01話
8/27 修正を行いました。
9/17 今まで読んで頂いた方には申し訳ありませんが、1話から5話までを大幅修正しました。基本軸は変更していませんのでご安心下さい。
ヒュン、ヒュン、ヒュン
巨大なヤマアラシが、背中から3本の大針を打ち出して俺を攻撃してくる。
胸元に高速に飛んでくる2本の大針を短刀で叩き落とす、足元に飛んで来る最後の1本も叩き落とそうと短刀を振るが、クンっと針が短刀を回避する。
「な!」驚く俺の左の太股に大針が刺さる。
「ぐっ!」
このエリアで初めて戦うモンスターは、物理法則を無視した大針の飛ばし方をしてきた。
刺さった針の長さは30センチ、太さは人の指よりも太い。
急いで針を引き抜くが、一気に俺のHPが50から45へと削られていく。
ーー やばい! HPが半分を切った。
人の倍もある巨大なヤマアラシのモンスターは、さらに5本の大針を高速に打ち出す。
俺は怪我をした足を庇いながらも、素早く後ろに飛ぶ。
俺がいた場所に次々と大針が刺さっていくが、2本の大針が俺を追尾してくる。
その内の1本が顔を狙って来るが叩き落とす。その瞬間にもう1本が右腕に突き刺さる。
「ぐ!」
HPが40と減っていく。
ーー これはやばいな、HPが持たないぞ!
ヤマアラシの背中には、まだまだ剣山の様に大針が大量に生えてる。
初期装備でレベル10のモンスターと対戦するのはやはり無謀だったか。
俺の少し離れた後ろでは、友美と直人が巨大な熊と戦っている。
「トーヤ! 右から頭部に攻撃! 頭を守って!」
友美が、俺に回避指示を出すが、先程の負傷で足がもたついた。
それでも、咄嗟にヤマアラシの針が刺さった右腕で、頭を庇うと同時に腕に衝撃が走る。
見ると30センチはある巨大なスズメバチが、俺の腕に刺さっている。
集団行動をするスズメバチのモンスターだ。
急いで周りを見ると、遠くの方にあと5匹のスズメバチがいるが、まだ襲ってくる様子はない。
俺の右腕に針を刺したスズメバチは、針から毒の注入するのと同時に鋭い牙で噛みつこうとしてくる。
急速に毒が回って感覚がなくなっていく右手から短刀を左手に持ち替え、スズメバチの頭をなぎ払う。
スズメバチは、頭と胴体が両断されて、光の破片となって弾けて消えていく。
ーー やばい! いつの間にか、HPが10を切り始めている。
友美達も攻撃を受けたようだ!
背後を見ると直人が、巨大な熊の攻撃を受けて肩や腕に傷を負っていた。
それでも直人が大剣で熊の右前足を切り落とすが、怒り狂った熊が左手の鋭い爪で直人をなぎ払う。
直人は爪で吹き飛ばされた。
保護フィールドで頭と胴体は、守られているため直接負傷はしないが、直人のHPがゴッソリ削られて0となる。
直人のHPが0になったが爪の攻撃が強かったために、俺と友美のHPも共有プール機能で消費されて0となってしまう。
『You dead』
俺たち3人のアバターが光の破片となって弾け飛ぶ。
俺たちは死んだ。
アバターが消えた後、俺たちは火の玉となってユラユラと燃えている。
5分間の死没者になった。
先程まで敵意を剥き出しに襲いかかってきたヤマアラシや熊は、傷が自己修復すると、何事もなく森の中に歩いて行ってしまう。スズメバチも巣に帰っていく。
火の玉になった俺たちは、声が出せない代わりにフレンド通信で今の感想を喋り始める。
『あ~あ、また、負けちゃったね』
『仕方がないよ。僕達まだレベル2になったばかりだもの。さっきのスズメバチはレベル3だし、巨大な熊はレベル7、ヤマアラシはレベル10もあるんだよ』
『あのヤマアラシの針はやばいよ。あの針、回避しても自動追尾ミサイルみたいに追いかけて来たぞ。それで俺の足と腕に刺さったし』
『それより、ねえ友美、僕達が一緒に死んでしまうHPとMPの共有プール機能は、やっぱり使うのは止めようよ』
『ダメよ、町で直人とトシヤもいいって一度は言ったでしょ。もう取り消しはダメよ。それより楽しかった! 次こそは1匹でもいいからモンスターを倒したいわ』
◇
今のうちに簡単に紹介しておこう。
俺は八神敬哉、14歳だ。このゲームでは『トーヤ』と名乗ってアバターは黒装束の忍者にしている。
近所に住む蓮条友美と本郷直人とは、親同士が知り合いで生まれた時からの幼馴染みだが、このゲームで友美は『ミュウ』と名乗って可愛い猫耳少女の姿をしている。直人は『ジン』と名乗って大きな剣を背負った巨漢の剣士の姿をしている。
今、俺たちがいる場所は、今日8月1日から運用が始まったVRMMO『フィールVMMOゲーム』の仮想世界にいる。もう少し詳しく言うとフィールゲームの最初の町である『境界の町』の南部を出て、2時間ほどかかった森林フィールドの奥深い場所にいる。ゲーム運用初日でこんな奥深い場所まで来るプレーヤーは、たぶん俺たち以外に誰もいないだろうね。
このフィールゲームとは、仮想世界にアバターで入り込んで魔法や冒険、それと観光気分でのんびり遊ぶ事ができるゲームだ。最大の特徴は、感覚をフィードバックしてくれることだが、このゲームに不満な点が幾つかある。
1つは、味覚や嗅覚がフィードバックされてこないことだが、直人が調べた事によるとこれは次期バージョンアップで対応してくれるらしい。もう1つは、感覚をフィードバックする事による健康上のために、1日最大4時間しかログイン出来ないことになっていることだ。4時間を過ぎると強制ログアウトされるらしい。
もし4時間以上ログインし続けたらどうなるか興味があるが、今のところ公式サイトには特に詳しい記述は見当たらなかった。
まあ、そんな制限があるフィールゲームだが、ゲーム初心者の俺たちは結構楽しんで遊んでいる。
ああ、楽しんではいるのだが、この森林フィールドの奥深い場所 ーー マップ上では、町が北側にあって南東の下の隅に位置する場所 ーー でのモンスターのレベルが、俺たちのレベル2に比べてレベル7とかレベル10と異常に高い。これだけレベル差があると、俺たちはすぐにKILLされて(倒されて)しまう。
なぜ、こんなレベル差がある場所に俺たちがいるかと言うと、ちょっとここから話しがなくなるが聞いて欲しい。
◇
町から出た最初はこんな無謀な冒険になる予定ではなかった。
初めは、町の外周で初心者用のモンスターを倒して、レベルアップしてから徐々に遠征するつもりだった。
森林フィールドのマップを買った店のNPCが教えてくれた話しだと、町の近くに出るモンスターは、スライム、ラビットモンスター、瓜坊モンスターなどの小物のモンスターで簡単に倒すことができると言うことだった。
そう聞いたときには俺は、安心していたのだが。
しかし、初心者用のモンスター以外に、もっと強敵がチームの中にいることに気がつかなかった。
そう、初めての仮想世界のゲームが楽しくて俺と直人は忘れていた。
あぁなぜ、あの時、気がつかなかったのか。気づいていれば、南部以外の他のフィールドに行ったのに!
後悔先に立たずってことか。
最初に出会ったモンスターはスライムで、それは友美が槍の一撃で簡単に霧となって倒すことができた。だが、次に2体のモンスターが現れてからが大変だった。
2体のモンスターは、ラビットモンスターと瓜坊モンスターで膝下くらいの小さくて可愛らしいモンスターだった。
なぜモンスターが可愛いんだよ!
そう、可愛いモンスターだったのがダメだ!
友美の可愛い物好きが、常人ではない事を忘れていたなんて!
そのモンスターを見た友美は、両手を口元に持ってくるとふるふると顔を振りながら、苦悩と嬉しさが綯い交ぜになった表情になってくる。
「だめ、か、可愛すぎる! 私には退治できない!」
そう言って、素早く白いフワフワの綿毛に包まれたラビットモンスターを右腕に抱き上げ、そして縞模様の柔らかそうな体毛でクリッとした目を持つ瓜坊モンスターも左腕に抱き上げてしまう。
それで、ラビットモンスターの足蹴りでお腹を蹴られても、瓜坊モンスターに自分の腕をカジカジと噛みつかれても、その2匹の攻撃で友美のHPが、ガンガン減っていっても離そうとしないのだ。
友美のそんな姿を見た俺と直人は、「は~」とため息をつきお互いの顔を見る。
「どっちがいく?」
「今回もトーヤに任せるよ」
「いや、ジンの方が上手く説得できるだろう?」
「ミュウのあの姿を見てよ。自分の世界にトリップしてるから説得も聞こえないよ。と言うことでトーヤに任せるよ」
「……分かった」
俺と直人のどちらが、友美を正気にさせるかお互いに譲り合うが、説得不可能な状態じゃあ俺がやるしかないか。
そんな友美に近づいた俺は「ゲームなんだから倒さないと先に進めないよ」と最初は優しく言い聞かせてみたが、全く聞こえていないようだ。
その間にも共有プールからもドンドンHPが減っていく。
共有プールとは、チームになったメンバーが持っているHPとMPを全員で振り分けて共有する機能だ。
メリットとしては、誰か1人がHPやMPを使い切る前に、他のチームメンバーからポイントを自動に補充してくれる便利な機能だが、見方を変えると1人が持っているHPやMP以上を使えるが、死ぬときはチームメンバーが全員一緒にという一蓮托生の鬼仕様だ。
このままじゃ全滅と思った俺は、短刀で友美を傷つけないように ーー と言ってもシステム的にプレーヤー同士は傷つけられないとのことだが -- 気をつけながら、モンスターのみにスッと刺して倒してしまう。
友美は、さっきまで幸福に浸りながら抱きしめていた可愛いラビットや瓜坊が、突然霧となって消えてしまったことに驚き、唖然としている。
友美の瞳に精彩が戻ってくると、短刀を持っている俺を見てどういうことを行ったか理解したようだ。
俺を睨んでくる。
「なぜ、倒しちゃうのよ!」
幸福なひとときが、突然終わったことに涙目なり、強い非難の眼差しから怒りの表情に変わりつつ詰め寄ってくる。
「いや……それは……ね。ほら……倒さないと……俺たちが……倒されちゃうから……ね」
俺は、自分が正しいことをしたと言いたいのだが、完全に怒っている猫耳少女の友美が、怒れる虎のように見えてきて、何も言えなくなってしまう。
俺はちらっと直人を見ると、直人は声を出さずに笑っている。
よく見ると笑いすぎて涙が出ているようだ。
ーー ちくしょう! これを見たいがために俺に友美の正気を戻させたのか?
「どこを見ているのよ! 今は、なぜトシヤはあんなに可愛い動物を倒してしまうか、聞いているのよ!」
可愛い物には目が無い友美は怒りに我を忘れて俺を責めてくる。
「動物じゃ……ないよ……あれは、… そう!、あれは、ゲームのモンスター……だから……ね?」
「?……あ! そう……よ……ね。ここは仮想世界なんだよね」
現実と区別がつかないほどリアルなフィールゲームにも問題があるかも知れないが、ゲームのモンスターという言葉に、友美はこの世界がゲームであることを思い出してくれたようだ。
ーー は~、正気になってくれてよかった。
猫耳少女の友美は、すぐに怒りを静めて猫耳と尻尾を、へナッと倒してションボリしてしまう。
「……トーヤ、ごめんね」
八つ当たりしたことに凹んでいるようだ。
俺はヘナッとションボリしている猫耳がちょっと可愛いなと思いながらも、友美が落ち込んで欲しくないために、咄嗟に元気づける事を言ってしまう。
「大丈夫、倒さないで済む方法を考えてみようか」
「え、そんないい方法があるの?」
途端にピコッと猫耳を立てて、期待した目で俺を見詰めてくる。
全く考えていなかった俺は、慌てて直人に聞いてみる。
「えっと……ジン、何かいい考えあるか?」
俺の助けの求めに、ようやっと苦笑と涙を擦りながら答えてくれた。
「そうだね。……倒したくないって言うなら簡単な方法があるけど、僕たちが苦労するよ。それでもいいかな」
「え、どんな方法なのよ?」
「それは、町の周辺から離れればいい。そうすれば初心者用のモンスターは出現しなくなるから、ミュウが言う可愛いモンスターを倒すことはなくなると思うよ。ただ、町から離れるとモンスターのレベルも上がると思うから、今度は、僕たちのレベルアップは難しくなるよ」
「よし! それで行きましょう!」
友美は、右手を胸元でギュッと握りながら、即決でそう言う。
俺は、相変わらず友美の直感的な即断即決に驚いてしまう。
まあ、ラビットや瓜坊と戦わず自分達が倒されるよりは、幾分は救いがあるかもと思って友美の判断に任せてみることにした。
そうと決まれば、早々に町の近くから離れるために、友美が行きたい方向に友美を先頭に走り始めた。
「じゃあっちに行きましょう」
どう言う基準で方向を選んでいるか分からないが、友美がピッと右手の人差し指で深い森の方を示す。それと同時に尻尾が反対方向にピンと伸びる。友美は意図して動かしていないようだが、器用に尻尾が動く。
そう言う経緯で森の奥深くへと突き進んで、気がつけば町に引き返すことも出来ないこんな場所まで来てしまった。
ここまでにモンスターを振り切った回数が20回以上、それでも振り切れずに10匹ほどのモンスターと戦って、さっきの戦闘を含めて俺たちは7回は死でいた。