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6.帽子は記憶を詰め込むもの -後編-

「な、何ですか……このパン!? 見た目がパンやハムなのに、どれもソーセージみたいな食感がする。香りは良いのに、味気なくて……少し油を使っているような感触が口の中に残っている。レタスやケチャップは普通の味がするけど、チーズも何か違っているな」

「それは、人間用の食べ物じゃないですよ」

「……っえ?」

 彼は驚きながらハンバーガーをもう一口ほおばり、再び顔をしかめる。

「に、人間用でないとすると、これは一体……誰の?」

ひょっとして、この人は冗談を言っているのだろうか? しかし、私が見ているその人の目は冗談でも嘘を言っているようでもなかった。サイボーグなんて今時珍しくないのに。

「サイボーグやアンドロイド用ですよ。お店の人に確認されませんでしたか?」

彼はさらに一口頬張って、考え込むとさらに一口食べた。

「モガモガモガ……うんぐっ。そういえば、言われたような気がします。ですが、ここ数日あまり食べていなかったこともあって頭が働かなかったのかもしれません」

そう話している間に、彼はサイボーグ用ハンバーガーの最後の一口を口にする。

「美味しくないのなら、食べなければ良いんじゃないですか?」

「モグモグ……そうなんですけど…モグモグ……、買ってしまったモノを粗末にするのは……ゴクッ。後ろめたいと思いませんか?」

彼の言葉に今度は私のほうが考え込んだ。後ろめたい……そう考えたことなど一度もない。

「そういえば……」

この人が言うように、世界が水没した当初、食べ物が捨てられるなんて事は無かった。それが今では、美味しくなければ食べ物を残して廃棄してしまう行為が続出している。

「あなたが言っていることも一理ありますね」

人もサイボーグやアンドロイド……動物や植物に関しては定かではないが、どうして今を生きている事と食べられる事への感謝を忘れてしまうのだろう? 一番最初に忘れて良いなんて設定を自分で施してないのに。

「クククっ……アハハハハハ」

唐突に彼が大きな声を上げて笑い出すので、私は面食らって彼のことをジッと見つめた。この人は何を突然笑い出したのだろう?

「スイマセン、あなたがそれ程悩ませたいがためにあなたと食事をしようと思っていたわけではありません。実は、少し不純な動機がありまして……」

「不純ですか?」

私の言葉に、彼は無言で頷いてみせる。彼はしばらく考え込んだ後、意を決したかのように口を開いて言葉を紡いだ。

「私が気になっていたのは、その帽子です」

「……帽子?」

「えぇ。初対面の人にこんな事を話すのは気恥ずかしいのですが、それは僕が初めてこの世界へやってきたときに被っていた帽子と似ているんですよ。ですが、その頃の記憶がとても曖昧で、確証が持てないんです」

何だ、そういう事だったのか……。私はようやくサイボーグ用ハンバーガーを一口囓ると、よく噛んでから飲み込んでみた。先程この人が言っていたような味を感じる事ができず、あるのは多少弾力がある……という感触だけ。味を認識できたら、食べるという行為はもっと楽しくなるのだろうか? 私は再び悩み出す前に考えることを止めると、汚れていない方の手を使って帽子を手渡した。

「実を言うと、この帽子は森野中で朽ち果てていた列車で見つけたんです。旅費の足しにしようかと思ったのですが、何故か手放せなくて……」

「列車ですか……」

彼はポケットから取り出したハンドタオルで手を拭ってから、帽子を受け取った。

「それは、あなたの帽子ですか?」

彼は帽子を真っ正面から見たり、横から見たり、時折光に透かしてみたりするが、満足することはなく首を傾げてばかり。

「手に取ればもっと明確に思い出せるかも……と思いましたが、ダメのようです。申し訳ないが、被ってみても良いですか?」

「別に構いませんよ。元々、それは私の所有物ではありませんし」

私は再びハンバーガーをかじると、口の中にある感覚素子が感じ取る些細な事も逃すまいと意識を集中させる。その直後、私はまったく関係ない事を思い出していた。そういえば、隣で帽子を被ろうとしている人の名前をまだ聞いていない。

「つかぬ事を聞きますけど、あなたの名前を教えてもらえますか?」

彼は私から受け取った帽子を目深めにかぶって立ち上がると、こちらを振り返った。

「自分の名前をハッキリと覚えていないんですよ。どうやら『ソリャタリ』と呼ばれていたようですが……」

振り返った彼の姿を見て、私は少し違和感のような感覚を味わう。なんて言ったら良いのか……帽子をかぶった彼は、それまでより格段と若返って見えた。肉付きや肌ツヤが見違えて良くなり、束ねていた長い髪の毛からは白髪を見つけることができない。

「そういえば、この帽子を見て言われた事を思い出した。確か……」

『ソリャタリ』という言葉を聞いた途端、私の衛星量子デバイス接続機能がデータベースへの接続を開始した。自らの意志ではなく、何らかのキーワードに対して自分の機能が自立起動するなんて初めての事態である。もしかして、私を設定した技術者が予め仕組んでいたのか? データベースから何かがダウンロードされると、私の意志を押しのけて口から言葉が発せられ始めた。

「このメッセージは情報の劣化を避けるため、一度再生されたメッセージは衛星量子デバイスのデータベースからも消去される」

 自分の意志に反して動く私の身体は、呆然としている彼の方を力強く掴むと再び言葉を発し始める。まるで、彼の肩へ食い込んだ私の指からも情報を流し込んでいるようだ。

「な、何を……」

「『ソリャタリ』は、この世界とはすぐ近くにありもっとも遠い場所にあるところから来たひとときの旅人である。その場所で生きている『ソリャタリ』が、この世界へ“滞在”という名の干渉を行える時間はあまりにも短い。しかも、世界から干渉の被害を最小限へ留めるために帰って行った『ソリャタリ』は滞在した記憶をすべて失い、二度とこの地を踏む事はできないと言われてきた。再度この地を踏める『ソリャタリ』がいるとしたら、世界そのものが『ソリャタリ』に何かを伝えたがっているのかもしれないと推測できる」

「つ、伝えたい事? 徐々に思い出していくこの記憶の……」

私の口から意味不明の数字が呟かれた後、すぐに身体の自由を取り戻した。すぐにさっきまでの会話に使われたデータを保存しようと試みるが、ありとあらゆる命令を受け付けずにデータが消えてしまう。会話の内容を思い出そうとしても、バックログすら消去されていた。ある意味、水没前の世界で存在していたコンピュータウィルス並に凶悪である。

 ふと、身体の自由を取り戻したはずなのに、未だ彼の肩を力強く握りしめている事を思い出した。

「す、スイマセン。自分でもこんな事態は初めてで、どう対処して良いのやら」

「僕も驚きました。どうやら記憶を失ってこの地へやってきたのは、ただの偶然では……」

 彼は海の方を向いたまま、言葉を最後まで言わずにその場で身体を硬直させる。

「ん? どうかしま……」

 彼の目線を追いかけて海へ目線を向けたとき、さっきまでそこに存在していなかったモノがそこにあった。

「島? ……大陸?」

 それはまさに、“絶壁”と表現するに相応しい形状で囲まれている島である。私は少し恐怖心を残しながら今度は自分の意志で衛星量子デバイスへ接続すると、水没前のデータをデータベースから探し出した。確かにそれには島……というか、環礁が表示されている。私の視界が得た情報がデータベースから次々と情報を拾い上げて推論を組み上げていった。

「世界が水没した事で変異した海中環境に珊瑚が適応したのか? これはもはや新素炭酸カルシウムとでも命名した方が良いんでしょうね」

「珊瑚が環礁を形成するには、かなり長い時間をかけた生物や自然の営みが必要になるはず……」

 彼がそこまで言葉を口にした後で、私にも聞こえるほどの大きな音を立てて唾を飲み込む。

「そうか、これが『ソリャタリ』として世界へ干渉している証拠なのかもしれませんね」

 干渉? 私は彼が何を言っているのかイマイチ理解できなかった。もしかしたら、私の口が勝手に話した話の中にそんな内容があったのかもしれない。自分の口が発した言葉なのに何も覚えていないという状況に“苛立ち”と表現できる感情を感じた私は、まるで八つ当たりするかのようにハンバーガーを頬張った。

 どうせ味などわからないのだから……と思っていたら、口の中にある感覚素子が複雑な認識を感じ取った。繊維質の食感と、トマトの酸味と甘み、タンパク質の油っぽさ、パンズとパテとチーズはどれも同じかすかな歯ごたえと弾力を感じさせた。

「こ、これは……? ま、まさか、これが味覚!!?」

 私自身が稼働し始めて以来一度に訪れた大きな変化は”嬉しさ”と表現できる感情を心の隅に追いやって、私を唖然とさせる。これも、彼が言う“影響なのだろうか?”

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