[5DP]二人一役
いやー、びっくりしたなぁもう。
ここで『大成功』の立て札を掲げるリポーターが登場したとしても、歓迎できる自信が僕にはある。しかしながら普通にそんな人は出現しない。
ミイラ取りがミイラになる、とでも表現するのが妥当か。この場合、空き巣退治が空き巣になる、かな。
ちっとも笑えん。
陳腐すぎて小説のネタにも使えないや。
すったもんだで僕は大井坂高校の生徒手帳を献上し、床で正座している。何はともあれ素性を明かさねばならない。
謎の麗人が僕の真正面で仁王立ちして、生徒手帳と僕の人相を検分した。寝起きのボサボサ頭には、寝ぐせなのかアホ毛がぴんと立っている。
「御子柴煌、か。聞き覚えがあるような、ないような。貴様は何しに来た。簡潔に述べよ」
年も背格好も大差ないのに、この命令口調はなんだろう。尋問されている気分だ。
「僕のはとこ、スノードロップこと松雪奏さんを、尋ねてきました」
盛大に人違いしちゃったわけだけど、余分な情報は省く。
「おまえがあたしのはとこだと?」
「僭越ながら、あなたではなく、松雪さんです」
「だから、あたしが松雪奏だ」
松雪さん(自称)は、自身を親指で指した。
「えーと、失礼ですけど、あなたがスノードロップさんですか?」
「うむ。そういう名で仕事をしているな」
「レオナルド・ダ・ヴィンチの再来と目される、〝サブカルプロデューサー〟の?」
松雪さん(自称)が胸を張った。丸みを帯びた膨らみが強調され、目のやり場に困る。
スノードロップはサブカルチャーを手広く網羅しており、奇抜な仕掛け人として業界注目の的だった。ローカルアイドルを全国区にしたり、萌えキャラビジネスで閑古鳥が鳴く地場産業の発展に寄与している。とりわけ有名なのは、彼女が知る人ぞ知るになった経緯だ。
インターネットだけで細々と活動していた少女ユニット〈ネオアクシズ〉が、あるときを境に一躍メジャーとなった。楽曲動画を自主制作してアップロードする手あかまみれの手法から、徹底した視聴者参加型のグループに変貌を遂げたのだ。
ことあるごとに人気投票して、一番から順に歌唱時間と動画の出演回数が増える。ときにはファンから歌詞を募ることもあった。無料でも影響力があるものの、有料のファンクラブ会員になると発言権は滅法高まる。ソーシャルゲームに似たやり方だ。
自分たちの作ったものを披露して一方的に楽しませるというより、ファンを積極的に制作にかかわらせることを主眼としたらしい。要するに〝アイドルの育成〟だ。憧れの相手であると同時に、我が手で育てる感覚も味わえる。
熱狂的な視聴者にとって〈ネオアクシズ〉は冒すべからずの偶像であり、手塩にかけた愛娘と同義だった。
大勢のファンを引っさげ彼女たちがメジャデビューを果たした際、新しもの好きのマスコミ各社が飛びつく。デビュー秘話を尋ねられると、口をそろえて答えた。
「今のわたしたちがあるのはスノードロップさんという、恩人のおかげです」
こうして影の立役者であったプロデューサーが、ひのき舞台に立った。それからはアイドルにかかわらず、様々な娯楽産業をマネジメントしていく。どれもこれもが話題となり、一世を風靡するものすらあって、いつしかスノードロップはマルチな才能にあふれる、サブカルプロデューサーという名をほしいままにした。
「いかにも。あたしは天才・オブ・天才だ」
あんたはM字開脚で悩殺するエロテロリストか。セクシーさが幾分足りない気がする。
「美人すぎるプロデューサーとして、タレント業でお茶の間をにぎわしている」
「くどいぞ、小僧。あたしこそスノードロップの頭脳、松雪奏本人だと言っているだろうが。鼓膜が破れているのか」
「いや、でもですね」僕はスクールバッグから新聞の切り抜きを掲げる。「似ても似つかないでしょう。整形手術なんてレベルじゃありませんよ」
松雪さん(自称)が眉をひそめる。
「いつの記事だ、こりゃ。〝あいつ〟にしては、写真うつりがいまいちだな」
僕は混乱していた。彼女の言わんとすることが、一個も理解できない。
「で、おまえが松雪奏のはとこだと証明するものはあるのか? 口頭でほのめかされ、『ですよねぇ』と納得するほど、あたしは脳天気じゃない」
僕は一瞬逡巡したものの、彼女の要請に応じることにした。
名を尋ねるときは、こちらから名乗るのが礼儀というものだ。僕への誤解を解消しないことには、堂々巡りになってしまう。
僕はかばんから、折りたたんだA3用紙を取り出した。彼女に提出する。
「どうぞご覧ください」
「なんだ、これは」
松雪さん(自称)は受け取りがてら、広げた。目を凝らす。
「家系図、か?」
「はい。うちのじいちゃんの趣味なんです。原本をコピーさせてもらいました。僕と松雪さんのところを、丸で囲んであります」
ふーむ、と松雪さん(自称)がうなる。
「欺瞞だったにせよ、えらい情熱だ。手がこんでいる」
「偽造なわけがない! 僕を疑うならまだしも、じいちゃんを『パチもん』呼ばわりしないでください」
松雪さん(自称)は目を白黒させた。バツが悪そうに、家系図を返却する。
「別におまえの祖父を、偽物と当てこすったわけじゃない。ただ、これだけのことをするからには、相応の理由があるんだろうと踏んだまでだ」
「分かってくれれば、いいので」
僕は口をとがらせつつ、バッグにコピーの紙をしまった。
松雪さん(自称)がせき払いする。
「やむを得まい。ではあたしも真実を立証するとしよう。メガネはとこ、おまえ口は堅いほうだろうな。おいそれと口外されては困るのだが」
「他人のプライバシーを詮索して暴露するほど、性根は腐ってません」
「致し方ない。信じることにする」
松雪さん(自称)はゴミの隙間を縫って机まで進み、スマホを持って引き返してきた。画面をタッチしている。電話をかけている模様だ。
「もしもし、あたしだけど、今取りこみ中か」
『いいえ。ちょうど干されているとこ』
スマートフォンから、澄んだ声音が聞こえてくる。テレビ電話モードらしい。
「ゆるキャライベントの打ち合わせじゃなかったっけ。食事休憩とかか?」
『じゃなくて、地元のゆるキャラがいいところ見せようとハッスルしちゃったの。「会議室でバック転する」と言いだして、実行したら半回転しかせず、床に背中から飛びこんだ。職員が大慌てで別室に担架で運び、介抱中よ。で、私は放置プレイってわけ』
「ぶふっ。中の人、おまえの信者だっりして。にしてもソロジャーマンかましちゃったのか。傑作──もとい、大惨事じゃないか。映像は残してあるんだろうな。もったいつけず、こっちに送ってくれ。あたしも堪能したい」
『カメラなんて回せるものですか。仮にあったとしても、お蔵入りね。自爆したゆるキャラを目撃した暁には、子供たちが泣いちゃう』
「違いない。大きなお友達には抱腹絶倒の、貴重映像になっただろうけど」
『でも珍しいね。あなたから電話してくるなんて。しかもサウンドオンリーじゃないんだもの。不測の事態でも生じた?』
「まあ、おおむねそんなところだ」
松雪さん(自称)がカメラを指でふさぎ、画面を僕に向けた。
驚愕で呼吸もままならなくなる。スマホの液晶画面にメガネ美人、僕の知るスノードロップさんが映っていた。
『奏、急に映像が途切れたんだけど、何かあったの』
「何もないよ。R指定的配慮さ。お子様のおまえには刺激が強かろうと思ってね。ちょっくらカメラに細工した」
松雪さん(自称)がスマホをひっくり返し、カメラから手をどける。
『も~、人を小バカにして。心配するじゃない。ところであなたの身に何があったのよ。説明してちょうだい』
「あたしたちの熱烈なファンの男子が、突撃お宅訪問してきてね。あたしをスノードロップのなりすましなどとぬかしやがる。らちが明かないんで、電話させてもらった」
『あなた、何をのほほんとしてるのよ。予断を許さない状況じゃない!! ストーカーの可能性だってあるのに。曲がりなりにも、あなたは女の子よ。男の腕力で襲われたら、ひとたまりもないでしょ』
メガネの女神、スノードロップさん(本物)が金切り声をあげた。
『ストーカー』という単語がぐさっとくる。はたから見たら、僕は犯罪者予備軍なのかな。
「曲がりなりとはご挨拶だな。あたしは正真正銘の淑女だってのに。あとキーキーわめくなよ。おまえから過保護にされるまでもなく、あたしだって成人のレディだ。分別くらいある」
この娘、成人女性なの!? 幼い見た目と実年齢のギャップに、度肝を抜かれた。
「それに彼は草食系男子だ。制圧するまでもなく、自責の念に駆られているよ。かてて加えておまえの無慈悲発言が、とどめを刺したらしい。まったく、ファンはいたわらないといかんぞ。支援者あっての物種だろうに」
『話が見えないんだけど。結局私は何をすればいいのかしら』
「なぁに、ちょっとした問いに答えてくれればいい。あたしとおまえは二人でスノードロップだな。健やかなるときも、病めるときも、一心同体であることを誓うか?」
『あなた、いつから教会の神父に宗旨替えしたの。結婚の誓約じゃあるまいし、勢いで「はい」なんて言うわけないでしょ。というか、その質問はトップシークレットに抵触するわ』
「あたしだって失念しちゃいないさ。大原則を踏まえたうえで、問ういている」
『押しかけてきた男の子って誰なのよ。概要くらい教えてちょうだい』
「あたしのはとこらしい」
『あなたの親戚がストーカーまがいのことを? あ~あ、聞かなきゃよかった。混迷の度合いが増すばかりで、一層やきもきする』
「んで、問いかけの回答は、どうなんだ」
『はぁ~、イエスよ。あなた・松雪奏と私・乾なでしこは、パートナーの関係にあたる。二人そろってスノードロップです』
「あたしとしちゃ〝共犯〟のほうがしっくりくるけどな。答えてくれて恩に着る。これで一件落着したよ。引き続き、渉外担当に精をだしてくれたまえ」
『勝手なんだら。あとで顛末を詳しく報告させますからね。覚悟しときなさい』
「お手柔らかに頼むよ、なでしこ。あと地元の特産物も期待しているからな」
『お土産に関しては、抜かりないわ。それじゃあね、奏。バランスの良い食生活と、たっぷりの睡眠時間を心がけるのよ。あなたのさじ加減は、いつも極端なんだから』
「おまえはあたしの母さんか。って、もう切ってるし。どっちが身勝手なんだか」
悪態をつきつつ、松雪さんがスマホの画面をオフにした。
「というわけだ。これであたしがまごうことなくスノードロップと理解したかな、坊や」
彼女が振り振りさせるスマートフォンの軌道を、僕は猫のごとくとらえた。一言くらい会話させてくれてもいいのに。
「二人とも本物、ってことですよね。それぐらいしか分かりません」
「おまえは見た目通りの鈍感くんだな。なでしこが光で、あたしが影。あいつは対外的な業務を一手に引き受けている。その裏であたしは黙々とプロディース業にいそしんでいるわけだ」
「つまり乾さんがスノードロップの表の顔で、松雪さんが裏の顔って意味ですか」
「その言い方だとなでしこが正義の使者で、あたしが闇に乗じる悪者番長みたいじゃないか」
松雪さんがほっぺをむくれさせた。
「そ、そういう意味じゃありませんよ。スノードロップさんは個人という、固定観念みたいなものがあったので、つい」
「まぁ、許す。あたしはすいも甘いも噛み分けて清濁あわせのむ、大人なのでな」
結月ちゃんで実証済みだけど、本当の大人は自らを「大人」などと誇示しないと思う。ただ、あえてノータッチでいこう。
にしても、たまげた。スノードロップが二人いた、なんて。
道理で八面六臂の活躍ができるわけだ。二人三脚ならば、芸能活動と本業の兼務もこなせるかもしれない。
「どうだい。あたしがスノードロップで幻滅したかね、少年」
「いいえ。むしろ僕にとっては結果オーライでした。だって松雪さんが、プロデュースを担当なさっているんですよね」
「そういうことになる。じゃあ核心に迫ることとしようか。ここへ来た目的はなんだ、メガネはとこよ。親戚だろうが、びた一文金は貸さんぞ」
「お金の工面じゃありません。それと一つよろしいでしょうか」
「うむ、許す。言ってみるがいい」
松雪さんは女王のごとく、おうようにうなずいてみせた。
「できれば下に、何か履いてもらえませんか。青少年の目に毒です」
貴婦人然と振る舞っていようが、彼女はTシャツにパンツ一枚という、あられもない寝巻きスタイルなのである。シャツがだぼっとしているおかげでパンモロは免れているものの、こう見上げる格好では純白の布地がチラつくわけで。
「なるほど、それは失敬」
松雪さんは手近に積んである荷物の山をあさり始めた。ズボンでも探しているのだろう。
すると前触れなく、彼女の動きが止まった。
刹那ののち、前のめりにゆっくり倒れる。
僕は慌てて彼女の肢体へと両腕を伸ばした。間一髪で支えることに成功。
「ど、どうしました。具合でも悪いんですか? それとも持病とか」
松雪さんは儚げな微笑を浮かべた。
「思い出しただけだ。なぜ力尽きたのかを、な」
僕に応急処置を施す医療の知識も、スキルもない。対処法の見当がつかず右往左往していると、彼女の腹から『ぐぅ~~』という間の抜けた音が鳴った。