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1.鳥の中で器は生まれる - 前編 -

これは、近い未来……水没した世界を旅する物語。

食事、風土、宗教

………

……

そして、自分の内面を旅するメタフィジック・トラベリングな物語でもある。

 世界は、まるで誰かと交わした待ち合わせの約束へ遅れないよう急ぐかのように水没した。前兆を発見することも予兆を感じ取ることもできなかった当時の人々は、水没から生き残った技術を駆使して日々を生き抜くことと、あちこち復旧させることで大変だったらしい。

 それから何年…何十年……何百年………もしかしたら何千年かもしれないけど、人々にとってはとてつもなく長いと感じられる時間を掛けて、文明をある程度復興してきた。世界……世界というより人々の気持ちが復興していく中で、とても重要な要素の一つを担ったのが郵便である。

 水没する前は世界の隅から隅まで網羅できたと言われている光通信ネットワークは、壊れてしまった送受信するための機械も直せず、残された技術では断線した海底通信ケーブルが埋まっている深度まで到達する事も出来ず、志半ばに復旧が断念された。

 そのネットワークの変わりとして、忘却の彼方へ置き去りにされかかっていた郵便に白羽の矢がたち、生き残った運搬技術のすべてをつぎ込んで今に至っている。

 ちなみに、ここまで色々言ってきた俺は郵便局で仕事をしている運転手だ。

 この郵便局で使われている運搬用の乗り物は、普通の車とはかなり変わっていて、数種類の免許と数年の実技講習が必要になる。何せすべての郵便局で集配のために使われているソレは、車でも舟でも飛行機でもないのだ。いや、もしかしたら……すべてに当てはまるのかもしれない。

 そんな事を考えながら、俺が小さい頃から世界が水没した話しを色々聞かせてくれた祖母の事を思い出していた。俺の覚え違いでなければ、確か今日は祖母の誕生日である。チラッと燃料計を見ると、今日一日仕事を終わらせた後で寄り道できるぐらいの余裕はあった。


-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-*=*-


「おばぁ……の好物って何だったけかなぁ」

 俺が考え事に気を取られていると、おかしな操縦をしていないのに機体が少しぐらつく。それは、俺の考え事を中断させるかのようで、握りしめている左右のレバーを通して何か力が掛かるのを感じた。慌てて周囲を見渡すと、そろそろ空路へ切り替えなければいけない場所へ近づきつつある。

「スマン、スマン」

そう、言葉を口に出しながら座席の端をなでてやると、俺を乗せた機体が嬉しさを表現していうかのように機体を小さく振るわせた。

 一度呼吸を整えると、左右のレバーをスロットルのような溝に沿って押し込んでいく。レバーは加えられている力に誘導されるままコクピットに刻まれている溝の中を進んでいき、俺の目の前で来るとレバーは一本の操縦桿へと組み合った。それと同時に機体の外観も変形を始める。エイのように平べったい形だったのが、巨大な弾丸……もしくは太刀魚のような魚を連想させるシャープで立体的な姿へゆっくりと変貌を遂げた。そして、機体後部に設置されていた筒状をしている二機の空圧推進プロペラが音を立てて分解されていく。分解されたそれは、鳥類の翼みたいにしなりながら数回羽ばたいた。羽ばたき終わると、飛行機の翼のようにピンと真っ直ぐな姿へ形を変える。

 そのまま数十メートルを走った時点で、俺はゆっくりと操縦桿を自分の方へ引き寄せるように引いた。

 徐々に機体が風の波に慣れてきたのか、ゆっくりとではあるが確実に空へと上昇していく。これが数種類の免許と数年の実技講習が必要な理由だ。生き残ったすべての運搬技術が注ぎ込まれたこの機体は、『モーフィング・エアクラフト・ストラクチャーズ』という名前が付けられている。途方もない量の人工筋肉のように電界の中で変形する鱗状の形状記憶合金が少しずつ重なる形で構成された機体は、自分が置かれている状況や環境に合わせて軽量で燃料効率に優れた形態へ変形できる能力とそれを判断する自立思考能力があった。しかし、変形まで機体自身ができるわけではない。それらの実行、操縦、配達の仕事を行うために俺たちパイロットが存在しているのだ。

「お前らには、迷惑な話かもしれないけどな……」

ふと、キャノピー越しに眼下に広がる海面を見ると、翼の角度を調節しながら滑空している真紅色をした鋼鉄の鳥が揺らめきながら映っている。水面が反射して映す真紅色は、いつ見ても美しいと俺には思えた。その真紅色の中でさらに強調させるような白い郵便マークが目に入ったとき、俺は何か予感めいたモノをいだく。そういえば、どうして今日に限って、おばぁのしてくれた話を思い出していたんだろう?

「確か、何か日付か暦的な事で今日何か起こる……って」

不意に、再び機体がグラリと揺れた。

「大丈夫、ちゃんと操縦には気を付けているから」

操縦桿を強く握りしめて自分の意志を伝えようとするが、上手く伝えられていない。

「何だよ、怒っているのか?」

俺はさっきと同じようにシートの端を撫でてみるが、機体からは何の反応も返ってこなかった。むしろ、機体の方が何か別のことに気を取られているようである。

 突然、俺が握りしめている操縦桿に意味不明で制御するのが難しい力が加わってきた。

「今まで、こんな事は一度もなかったのに……」

操縦桿に加わる何かの力が徐々に強まっていき、機体を水平に保てなくなってくる。

「どうしたんだよ……一体」

 自分が込められるすべての力を込めて操縦桿を操作していたとき、俺は一定のリズムで力が加わってくる事に気付いた。

加わって……加わって……解放される……の繰り返し。確か、似たような事を人もやることがあったはずだ。それも男性じゃなくて女性が……そこまで思い出したとき、俺の脳裏に答えが浮かび上がる。

「そうだ、女性が出産するときの呼吸法だっ!!」

声に出して浮かんだ事を言った途端、俺は強烈な目眩らしい感覚に襲われた。

「な、なんだ?!」

しかし、その目眩は自分の内側発せられている症状ではなく、自分の視界に見える風景に異常が起こっている事に気付く。まるで水面の壁にでも囲まれたのか、蜃気楼のまっただ中に放り込まれたかのように自分の周囲が一切の音を奏でるのをやめて揺らぎ続けていた。

ー ……は……を……から ー

俺が景色の揺らぎに目を回しそうになって思わずきつく瞼を閉じたときに、何故かおばぁの言葉を思い出し始める。

何だっけ? 確か、何かが誰かを連れてくるって言っていた。おばぁの言葉をさらに思いだそうとしたとき、再び操縦桿へこれまでの中で一番強い力が加えられる。機体が海面に激突しそうになっているのを必死に警告したのかと思って操縦桿を握りしめるが、揺らいでいる風景は依然として空を映し出していた。

ー 鳥は……を連れてくるから ー

俺は、さっきより鮮明におばぁの言葉を思い出す。そう、鳥だっ!

今更ながら自分が置かれている状況とはかなりかけ離れた考え事をしている事に気付くが、何か今ここで答えを見つけださなければならない気がした。これはオレの考えというよりは、俺が座っているコクピットのシートや握りしめている操縦桿からダイレクトに伝わってくる機体の感情なのかもしれない。

「鳥って事は……お前の事かな?」

俺は揺らいでいる風景が海面を映し出さないように気を付けながら、考えを整理していくことにした。

 この機体は手紙や荷物を運んでいるのだから、連れてくると言うよりは「運んでいる」という表現が正しい。俺は少しの間だけ、目線を背後の貨物室へ目を向けた。配達表も完璧に覚えているのでそれ以外のモノはない。何度目かの機体に加えられる力をやり過ごしたとき、俺は肝心な事を見落としていた事に気付いた。

「そうか、俺……だ」

いや、俺という表現では誤りがある。つまり、パイロットである人間も機体を操縦しているとは言え、運ばれている事に変わりがないわけだ。

「鳥が人間を連れてくる? 何か違うな……、表現が直接的な気がする」

操縦桿からわずかな振動が伝わってくる。どうやら機体も俺の言葉に同意しているようだ。

「パイロット……乗客……、乗り物がその人を遠くへ運ぶわけだから……旅行者?」

 不意に、俺の思考と何かのインスピレーションが合致して映像のようなイメージが俺の中に入り込んでくる。そのイメージは黒い外套を纏い、黒い旅行帽を被った一組の男女が、暖かい風に外套を靡かせながら水没した景色を眺めていた。

男性は手にトランクバックを持っていて、女性は背にリュックサックを背負っている。

………

……

二人がお互いを見ようと顔を向けようとしたところで、唐突にイメージが終わった。

「……旅人?」


 脳裏に過ぎった言葉を再び口にしたとき、揺らいでいた風景に急な変化が訪れる。まるで、自分の後ろで大きな吸引機が稼働し始めたかのように、今まで揺らいでいただけの風景が、本物の紙のように無数の皺や折り目などを刻み込みながら後方へ収束していった。

 不思議なことに揺らいでいた風景が後ろへ収束した途端、今までの状態がまるで幻だったかのように揺らぎも収まる。

「あの現象は……一体?」

とりあえず、周囲が揺らぐ現象が収まった事に安堵の溜息を漏らそうと口を開きかけたとき

“ガサッ”

鳴らないはずの音が、俺が座っているコクピットの真後ろにある貨物室から聞こえてきた。生き物は……今回だって、今までだって貨物室に入れたことはなかった。気のせいだと思いたかったが、

“ガサッ”

と何かが動いている音は一向に鳴りやまない。

「誰か、ここには誰か……いるかい?」

 俺は大きく口を開けて、古くから伝わることわざ通り何も言う言葉が思い付かない程に絶句してしまった。一体どうやって貨物室へ入り込んだのだろうか?

「お、おーい……」

しかも、扉越しとは言え……かなり高齢で弱っているようにも聞こえた。

「どこかへ着陸した方が良さそうだな」

 計器近くのパネルを操作して地図を表示させようとするが、その操作より早く地図が表示される。どうやら、機体も貨物室にいる人の状態を心配しているようだ。

「一体、何がどうなってるんだ?」

 地図に従って着水させるべく、俺は操縦桿を操作した。


 昔同人小説冊子用として作ったお話を少しずつ投稿していく企画第2段。Slow + Storyと同じく、「水没した世界」という言葉をキーワードに書いていたお話の一つ。これを書き上げた後に、某映画の噂を聞いてDVDを思わずレンタルしてしまったのは良い思い出。何の映画かは最終話のあとがきでバラそうかと思います。


 これも、全8回。毎日正午に1話ずつ追加していきます。最後までお付き合いいただけると筆者としては嬉しい限り。

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