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8.信仰は、ときに忘れた記憶を呼び起こす -後編-

「どうかしましたか?」

 ドアノブを握り締めながら考え込んでいた私は、男性の声で我に返った。もう、ノイズ混じりの声は聞こえてこない。空耳か何かだったのだろうか? それにしては、残響がまだ耳に残っていた。

「……いえ、何でもないです」

 ドアノブを引いて開け放つと、途端に打楽器や打弦楽器、体鳴楽器や青銅楽器のささやかな演奏音と手拍子が外に聞こえ始める。楽器を持った数人が円陣を作り、その中では肩に掛かるドレッドヘアーを一つに束ねている女性と片腕がない初老の男性が軽快なステップを刻みながら様々な体勢から蹴りを放っていた。そして、華麗な動きの中にも時折的な動作が折り混ざっていく。私たちも輪の中に混ざり、手拍子を合わせながらその光景を観戦した。

「動物的な動きを真似た動作が折り混ざると、格闘技というより儀式的なモノを感じますね。人間より、動物の方が神秘性……みたいなモノがあるんでしょうかね?」

しばらく『カテドィエラ』を無言で見ていた男性が発した独り言のような言葉を聞いて、私は妙に納得をしてしまった。ふと、女性がジェスチャーで輪の中へ入ってくるよう呼んでいるのに気付く。私は観念すると、上着を脱いで軽い準備体操をし始める。

「あなたもやってみますか?」

「僕はあんなに動けるかなぁ……。今しばらくは、見ているだけにしておきます」

 男性の言葉に軽く頷くと、私は女性と初老の男性の間へ割って入るタイミングを伺いながらステップを踏み続けた。そして、お互いがアクロバティックな動きを見せて両手足が地面へ着いた時に彼らの間に割って入り、初老の男性から対戦権利を譲ってもらう。

 まずはお互いがゆったりとしたステップと手刀や掌打を織り交ぜながら、胴体へ向けての蹴り、上段蹴りを繰り出していった。私の身体が温まった頃になるとステップや動作がダイナミックになり、回し蹴りや様々な体勢からの蹴りへとバリエーションが変わっていき、手業が極端に少なくなる。

 三~五分程舞い続けてお互いの動きが激しくなり出したとき、突然彼女が身を引いた。

「……?」

 不信に思ったのもつかの間、なんと相手が『カテドィエラ』を見学したいと言っていたあの男性へ交代する。きっと周りの人に“やってみろ”とでも勧められたのだろう。ステップを何度も踏み合わせ、手技や回し蹴りを合わせるうちに、私はあることに気付いた。テンポの取り方や間合いの取り方、相手へ蹴りを繰り出すタイミング……どれを取っても男性の動きはまったくの初心者ではない。

 男性の動きに触発されたのか、私自身の動きもダイナミックでスムーズなモノへと変わっていった。そのまま“人間として格闘技をしている”という考え方を動いている身体の外側へ起き始めようとすると、意識することなく猿や狼などの動きを真似し始める。ゴリラのように力強く、豹のようにしなやかさを表現し、鳥のように優雅さを表現し、狼のように勇敢さを示す、様々な動物の動きへ流れるように切り替わりながら、動きはより鮮麗されたモノへとなっていた。

「ARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRっ!!」

 男性と『カテドィエラ』を行いつつ、私自身が人とも獣とも判断できない雄叫びを上げたときにそれは起こる。何か肩を引き寄せられる衝撃を受けたかと思うと、自分の意識が身体から半分程抜け出た……トランス状態となった。自分の意識とは関係なく肉体が『カテドィエラ』を続けていく様を少しの間眺めていると、きれいな発音を奏でる落ち着いた静かな声が聞こえてくる。

「親愛なる、水へ沈んだ世界を歩く人々--」

 この声が聞き覚えのある声だと気付いたとき、私の記憶から暗闇のような忘却へ落ちていった思い出が一気に戻ってきた。そうだ、私はこの声を再び聞けるんじゃないかと思って、水没信仰を信仰しようと思ったんだっけ……。

 この声の持ち主である女性は『ソリャタリ』と言われる、この世界からすぐ近くにあり、もっとも遠い場所にあるところからひとときの旅人の片割れである。『ソリャタリ』は二十三年の間を空けて一人だけでこの水没した世界へ現れていたのだが、彼女の時だけは何故か男女のペアで現れた。そして、他の『ソリャタリ』より長い時間この世界へ留まり、“歌”を聞かせて歩いてきた……と話してもらったことがある。

 そうだ、彼女たちがこの世界で最後に“滞在”していたのはココだ。彼女が体調を崩してしまったので、二階の海が見える角部屋を使ってもらっていた。

 何日か経ち、何週間か経ち、何ヶ月か経ち、看病に徹していた男性がいなくなってしまう。自分の荷物や替えの洋服、“歌”に使う楽器などを置いて、存在と身体だけがスッポリと抜け落ちてしまったようだ。彼女は落ち着いた静かな声で

「私の命をつなぎ止める薬が無くなったから、彼に取りに戻ってくれるようお願いしたの」

その言葉を聞いて、祖父が唖然とした表情を浮かべていたのを思い出す。後から聞いた話など、この世界へ“滞在”という名の干渉を行える時間はあまりにも短く、世界から干渉の被害を最小限へ留めるために帰る『ソリャタリ』は滞在した記憶をすべて失い、二度とこの地へは帰ってこれないのだそうだ。『ソリャタリ』もその事は一切知らないようだが、彼女はあるとき偶然にその知識を見つけたらしい。

「彼には散々苦労を掛けてきたから……」

彼女は変わらぬ声で、そう呟いた。

 その日を境に、彼女は起きていられるわずかな時間で積極的に活動をし始める。彼のように“歌”を聞かせ、少しの間外を出歩き、祖父からサーフィンと水没信仰について教わり、『カテドィエラ』を練習しにくる人達へ料理を振る舞い、夜はささやかな電波を使ったラジオ放送を始めた。それは、彼女がベットから起き上がることができなくなるまで続いた彼女と行動を共にする生活は、小さい子供だった私にとって毎日が冒険をしているような気分にさせてもらえた。

 ついにやってきた……“その日”。彼女が祖父と同じ方法で水没信仰の祈りを捧げたいと言い出した。それを聞いた祖父は最後まで良い顔はしなかったが、彼女をボートに乗せて海へ出る。私は砂浜から遠くに見える彼女を見ていたが、祖父がボートから下りて彼女一人が正座した姿勢からボードの表面に額がつけられる程の深い礼を繰り返すと、彼女は水と混ざり合ってボートの上からいなくなってしまった。

「そうだ。その光景が忘れられなくて、私は水没信仰を信仰したんだった。彼女がいなくなったあの場所で祈りを捧げれば、またあの声が聞こえるんじゃないか……って思って」

………

……

 気がつくと、私は床の上で仰向けに寝っ転がっている事に気付く。そして、いつの間にか泣いていた事にも気付いた。首だけを起こして男性の姿を探すと、彼も床の上に寝っ転がって目頭を押さえているのが見える。そうだ、彼女が帰らせた男性こそ……彼なのだ。


-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-


 食事を終えた私たちは、男性を二階の海が見える角部屋へ案内する。

「彼女がいなくなってから、誰もこの部屋を使っていないんですよ」

 鍵を開けて極力音を立てないようにドアを開けると、誇り臭さを感じさせながらベットが視界に入った。ベットの上には何故か誇りを被っていない楽器ケースが一つ。

「そうだった。僕は忘れてはいけない人を忘れていた……。だから、この世界へ再びやってきたとき僕は枯れきった老人だったのかもしれない。最後の瞬間まで彼女の側に居られなかった……無意識による罰」

 つい最近まで何かが置かれていた痕跡があるサイドテーブルの上に、男性はトランクバックを置いた。男性は気付かなかったが、痕跡とトランクバックの大きさが一致していたことに気付く。

「でも、彼女は最後の最後まであなたの事を思っていたと思います。私は小さかったから……綺麗事を言っているのかもしれませんが」

 私は男性にショットグラスを持たせると、持っていた瓶から透き通った淡黄色の液体を注いだ。

「これは?」

「彼女が作った蜂蜜酒です。これが初めての試飲となります」

 男性に断って私も持ってきたショットグラスへ蜂蜜酒を注ぐと、瓶を彼に手渡す。そして、彼が飲む姿を見ることなく部屋を出ると、私はドアにもたれかかった。不意にドア越しの室内から何か鍵を回すような音が聞こえたかと思うと、トランクバックを空ける音が聞こえてくる。しばらくすると、そこから何かが聞こえてきた。

「親愛なる、水へ沈んだ世界を歩く人々--」

それは、まさしく電波に乗ったきれいな発音を奏でる落ち着きのある静かな……彼女の声。



「親愛なる、水へ沈んだ世界を歩く人々。こちらはとても小さい<11月の放送局>です。この小さなアンテナから発せられるとてもささやかな電波はどこまで届いているのかわかりません。もしかしたら、届いていないのかもしれませんが……誰か一人でも聴いていてくれたらと願っています。

 私が話し疲れるまで、多分朝日が空を照らす前には終わるでしょう。眠くなるそのひととき、私の無駄話とささやかな音楽にお付き合いください。

 そうそう、コーヒーを飲みたくなったら遠慮無くコーヒーをおとしに行ってくださいね。私は曲の合間でエスプレッソをおとそうと思います。それでは本日の一曲目……U.W.Tで『水の平原』」



聞こえてくる声に懐かしさを覚えながら、私はショットグラスに注いだ液体を飲み干した。ほのかに蜂蜜の味がする弱いアルコールの味が、彼女の静かな声と共に身体へ染みこんでいく。

全8回、いかがだったでしょうか?

この話を考えていたとき、何をやっていたっけかなぁ〜と改めて思い出そうとすると、意外とすぐに答えが導き出されるモノです。

いやぁ、今よりやんちゃな人間だったな(笑)。


さて、友人に指摘されて借りたDVDは「ベンジャミン・バトン」でした。

観て「あれ!?」と思ったのは言うまでもなし。

意外と創作する人って同じ電波を受信しているのか、何なのか。

そこは脳科学者に判断をゆだねることにしましょう。


この企画で掲載しようと思っている小説は、あと2本だと思います。

その後、自分で書いたノベルゲームのシナリオを載せるか載せないかは迷いどころ。載せるなら加筆しようかなぁ。


では。また、次のお話で。

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