二十二
(いつもは、わたしにいじわるをするアサの子たちも、ボウ以外はほとんど見かけない)
アサの長男、次男はアサと共に龍王の崩御に怯え夜逃げを企てる小作農に目を光らせていた。
(それに、私が目に入るだけで石を投げたり、嫌な顔をする人たちもいない)
それもそのはず、これまで村八分のようにサクラを嫌悪していた村人たちは皆、今後この国がどうなってしまうのか、これから自分達はどうするかで頭を悩ませ、サクラに目を止める余裕もなくなっていた。水の恵みが無くなるということは農民にとって生きる術を断たれるに等しく、小作農たちに混ざって土地を捨てて逃げる者や、都の様子を見に行く者、農業から商業に仕事を変えることが出来ないかと慣れない作業に手を伸ばす者と数多であった。
(わたしは、いま、この村に来て初めてこんなにも……気にされていない)
サクラには自分が何をしているのかを咎める者も、自分の存在を否定する者もいないこの状態が記憶にある限り初めてのことであった。それをはっきりと自覚すると、次にあることに気づく。
(……つまり、いつも通り与えられた仕事をしていれば、他に何をしていても気にする人はほとんどいないってこと)
状況を把握し、その状況を見極める力がその幼い頭脳に宿りつつあった。そして、この時からサクラはアサたちの目を盗み、『自分が生まれ、仔犬を甦らせたあの村へ戻る』ことを計画し始めていた。
(わたしがやるべきことは……)
はっきりとした意志を持った決断はサクラの人生で初めてのことである。これまで生きていても死んでいるかのように上の顔色を見ていた瞳には違う色が灯されていた。