幕間 ~それぞれの事情~
幕間 ~それぞれの事情~
良く晴れた雲1つない晴天を見上げて、ふとため息を吐く。
「あら? どうしたのかしら~?」
目の前の友人は、そんな言葉を私に投げかけながら
注文した果物を美味しそうに食べている。
「うん、ちょっとね~」
誤魔化そうとも思ったが、つい本音が出てしまう。
そんな自分の甘さを認識しながら、目の前の紅茶を一口飲む。
「多分だけど、彼のことでしょう?」
いきなり核心を突かれ
思わず紅茶を吹き出しそうになるが、何とか堪えたが
その代償として、思いっきり咳き込むことになる。
「あらあら、コセット。
大丈夫?」
先ほどから呑気そうにしているのは、サーヤ=ニコン。
貴族のお嬢様の中でも特に名前が通っている貴族や
何かしらの後ろ盾のある人間が通う
超がつくお嬢様専用の騎士学園の生徒であり
私の昔からの友人でもある。
貴族の端っこである男爵家の私とは違い
王都に実家がある由緒正しい伯爵家であり
本来なら同じ貴族であっても身分違い。
しかし私と彼女の親同士の仲が良く
子供の頃からの関係もあって、身分の差を感じない付き合いとなっている。
私の名は、コセット=アルガン。
貴族の中でも端っこである男爵家の長女。
だから貴族といっても別に裕福でも無ければ権力なども無い。
本来ならば母の元でメイドとしての作法を学び
どこかの上位貴族の元に奉公に行くことになる身分なのだが
私は、それを嫌って反対を押し切り一般的な騎士学園に通っている。
「え、ええ」
涙目になりながら何とか身だしなみを整える。
街角にある軽食店であっても
一応貴族としてあまり無様な姿を見せる訳にはいかない。
「・・・そんなに彼のことが嫌いかしら?」
「・・・別にそこまで嫌いって訳じゃないんだけど」
マルク=デンタール。
今話題になっている『彼』の名。
準男爵という称号だけの貴族ではない平民。
私の幼馴染で親同士が決めた婚約者。
彼が居るからこそ、私の無理が通っているとも言える。
学校を卒業して騎士の称号を取れば、そのまま結婚させる気だろう。
「昔は、よく3人で遊んでたじゃない。
貴女も『マルクは私の!』って言ってた癖に」
「ちょっ!
昔の話じゃないの!」
「それがどうして最近になって仲が悪いのかしら」
「子供の頃とは違うでしょ。
それにアイツ、頼りないし」
「言いたいことは解るけど・・・」
昔は、そんなに気にならなかった。
だが何時頃からだろうか。
周囲から馬鹿にされても曖昧な笑顔を浮かべ
反論すらせず居る姿が嫌になったのは。
騎士としての才能も無く、線も細いため力も体力も無い。
そして何かあるとスグ涙目になるのだから男らしさの欠片もない。
そんな彼に苛立ち出したのは。
「そんなことを話すために私を呼び出したの?」
「そんなことって、一応貴女の未来の旦那様の話じゃない」
「だから旦那じゃないって!」
「はいはい。
そういうことにしてあげるわ」
「もう、ホントにアナタは人の話を聞かないわね」
「まあ失礼ね。
これでも学園ではお友達もいっぱいなんですから」
微妙にズレたことを言う友人に気づかれぬよう
こっそりとため息を吐きながら、紅茶を飲むのだった。
同じ頃、街の外にある森では
1人の男が剣を振り続けていた。
だがその姿は、微妙に危なっかしく
正しく剣を振れているとは、とても言えないものだった。
それでも男は、真剣に剣を振る。
何度目かの剣を振り下ろした瞬間。
疲れからか、手の汗のせいか
剣が手から抜けて森の中へと飛んで行ってしまう。
しまったと思いながら剣が飛んで行った方へと走っていくと
そこには、明らかに貴族の令嬢といった姿の少女が居た。
何故こんな所に?と一瞬思ったが
そんなことを考えている場合ではないことに気づく。
彼女の立つ場所のスグ横の樹には、自分の剣が刺さっていたのだ。
「ご、ごめんなさい!
怪我をされませんでしたかっ!?」
「・・・ええ、多少驚きましたが怪我などはしていません」
こちらを警戒しているのか、驚いているのか
探るようにも見える表情に何度も謝罪する。
自分は準男爵の称号を持つだけの平民の家柄だ。
貴族の令嬢を不愉快にしては家に迷惑が掛かってしまう。
「そんなに誤って頂かなくとも大丈夫です。
少し驚いただけですから」
「そ、そう言って頂けると助かります」
「それにしても、何故こんな所に?」
「剣の練習をしてまして・・・」
「あら、そうなのですか?」
「はい。
あっ、僕・・・私はマルク=デンタールと言いまして―――」
僕は、一応平民が多く通う騎士学校に通う生徒であること。
そして今日は休日で学校の敷地が使えないこと。
自分は平民であり、そんな場所が無いので
この森を利用していることを説明する。
「なるほど、事情は理解しました」
そう言うと目の前の少女は
僕に向き直ると優雅に一礼をしながら挨拶をしてきた。
「申し遅れました。
私は、ナリアス伯爵家のリシア=ナリアスと申します」
これぞ貴族の令嬢だという完璧な挨拶。
何よりその美貌と溢れ出している気品に
思わず一歩後ろに下がってしまう。
何より伯爵家と聞いて声を上げそうになった。
はるかに立場が上の少女に自分の剣がもし当たっていたら
一大事どころの話ではなかっただろう。
「な、ナリアス様は、どうしてこちらに?」
焦っていたからだろうか。
驚くほど間抜けな質問をしてしまう。
それでもしっかり様をつけた自分を褒めてやりたい。
「私も、コッソリと剣の練習をしていて」
そう言いながら腰に下げた剣を上から軽く叩く仕草をする少女。
そんな姿も素敵だなと思う。
「なるほど。
訓練のお邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」
今は、貴族の令嬢も騎士を目指す者が多いと聞く。
彼女もそんな一人なのだろう。
それに『彼女』も騎士を目指し、同じ学校に通っているのだから
別に驚きはしない。
「いえ、丁度終わろうと思っていた所ですから」
そう言いながら刺さっていた剣を引き抜く少女。
「・・・この剣は、訓練用の剣でしょうか?」
「はい、そうです」
「剣に僅かですが、ヒビが入っています。
あと欠けた部分も大量に。
あまり良い状態とは言えませんね」
「お見苦しいものを見せてしまい申し訳ありません。
平民出の家なので、あまり余裕が無く・・・」
一応学校で使っている剣もあるのだが
こちらも少し欠けがある。
しかし剣というのは鉄などを大量に使っているので
かなりの値段となる。
正式な騎士となった訳でもない見習いであり
ただでさえ親に負担をかけている以上
あまり贅沢は言えない。
まして想力武装と呼ばれる武器など
とてもではないが手が出せない。
「なるほど、そういうことでしたか。
立ち入った話をしてしまい申し訳ありません」
「め、滅相もありません。
騎士を目指す者としては恥ずかしい限りです」
持ってきてくれた剣を受け取りながら、互いに謝罪する。
てっきり平民だと馬鹿にされると思っていたが
彼女は、そういうタイプではないようだ。
「・・・もしかして、想力者でしょうか?」
「い、一応・・・って、解るのですか!?」
何げなく聞かれた質問に答えただけだったのだが
内容を理解して驚く。
「そういうのが、何となく解ってしまうので」
「そ、そういうものですか」
「男性で想力者は、珍しいですね」
「よく言われます。
と言ってもギリギリ想力者という程度ですが」
自分が想力者として最底辺であるという自覚があるので
苦笑しながら答えるしかない。
大体が、想力者だと解ると驚き、褒め称えられるが
自分の能力を知ると落胆に変わる。
何度も経験してきたことだ。
「それでも想力者というだけで格段に違いますからね。
どこかの騎士団に入られるので?」
「特に決めてません。
私には、叶えたい夢があるので」
「夢、ですか?」
「・・・お恥ずかしい話なのですが。
子供の頃、ある女性と約束をしたのです。
『キミを護る、キミだけの騎士になる』と。
彼女が覚えているかどうかも
未だにその約束を守る意味があるのかもわかりませんが」
「・・・良い話だと思いますよ。
何より何か目標がある方が、人はより努力出来ますから」
ついつい話し込んでいると、奥の方から馬が現れた。
「あら、待ちきれなくなったのかしら」
その馬に慣れた手つきで頭を撫でる女性を見て
彼女の馬なのだと理解する。
「つい、話し込んでしまいましたね。
貴重な練習時間を奪ってしまい申し訳ありません」
「い、いえ!
こちらこそお時間を取らせてしまいました!」
慌てて頭を下げるこちらを見て貴族の令嬢は
少し笑みを浮かべると
歴戦の騎士の如く、慣れた手つきで馬に乗る。
「今日は、良い話が聞けました。
―――こちらを」
馬上から何かを軽く投げられ、慌てて受け取る。
「良い話が聞けたお礼です。
どうぞ使って下さい」
投げられたのは、先ほどまで彼女の腰にあった剣だ。
余計な装飾は無いが、実戦を想定しているのか
重みのあるしっかりとした片手剣。
見ただけでそれなりの値段のする上等な剣だと解る。
「こ、このようなものを―――」
「約束した女性の前に立つ時に
傷だらけの剣では、格好がつかないでしょう?」
そう言いながら微笑みかけると
「では、これで失礼します。
―――貴方の夢、叶うと良いですね」
別れの挨拶をして、さっさと馬で駆けていってしまった。
「―――ありがとうございます」
手にした剣を握りしめ
彼女が駆けていった方角に向かって
僕は、ゆっくりと深くお辞儀をした。