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第23章 命と誇り







「居たぞっ!」


「逃がすなっ!」


 夜の闇によって周囲が見えない中

 月明りだけの見通しが悪い山道を

 松明を持った騎兵達が駆け抜ける。


 正直、自殺行為に近い行動だが

 その集団から少し離れた位置を走る1頭の馬を

 ひたすらに追いかける。


 非常に危険な追走も、その甲斐あってか

 徐々に距離が縮まる。


 いくつめかの急なカーブを曲がった時

 ようやく馬に追い付く。


 ―――だが


「なっ!?」


「乗ってない・・・だとっ!?」


 先頭の馬に追い付いた2人の騎馬兵から驚きの声が上がる。

 馬に乗っているはずの人が居ないのだ。


 前を走っていたのは、馬のみだったのである。


「くそっ!!」


「スグに報告だっ!!」


 彼らは急いで反転すると

 後から駆けてきた集団と合流した後、周囲に散開して

 乗っていたであろう人を探し始める。


 そんな彼らをあざ笑うように

 かなり離れた位置にある川辺では

 旅で使うローブに身を包んだ男が

 木の枝を2つこすり付け、独特の低い音を出す。


 すると近くの草むらから、馬が1頭出てくる。

 既に騎乗できるように準備もされていた。


 慣れた様子で馬に乗ると、遠くの方で

 自分を探しているであろう集団の松明の光を見て

 ニヤっと口元を歪める。


「お前ら如きに、この俺が捕まるかよ。

 俺を捕まえたきゃ、ミーア隊長でも呼んでくるんだな」


 勝ち誇ったようにそう呟くと

 男は馬を走らせて夜の森の中へと消えていった。






第23章 命と誇り






「何だそりゃっ!?

 どういうことだよっ!!」


「そんな、急に言われてもっ!?」


「さっきから何度も言ってるだろうっ!!」


 いつもは夜になると酒場以外は、静かになる街だったが

 今日の大通りは、静寂とはかけ離れていた。


「とにかく、だ。

 皆、街から逃げる準備を早く始めろっ!!」


 ナザックがそう叫ぶも

 誰もが納得していないという感じで

 その場に留まり、逆に兵士に詰め寄っていた。


 結局、350ほどの警備兵だが

 それで3000を超えると思われる敵軍を相手になどできない。


 城塞都市としての一定の守備力を備えているものの

 やはり数の差が圧倒的なのだ。


 守り切れないのなら、放棄するしかない。

 ならば、さっさと住民を避難させねば

 逃げ切ることも出来ないだろう。


 街を捨てることに抵抗があったナザックだが

 それでも現実的に無理だと判断し

 街の住民達に状況の説明と避難を呼びかけることにしたのだ。


 しかし、街の住民達は

 誰もが状況を理解していないのか。

 それとも覚悟を決めているのか。


 戸惑う者は居ても

 誰一人として逃げる準備をしようとはしない。


 そんな状況にナザックが困り果てている時だった。


「おお、ナザック。

 敵が攻めてくるらしいの」


「ご、ご老人方。

 その姿は・・・」


 人々の中から前に出てきたのは

 鎧に身を包み、手に槍を持った老人たちだった。


「敵が来るのだから

 準備をするのが当たり前じゃろ」


「久々の戦じゃの~」


 既に腰が曲がっている者までが

 昔を懐かしむように騒いでいる姿に

 ナザックは、ため息を吐く。


「お気持ちは有難いのですが

 敵は3000を超えると予想されます。


 対してこちらは350ほど。

 とても戦になりません。


 ですので悔しいですが撤退し

 ダムル閣下の援軍を待つしかないのです」


 まるで子供に説明するように

 遊びではないですよと言いたげな口調で説明するナザック。


「何を言っておる。

 閣下からは、撤退命令が出た訳ではあるまい?


 だったらお主は、この街を護るという

 仕事をすべきじゃろうが」


「そうじゃ。

 敵の数に恐れて逃げ出したとなれば

 国中の笑いものじゃぞ」


「相手が山賊だろうが帝国だろうが

 閣下の援軍が来るまでもたせてみせるわい」


 対して『街を守護する兵士として戦うのが当然だ』と主張する

 元・歴戦の兵士と思われる老人たち。


「爺さん達の言う通りだ。

 俺は、ここを離れる気は無いぞ!」


「そんな連中、追い返しちまいな!」


「ここは、私達の街だ!

 明け渡すなんてあり得ない!」


 そして一番厄介なのが

 好戦的な人間を擁護して

 一切逃げる気配の無い住民達である。


「そうだっ!

 俺達は死ぬまで戦うぞー!」


 そんな言葉で盛り上がっている時だった。

 隠れて様子を見ているだけだったはずのセレナが突然飛び出す。


「死ぬなんて絶対にダメ!」


 いきなり出てきて叫ぶのだから

 民衆たちは、驚いてざわめき出す。


 後ろからシルビアの「またあの娘は・・・」という

 ため息まじりの呟きが聞こえてくるが

 それに反応するよりも先に、民衆たちを代表してか

 老兵たちがセレナに声をかける。


「セレナさま、ご心配下さいますな。

 ワシらで逃げる時間程度は、余裕で稼いでみせますとも」


「そうじゃ、そうじゃ。

 ですから安心してお逃げなさい」


「な、ちが・・・私はっ!」


「ワシらの命を気にかけて下さることは

 大変ありがたく思います。


 ですがワシらとて意地というものがあるのです」


「私だって、街を捨てたくない!

 でも、みんなが死ぬのを黙って見てられない!」


 必死なセレナの言葉に一瞬だけ静寂が戻るも

 それは一時的なものに過ぎない。


 彼らの目に宿っている決意の火は

 その程度で消えるものではないからだ。


 誰が最初に口を開くだろうかと思っていると

 セレナの後ろから出てきたシルビアが

 突然彼女を掴んで強引に詰所へと引きずっていく。


 その様子に誰もが何が起こったのか理解出来ずに

 2人を見送るしかなかった。



 詰所の部屋の1つに入ったシルビアは

 セレナを乱暴に壁に押し付ける。


「アナタは、一体どこまで世話をかけさせるのよ!」


「な、何よ、いきなり!」


「アナタが『街を捨てたくない』なんて言えば

 どうなるかぐらい解らないの?


 『バルズウェルトの人間』が、そんなことを言えば

 どれだけの影響が出ると思ってるのよっ!?」


「だって・・・」


「アナタは、昔からそう!

 自分の発言が、ただの1人の発言だと思わないで!


 私達は、貴族なのよ?

 しかもただの貴族じゃない。

 国家を代表する大貴族なの!


 しかもここはアナタ達を慕う者達ばかりの街。


 そこで一族のアナタがそんなことを言えば

 誰もが命がけで戦おうとするに決まっているでしょう!?」


「・・・でも、だからって!

 じゃあどうすればいいのよっ!?


 私は、思い出の詰まったこの街を諦めたくないっ!

 それにみんなにも死んでほしくないっ!


 どっちの気持ちも本当だものっ!!」


「街がどうしようもないのは、さっきの戦いで嫌ってほど解ったはずでしょ!?」


「でもっ!

 それでも私は、自分の気持ちに嘘なんてつけないわっ!!」


「そうやってまた人を殺すのっ!?

 アナタの言葉は、バルズウェルトの言葉なのよっ!?


 自分達の慕う一族の言葉を聞いてなお、彼らが命惜しさに

 逃げ出せると本気で思っているのっ!?」


「アンタだったらどうしたのよっ!


 この街がアンタの生まれ育った街だったら?

 街の人たちを見捨てて逃げるの?

 それとも街の人たちを、アンタだったら説得出来たっていうのっ!?」


「じゃあアナタなら、10倍近い戦力差相手に戦って勝てるのかしらっ!?


 それが出来るのならやってみなさいよっ!」


「うっ・・・」


「戦術研究の授業を一切選択していないアナタに

 戦場に何も考えずに出て、人を死なせただけで終わったアナタに

 そんなこと出来るはずないでしょ?


 ならもう逃げる以外に何が残ってるっていうのよ?

 それとも一緒になって戦うなんて

 更に馬鹿なこと言い出すんじゃないでしょうね?」


「それは・・・」


「人を殺せなかったアナタが残ったところで何も出来はしないわ。

 精々、街の人たちを人質にされて降伏。


 その後は、ダムル元帥との取引材料にされるだけね」


「わ、私だって―――」


「そうやって出来もしないことを言わないで頂戴ッ!!」


「・・・」


 その後、長い沈黙が続く。

 互いに睨み合ったまま動かない。


 すると部屋の外からパン、パンと手を2回叩く音がして

 2人は扉のある方を向く。


「はいはい、言いたいことが終わったのなら手伝って頂けますか?」


「そうよ、私達だけでは運べないわ」


 突然手を叩きながら入ってきたリシアと

 後ろから音もなく出てきたフランは

 大きな机を持ち上げようとする。


「さあ、早くして下さい。

 時間がありません」


 リシアに急かされて良く解らないまま

 2人は大きな机を運ぶのを手伝わされる。


 どこへ持っていくのかと思えば

 先ほど人々が集まっていた場所だ。


 人々もナザック達警備兵も何事かと集まってくる。


「もう少し篝火を焚きなさい」


 リシアは、近くに居た兵にそう指示して机の周辺をより明るくする。


 その状態で、人々に向かって声をあげる。


「既にダムル元帥閣下には

 状況説明と援軍の派遣をお願いする伝令を出してあります。


 元帥閣下の気性と距離などを考えれば

 恐らく5日目には援軍が到着するでしょう。


 そしてセレナさんが偵察に出て

 相手と戦ったことで相手の動きは鈍ります。

 間違いなく明日1日かけて情報を集めつつ街の近くまで押し寄せ

 明後日の朝に総攻撃をかけてくることになるでしょう。


 つまり3日間だけ防衛出来れば、私達の勝利となります。

 そして確実に勝つためには、街の人間全員の協力が必要です。


 そこで、この街とアナタ方を諦められないと泣き続けていた

 このセレナさんと共に、戦う気のある者は居ますか?


 もし居るというのなら

 セレナ=バルズウェルトを司令官として認め

 勝手なことをしないと誓いなさい!


 この街を真に護りたいと思うのならば

 セレナ=バルズウェルトの元に集いなさい!」


 誰もが予想していなかったリシアの言葉に

 セレナとシルビアは、声をあげて驚く。


 ナザック達も、街の人々も同じく

 驚きの表情のまま固まっている。


 誰もが黙ってしまい静かになったかと思えば

 ガチャガチャと鎧の音が響き出す。


「・・・まさか、セレナさまの初陣に参加出来るとは思っておらなんだ」


「ああ、長生きはするもんじゃな」


「もう戦場に出ることはないと思っておったが

 最後にこんな素晴らしい戦場が用意されておるとはなぁ」


 鎧を着ていた老兵たちが

 我先にとセレナの前に集まり、一斉に膝をついて整列する。


「ワシら一同ッ!!

 セレナさまに付き従い、共に戦うことを誓いますぞッ!!


 この命ッ!!

 いかようにもお使い下されッ!!!」


 流石に長年兵士として生きてきた者達だ。

 正確かつ流れるような動作で、とても引退していた老兵には見えない。


 老兵たちが声をあげた後

 1人、また1人とセレナに忠誠を誓う声があがる。


「一緒に戦いましょう、セレナ様!」

「俺達が倒してみせますよ!」

「3日間防戦するだけなんて楽勝だぜ!」

「全部追い払っちまえばいいのさ!」


 そして次々と膝を付き、セレナに頭を下げる。

 スグに街中がセレナに跪く。


「あの、その、えっと・・・」


 途中から状況が飲み込めずオロオロとするセレナ。

 難しい顔のまま固まるシルビア。


「では、セレナ=バルズウェルトを

 我々の司令官として迎え共に戦いましょうっ!


 我々は、決して負けることはありませんっ!!」


「そうだー!

 俺達は負けないぞー!」


「帝国だろうが何だろうが

 この街を狙ったことを後悔させてやる!」


「そう簡単に街が落とせると思うなよ!」


 膝をついていた者達が

 次々と立ち上がって雄叫びのような声を上げる。


 その声がある程度響いた所でリシアが声を張り上げる。


「では、これより勝つために必要な作戦を説明します!

 全員にしっかりと役割がありますから、全員がしっかりと聞くように!」


 その言葉を待っていたかのようにフランが運んできた大きな机の上に

 街の詳細な地図を広げる。


「まずは、相手は恐らく―――」


 こうして警備兵から老兵、街に居る男から女子供に至るまで

 全てに仕事を振り分ける。


 何度もセレナに解りやすく説明しながら

 最後は彼女に指示を出させることで

 形だけの司令官であっても仕事をしっかりとさせる。


 仕事をある程度振り終わり、少し時間が空いた頃だった。

 今まで難しい顔をして傍観していたシルビアが

 突然リシアの目の前までやって来る。


「・・・アナタ、本気で勝てると思っているの?」


「もちろんですよ?

 そうでなければ、あんな扇動のようなことはしません」


「10倍近い戦力差なのよ?

 そんなの戦術でどうこうできる問題じゃないわ!」


「それは違いますよ、シルビアさん。


 それをどうにかするのが『戦術』ですから」


 一切の迷い無く、そう言い切ったリシアに

 初めてシルビアは、リシアという存在の大きさに気づく。


「アナタ・・・一体・・・」


「心配なされずとも、アナタにも大事な仕事があります。

 ―――フランさん」


「さて、アナタは私と一緒にこっちに行きましょうか」


「えっ!? あ、ちょっとっ!!」


 そう言って何処からともなく現れたフランが

 シルビアの肩を掴んでそのまま押し出すように連れていく。


「さて、セレナさん。

 これから忙しくなりますよ」


 シルビアを見送った後、リシアは後ろに居たセレナに振り返りつつ声をかける。


「あの、本当に・・・その、勝てる、んですか?」


「ええ。

 私は、負ける戦いはしない主義なので」


「でも、その、ど・・・どうやって」


「先ほど説明して準備を始めたこと全てが

 私達の勝利に繋がります。


 そして、それらをこれからアナタには説明しますから

 安心してください」


「は、はい。

 よろしく、おねがい、しま、す」


 いつもと違い、お嬢様らしさが全然ない所か

 やたらと自信が無い臆病な少女のように見えるセレナに違和感を覚える。


「・・・いつも通り、優雅で余裕のある態度で構わないのですよ?」


「あれは、その、バルズウェルト家の、人間として

 振舞うように、言われてきたので・・・」


「・・・つまりあれは演技だと?」


「演技というか、その、セレナ=バルズウェルトは

 こういうのじゃないとって、言われてきた、ので」


 つまりはもうどうしようもないほど追い詰められて

 セレナ=バルズウェルトではなく、ただのセレナになっているという所だろうか。


「・・・なるほど、わかりました。

 ではまず、落ち着く所から始めましょうか」


 そう言って紅茶を入れる準備を始める。


「実は良い茶葉を市場で見つけて買ってあったのですよ。

 流石は、バルズウェルトの街ですね。

 国境近くにあっても品物が豊富で質も高い」


 セレナを机と一緒に持ってきた椅子に座らせると

 入れたての紅茶を前に置く。


「さあ、どうぞ」


「・・・あったかい」


「・・・シルビアさんも、あれはあれで心配なさってのことでしょう」


「それは、うん、そうなんだろうなとは理解してる。

 何だかんだで、あの娘は面倒見が良い子だから」


「流石は、幼馴染というところでしょうか」


「まあ、何だかんだでずっと一緒だから」


 そこで会話が途切れ、2人は黙ったまま紅茶を飲む。

 そしてセレナが紅茶を飲み終えると

 リシアに向き直る。


「リシアさん。

 どうかこの街を、みんなを護って下さい。

 よろしくお願いします」


 椅子に座ったまま、深々と頭を下げるセレナ。


「・・・もちろんですよ。

 一緒に、街を・・・そしてアナタやシルビアさんやフランも」


「うん」


 そう短く言うセレナだったが

 目からは、涙が零れている。


「あらあら。

 今日は泣いてばかりね」


「だって・・・」


「一人で背負う必要なんてありません。

 ですから、もう我慢しないで下さいね?」


「・・・そんなこと、言われたら」


 セレナの泣き声をかき消すように街は賑わいを見せる。

 それはいつものような平和なものではなく

 戦争に向けたものであり、街を護りたいという願いだ。


 街の人々を引き入れたおかげで数では逆転しているものの

 民兵のようなものと正規兵では質の差があり過ぎる。


 夜空を見上げたリシアは、ふと自分の部下の1人である

 天才軍師の顔を思い出す。


「あいつと検討していた戦術が、まさかこうも早々に役立つ日が来るとはな」






第23章 命と誇り ~完~










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