第28章 セントクレス
ランバルト王国の西側。
そこには、リッツダール帝国と同じく
最近まで戦争で対立していた国がある。
神聖国 セントクレス
この国の首都である聖都レインクレスト。
その聖都の中心に建つ聖城と呼ばれる城では、現在会議が行われていた。
「それは、本当なのですか?」
並べられた椅子の中でも、一番立派な椅子に座る少女が言葉を発する。
彼女の名は、ユンフェ=クリスタリア
金色の美しく長い髪。
白にピンクのアクセントが効いたドレスを纏い佇む姿は
地上に舞い降りた天使と称され、国民の信仰を集めている聖女だ。
この国は、非常にシンプルかつ複雑な運営をしている。
大陸に広く浸透している女神アンナローズを信仰している宗教。
その聖地とされているのが、この国である。
周囲は、山や荒れ地と恵まれていない環境故に国力に乏しいが
国は、宗教によって異常なまでに統率が取れている。
この国では、女神の啓示と呼ばれる儀式によって
聖女が選ばれ、その聖女が国の代表者となって国を運営する。
それを支えるのが司教と騎士達だ。
主に政治は、大司教を中心とした司教達。
対して軍事は、騎士団長を中心とした騎士達で運営される。
そう、この国には貴族など居ないのだ。
教会に所属する司教達と、騎士になった騎士達によって
政治と軍事が行われ、その方針を聖女が決定する。
それがこの国の在り方である。
「えぇ、本当ですとも~」
豪華な装飾品で着飾り、小太りな体型を気にすることなく
尊大な態度で椅子に座っている男が、自信満々といった感じで
彼女の問いに答える。
「しかし、大司教殿。
それは大規模な野盗の仕業という話でまとまったのでは?」
聖女の問いに答えた男の言葉に
鎧を着込んだ男が、すかさず口を挟む。
「・・・騎士団長殿、それは向こうの工作ではないですかな?
現に、この時期にあれだけの大規模な野盗など・・・」
少し前かがみになって椅子に座り直した大司教と呼ばれた男。
動くたびにその豪華な装飾品がジャラジャラと音を立てる。
「そんなこと言われずとも理解している。
要するに
『双方の国で、そう処理することに決めた』
ということでは?と言っている」
対して騎士団長と呼ばれた男は、腕を組んだまま微動だにせず
淡々と言葉を発する。
今、議題になっているのは
リシア達が偽装した帝国軍と激突した戦い。
ランバルト王国の城塞都市ガルガンで起きた大規模な戦闘に関してだ。
かつて同盟を組んでいた訳ではないものの
リッツダール帝国の動向に合わせ
ランバルト王国を攻めていたのだから
隣国の情報、特にこういった話には敏感である。
「状況だけ見れば、そうかもしれんが
まだ解らんよ。
停戦をした頃とは違い、帝国内も落ち着いてきた。
そろそろ動き出してもおかしくはない」
「そこは否定せん。
問題なのは、読み合いに負け
我々が孤立することだ。
それだけは阻止せねばならん」
「これはこれは。
常勝無敗、女神に愛されし聖騎士団と誉れ高き
軍団を率いる方の言葉とは思えませんなぁ」
「多少奪い取ったとはいえ、王国や帝国と比べれば
我が国は、圧倒的に国力が不足していると言える。
信仰を否定せんが、その信仰だけで
外敵が全て蹴散らせる訳でもあるまい」
「おや、この神聖国の聖地にて
まさかその信仰を否定されるような物言いは
感心しませんなぁ。
皆が一丸となり、女神の愛を世界に伝える。
それこそが我ら使徒たるものの役目」
「その使徒殿が、早期の戦争を支持されると?
未だ国庫が不安定な時期に?」
「私がそのようなことを―――」
「おやめなさい」
互いに声が大きくなり喧嘩腰になりかけていた会話を
聖女の一言が制する。
「この件については
当面、様子見とします。
引き続き情報収集と分析を」
聖女の言葉に、その場に居る全員が頭を下げる。
先ほどまで言い合っていた2人も
納得はしていないものの、聖女の言葉に
了解の意を示す。
全員が理解したのを見ると
聖女は、すっと立ち上がり部屋を出て行った。
すると他の者達も
言葉を発せずに次々と退席していく。
部屋に戻った聖女は
周囲に誰も居ないことを確認すると
椅子に座ってため息を吐く。
彼女が聖女になったのは、丁度戦争が停戦になった頃である。
それまでは、聖女不在。
先ほどまで居た重役達によって国が運営されてきた。
聖女に選ばれた時は、嬉しかった。
これで人々をより多く救える。
自分が世界を平和にするのだと。
だが、圧倒的な現実という壁に
自分は、どうすることも出来ずにいた。
「・・・私は、どうしたら」
返って来るはずの無い問いを口にしながら
彼女は、再びため息を吐いた。
第28章 セントクレス
「おのれ、ドワイトの奴!
ワシの顔に泥を塗りおって!」
教会の奥にある、ひと際豪華な部屋。
まるで王族の如く煌びやかな装飾で彩られた室内で
大司教と呼ばれた男が叫んでいた。
「まったくです。
せっかく大司教閣下自らお調べになった情報に文句をつけるとは」
「やはり騎士どもは、野蛮ですなぁ」
周囲に居た同じく豪華な装飾品で着飾った司教達が
大司教に同意するような言葉を並べる。
「そもそも停戦などに応じなければ
今頃は、王都グリアスフォルドすら陥落していたかもしれぬのに」
「あれは、帝国が悪いのです。
身内で殺し合いなど起こしたあげくの停戦ですからな」
「さよう。
帝国が無能であったが故じゃ」
周囲が皆、自分に同調することに気分を良くしたのか
落ち着いた大司教は、椅子に座る。
彼らからすれば、聖騎士団は非常に扱いにくい存在だ。
正当な理由がある場合を除き、一切金品を受け取らない。
受け取る場合も、しっかり受け取った全てを明記し
その使い道まで公開している。
以前、賄賂を渡そうとした司教は
司教の立場を利用して私腹を肥やそうとした罪人として
即刻、処刑されている。
戦争という過酷な環境を共に生き抜いてきたこともあり
その結束は、非常に固い。
しかも軍事を全て引き受けている関係で
迂闊に彼らを排除してしまうと
今度は、国の防衛そのものが危なくなってしまう。
そのため仕掛けるにしても
相当の準備をしなければならず
その資金も手間も馬鹿にならない。
かといって放置してしまえと投げ出してしまえば
いずれ必ず、自分達に対して牙をむくだろう。
大司教達からすれば、聖騎士団ほど邪魔な存在は無いのだ。
「忌々しい奴ではあるが、アレがおらねば戦争が出来ぬのも事実。
もうしばらくは、利用するしかないか」
高級そうなワインを手にすると、それを一気に飲み干す。
一方、同じ頃。
聖騎士団の詰所の奥にある大きな部屋では
ため息を吐きながら椅子に座る騎士団長ドワイトの姿があった。
「まったく。
ザバダークの奴。
そんなに戦争がしたいのか。
大司教が聞いて呆れるわ」
「所詮、人に媚を売ることで出世した男です。
お気になさらぬように」
「我々がおらねば、自国防衛すら出来る愚か者どもが」
ドワイトの言葉に、同じく会議に出席していた側近達から
次々と苦情が飛び出す。
聖騎士団は、常に最前線で戦争を行ってきた集団だ。
それ故に、何かと理由をつけては
お布施と称して誰彼構わず金を無心し
それらを教会や自らを着飾る装飾品に注ぎ込む
大司教とその派閥は、正直害悪でしかない。
その金を、貧しき人々に施したり
自分達の軍費として使うことが出来れば
どれだけマシだろうかと。
「聖女様も聖女様だ。
あのような態度では、大司教達を容認したような―――」
側近の1人が言い出した言葉を
片手を上げて制するドワイト。
「それは言ってはならぬ。
まだまだ少女と呼べるお年頃で
しかも聖女になられて日が浅い。
ザバダーク達に良いように利用されていないだけ
見込みもあるというもの」
ドワイトの言葉に『確かに』と周囲の側近達が口を揃える。
そもそも、ここに居る誰もが女神を信仰していた。
では何故、彼らがこうも無神論者の如く宗教を軽視したような
発言ばかりなのか?
それは、全て大司教達のせいである。
政治と宗教を利用して私服を肥やす害悪。
ドワイト達、騎士からすれば
彼らの評価は、その程度であり
国のためには排除すべき存在なのである。
しかし彼らは狡猾で
政治と宗教を利用して深くに浸透しているため
そう簡単に排除出来ない。
下手に手を出せば、逆に自分達が排除されかねないからだ。
だからこそ、入念な下準備を行う必要がある。
「・・・そう言えば、例の王国と帝国の戦い。
詳細な情報は、手に入ったのか?」
「一部、確認が必要な情報もありますが」
そう言って側近の1人が紙の束を手渡す。
「・・・あまり信じたくない話だな。
これがもし全て本当の話だとするならば
王国に新たな英雄が現れたことになる。
ただでさえ、ジェイス元帥という厄介な相手が居るというのに」
報告書を読みながらドワイトは、ため息を吐く。
正直な話、ランバルト王国の西軍だけなら
いくらでも勝つ自信がある。
王国の西側は、宰相を中心とした文官が多く武官が少ない。
しかもその武官も数にモノを言わせた
ゴリ押しが中心の正攻法な攻め方しかしてこない。
だからこそ国力で負け、数も負けていた我々でも
領地を切り取れたのだ。
我々が宗教国家ということも大きい。
信仰心の高い兵士は、明らかに
我々と戦うことを躊躇っていたからだ。
連戦連勝で攻め込んだ我々を止めた相手こそ
帝国、神聖国の両方に睨みを利かせていた
ジェイス元帥率いる部隊である。
元帥は、信仰心の高い兵士を現場から外し
戦える兵士で固め、更に山岳地形を上手く利用して
こちらの補給線ばかりを狙ってくるという
姑息だが有効な手で進軍を阻んだ過去がある。
「それに万が一、我々だけで仕掛けるとなると
東の英雄が参戦する可能性も否定できません」
そしてもっとも警戒すべきなのは
この東の英雄と呼ばれる男。
レナード・ライドック元帥。
突如現れたかと思えば、圧倒的な速度で活躍し
一気に元帥にまで登り詰めたことは
近隣では知らぬ者が居ないほど有名な話である。
当初、圧倒的に優位だった帝国の侵攻を止めただけでなく
名のある帝国将軍を何人も討ち取り、帝国軍を撃退した男。
今や王国の新しい王都とまで呼ばれる巨大な街を作り
自前の私兵だけで戦争が起こせるほどの軍隊を個人で持っている。
こんな常識外れの人間を相手にせねばならないかもしれない時に
更に劣勢を跳ね返した『元帥の娘』なる新たな英雄まで現れたというのだ。
正直、たまったものではない。
「・・・今は、聖女様の言われたように
情報収集を優先としよう。
これは、迂闊に動けば取り返しのつかぬ事態になりかねん」
ドワイトの言葉に短く答えた側近達は
素早く部屋を退出していく。
「せめて国が一丸となってくれねば、話にならんぞ・・・」
ドワイトは、報告書の束を机の上に投げるように置くと
椅子にもたれ掛かりながらため息を吐いた。
第28章 セントクレス ~完~




