第24章 白銀の乙女
昨日は、一日中曇り空であったためか
どんよりとしていたが、今日はそれが嘘のような快晴だった。
しかしそんな気持ちが良い空とは対照的に
周囲の独特な緊張を軽く超えるほど不機嫌な男が
その不機嫌さを隠そうともせず騒いでいる。
「将軍、これは私の戦いだ。
これ以上の口出しは止めて頂こう」
「・・・私とて、これ以上の口出しをする気はありませぬ」
ため息を吐きながらそう答える相手に
私は、何とか言葉を呑み込む。
―――グリザ=グランド将軍
皇帝である父親が付けてきた監視役。
帝国の中でも名将と呼ばれる実力者であり
皇帝からの信頼は、息子である自分よりもあるというのだから
困ったものである。
自分は皇子であり、次期皇帝なのだ。
その自分にあれこれと口を出してくる将軍に
あまり良い感情はない。
今回、補給線である街を1つ壊滅させて
王国の国力と戦意を削りつつ
周辺国家を巻き込んで、もう一度戦争を再開させることが目的だ。
だからといって帝国が堂々と戦争を仕掛ける訳にはいかない。
そのため不本意ではあるが、野盗を装っている。
計画も完璧だった。
誰もが行軍不可能とした天然の城壁となっていた山を
時間をかけて秘密裏に超えることに成功し
完全な奇襲を仕掛けることが出来た。
出てきた街の守備兵も大したことは無かった。
その守備隊を指揮していた貴族の娘のような少女や
その後に現れた援軍に混ざっていた少女達も
遠目ではあったが、美しい少女達だった。
街を潰すついでに、あの娘達を捕まえて・・・などと考えていた所で
将軍が口を出してきたのだ。
『このまま即街に攻撃を仕掛けるのはマズイ』と。
実際、将軍が言うように
道中に大したものではなかったが罠が大量に仕掛けてあった。
偵察兵からも、街が何やら騒がしいという報告もある。
何より早々に援軍を呼ばれないために王国の元帥が居る要塞の方面は
特に兵を配置して伝令が通り抜けられないようにしていたにも関わらず
1人抜けられたという間抜けな報告もあった。
そしてそれらが、非常に気に入らない。
街の守備兵は、多く見積もっても500程度だろう。
対してこちらは、正規兵が3000と将軍直属の兵士が500。
まあ500は、数に入れないとしても、6倍は確実の兵力差があるのだ。
多少の被害など気にせず街に攻め込むべきだと思ったのだが
兵の疲労と罠などの回避に街の状況を調べるなどと呑気なことを言い出し
そのため丸一日時間を取られてしまったのだ。
・・・だがそれもここまでだ。
もうすぐ街に到着する。
到着次第、攻撃を開始して夕方までには制圧が終わるだろう。
あとは捕まえたあの少女達と―――
あれこれと妄想している所で
兵士達がざわついている声が聞こえてきた。
何事かと思えば、正面に目的地である街の城壁が見える。
ようやくかと思ったのだが、その城壁を見て
兵士達が騒いでいる理由に気づく。
城壁が青一色なのは、初めから解っていたことだ。
だが問題は、その城壁の上に何やら黒い板のようなものが取り付けられており
青と黒の2色によって上下で綺麗に分かれている。
城壁の上の通路を隠すように取り付けられた黒い壁に
誰もが困惑していた。
一方、その皇子の後方では
将軍が人知れず、ため息を吐く。
皇帝陛下に頼まれたとはいえ、こんな戦争以下の戦いに駆り出されただけでなく
皇子の面倒まで見なければならない。
帝国には皇子が今は2人と皇女が1人居る。
陛下が年老いてから出来た子達であるが故に
甘やかされて育ち過ぎた。
この第一皇子が良い例だ。
戦争末期に戦争に出て連戦連勝していたと言えば聞こえは良いが
それは『勝てる戦い』を選んだだけであり
本人の能力によって勝利した訳ではない。
だが、この皇子はそれが自身の実力だと思い込んでしまっている。
自信が無いのも困るが、自信過剰なのはもっと困る。
最悪何かあった場合に皇子を無事に国へ帰すという役割を担っているが
正直あまり気が進まないのだ。
そんなことを考えていると
さっそく皇子の元に『小物』が駆け寄っていく。
それを見て、また自然とため息を吐いてしまう。
第24章 白銀の乙女
「殿下、こちらにいらしゃいましたか」
「ポルク卿か。
準備は出来ているのだろうな?」
「もちろんでございます。
ご命令1つで、スグにでもあの街落としてご覧にいれます」
「・・・ポルク卿、わかっているとは思うが―――」
「もちろんでございます。
お望みの女騎士どもは、全て捕らえて献上させて頂きますとも」
その言葉に皇子は、ようやく笑みを浮かべる。
その様子にポルク卿と呼ばれた男も笑みを浮かべる。
そんな様子に将軍は、またため息を吐く。
皇子は比較的努力家である方だし、自信過剰なのと
多少の癇癪があるものの、総じてマシだと言える部類なのだが
この女癖がどうにもならない。
自分が気に入った女は、無理やりにでも自分のものにしないと気が済まない。
それでたびたび問題を起こしてきたのだ。
そんな将軍のため息を知らず、皇子は兵士達に激を飛ばす。
「相手の数は500も満たぬ。
対してこちらは3000を超える。
何も恐れることはない。
虐殺も、略奪も、全て許可する。
思う存分暴れるがいい。
・・・ああ、ただし相手の女騎士、貴族の娘だけは
生かしたまま捕らえろ。
私の元に『何もせず』捕らえたまま持ってきた者には
特別に金100枚をくれてやろう」
皇子の言葉で兵士達がやる気を出して声を上げる。
好き放題出来て、相手の女騎士を『手出しせず』捕えれば
しばらくは遊んで暮らせるだけの額の金が手に入るのだ。
今回の行軍に少なからず不満があった連中でさえ
この破格とも言える条件に喜ぶ。
そこへポルク卿が現れて声を上げる。
「さあ、行きなさいっ!
さっさと街を落としてしまうのですっ!」
その声で前列に居た兵士達が一斉に街の門に向けて走り出す。
その様子を見ていたリシアは、ため息を吐く。
「隊列も何もあったものじゃないな・・・」
まるで空腹の獣が餌に向かって我先にと走っているような光景。
つまりゴチャゴチャとなりながら前列の1000人ほどが突っ込んでいる状態だ。
これでよく残りの2500ほどが動かないものだなと感心すらする。
大した攻城兵器が無いためか、城壁を登る長くて大きな梯子を手にしただけの集団が
門に向かって走って行く瞬間だった。
「―――撃てぇぇぇぇぇッ!!」
セレナの声を共に
黒い壁にある隙間から一斉に矢雨が敵に降り注ぐ。
突然の迎撃に悲鳴が上がり、何人も倒れるが
それでも敵は止まらない。
だがそれも想定内。
「―――よし、私達も行きましょう」
合図をして、一斉に敵兵達の右側面にある森から飛び出す。
馬に乗った騎馬兵を先頭に歩兵達も遅れまいと全力で駆けだす。
すると反対側の森からも同じく騎馬と歩兵が出てくる。
向こうの先頭は、フランとシルビアだ。
フラン達が敵前列先頭付近に。
私が敵前列の後方に向かって突撃する。
まさか野戦を仕掛けてくるとは思っていなかったのか
更に混乱する敵兵。
シルビアは、馬上から下への攻撃に慣れていないのか
多少苦戦しながらも何とか相手を倒す。
それをフランが援護して2人体勢を崩さないよう徹底している。
対してこちらは残りの騎馬兵を引き連れて敵に突撃する。
手には街で見つけた大き目の白銀に輝く突撃槍。
元々装備していた白銀の女騎士鎧と合わせると
まるでこの槍が元々この鎧のために作られたのではないかと
思えるほどピッタリだったため、即購入した。
敵兵に槍を振るうと良い手ごたえが返って来る。
相手の歩兵を一瞬で槍で3人、馬で5人跳ね飛ばす。
その姿に敵兵が逃げるように距離を取る。
その様子を遠くから見ていた皇子は
愉しそうに叫ぶ。
「おお!
なんと美しい!
特にあの白銀の女騎士は、見事だ!
おい、お前達!
あの白銀の女騎士を捕えた者には特別に金200やろう!!」
その言葉に兵士達がざわつき出す。
「・・・我々も突撃しても構わないということでしょうか?」
皇子の近くにポルク卿がそんなことを言い出す。
流石に金200ともなると貴族でも欲しくなるほどの金額である。
「おお、構わんとも!」
「―――では、前列の援護に向かいます!」
許可を貰うと即駆け出し、兵士達に出撃命令を出す。
そんな様子に将軍は、呆れ顔だ。
「・・・将軍、よろしいのですか?
本来、皇子を守らねばならない立場の者が
ああも金に釣られてほぼ全軍を突撃させるなど。
相手の伏兵もまだ居るかもしれないというのに」
将軍の隣に居た副官らしき騎士が
不満を堂々と口にする。
「・・・ポルク卿がどうなろう知らぬ。
我々の役目は、皇子を護ること。
それ以外は、好きにすればいい」
吐き捨てるように言う将軍を見て、副官も黙る。
そもそも軍旗も出せず、名乗ることも出来ず
その上、野盗まがいの行為をして
街を1つ潰すだけの戦いなど誇り高い帝国兵がすることではない。
それは将軍の兵士達が全員思っていることである。
だからこそ、戦っている3000の兵士を彼らは『仲間』だとは思っていない。
その頃、前列の1000と戦うリシア達は
完全な乱戦となっていた。
騎馬兵は立ち止まらずに戦場を駆けまわって敵を蹴散らすが
歩兵はそう言う訳にはいかない。
出会う敵を1人づつ倒していかなければならない。
本来圧倒的な数の差があるはずだったが
予想外に善戦しているのは、嬉しい誤算であると言えよう。
「死ねぇぇ!」
帝国兵が老兵の1人に斬りかかる。
だが素早い槍の突きで剣を弾かれ
よろめいた瞬間にもう一突きが放たれ
喉を突かれた帝国兵は、声にならない音を出しながら倒れる。
「―――甘いのぅ」
そう言いながらスグに槍を左側に薙ぐ。
すると隣に迫っていた帝国兵が槍に吹き飛ばされる。
鎧が変形するほどの薙ぎ払いを受け、腹を抱えて苦しむ兵士に
老兵は、そのままトドメを突きを放って倒す。
その姿に帝国兵たちは、遠巻きに包囲するだけで
仕掛けるタイミングを見つけることが出来ずにいる。
「これでも60年、ずっと最前線に居ったんじゃ。
お主ら如き若造に、負ける訳が無かろう」
その様子に、年寄りだと馬鹿にしていた
味方の若者達も驚いている。
腰が曲がった爺さんにここまで押されると思っていなかったのか
敵は、少しづつ後ろに下がり出す。
何より目立つフランとシルビアが敵を引き付け
それをリシアが倒していく。
そのせいで防衛側には20ほどの被害しか出ていないにも関わらず
攻撃側は、既に300以上の死傷者が出ていた。
このまま前衛を潰せるかと思っていた所で
思いがけないことが起こった。
「もらったっ!!」
帝国兵の1人が槍で老兵の1人に襲い掛かる。
「くぅ・・・!」
長年使い続けた鎧だったからだろう。
相手の槍が鎧を貫通して老兵の胸に刺さる。
それを見た周囲の若者や老兵仲間が声をあげる。
帝国兵が『やったぜ』と言わんがばかりに笑みを浮かべ
槍を引き抜こうとしたが、槍が抜けない。
そこで初めて帝国兵は状況に気づく。
老兵は、相手の槍を握りしめ
そのまま相手に近づいていく。
近づくほどに深く槍が刺さるのだが
そんなことを気にしていないかのように迫る老兵に
帝国兵は恐怖から動けなくなる。
そして一定距離まで近づいた老兵は腰から剣を引き抜く。
「・・・ただでは死なん。
せめてお前さんの命は、道連れにさせて貰うぞ」
そう言って相手の兵士の首を刎ね、そして老兵もそのまま動かなくなる。
―――立ったまま死んだのだ。
「くそっ!!
爺さんが1人やられたぞ!!」
その言葉に誰もが言葉を失う。
ここに来て士気の低下は大問題だ。
スグに士気を上げるための激を飛ばすべきだと思ったリシアだったが
それより早く老兵たちが声をあげた。
「モークの奴め・・・」
身体を振るわせる様子を見て、誰もが長年の戦友を失った悲しみに
涙しているのかと思った。
―――だが。
「―――なんて、羨ましいッ!!」
その言葉に味方だけでなく敵兵までもが驚く。
「良い死に方じゃのぉ~」
「カッコ良い死に方しおって!」
「立ったまま死ぬとか、憧れるのぅ~」
老兵たちは、口々にモークという老兵の死に方が
羨ましいと声をあげる。
「モークの奴よりカッコ良く死なねば
カッコ悪いではないか!」
「せめて2人・・・いや3人ぐらい巻き込んでの相打ちぐらい派手でないと
あの死に方には対抗出来んぞぅ!」
「いやいや、ここは名のある猛者を倒すぐらいでないと―――」
老兵たちは、仲間の死で悲しむことなく
逆にどうやれば、あの衝撃的な死を超えられるのかと
考えながら戦っている。
その姿を見てリシアは、身震いをする。
元々騎士や戦場に長くいた兵士は
戦って死ぬことも栄誉だという考え方になる。
それは名誉ある死を遂げた者は、国王に表彰され
国を挙げての国葬になり、人々の語り草となって
その名は永遠となるからだ。
そしてダムル元帥の所は激戦区だったこともあり
よりその考えが浸透している軍隊を持っている。
ダムル軍が帝国の猛攻を凌げたのも
こうした生きながら死を恐れない『死兵』と呼ばれる
兵士達の奮戦があったからこそ。
自分の軍では感じることのない
ある種の狂気とも思える考え、その光景に
余計な心配だったかと自然と笑みが零れる。
「どけ雑魚ども!
お主らにやられたら、あの世でモークの奴に
何を言われるかわかったものじゃないわい!」
「そうじゃ、そうじゃ!
せめてあいつより良い死に方せんと、あの世で自慢され続けてしまうわ!」
剣や槍を振るう精度がより高くなり
1人で何十人と敵兵を倒していく姿に
敵は恐怖して後退し、味方は彼らに続けと奮起する。
しかしその流れを断ち切ろうと
一気に1500の兵士が、こちらに向かってくる。
その先頭は、騎馬兵300だ。
それを見たリシアが合図を出す。
すると一斉にリシア達と兵士全員が少し後ろに下がって
中央の足元が隠れる程度しかない草むらに集合する。
わざわざ騎馬に乗っていた者まで全員降りているし
歩兵も膝を付いてしゃがんでいる。
騎兵達は、少し不審に思いながらも
何も無いところで何かできるわけもなく
それどころか絶好の突撃チャンスだと
速度を上げて一気に迫る。
「焦らないで、ギリギリまで引き付けて!
早すぎると避けられてしまうわ!」
シルビアが声を出して兵士達の呼吸を合わせる。
そして相手の300の騎馬兵がリシア達に迫った瞬間
「―――今よッ!!
構えなさいッ!!!」
シルビアの大声で、皆が一斉に草むらに置いてあったものを掴んで立ち上がる。
それを見た敵騎馬兵たちは驚きの顔をするが、もう既に遅い。
皆が持ち上げたのは、草と同じ色に塗ってある木で出来た長槍を
数本まとめて固定してある槍の束だ。
それを持ちあげ、後ろの地面に固定して先端を持ち上げて数人がかりで構えると
あっという間に、木製の長槍隊に早変わり。
突き出されるように出てきた槍を回避出来ず
馬が串刺しになって乗っていた兵士が勢い良く
こちらの頭上を飛び越えて落馬する。
槍衾の中に落ちてそのまま串刺しになる兵士も続出し
更には何とか直前で止まれた騎馬も、後続が止まれずに
追突するハメになって槍の中へと押し出され
文字通り大混乱となる。
槍を構えた兵士の頭上を飛び越えて落馬した騎士達も
後ろでリシア達が待ち構えており、立ち上がる前に
1人1人トドメを刺していく。
あっという間に300の騎馬兵が壊滅する光景に
流石に帝国の皇子も驚きの顔をしている。
後続として走っていた1200とポルク卿も
あまりのことに足が止まってしまう。
生き残って逃げた前列と合流し
数が膨れ上がった帝国側だが
それでも前には出れない。
逆に逃げて来た兵士が邪魔になってしまい
その扱いで動くに動けないのだ。
そのため睨み合いになると思っていた。
だがそんな中、リシアが1人で馬に乗って前に出る。
そして両軍の丁度真ん中まで来た所で
手に持っていた旗を掲げる。
それは青い旗。
中央に大きな盾とその盾の前で2本の槍が斜めに
Ⅹのようにクロスしている絵が描かれている。
これはダムル軍の軍旗。
それを馬上で大きく振ると
後ろから老兵を中心に歌が聞こえてくる。
「勇気を持って~立ち向かい~♪
希望と共に~打ち倒せ~♪」
これはダムル軍で士気向上を兼ねて
よく歌われている歌だ。
「我らが~故郷を~護るため~♪
我らが~家族を~護るため~♪」
その合唱は、戦場に響き渡る。
相手は何事かと、その様子を見ていることしか出来ない。
「今日も~敵を~打ち倒す~♪」
歌が終わるとリシアが軍旗を地面に突き刺して叫ぶ。
「これより先に進むことは決して許さないッ!
これより先は、死地と心得よッ!!」
そう言うと反転して堂々と街の方へと帰っていく。
歌っていた兵士達も負傷した仲間を支えながら
街へと帰っていく。
「・・・な、何をしているっ!
早く追撃せぬかっ!!」
我に返ったポルク卿が声をあげ、ようやく兵士達が
走り出すが、もう遅い。
リシア達は、開いた門から堂々と中に帰っていく。
そして閉まろうとする門を止めようと帝国兵たちが迫った瞬間だった。
「構えぇぇぇぇ!!
―――撃てぇぇぇぇぇぇ!!」
セレナの声で、またも黒い板のようなものの隙間から
矢雨が降り注いで帝国兵達の歩みを妨害する。
「反撃せよっ!」
ポルクの言葉で兵士達が
城壁の上に居る兵士達に向けて矢を放つ。
だが全て黒い板に阻まれて当たらない。
「火矢だっ!
火矢を放てっ!!」
掛け声と共に火矢が放たれるも
黒い板に刺さりはするが、一向に燃え上がる気配は無い。
「あの黒い板は、燃えないぞ!
木ではないのか!?」
その様子を見ていた皇子は声を上げた。
「あれは、木ですな」
隣にいたグリザ将軍は、そう答える。
「木なら何故燃えない?」
「あの黒い板は、恐らく表面を焦がして炭にしているのでしょう。
一度炭になった木は、簡単には燃えませんし、燃え上がるようなこともない。
元から火矢を想定し、用意したものでしょうな」
矢の撃ち合いで不利な状況が続いて前に出れない帝国兵は
それを嘲笑うかのような表情のリシア達と
閉まっていく門を見て、悔しそうに大きく後退するしかなかった。
初戦で1000人近い損害を出したポルク卿の胸元を掴んだグラッツ皇子は
そのままポルク卿を殴り飛ばす。
「あの程度の相手に、お前は何をやっているのだっ!?」
「も、申し訳ありませんっ!
で、ですが相手はもう城に入り
こちらはまだ相手よりも数が多いのですっ!!
これからでございますっ!!」
必死にまだ勝てると説得するポルク卿。
しかし遠くに見える街からは
まるでもう勝ったかのような歓喜の声が聞こえてくる。
それが余計に皇子の怒りを助長させる。
怒りが収まらない皇子は
その様子を呆れた顔で見ていたグリザ将軍に向く。
「―――何か言いたそうだな?」
「―――いえ、何も」
「どうせ失敗を嘲笑っておったのだろう?」
「そのようなことはありません。
ただ、これからどうされるのかと」
「どう、とは?」
「このまま街を攻めるのか。
それとも一度帝都に帰って―――」
「このまま何の手柄も無く帰れる訳が無かろうッ!!!」
目の前にあった地図の乗った机を思いっきり蹴飛ばす皇子。
そう、これは後継者争いの1つなのだ。
今まで自分は、連戦連勝。
軍事に置いてその実力を示し、政治においてもミスは無い。
だからこそ誰もが次期皇帝だと思っている。
だがこんな勝って当たり前のような戦いで成果が無いとなれば
今まで築いてきたものが吹き飛びかねない。
「では、攻めるしかありませんな」
「解っているッ!
・・・ポルク卿ッ!!」
「は、はいッ!!」
「次こそは、必ずあの街を落とせッ!!」
「わ、わかりましたっ!
今夜、夜襲を仕掛けますッ!!」
逃げ出すように走り去るポルク卿を見送った皇子は
ポツンと残った椅子に座ると考える。
まさかこれほどまでの抵抗があるとは思わなかった。
それにあの白銀の女騎士。
帝国でもあそこまでの騎士は、なかなか居ない。
勇敢さ、美しさ、そして気高さ。
何よりその女性らしさを損なわぬあの立ち振る舞い。
―――欲しい。
ぜひとも彼女を手に入れたい。
帝都にある我が屋敷に連れて帰りたい。
彼女のためなら金500・・・いや1000出しても惜しくはない。
むしろ金一万と言われても用意するだろう。
それほどまでに気に入ってしまったのだ。
奇襲によって数が減ったとはいえ、まだ時間はあるし
数もこちらが上である。
場合によっては降伏勧告というのもありかもしれない。
もちろん条件は、あの女騎士の身柄が絶対条件だが―――
そんなことを考えている皇子の元から
そっと離れて自分の部隊に戻ったグリザは
大きなため息を吐く。
「はぁ、困ったものだ」
「・・・まったくです。
アレでは、皇帝となった時に問題が起こるかと」
「止めておけ。
ここでは誰が何を聞いてるとも限らない」
副官に軽く注意をすると、グリザは用意された水を飲む。
「・・・してやられた、という所か」
グリザにしても、まさかここまでの抵抗があるとは思っていなかった。
しかも先ほどの戦いは、朝に始まってまだ昼を過ぎた所だ。
そのたった少しの間に1000近い死傷者を出している。
特に暴れていたのは、皇子が必死に捕まえようとしている
あの白銀の女騎士だ。
あの騎士の槍捌きは、素晴らしかった。
突撃槍の利点を最大限生かした突撃に
その重さを感じさせない槍捌き。
何より、常に味方全体を見渡し
的確な指示を出す。
あれほどの騎士は、そうそう居るものではない。
恐らくは、あの騎士が中心となって戦っているのであろう。
他の女騎士にしても、その美しくも勇敢である姿に
兵士達が魅了され、彼女らに続けと相手の士気が異常に高い。
それにあの老兵たちも面倒だ。
彼らもその戦いから周囲に影響を与えている。
ダムル元帥の街と聞いて嫌な予感がしていたが
嫌な予感ほど当たるものだなと、つい愚痴ってしまう。
「さて、どうなることやら」
気づけば空は、少しづつ赤みを増し
夕暮れへと近づいていた。
第24章 白銀の乙女 ~完~




