きました。これから戻られますか?」
「そうですね。……今から戻っても間に合わないと思うので、ここでトシヤたちと話したいわ」
籠はルナ医師は医務室に置いていってくれるだろうと答えてる。
俺たちの人形の動きを見てフィシスが声をかけてきた。
「だいぶその体に慣れたようだね」
「はい、普通に歩く分には問題ないです」
「それは良かった」
ユリスティアが、人数分のお茶を準備している。
「どうぞ」
ユリスティアは、俺たちにもお茶を出してくれる。人形の俺たちがお茶を飲むというのも変な感じだったが、ユリスティアは人形の中にいる俺たちにお茶を出してくれたのだろう。そう勝手に俺は思ってユリスティアからお茶を受け取った。色を見ると緑茶と言うより紅茶に近いな。
「ありがとう」
俺は御礼を言ってお茶を飲んでみる。友美達も御礼を言ってお茶を飲み始めている。はじめは木の口でお茶がこぼれないかと心配したが、普通に飲むようにカップを傾けると口の周りの木が柔軟に動いてこぼさずに飲むことが出来た。お茶は熱すぎないようにユリスティアが温度調節したらしく、ちょうど良い温かいお茶が口の中に広がる。
日本茶とも紅茶とも違う若干の甘さとスッキリした不思議な味がした。飲むと体にお茶が浸透するようにホッと疲れが取れていく。人形に憑依して肉体を持っていないのにおかしな感覚だった。
「美味しい。それに体が軽くなったわ。これ何のお茶なの?」
「これは聖樹の落ち葉を乾燥させて作ったお茶です」
友美の嬉しそうな声に、ユリスティアはニッコリ笑ってそう教えてくれた。
「このお茶って、さっきの聖樹の葉っぱなの?」
「はい、そうですよ。ただし聖樹に生えている葉を取って同じ様にお茶にしても苦いだけになってしまいますが」
「へ~、成熟して落ちた果実が美味しいのと同じなのかな」
「そうかも知れませんね」
友美たちの話を聞いて俺は、幼い時に爺ちゃんに聞いたクジラ漁の話を思い出してしまった。確かクジラはヒゲから皮や骨まで捨てるとこがないほど利用されていたらしいけど、聖樹も同じなのかな。そのうち幹や木の根も食べれるのか聞いてみるかな。
そんな聖樹と崇める木に対して不謹慎な事を考えていたら。
<マシュター、それはないでしゅよ>
と、フタバにこっそりと指摘されてしまった。
<俺が考えが読まれてる?>
<大丈夫でしゅ。フタバはマシュターを助けるためにいるのでしゅから、マシュターのしゅべてを受け入れましゅ>
<それは、知られたくないことや見られたくないこともかな?>
<しょれはマシュターがきんしゅ(禁止)しゅなければ、フタバはしゅべて受け入れでしゅ>
<……分かった。その事は今後考えようフタバ>
<ハイでしゅ>
「そろそろ本題に入っていいかい?」
「「あ、はい」」
お茶を飲んで一息ついたフィシスが、友美とユリスティアがお茶の会話で盛り上がっているところに声をかけた。友美たちは緊張気味に返事をしているが、友美は相変わらずフィシスを恐がっているみたいだけど、ユリスティアもフィシスが怖いのかな?
「それじゃ早々で悪いが、この砦の状況について話しておくかの。ルナも王都をよく知ってるだろ、そっちの話は任せたよ」
「ええ、いいわ」
◇
そうして30分ほどフィシス達の話しを俺たちは聞いた。
「つまり、人と魔人族との戦いが1000年以上続いていて、魔人族は人より高い戦闘能力を持っているけれど、この砦の左右にある高い山脈がセイリル王国全体を取り囲んでいるために、この絶壁の山脈を越えられない魔人族は、この谷を通って侵攻して来るしかない。この北に位置する谷以外に東と西の2カ所にも小さな谷間があって、同じように砦で侵攻を阻んでいる。と、言うことですね」
「そう言うことだ。こことは谷の大きさが違う東と西の谷は幅が小さいために、年に数回魔人族が攻撃してくるかどうかだよ」
直人が簡潔に話しをまとめてフィシスに確認している。
「しかし、高い山脈が魔人族の侵略を拒んでくれると同時に、その山脈の外にいるかも知れない他の人間の国との交流も長い間途絶えているんですね。そのため農業、工業、漁業を保有ているセイリル王国は自給自足で山脈の内側に立てこもる事が出来ていたけれど、ここ数年穀物の大凶作が続いて食料不足が続き、このままでは王国全土の人々が飢えてしまう状態であると言うことですね」
「端的に言うとそうなるが、一つ言っておくと現セイリル王は、この山脈に囲まれた領地からは出ずに食糧問題を解決する方針を取ると言っているのさ。私はそれが正しいとは思わないけどね」
フィシスの含みを持った考えに、ルナ医師も同じ考えなのか頷いている。
「それじゃフィシスさんは、外の世界に出て行く方が良いと考えているのですか?」
「私はタムル領地を守る事を、王から任命されているから公には明言できないが、外の世界に出て行くことで人族が生き延びるチャンスが増えると思っているがね」
「だけど、この山脈の外の人と交流がなくなったとさっき言ってましたが、もう外には魔人族以外に人は居なくなってしまったのですか?」
「…… いいかい、ここだけの話しにしておくれよ。極秘で毎年王国から外の世界へ調査兵数名を送り出して、外の様子を調査しようとしているんだが、一度も戻って来た調査兵はいないのさ」
「それはどうしてですか?」
「分からん。魔人族に殺されたか、捕らわれて戻って来れなくなったか、それとも外の世界がこの王国とは比べものにならないくらいに過酷な世界なのか。戻ってきた人がいないので分からないのさ。それで現王も外の世界に出ることを諦めている節もあるのさ」
「それじゃ、僕達はこの砦で何を行えば良いのですか?」
「それは、私が決めることじゃない。スティアが決めることさ」
そう言って、フィシスはユリスティアに話しの主導権を渡してしまった。
ユリスティアは話が振られることが分かっていたのか、驚きもせずにフィシスから話しを受け取って、俺たちに話しかけてくる。
「トシヤたちにお願いしたいのは、魔人族から砦の皆を守る方法を見つけて貰うことです。食料不足の対策もそうですが、魔人族の攻撃頻度がこのところ高くなっていて、このまま続くと、近いうちに砦の皆は辟易して砦が落ちることになるでしょう」
ユリスティアは、そう言って俺たちを見詰めてくる。決意を込めた青い瞳を見て、俺もユリスティアに声を掛けようとしたが、それより早く友美が答えてしまった。
「任せて、私たちが砦の皆を助けてみせるわ! ね! トシヤ、直人」
友美がまた即断即決してしまった。木の人形で表情が見えないが、満面の笑顔であることが見えるようだ。問題を解決するのは俺と直人になるだろう。仕方がない何処まで出来るか分からないが、友美がしたいこと思うことに今回も付き合おう。それに俺もそう言いたかったのだし。
「分かったよ。俺も頑張ってユリスティア達を助けてみるよ」
「僕も頑張ってみるね」
「それでこそ、私たちよね!」
そう俺と直人の言葉に、友美が嬉しそうに答えてくれる。そんな様子にユリスティアは嬉しそうに、フィシスは困った子供を見るように笑顔を向けている。
「俺から一つ聞いても良いですか?」
「なんだい?」
俺は先日会った少女達が兵士であることが気になったので、フィシスに聞いてみた。
「先日会った通信兵の少女達がいましたが、彼女たちは何をしているんですか?」
「彼女達かい。彼女たちは、この砦になくてはならない能力を持っているために兵士になってもらったんだよ。トシヤ達も知っているように彼女達は、念話を使うことが出来る。その彼女達をユンデ砦とメテ砦に配置して、戦闘時に刻一刻変化していく戦闘の状況を、この本砦に報告してくれることで、兵士の増援や物資の補給を迅速に行っているのさ」
「彼女達は通信装置の代わりになっていると言うことですね」
「通信装置? それはなんだい?」
「機械仕掛けで遠くの場所にいる人と話をする物です」
「ほう、そう言う物があるとスレスやピナを危険な最前線に置くこともないのかい。それは良いね。それは簡単に作れそうかい?」
「材料がないと作れそうにありませんが、直人、何か作れそうか?」
「まずは、この世界に何があるか調査することからになりそうだね。それから作れるか考えるってところかな」
「そうかい、まあ作ってくれたら助かると言うところだが、期待しているよ」
そんな話しをしていると、ルナ医師が俺の方を興味深そうに見ていることに俺は気が付いた。
「ルナさん、何か俺に質問がありますか?」
「いや、その御神体の右肩に生えている小さな葉っぱは何かなって思って、それどうしたの?」
「あ、ルナ医師、お祖母様の話が終わった後にお聞きしようと思っていたのですが、ここに来る前、聖樹の下を通った時にこの白い羽と一緒に種が落ちてきて、トシヤに寄生した植物です」
そう言ってユリスティアは懐から白い羽を、フィシスとルナ医師の前に差し出してくれる。
「ほう、聖樹から白い羽が落ちてきたのかい」
「お祖母様、ルナ医師、何かご存じですか?」
「私は聖樹で白い羽や寄生する植物の事は知らないわ」
「私も聞いたことがないね。もしかしたら伝記に書かれているかも知れない。一度調べてみるかの」
フィシスやルナ医師も分からないのか、フタバ本人(いや人じゃないから本木か?)に聞いてみるか。
<フタバ、きみはどう言う存在なんだ?>
<それはフタバにも分かりましぇん。人が人の存在を聞くのと同じことだと思いましゅ>
フタバが少し哲学的な表現をして来ることに、俺は驚いてしまった。
<マシュター、フタバは日々しゅんか(進化)しゅていきましゅよ>
<そうなのか、フタバは進化することが出来るんだ。偉いな>
そう俺に褒められたフタバは、嬉しそうに返事をしてくる。
<はいでしゅ。フタバはマシュターのために存在しゅていましゅ>
あれ?さっきは存在は分からないって言ってなかったか?
そこで、ルナ医師がまた俺を見ていることに気が付く。
「さっきからトシヤは、黙っているけど何か考えているのかしら?」
俺は、右肩の寄生植物のフタバと話しが出来る事を、フィシスとルナ医師に話した。
それを聞いたルナ医師は、席を立ってトシヤの右肩を見るために駆け寄ってくる。
「話しができるって、それは本当のことですか?」
ルナは御神体に強い興味を持っていたが、その御神体に寄生した植物が言葉を話す事ができると言うこれまで聞いたことがない出来事に、ジッと座っていられずに駆け寄ってしまった。
俺の右側に来るとルナ医師は食い入るように、右肩のフタバを観察し始める。俺は少し肩を動かそうとすると、ルナ医師は動かないようにガシッと俺の右腕を両腕に抱え込んでしまった。
「こんな小さな芽が言葉を話すなんて信じられない」
フタバを見詰めるルナ医師の豊満な胸が俺の腕を包み込む。
ああ、柔らかいな。そんな事を考えてしまう。
<マシュター、喜んでましゅか?>
<え!…よ…ヨロコンデイナイゾ>
<では、感覚を遮断しゅましょうか?>
<いや、それはそれで問題があるからやめておこう。だけど俺が嬉しいからじゃないぞ!>
<……分かりましゅた。マシュターもおしゅなのでしゅね>
フタバが何を言ったか分からない。
くいっと俺が左に引っ張られる。ルナ医師の戒めが解かれてしまった。左を見ると友美の御神体が俺を引っ張って、ルナ医師から離してくれている。
「トシヤ、大丈夫?」
「あ、ああ、ありがとう友美」
俺は残念…いや解放してくれたことに感謝して友美に御礼を言うと、友美が「注意してよね」と俺だけに聞こえる声で話してくる。どうして友美はルナ医師を注意しているんだろう。
「あら、ごめんなさいね」
ルナ医師は、俺に謝ってくるがそれでもフタバが気になっているのか、小さな芽のフタバを触ろうとしてくる。
<マシュター、たしゅけてくだしゃい。まだフタバは弱いでしゅから、人にしゃわられるのはだめでしゅ!>
フタバの悲鳴に近い声に俺は慌てて、ルナ医師に声を掛ける。
「ルナ医師、フタバに触らないで!」
俺の声に驚いて手を引くルナ医師。
「あら、ごめんなさいね」
手を引っ込めながらルナ医師は、本当に済まなそうな顔をしている。
「フタバが、まだ弱いので触られると耐えられないそうです」
「そうなのね。フタバって言うのね。ごめんなさいねフタバちゃん」
<分かればいいでしゅ>
ちょっとフタバは偉そうに発言しているが。
「フタバは、分かってくれればいいって言ってます」
そんなフタバとルナ医師の遣り取りをしていたが、フタバが聖樹に登りたいと言う事をフィシスに話して許可を貰う必要があった。
ここまでお読み頂誠に有り難うございます。




