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六
こういう時のアサはとても怖い。怒った牛か馬のようだ。
「ご、ご子息さまが井戸水を汲めと、」
「俺と息子の命令、どっちが大切なんだ?」
「雇い主のアサさまです……」
腕を組んで見下すアサの目線が痛い。きっと叩かれると思い、サクラは目をきゅっと閉じた。心の中である単語が過った。
(……嫌だ、嫌だ、誰か助けて……【 】)
しかし、サクラの予想した体罰は無かった。不思議に思いサクラは瞬きをする。
「こ、今回だけだからな、早く牛小屋へ戻れ」
アサは急におろおろとした声を出したかと思うとサクから目を逸らし、すぐにその場から立ち去った。
ふとサクラは先ほど目を閉じた際に何か形容しがたい単語を口にしたような気がしたが、とにかくその場を収めることが出来たことで深く考えることはなかった。そして、足元の土が今先ほど掘り返そうとしたように割れていることにも気づかず、サクラは井戸水を持って牛小屋へと戻った。