二十三
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3月のある日、サクラは夜道をひっそりと、けれど確実に特定の地を目指して歩いていた。
もう何刻も歩いているだろう。アサの家に絵地図を見るために忍び込んだ際に一緒にくすねた竹皮の草履は履き慣れず、またサクラの足には大きいため何度も転びかけている。
しかし、村から村への距離を考えた場合、サクラの決断は正しかったと言える。辛うじて道だと分かる獣道は足場が悪く、突出した樹の根や石の破片により裸足であったらとうに怪我をしていたことだろう。
(こんなに道が悪いと思わなかった。 本当、雨でなくて良かった)
龍王の崩御から雨は降らず、そろそろ季節も変わり目だというのに土地は乾燥していく一方であった。月明かりが煌々とサクラの背後から照らしているお陰で、サクラは一度も迷わず歩を進めることが出来ていた。
……東に下った道は都への道
……その道には、川を渡る手前に西の山へと入るには一番近い谷道がある
絵地図で見た地理関係と日常の中で盗み聞いていた村人たちの会話を反芻するようにサクラは頭に思い浮かべる。
――「ここいらの取り決めで西の狩猟村が俺達の作物を待っているが、今年はどう考えても不作だろう、どうすっぺ」
そして、自分の記憶の中にある景色も脳裏ではっきりと呼び覚ませるようにサクラは準備をしてきた。サクラが生まれ、事件を起こした村は西の山中腹付近にあり、谷を越えた集落のうちの一つのはずだ。幼い頃、谷で人がたくさん死んでいると聞かされて怯えた記憶。仔犬を腕に抱え、始め母犬が吠えたのは山が近いため熊か鹿がいるのではないかと考えたこと。