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幕間 ~あるメイドの話~






 幕間 ~あるメイドの話~






「うわぁ・・・」


 良く晴れた日の朝。


 目的地に着いた私は、思わずその光景に声をあげた。


 あちらこちらから聞こえてくる騒音に

 巨大な道が見えなくなるほどの人の群れ。


 見たことも無い光景に、思わず足が止まってしまう。


「話には聞いてたけど・・・」


 ここに来る前に、伯爵様から色々詳しいことを聞いていたけど

 まさかここまでとは思っていなかった。


 しばらく呆然と眺めていたが、街へと向かう馬車の列が

 自分の横を通り過ぎたことで、ハッとして我に返る。


「ここまで来たら、行くしかないものね」


 自分自身を鼓舞すると、そのまま街へと歩き出す。


 ―――私は、ニーシャ=サルモット。


 サルモット家という貴族の中でも、端の端とも言える男爵家の出身で

 一応貴族になるのだが、別に土地を持っている訳でもなく裕福な家庭という訳でもない。


 そんな家の三女として生まれた私は、幼い頃から母親による厳しい躾を受けて育った。

 全てはメイドになるためである。


 メイドというと勘違いする平民が多いが

 一般の平民が「メイドになりたい」と言ったところでなれる訳ではない。

 何故ならメイドというのは主人である上位貴族の元で

 同じく上位貴族の客人を相手にしなければならないからだ。


 それには品格や教養が必要になってくる。


 客人である貴族に様々な話題を振られて

 その全てを「知りません」では話にならないし

 貴族特有の習慣や礼儀なども当然知っておかなくてはならない。


 何よりメイドというものは。雇い主である主人の顔とも言える。

 優秀であるほど、その主人も優秀であるとされるのだ。


 なので基本的には、身分の低い貴族が

 身分の高い貴族に仕えるというのが一般的になる。


 もちろん身分が高いほど、メイドなどの身分も高くなる傾向がある。

 王族ともなれば、本来なら主人となるべき爵位である

 伯爵家以上の娘なども

 メイドとして仕えていることがある。


 そうして教養や品格に実績という名の「箔」をつけることによって

 身分の低い貴族の娘達は、よりよい相手との

 縁談が持ちかけられるようになるのだ。


 またメイドとして仕えている際に、主人やその客人に見初められ

 愛人となることも珍しくはない。

 もしそうなれば一気に勝ち組となる。


 最近では、騎士学校に娘を通わせる所も多くはなったが

 未だに経済力の無い貴族とは名ばかりの家は

 子供にメイドや執事の教育を行い、上位貴族の元へと奉公に出す。


 そのためメイドといっても貴族の肩書を持つものが大半なのである。


 街の入口と思われる場所は

 職人達が、家や城壁を忙しそうに作っている。

 未だにこの街が完成していない証明だ。


 そんな職人達を横目で見ながら街の中心へと進むにつれ

 途中何度も警備の兵士とすれ違う。


「女の人が多いって珍しいな」


 兵士と言えば基本的に男の仕事だ。

 想力者という例外もあるが

 女が未だに兵士になる道は厳しいし

 別に兵士にならずとも仕事は、いくらでもあるからだ。


 なのにすれ違う兵士達は、女性が多い。


 大きくて真っ赤な城壁を超えると

 周囲は、赤で統一された巨大な街が広がっていた。


 道すらレンガが敷き詰められており

 周囲の建物もレンガが主体の建物ばかりだ。


 レンガは、どちらかと言えば高級品に入る建材である。

 削り出した石を並べるのと違い

 レンガは、製作しなければならず

 それなりに大きく、しかも均一な大きさでなければならない。

 そしてそんなレンガを綺麗に並べる技術なども必要だ。


 そうした部分が全て金額となってしまうため値段が高い。


 値段を知ってる私は、思わず「どれだけのお金かけたのよ」と呟いてしまう。


 道が見えなくなるほど行き交う人々の顔は、非常に明るい。


 色々なところで商売人が声を張り上げ

 活気が満ち溢れていた。


 大侯爵様は、周囲の土地の関所を潰し通行税を撤廃した。

 そしてそれだけではなく周辺の貴族達とも連携して

 治安の強化や街道の整備と、次々と新しいことを行っていった。


 そのため荷物の量や品物ごとに課されていた税が無くなり

 商人達が自由に行き来するようになり

 通行税が無くなったため、商品も少しだけ他よりも安い。


 治安強化のために訓練と称して

 街道には、常に正規兵の部隊が部隊単位で行軍しており

 盗賊などを取り締まっている。


 盗賊などを徹底して排除しているためか

 街道は、非常に安全で商人や旅人は護衛も不要なほど。


 私も女の一人旅は危険だと言われていたが

 実際は、何の苦労も危険もなく到着出来た。


 更にこの街では

 怪我や病気で働けない者や

 戦争などで親を失った子供達は

 教会を利用した施設があって

 そこで生活を保障され、働ける者には

 仕事も紹介して貰える。


 優秀な者は、平民出身でも重要な役職に就ける。

 聞いた話では、この街の管理をしている役人の大半が平民出身者だという。


 このような話を初めて聞いた時は

 『そんな夢のような場所がある訳ないでしょ』と笑ったものだ。


 しかし実際、それは存在しており

 王国中から、この街を目指して人々が押し寄せている。

 西側のとある村では、村人全員がこちらに移住したなんて噂まであるほど。


 そのため周辺国家を行き来する大商人達も集まってきており

 『この街で揃わないものはない』と言われるほどの

 品ぞろえになっているそうな。


 それを証明するかのように店に並ぶのは、見たこともない商品ばかり。

 それを眺めていると、突然誰かとぶつかる。


「あっ、ごめんなさい!」


 ぶつかった人に頭を下げると

 こんなことをしている場合じゃないことを思い出し

 気持ちを切り替えて目的地へと歩き出す。


 人の波に流されぬように進むことが

 こんなにも大変だったのかと、肩で息をしながら歩いていると

 ようやく目的地である場所が見えてくる。


 街の中央にあり、ひと際警備が厳重な場所。

 そして建っている建物も、一見質素に見えるが

 よく見れば細かい装飾などが多く非常に豪華であることが解る。


「あー・・・帰りたい」


 今まで住み込みで働いていた伯爵様の屋敷より

 はるかに豪華で、身分も段違いであるその屋敷から

 見えない圧力のようなものを感じてしまう。


「でも、帰る訳にはいかないものね」


 ここでもし帰ってしまえば私だけではなく

 推薦状を書いて下さった伯爵様の顔に泥を塗ってしまうことになる。


 乱れた呼吸を整えると

 動こうとしない自らの足を軽く叩いてから

 目の前の門へと歩き出す。


「どちら様ですか?」


 門に建っていた警備兵の女性が声をかけてくる。


「わ、わた、わたぃ・・・」


 ・・・思いっきり噛んでしまった。


 あー、何か警備の人も笑ってる・・・。


 だが、落ち込んでる場合ではない。


「わ、私は、ニーシャ=サルモットと申します。


 イストレン伯爵様のご紹介で

 こちらにメイドとしてお仕えするために来ました。


 お取り次ぎ頂けますでしょうか?」


「確認します。

 少しお待ちください」


 そう言って警備の女性は、奥にいたもう一人の警備兵に声をかけ

 建物の中へと入っていく。


「あー、やっぱり緊張する」


 伯爵様の家で働く時以上に緊張してしまう。

 何故なら


「ライドック大侯爵様のお屋敷だものなぁ」


 英雄と呼ばれるこの国でもっとも有名な貴族の1人。

 そして何もない王国の東を王都以上に発展させた政治力と

 帝国との戦いで一度も負けなかった戦の天才。


 次期国王という噂まである、まさに私にとっては雲の上の存在だ。


 そもそも伯爵様のお屋敷で働いていた私だったが

 その伯爵様からメイド全員に声が掛かったことが発端だった。


「レナード=ライドック大侯爵閣下のお屋敷がメイドを募集している」


 その言葉に仕えていたメイド全員が立候補した。


 一斉に、しかも一瞬の迷いなく全員が手を上げる姿に

 伯爵様が思わず苦笑されていたが

 誰もが申し訳ないと思いながらも、そのチャンスに飛びつくのは当然である。


 王家に次ぐ家柄であるのが大侯爵家だ。

 王国では宰相と元帥にしか与えられておらず

 まさに国の中心的な大貴族である。


 そんな家柄であるため、男爵や子爵の娘でもメイドに行くことは難しい。

 伯爵以上の家柄に、品格や教養はもちろんのこと

 平均以上の美貌も必要だ。


 どれだけ優秀な者でも、やはり美しくなければ敬遠されてしまう。

 お仕え出来たとしても裏の仕事ばかりを担当することになり

 誰かと顔を合わせるような仕事をすることはない。


 家柄にしても「それだけの貴族の子供が仕えている」という

 自身の家の力を誇示する役目もあって、高い家柄の者が採用されやすい。


 家柄に関しては非常に厳しいとは思うが

 美貌に関しては、自分で言うのも何だが

 平均以上の顔であると思っているし

 母からも「お前の顔は武器になる」と言われていた。


 その武器が役立ったのかは解らないが

 他のメイドたちを押しのけ、私は奇跡を手にしたのだ。


 今までのことを思い返していると

 先ほどの警備兵がやってきて


「どうぞ」


 と声をかけられる。

 そして返事をする前に、巨大な門が開く。


 一層の圧力を感じながらも

 屋敷に向かって歩き出す。


 中は、ここが街の中心だと忘れるほど

 自然豊かな森のようになっており

 そんな中でも落ち葉1つ無い手入れされた場所。


 しかも見えてくる建物は、近くで見れば見るほど

 大貴族に相応しいといえるものであり

 入口に立っているメイドは、恐らく私を待っているのだろうか。

 遠目にも解るほど美しい女性だ。


 待っている人の所まで歩いていくと

 こちらが声をかける瞬間、先に声をかけてきた。


「ようこそお越し下さいました。

 お話しは伺っております。


 私は、案内を務めさせて頂きます

 リル=ウイングルと申します。


 では、どうぞこちらへ」


 これぞメイド!というような私でも凄いと思うような

 丁寧な対応に、ただ頭を下げて返すのが精一杯である。


 恐らくこれから先輩メイドとなるであろう女性の後ろを

 まるで貴族の客人であるかのように歩かされる。


 ・・・いやまあ一応は、私も貴族ではあるのだけれど。


 そして建物の中は、思わず声を上げそうになるほど豪華だった。


 廊下などにさり気なく置かれているものは、どれもが伯爵様の家で

 掃除をしてきた調度品よりも上であると解る。


 床には、真っ赤な絨毯が敷き詰められており

 それだけでも、間違いなく場違いな場所に来てしまったような気分になる。


 こちらの驚きなど気にせず進む先輩メイドの後を付いていくと

 廊下の突き当りにある大きな扉にたどり着く。


 そこを完璧な貴族の礼儀作法で開くと


「こちらにどうぞ」


 と促してくる。


「し、失礼します」


 恐る恐る中へと入ると

 そこには何やら旅人のような恰好をして

 足元に荷物を置いている少女が1人居た。


 その少女は、こちらに気づくと座っていた椅子から

 勢い良く立ち上がる。


 どうやら私と同じく緊張しているようだ。


「お二人は、本日からメイドとして働くと伺っておりますので

 お部屋に関しても、お2人は同室となります」


 先輩メイドにそう告げられ

 『ああ、やっぱり同じような人なのか』と納得する。


「私は、アムリア=ミッセルと言います。


 よろしくお願いします!」


 相手が元気よくお辞儀する姿を見て少しホッとする。

 この子は、先輩メイドのように完璧では無かったからだ。


 それと同時に『これぐらいの礼儀作法でも大丈夫である』と

 自分よりも下を見つけたことによる安心感を得る。

 ・・・もちろん、あまり良いことではないのだけれど。


「私は、ニーシャ=サルモットと申します。


 同室だということですので、これからよろしくお願い致します」


 私の丁寧な自己紹介とお辞儀に

 アムリアと名乗った少女が、釣られてお辞儀を再度返してくる。


「それでは、さっそくですが

 お2人の部屋へ、案内いたします」


 先輩メイドにそう言われ、2人で後を付いていく。


 メイドの部屋というのは、大抵が一番場所が悪い部屋だ。

 酷い所では、窓すらないジメジメとした

 石壁で出来た部屋なんてものもある。


 しかもそんな部屋に4~5人を押し込めるように配置する。

 3段ベットなんてものが当たり前であり、寝るのと着替える以外は

 狭すぎてあまり居たいと思わない・・・そんな部屋だってあるのがメイドの部屋。


 当然ながら爵位の高い家ほどメイドの環境も良くなる。


 3人部屋・・・とまでは言わないから

 せめて4人ぐらいで、それなりの部屋であって欲しいなんて思いながら

 歩いていると、屋敷を出てその横にある本館よりも

 少しだけ小さな・・・それでいて本館と同じぐらい豪華な別館へと移動する。


 こちらも本館と同じように真っ赤な絨毯に、豪華な装飾品が飾ってあり

 この別館だけでも前に居た伯爵様の屋敷よりも数倍豪華である。


 そして別館の中を少し歩いた所で、とある部屋の扉の前で止まる。


「ここが、お2人の部屋です。

 あとで担当の人間が呼びに来ますので

 それまでは、この中で荷物の整理などをしていて下さい」


 先輩メイドは、一礼するとさっさと何処かへ行ってしまった。


 残された2人で互いを見合うと

 視線は、ゆっくりと扉に向かう。


「・・・入ってみましょうか」


「・・・そうですね」


 互いに身なりを整える。


 中には、きっと他の先輩メイドが居るはずだからだ。


 アムリアという少女からの

 視線で『扉を開けて』と言われている気がして

 私は、ゆっくりと扉を開ける。


 そして部屋の中に入った私達は、固まった。



 正面には、綺麗で汚れ1つ無いガラス張りの大窓があり

 太陽の光を部屋の中へと取り込んでいる。


 部屋の真ん中には天井からカーテンが付いており

 これを引っ張れば真ん中から部屋を2つに分けることが可能になっている。


 そして部屋の左右には、鏡で映し出したかのように

 左右対称に家具が設置されており

 真っ白なシーツの大き目なベットに

 立派な引き出し付きの机と背もたれがある豪華な椅子。


 壁際には大きな衣装棚が置いてあり

 その横には、全身を映し出せる縦長の巨大な鏡まである。


 どこからどう見ても

 上位の貴族が使用する2人部屋としか見えなかった。


 そんな部屋を『自分達の部屋』として通されたのだから

 2人は、信じられないという気持ちで呆然としていた。


 しばらくどうしたものかと思っていると

 立派な机の上に1枚の紙が置いてあることに気づく。


 それを手に取って見ると

 『メイド服などの支給品に関しては、あとで担当者が用意する』

 と書かれていた。


 それを見た私は、無言でアムリアに紙を突き出す。


 首をかしげながら紙を受け取ったアムリアだったが

 数秒後に、驚いた様子でこちらを見てくる。


「・・・つまり、そういうことですよね?」


 彼女が何を言いたいのかは、理解出来る。

 私だって未だに信じられない。

 だけど、全ての状況が『そうだ』と言っているのだ。

 ならばこの言葉しかないだろう。


「ここが私達の・・・部屋ってことでことでしょう、ね」


 数秒間、お互いを見つめたまま固まる。


 だが次の瞬間―――


 私は、立派な机に座り

 アムリアは、ベットに飛び込む。


「凄い・・・これ新品だ」


 傷1つ無い、真新しい木の匂いすら漂う立派な机と椅子。

 座り心地も良い。


 前にこっそり掃除中に伯爵様の書斎にある豪華な椅子に

 好奇心から、ちょっとだけ座ってみたことがあるが

 それに劣らない座り心地だ。


「柔らかい! 良い匂い! 大きい!」


 ベットで寝転がるアムリアは

 まるで子供になったかのようにベットで遊んでいる。


 何よりこの部屋の広さが驚きだ。


 貴族が使う客人用の部屋でも、この大きさなら

 最低でも3人部屋になっているであろう広さ。

 それを豪勢に2人部屋として使っているというだけでも驚きだが

 まさかその部屋をメイドに使わせるなどあり得ない。


 もしここをメイドの部屋にするのなら

 最低でも8人部屋ぐらいになるだろう。

 いや、もっと詰め込まれる可能性もある。


 こんな素敵な部屋をたった2人で使っても良いだなんて。

 しかも備え付けの家具も豪華。


 今まで掃除をするだけだった貴族の部屋よりも

 数倍豪華な部屋を使えるというだけで

 長年憧れていた裕福な本物の貴族令嬢になった気分である。


 それから私達は、担当のメイドが呼びに来るまでの間

 子供に戻ったかのように部屋の中で、はしゃぎ続けていた。



 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。



 それから私達は、正式にメイドとして働き始めたのだが

 驚きばかりで、本当にメイドとしての待遇なのか?と

 疑いたくなる出来事の連続だった。


 まずメイド服からして他とは違う。


 今までは一般的な布地だったのに

 ここのメイド服は、手触りからして高級品だと解る布で出来ている。

 以前、母親が持っていた数少ないドレスを着せて貰ったことがあるが

 それよりも数倍着心地が良いのだ。


 そして驚いたことに自分の部屋がある別館は

 メイド達のような屋敷で働く者達の専用宿舎であるのだ。


 本館に負けないほど豪華な館1つを丸ごと使用人専用の館にしていることに

 大侯爵様の凄さを実感する。


 それだけではない。

 まず食事をする食堂だが、厨房が併設されており

 専門の料理人が居る。


 毎日数種類の料理の中から好きなものを注文すると

 その場で作ってくれるのだ。

 決して残り物が出されることはない。


 それどころか、たまにではあるが

 豪華なディナーを用意して貰えることがあり

 食べたことが無いような美味しいお肉や魚を食べることが出来る。


 食堂のテーブルには、新鮮な果物や

 裕福な貴族しか食べることがない白いパンが置いてあり

 なんと好きなだけ食べることが出来る。


 仕事の合間に何度か休憩する時間が用意されており

 休憩中は、食堂で紅茶とお菓子を食べることが出来る。


 肝心な仕事の方も、伯爵様の所に居た頃と

 あまり変わったことはなく、基本的に掃除や来客の相手などだ。


 しかも一番感動したのは、お風呂である。

 人前に出る以上、お風呂に入って身綺麗にするのは当然なのだが

 普通なら、主人から順番に身分の高いものが使用し

 最後にメイドなどの使用人が使うのが一般的だ。


 そしてお風呂を沸かすための木材もタダではない。

 勿体ないと言われてあまり使われないため

 後になればなるほどお湯は冷めていく。


 自分達が使う頃には水に戻っていることも

 よくあることだった。


 だがここでは、本館と別館のお風呂が別々に存在し

 別館は『使用人専用』となっているのだ。


 しかもその使用人しか使用しないお風呂であっても

 伯爵様の所のお風呂より3倍ぐらい大きな大浴槽であり

 常に温かいお湯が張られている。


 何やら『想力技術?』とやらによって可能になったとかなんとか。

 難しい話は解らないが、休憩中や仕事終わりなどであれば

 いつでも使えて、しかも常に温かいお風呂に入れるのは

 本当に感動した。


 あと1つビックリしたのが『休暇』というものがあることだ。

 メイドと言えば主人が呼べば、夜中だろうが駆け付ける必要がある。

 休みなど、あって無いようなものである。


 しかしここでは、6人1部隊として何部隊にも分けられており

 その部隊が交代で様々な仕事を分担しているのだが

 毎日1部隊づつ『何もしなくてもいい日』が存在するのだ。


 つまり『完全な休暇』であり、仕事をしなくても良い日があるということ。


 これを聞いた時は思わず『何を言ってるんだこいつ』と先輩メイドの1人を

 呆然と見つめていたことがあった。


 でもその休暇日に、街で買い物をしたり

 一日中、部屋でダラダラとしていたりできるので

 この制度を作った大侯爵様に心の中で何度頭を下げたことか。


 そもそも給金が伯爵様の時の倍なのだ。

 この時点で私に文句なんてものはない。


 いや、ここまで優遇された環境で文句を言う人の気持ちが理解出来ない。


 そう思っていたのだが、どうやらそう思わない人も居るようで。



 仕事を始めて約3か月。

 仕事にも慣れ、毎日愉しく過ごせている私は

 ふと隣でベットに寝転がる仕事仲間に声をかけた。


「ここのメイドになれて、ホント良かったよね」


「ええ、ホントにそうね。

 まるでお姫様にでもなった気分だわ」


「文句のつけようがないほど良い仕事よね」


「文句と言えば、一部の人は不満みたいよ?」


「は? 何が不満なのよ?」


 アムリアの言葉に、思わず声が低くなる。

 この最高の環境の何が不満なんだと。


「元帥閣下に会えない~って言ってるみたいね」


「ああ、なんだ。

 そういうことか」


 その話なら自分も聞いたことがある。


 仕事を始めてから1度も主である大侯爵様に出会っていないのだ。

 それとなく先輩メイドに聞いてみると

 仕事が忙しいらしく、王国中を飛び回っていて

 滅多にこの屋敷には帰ってこないということらしい。


 それを聞いたメイドの大半が、深いため息を吐いた姿が印象的だった。


 私は、元から諦めているが

 メイドは、たまに主人の傍で仕事を手伝うこともある。


 そういう仕事で自分の顔を覚えて欲しい。

 そこからお気に入りとなれれば、妾になることも夢ではない。


 そう考えているメイドが未だに多いのだ。


 確かに大侯爵様の妾になれれば

 これだけの財力を好き放題使える可能性がある。

 恐らくその辺の上位貴族の正妻よりも裕福な生活が出来るだろう。


 しかも大侯爵様は、国王候補でもある。

 もし国王ということになれば、国王の側室。

 つまり人生の大逆転を2度か3度するぐらいの幸運である。


 そんな大逆転の可能性が目の前にあるというのに

 そのチャンスがあと一歩というところで届かないのだ。


 確かに狙っている人間からすれば不満の1つも言いたくなるかもしれない。


「まあ気持ちは解らなくもないけど

 今以上を望むなんて、なんとも欲深いことで」


「ホントにね。

 そういう気持ちが全く無いとは言わないけれど

 それでもここの待遇は、最高としか言えないわ」


「あ~、そう言えばその話で1つ思い出した」


 アムリアが突然、話題を変えてくる。


「一度だけ見たことあるのだけれど

 あのすっごい美人のメイドは、誰なんだろう?」


「どんな人?」


「ほら、この前メイド長と話をしてた人よ!


 褐色の肌で、少し短めの銀色の髪をしてた―――」


「ああ、あの人ね」


「メイド長が敬語使ってたし、頭下げてたし」


「確かに不思議よね。

 一般のメイドにメイド長が頭を下げるなんてありえない」


「だから特別なメイドなんじゃないか~ってみんな噂してるのよ」


「特別なメイド?」


「つまり、元帥閣下のお手付きってこと」


「ああ、そういう」


 つまり彼女達の言葉をまとめると


 メイド長が頭を下げる⇒メイド長より上の立場⇒主人のお気に入り⇒主人の妾


 ということだ。


「それがホントなら、なんて羨ましい」


「ホント、羨ましいよね~」


 別にその噂が本当だとは限らないにも関わらず

 もし自分が大侯爵様の妾になれば、何をするかなんて話を

 私達は、夜遅くまで語り合うのだった。






 幕間 ~完~







メイド長と話をしていたのは、工作部隊の隊長のミーア=フォントです。

メイドの姿なのは偽装であり本来は、元帥の副官の1人という重要人物なので

メイド長が丁寧に対応している現場を見られ、深読みされただけという話です。


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