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二十八
谷道へ出ると運の悪いことに月が雲で陰り、来た時よりも視界は悪化していた。
「お、おい、どこが道だよ……」
ボウの絶望したような声が聞こえる。サクラは立ち止まると草履を音も無く脱ぎ捨ててボウが躊躇して進まなかった道へと足を踏み入れた。鋭い山草と固い石の感触がサクラの素足に伝わる。痛みはあるが、歩けないほどではない。
(大丈夫……来た時を思い出して、ゆっくり確実に進めば……!)
ごくり、と唾を飲む音がはっきりと聞こえた気がした。
「待てよ、置いていくなよ!!」
ボウが後ろの方で大声を出す。その声でまた、松明の明かりが確実に此方へ向かって来るのがサクラの視界の端に見えた。
「ボウ……大きな声出さないで、暗闇なのは向こうも同じ。 でも、声出したら気づかれる」
自分の声ではないような落ち着いた声が出たことにサクラは内心驚いていた。ボウが自分の後ろを同じように進むのを感じ取ると、先ほどの記憶を思い返しながらサクラはしっかりとした足取りで道を進めた。
「お前、本当……むかつく」
谷道の入り口手前で松明が止まったことに安心したのか、ボウが小さく呟いた。