三
「今日の仕事は無しだ、夕方になるまで表に出てくるな」
家から出てきたアサの声に、サクラはびくりとする。大きな影がサクラにかかっている。
アサはこの辺りの小作農を纏めている大柄な農夫で、妻のフツと三人の息子達と共に米を作っている。早々サクラに対して手を上げることはないが、それでもそれを仄めかす仕草や態度が幾度もサクラにとても怖い思いをさせていた。
「はい……アサ様、おはようございます」
返事をしながら、仕事が無くなったとはどういうことだろうとサクラは先ほどのアサの言葉を反芻した。サクラが疑問を抱いて考えているのが分かったのか、アサは忌々しそうに唾を吐く。
「今日は来客があるからな、お前は人目に触れないように裏にいろ」
「畏まりました」
来客があることはあまりないが、きっとその相手はサクラのことを知っている村人の誰かなのだろう。村の厄介者、疫病神、色々なことを言われているサクラだ、遠くから姿を見ただけで石を投げてくる者もいる。そういう経緯があるので、人の目に触れないで過ごすことはサクラとしても同意であった。
「絶対に表には出てくるなよ」
最後に再び念を押して言うアサの言葉はいつもよりも強く、サクラ自身出てきたらきっと面倒になる人なのだろうと予感していた。だから、今日一日は牛小屋の中で絶対に静かにしていようとサクラは思った。早く牛小屋に戻ろうと、井戸水で髪を素早く洗う。濡れた黒髪に1月の寒さが容赦なく刺さった。